グレープとエリーザの呟き
ずいぶんと以前の話。
まだ我が儘放題だった王女との婚約話があった際に断ったアンディは、腹いせとばかりにニフラン領の税金を2倍に増やされたことがある。
その時にはトリニーズと相談して王家と対抗する為に、隣国で魔道具を売り出してその資金を稼いだものだ。
その魔道具は中を空洞にした硝子の玉に、雷魔法を練り込んだ魔石を入れる明かりであった。
今は安く量産され一般家庭にも流通しているが、それ以前は蝋燭の生活が普通であった。
その製作に関わったのが、彼の使い魔である知性の魔タヌキのグレープと、芸術家の魔キツネのエリーザだ。
ステンドグラスランプやティファニーランプを作り上げ、その他にもシンプルな丸型の明かりも作りあげたのだ。
「さすがエリーザ。美しいデザインだ。素晴らしいよ。それにグレープの細工と正確な設計は、僕には真似出来ないよ。最高だ!」
アンディは心から褒めまくり、2匹は機嫌良く働いてくれた。
報酬はいつも通りの酒と、油揚げ料理である。
そしてたくさん作った中でも、彼らが好きなランプを感謝を込めてプレゼントした。
そうして彼らはとは、笑顔で別れた。
魔獣がランプを使うかは分からないが、形に残る共同傑作は仲間達に羨ましがられたと言う。
◇◇◇
そんなグレープとエリーザは、アンディが大好きだった。
最初の出会いは偶然で、あの魔力差で威圧されて結んだ(グレープとアンディとの)使い魔契約。
その後は面白そうだからと協力したグレープの友人のエリーザが、勤務分のアンディからの魔力等の譲渡目当てで使い魔となっていた。
彼の依頼は愉快なものが多く、支払いも十分なので満足していた。
元アマニ伯爵領で無茶苦茶に魔獣を狩っているアンディだから、グレープやエリーザの仲間達は信じられない思いだった。
「あんな野蛮な人間を信じて良いの? 今に貴方達も危害を加えられるんじゃないの?」
「そうだよ。可憐なエリーザに何かあったら、俺は人間を許せないぞ!」
彼らを心配する声は本心だ。
だからグレープもエリーザも、嬉しそうにそれを聞いていた。
「それは大丈夫よ。使い魔契約の時に、契約中も契約終了後も一切の攻撃は通用しないことになっているから。まあ何て言うか、仕事を辞めても友人に戻る感じかしらね」
「本当に? 人間はすぐに裏切るから信用できないわ」
「そうだぞ、エリーザ。あまり肩入れするのは良くないぞ!」
心配されているのは分かるものの、グレープとエリーザは「今さらそう言われても」状態なのであった。
基本的に彼は、好戦的ではない。どちらかと言えば前世を持つ影響で、人生に退屈し達観していた幼児だった。
彼が動く原動力は家族であり、今はアズメロウに首ったけで他に時間を割く時間は僅かしかない。
使い魔と言っても今は特に活動もしておらず、彼からは使い魔手当ての魔力が送られてくる程度である。この手当ては契約が切れないように、自動的にグレープとエリーゼに送られてくるので、プレゼントのようなものであった。
「今月もありがとう、アンディ」
「元気みたいで安心だけど、たまには顔も見せに来いよ」
ちょっとだけ寂しい二匹なのである。
◇◇◇
基本的に知性を持った魔獣や魔族達は、自由に生きている。元アマニ伯爵領で暴れまわり、人間と戦うのも自由だし、何にもせずにだらだら生きるのもまた自由だ。
自分の縄張りを主張し、戦いで負けた相手を家来にすることもある。その際は人間と違い身分なんてない為、「こいつなら強いし賢いから、俺が従ってやっても良いぜ」的な場合や、何か得することのある場合なので対等な関係だった。
嫌になったら居なくなるのも自由で。
極たまに圧倒的な魔力持ちが集まり、力で支配しようすることもあるが、それらは考えの甘い若い魔獣や魔族が多いようだ。
長く生きる彼らの中には『賢者』と呼ばれる理を知る者達がいる。彼らは言う。「上には上がいるし、触れてはいけないアンタッチャブルも存在する。それは魔獣・魔族だけではなく、人間も含まれる」と、思慮深い様子で。
「はっ! あんな弱い人間まで入るって、何かの冗談だろ?」
粋がる若い魔族に、魔族の中でも長く生きる長老的な存在は言う。
「そうだ。特に今世は既に出現しているだろう? グレープ達の主であるアンディ・ニフランがそうだ。彼は一人でも驚異なのに、驚く程の短期間で魔法使いの軍団を作り上げた。
彼の側近であるステアー、ステアーの直弟子であるダリヤ、リラ、クルミだけで小国も滅亡させる力がある。
その下にはさらに、彼ら以上の魔力を含む幼子が育っておる。
魔法使いの寿命はその魔力により、人間より数百年も長く、レラップ子爵領の土壌は魔力に溢れ今後も魔法使いが生まれることだろう。
さらにラミュレンは女神の加護持ちの聖女だ。普通はこんなに片寄った人材が、一つの領地に集まることはないのだがな。
悪いことは言わん。アンディ・ニフランと彼らの息のかかった者には手を出すな。生きていたいならな」
「そ、そんな脅しに誰が乗るかよ! いくら何でも盛り過ぎだろ?」
「そう思うか?」
「なあ、みんなもそう思うだろ?」
静寂がその場を支配する。
グレープとエリーゼの友人は知っていた。
今やレラップ子爵領とニフラン侯爵領が隠れた王都のように存在し、流行りも新製品もその地から生まれていることを。
一部で盛れ出たその話を聞き、支配を目論もうと企んだ者達は、全員が酷い制裁を加えられていたことも。
最近は暇そうにしているグレープとエリーゼもその制裁の時には加わっていた。本来の姿である熊よりも大きな巨体に戻り、火を吐きまくったと自慢していたからだ。
ちなみにそれは大型の軍艦に乗って現れたのは、1000人以上の軍隊だった。
ラキリウム共和国より西に位置する、独裁国家セブンイーダ。
多くの資本家が軍事費を捻出し資本家の望み通りに動く、国全体が傭兵のようなものだった。
情報網は広く張り巡らされ、アンディ達に行き着いたのだろう。
アンディやステアーおよび、レラップ・ニフラン領の魔法使いはグレープとエリーゼの存在を知っている。アンディが困った時に、魔道具を共同開発した恩人だと、心に刻む程に。
だからあっさり受け入れられてもいた。
そんなだから、「アンディ様を救って下さり、ありがとうございます! さすがの知性と魔力に溢れたお二人ですね!」「あの魔道具は素晴らしいデザインです! 絵の壊滅的なアンディ様では、到底無理でした!」「あの設計は神業でした。国中の明かりに革命が起きました!」と、たくさんの感謝や尊敬も受け、グレープ達は張り切ったのだ。
アンディから魔力だけ受け取って暇していた分をぶつけるように、グレープとエリーゼは炎や雷をそれぞれ口から吐き出し、まずは高性能軍艦を破壊した。
その後は襲い来る敵兵を蹴飛ばしたり、噛みついて威嚇を加えた。他の魔法使い達は領地に結界を張り、軍人達を元アマニ伯爵領へ誘導し、死なない程度に攻撃を加えたのだ。
まるで大人と子供の争い。
軍人達は魔法に歯が立たず、敗戦を受け入れたのだった。
軍艦は国王のアルリビドに空間転移で送り、解析を任せることにした。この国よりも科学が進んだ場所から来たギミック満載の軍艦に、科学者達は玩具を与えられた子供のように大喜びしていた。
「ありがとうございます、アンディ様! この国の技術ではこの細工は思い付かなかったです。なるほど、こうしてこれが……おおっ、アイディアがどんどん湧いてきます! 今夜は徹夜だ!」
「うおぉ~、楽しい! 絶対この技術以上のすごいのを作りましょうね!」
「モチのロンだ! やるぞ、やるぞ、やるぞー!」
「「「「了解だぜ、リーダー!!!!!」」」」
研究室はお祭り騒ぎだ。
科学者はみんな新しい技術に貪欲で、こんな感じらしい。
◇◇◇
「何だかすまないね、アンディ。そちらに迷惑がかかってしまった。誰も怪我をせず良かったが、敵を撃退した報奨金だけで足りるのかな?」
アルリビドの声にアンディは手を振り、「いらない~」と答える。
「こっちは戦闘訓練にもならなかったし、グレープとエリーゼも楽しそうだったから良いよ。その代わりあの国から何か連絡来たら教えてよ。幼い子達に蛇を送らせる訓練を、合法的にするから!」
「プッ、それ地味に嫌だと思うぞ。田舎でもない街の部屋に、蛇やら大型の蜘蛛って。昔、父上も大騒ぎしてたぞ」
「だからだよ。あ、え、てさ。子供達も楽しみにしてるよ。こんな悪戯、普段は出来ないからね」
笑って話が出来る二人は、すっかり親友になっていた。まだまだ改革途中のこの国では、アンディの助けは実に頼もしかった。
アンディもアルリビドには期待していた。国の腐敗に、一心に心を痛めてきた彼だから。
そうして空間転移でサクッと帰るアンディ。
今度はいつ会えるかなと、少し寂しいアルリビドだった。
「子供達もアンディの子供達に会いたがってるし、僕ももレラップ領地で酒が呑みたいよ!」
届かぬ言葉を「フフフッ、貴方はアンディ様が大好きですね」と、妻に聞かれ笑われながら。
平和な今は、アンディのお陰だと二人とも感謝している。
◇◇◇
軍人達をちょっと痛め付けた、怪我を治した数日後。アンディとステアーは全員をセブンイーダに空間転移で送った。
彼らに手紙を託す。勿論、バラナーゼフ王国語で丁寧に。
『私はバラナーゼフ王国の民で御座います。そちらの国の乗られた船が座礁したようなので、乗組員の方だけ、そちらにお送り致します。座標は乗組員の知識から確認しましたので、いつでも行き来可能です。また座礁した際は速やかにお届けしますよ。ですが今後は、どうか安全な航路をお選び下さい。バラナーゼフ王国の民より』
名を名乗ることもせず、お届けしたアンディとステアー。
まあでもセブンイーダ国の者も宣戦布告をしていなかった為、良いかと思ったアンディ。
国王のアルリビドにも報告しているので、何か不満があれば国王に書簡が来ることだろう。
「元アマニ伯爵領の魔獣の方が手強いな。あんな銃になんか頼って、よく心細くないもんだな」
「うん、本当さ。何にもしないうちにグレープを見て失禁してたから、何しに来たのかと思ったよ」
「数で押せると思ったのかな? 碌に調べもせずに馬鹿な奴らだ」
「でもあいつらが非力で良かったよ。もしこちらに負傷者が出たら、僕はその国を焼いちゃったかも? 国には無関係な人もいるのに、まだまだ血の気が多くてダメだね。でも……味方の悲しむ顔を考えると、どうにも冷静でいられなくてね。反省~」
「アンディ(様、先生)、大好きだあぁ!」
◇◇◇
送った軍人の中にはグレープによる火傷が酷く、アンディの長女リンディに治療を受けた者もいた。
11歳になった彼女は、黄緑のサラサラの髪に大きな黒目の美しい娘に成長していた。
「まあぁ、酷い傷。これは治療が必要ね!」
彼女は治癒魔法が使えるがあえて使わず、研究中の薬液を塗布した。
「滲みる、痛いー!!!」
「まあ、大丈夫ですか? でも良く効きますから、数時間我慢して下さいね」
「あぁ、すまないな。治療してくれているのに」
「いいえ、良いんです。酷い傷ですもの。早く治ると良いですね」
笑顔で傷の手当てに回るリンディ。
端から見れば麗しい天使に見える。
けれど思い出して欲しい。
この地は魔法使いのたくさんいる地だ。
アンディの長女であるリンディはそれこそ魔力が無尽蔵で、グレープとエリーザにもアンディの次に美味しいと、魔力が絶賛されている洗練された魔法使いだ。
その彼女は領地の特産品にする為にと、以前から開発していた治験をここで行っているのだ。
魔法使いのいない地は多いので、良く効く薬は人気がある。山には高濃度の魔力のせいで、薬草がたくさん生えている。もったいない精神の彼女は、ただで取れる薬草の研究が大好きなのだ。
「あらっ、貴方も。まあ、大変。薬と包帯を! ロウディも手伝って!」
「えっ! (何で魔法で治さないの? お姉ちゃん、正気?)」
8歳の妹(次女)ロウディにも、魔法を禁じて薬の塗布を手伝わせていた鬼畜だった。
(酷い傷の人もいるのに、可哀想よ)
彼女はこっそり酷い傷の者には、治癒魔法をかけて回っていた。
赤毛のクセッ毛で、少し猫目の黄緑の瞳を持つ彼女の性格は、3人の子供中では一番アズメロウに近い。と言うか、リンディはまんまアンディの女性版だった。
ロウディは彼らに優しく声をかける。
「もうすぐ故郷に帰れる筈ですから、食事もきちんとして下さいね」
「ありがとう。この地の女性はみんな優しいな。こんな俺達に申し訳ない……」
俯く男達の中には、セブンイーダ国の第三王子アルイエスも混ざっていた。側妃の王子はこんな場所に送られるくらい、蔑ろにされていたのだ。
ここの魔法使い達は治癒魔法が苦手なんだと軍人達が勝手に思い込む中、アルイエスだけはリンディ達の口唇を読み、事の真意に気付いていた。
(そうだよな……捕虜になっても仕方がない境遇だもんな。治療して貰えるだけマシだよな)
そう暗い思考に陥った時に、ロウディの言葉も分かったのだ。
「そんな……酷い傷の人だけでも魔法で「甘いわ、ロウディ! 敵に塩を送る気。余計なことをしたら、後で酷いからね!」っ……」
そんなやり取りで、こっそり行動している彼女に目が行ったのだった。
そんな感じで少しずつ傷を治していく、彼女にアルイエスは心惹かれていく。
彼は13歳で、ロウディとは5歳の差があったが、運命の出会いのように感じていた。
「ありがとうロウディさん。きっとこのお礼はいつの日か」
◇◇◇
そんなことがあってセブンイーダ国に戻ったアルイエスは、責任を問われ側妃ルオンラースと共に国外追放となった。
「僕のせいで申し訳ありません。母上まで追放に……」
俯く息子に彼女は微笑みかけた。
「私はあの国から出られて嬉しいわ。何だかんだと手切れ金を貰えたから、行きたい国まで行ってみましょう」
側妃だったルオンラースも王妃からの迫害が強く、もう限界だったと彼に話す。さすがに大国が王子と側妃を追い出すとあって、無一文とはならなかったが、「あんな者達は野垂れ死にさせたら良いのよ!」と、最後まで王妃は吠えていた。
「それならば僕は、あの国に行ってみたいです」
「良いわね。行きましょう」
彼らが目指したのはバラナーゼフ王国。
アンディの次女、ロウディがいる国だ。
ちなみに彼は三人いる王子の中で一番優秀で、剣技にも優れていた。それもまた王妃に嫌われていた原因である。そして国王に似た美形の金髪で紫の瞳は、憧れる令嬢も多かったのだ。
自然と兄王子からも嫌われる仕組みが出来上がっていた。
努力して嫌われるアルイエスは、気の毒としか言えなかった。
そんな優秀な元王子と側妃が来る情報は、既にアンディが掴んでいた。
「さすが僕のロウディ。幼いながらも極上の婿候補が向こうから来るとは。でもまだ認めたりなんかしないけどね」
楽しそうに口角を上げるアンディと、呆れ顔のステアー。
「責任者を決めて国外追放するように促したのは、誰の仕業ですか? 白々しいですね」
「さあね? でもあのメモって読まれたんだね。スゴい!」
国王に宣言した通り(けれど抗議があったらの部分は都合良く忘れながら)、幼子の蛇やら大蜘蛛を投げ入れる空間転移先をセブンイーダ国の国王の寝室に設定していたアンディ。全ては訓練の為だ。
アンディと幼子は隠蔽魔法で壁に隠れ、驚くのをこっそり見て喜んでいた。
(くふっ、あんなに驚いてる。毒なんかないのに)
(本当だな。国王なのにだらしないな)
そんな感じで。
その後にセブンイーダ国の王妃が、ルオンラースとアルイエスを毒殺する計画をたまたま耳に入れ、『バラナーゼフ王国に軍人を送った責任を、王子と側妃に取らせて追放しろ。旅の持参金もちゃんと持たせろよ、大国なんだから。そしたら蜘蛛と蛇を送るの止めてやるから。よろしくな~』と、メモを残して来たのである。
希望する幼子が多くて、4周目(回数としては実に29回)に入って一人一回の区切りがやっとついた時だった。だからもう良いかなと思ったタイミングと、丁度合致したのだった。
一度は家の領地に攻めてきた憎き敵だが、生きている環境が酷すぎる王子の一人くらい救っても良いかなと思ったアンディだった。
「約束は守ったのだから、蜘蛛は送らないでくれ~。俺はこの世で一番蜘蛛が嫌いなんだ。それにあのデカさは何なの? 養殖でもしてんのかよ! でもムカデも嫌だし、蛇も勿論大嫌いだ。って言うか、誰なんだよ。止めてくれ、頼むからさぁー!」
軍事国家の国王は、昆虫が嫌いだった。
彼はいくら資金を出すと言われても、資本家達からの援助を断ることにしたようだ。バラナーゼフ王国から戻って来た軍人達が、口を揃えて言うからだ。
「田舎であるあの地でさえ、幼子までが微笑みながら魔法を放つ国です。王国の方には魔法使いが少ないと言うことでしたが、あれより強い精鋭が数人いればそれも頷けます。これ以上逆らえば、我が国ごと数日で終わりを迎えるでしょう。ここに戻る魔法も、ほんの一瞬でした。我々は皆殺しにされてもおかしくない状態でした。
私はもう、あの恐怖に勝てません。今日限りで軍人を辞めさせて頂きます!」
一番強い将軍が先に辞職し、その部下も次々に辞めていく。
国王ももう眠れぬ夜を過ごすのは嫌だった。なので「今後は周囲の海を生業とする漁業を頑張ろう!」と、国民に宣言したのだった。
軍事国家からの離脱&第一次産業宣言に、王妃は怒り狂い離縁して生国に戻り、王子は置いていかれた。
アンディ達と戦った軍人達は自分達の非力さを知り、上には上があることを心に刻んで漁師として海に向き合うことにした。
「幼子が空を飛び雷を落とし、魔獣が炎を吐く国。きっとあれは魔界の入り口だったのだろう」
童話のように子供達は聞かされ、二度とバラナーゼフ王国に逆らわない戒めとしたと言う。
今回の進軍は公ではない為、詳細を知る者は少ない。
資本家達も巻き込まれないように、口をつぐんでいると言う。セブンイーダ国王の恐怖が伝わったようだ。
今では王子達も、震えながらへっぴり腰で漁に出ている。
「父上、落ちてしまいます。もう、嫌だ!」
「王子の私達が死んだらどうするのですか!」
「それは仕方ないな。これから漁業で生きていく国で、そんなことで死ぬようなら用なしだ。優秀な子供はたくさんいるし、安心して良いぞ!」
「そ、そんなぁ~」
「嘘でしょ? 助けて母上~」
そんな彼らに甘いだけだった母親は、彼らを捨てて出て行ったのだ。もう国王にしか頼れないのだ。
当然にように、国王もその隣で網を引く。
「俺も頑張るから、お前らも覚悟を決めろ! 気を抜くと本当に落ちるからな。ここら辺は人喰いの魚が多いから!」
「ヒ、ヒイィィ」
「や、やりますから、ちゃんとするから助けて、やり方も教えて下さい!」
「よく言った。偉いぞ!」
父王もその側近達も、その決意を聞いて微笑んでいた。端から見捨てる気はないが、ある程度頼らない覚悟は必要だと思っていたからだ。
これから王子達は、きっと少しずつ成長するだろう。
元々軍事国家なので、有事の際で戦う力も軍艦等も健在だ。ただ国民達の多くも平和の方が良いなと思い、徴兵訓練時以外は漁業を中心に暮らしていくことになった。
大型魔獣もいる大海だから、技術の粋を結集した電気網や槍、軍艦ベースの漁船等は重宝している。特にバラナーゼフ王国でも狩っていない、主食で人を喰らうシャークや毒の針を撒き散らすヴァイオレットガンガゼを駆逐することは、周辺国でも喜ばれていた。
その牙や針は頑丈で、精密機器が必要な先進医療にも必要になる資材らしく、医療の発展している国との貿易も始まっていく。勿論軍事国家ではなく、漁業国として。
比較的利口な王子達は漁業のイロハを学んだ後、根性が叩き直され国を支えていくことだろう。もう決して、人を虐めることはなくなって。
そして離縁し出戻った元王妃は、生国では邪魔な存在だ。我が儘過ぎて兄嫁(王妃)に暴力を振るい、自室に閉じ込められている。妻である王妃を愛する国王の兄は「次はないぞ!」と、妹である元王妃を睨み付け、泣かせたと言う。
どうやら、彼女も今までの報いを受けているようだ。
国王は今、ゆっくりと安眠が出来て「幸せはここにあり!」と、漸く心穏やかにしているそうだ。
◇◇◇
ステアーはリラの押しに崩れ結婚し、息子が一人生まれている。当時ダリアとクルミはかなり荒れたが、二人とも美女で姉御肌だった為、入れ食い状態(美形や筋肉の選びたい放題)になったことで「しょうがないから許してあげるわ」と溜飲が下がったようだ。
彼女達には娘が生まれ、リラの息子の2歳下となる。
そしてリンディの大勢の治験を経た塗り薬は、無事発売された。一部の軍人にかぶれが発見された為、改良を加えたものだ。軒並み好評である。
「さすが私ね、ほぼただでこの儲けぶり。この分じゃ、お父様の後継は私で決まりかしら? ねえ、ディメノウ?」
「馬鹿言うな。そんなの、魔法の戦闘能力が高い方だろうが!」
「あら。私、戦闘も強いわよ」
普段仲が良い二人も、後継者の話が出ると途端に余裕がなくなる。
「特に継ぐような爵位もないのに、不思議~」と笑うアンディは、それが爵位じゃなくて、魔法使いの頂点だと気付いていない。
二人ともアンディを誇りとしており、是非とも彼に選んで欲しい気持ちも持っている。
そもそも彼は、そんなことを気にしていない。ただ好きなように生きているだけだから。
彼からすれば「ステアーが次の責任者になってくれれば良いな」くらいしか考えていない。
姉と弟の不毛な戦いは、今後も続いていくことになる。
◇◇◇
もうそろそろ、アルイエスとルオンラースが港に着くと連絡が入った。
「新しい住民を迎えに行こうかな? あの二人は忙しいそうだから一緒に行こう、ロウディ」
「はい、お父様♪」
父親と手を繋いで歩くのが嬉しいロウディ。
アズメロウは昼食の準備をすると、メイドと厨房に入っている。
黄金の髪の元王子と元王妃は、平民としてこの地に降り立った。知らずとアルイエスは、今後アンディから厳しい訓練を受け、さらに魔法の素養(体内にある小さな魔法の種)を育てられて、魔法使いとなる流れになる。魔法と剣が使える魔法剣士は、魔獣狩りには強い戦力となるだろう。
きっとロウディを守る盾にもなってくれるだろうと、アンディは密かに目論むのだった。二人はまだ13歳と8歳なのだが、リュミアンが基準なので自然と準備も早まるようだ。
リンディとディメノウのことは……。
自分に似ている、いや似すぎているから大丈夫だと放置していた。憐れな二人……。
直近のアルイエスは、アンディの指導を受けられて嫉妬する者達との一悶着あってからのスタートになるだろう。こちらも結構大変そうだ。
◇◇◇
「ロウディとアルイエスの魔力は優しいね。こんな魔力なら、レラップ領の食べ物の味も変わるかもよ」
「そうだね。魔力を注がなくても、優しくて素朴なものが出来そうだ。これからも楽しみだよ」
「それにしても、この地はいつも賑やかだこと」
「戦争じゃなくて子供が増えるんだもの。良いことじゃないか」
「そうだわね。少し前は川の氾濫で大変だったからね。子が生まれることも減っていたし」
「そうだろ? だからこれで良いんだよ」
またまた人が増えて、賑やかになるレラップ領。グレープとエリーザも微睡む、暖かな午後だった。




