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魔族が持たず、人間が持つもの


 

 

 ガルヴォルドは断崖絶壁に座りながら考えていた。彼は何かがあると、いつもこの場所に来ていた。


 モルガナは正気ではない。

 そのくせ、時折核心を突く様な事を言う。

 阿呆のようで恐ろしく頭の回転が早い。

 何より初めての物事に物怖じしない。

 初めて出会った時もそうだった。死ぬかもしれないのに、悠長に構えていたし、醜い魔王ガルヴォルドと出会った時から恐れたことなど一度たりとも無かった。

 探究心の塊で、己が死のうと恐れもせず、魂をたらい回しにされる有様。

 城に住み着く者達にも等しく接する。まるで人間相手の様に。

 気付けば人の懐にするりと入り込む謎の女。

 沼地で大怪我を負ったときも、ガルヴォルドが自分を助けると信じていたから慌てもせず平常だったのだろう。

 文字を覚えるのも本を読みたいからと、恐るべき短期間で習得した。

 モルガナは貪欲だ。知らない事を知る事に恐れを抱かない。何か悪いことが起きたら、その時はその時でどうにかすればいいと思っている節がある。

 何より頑なにガルヴォルドを旦那様と言って憚らない。


 一方ガルヴォルドはどうだ?

 生まれた時から憎しみに晒され、持て余した強さを前魔王にぶつける事で魔王の座を手に入れた。それに満足も喜びもしなかった。ただ手に入れたという事実のみを受け入れただけ。

 その後の魔族達が魔王の座を狙って挑んできた時も、鬱陶しいと思うだけで恐れも喜びもなかった。


 苛立ちを感じたのは、モルガナが来てからだ。

 何をするのにも言うことをろくに聞かず、己のしたいがままに行動する。

 常に自分の欲望を優先する人間の女。

 我儘で独りよがり、なのに毎日毎日楽しそうにしている。モルガナに暇など存在しない。魔界の事を知れば知るほどのめり込んでいる。ガルヴォルドが生まれてこの方珍しいと思った事すらない事にまで、モルガナは興味を抱く。


 何より何も考えていなさそうで、物事の本質を見極める目を持っている。これはガルヴォルドには非常に癪なことであった。

 体だけが強くて中身が空っぽのガルヴォルドと、体は弱いが中身が溢れ出んばかりのモルガナ。


 ガルヴォルドは確かに夕方彼女を殺そうとはしなかった。殺しては蘇らせるのが面倒だと思ったのもある。

 だがモルガナが言ったことが頭から離れない。


 ──壊すだけで生み出さない人生に、何の喜びがございましょうか?


 生まれて初めてどきりとした。

 ガルヴォルドは生まれた時から壊してばかりの人生だった。

 何かを生み出そうなど考えたことすらなかった。

 ガルヴォルドは己の手のひらを見つめた。

 破壊することしかできないこの手で、何かを生み出すことなど出来るのだろうか?

 ガルヴォルドは夜が明けるまでそこにいて考えた。

 結局、答えは出なかった。


 +++


 朝食の時、モルガナはいつも通りやってきた。まるで昨日の事などなかったかのように。

 勝手に気不味い思いをしていたのはガルヴォルドだけだった。


「旦那様。今日はどこに連れて行ってくださるの?」


 本当ならどこにもいかないと言おうと思っていた。なのに口から出た言葉はまるで違った。


「洞窟がある。そこは珍しい鉱物が沢山ある」


「あら、それは素晴らしいですわ。では朝食が終わったら早く準備を致しますわね」


 その言葉通り、モルガナは素早く準備を整えると玄関ホールに現れた。そして当然の様にガルヴォルドに抱えてもらう姿勢になっている。

 ガルヴォルドは溜息を一つ零すとモルガナを片腕で抱え上げ、扉を開けて洞窟へと向かった。


 洞窟はガルヴォルドの言う通り、森とも沼地とも違った雰囲気があった。

 薄暗くほんのりと何かが光っている。

 ガルヴォルドから下りたモルガナは、待ちきれずに洞窟の中へと入っていく。

 ガルヴォルドは注意する気も失せ、洞窟の中へと自分も入っていく。


「旦那様! この赤く光る石は何ですの?」


「それは冥晶石だ。毒に混ぜると魔力が増幅する」


「これは白骨死体ですわね。茸が生えていますわ。これは?」


屍光茸(しこうたけ)だ。乾燥させると瘴気を呼び寄せる」


 モルガナはバスケットにどんどん材料を入れていく。

 その時、頭上から蝙蝠が羽ばたいた。

 モルガナの瞬発力では捕まえることが出来ず、仕方なくガルヴォルドが捕まえてやった。


鉄顎蝙蝠(てつがくこうもり)だ。牙を粉末にすると筋肉を硬直させる」


「素晴らしいですわ! あら、この鉱物は何かしら」


「おい、それに近──」


 ガルヴォルドが言い終える前に、その鉱物に近付いたモルガナの、防護していない皮膚から血が吸い取られていく。


「あら……頭がクラクラいたしますわ」


「それは血吸晶(ちすいしょう)だ。近付くだけで血を吸い取る鉱石だ」


 倒れかけたモルガナを抱きかかえると、ガルヴォルドは心底うんざりとした顔をしている。


「お前は俺の注意を聞け。また死にたいのか」


「はぁ……何か仰って? 頭が朦朧としておりますの旦那様」


 ガルヴォルドは顔を歪めながら地面にモルガナを寝かせた。そして代わりに材料を集めてやった。

 そしてバスケットも麻袋もぱんぱんに膨れ上がるほど採取し終えると、ガルヴォルドはモルガナを片腕に抱きかかえて城へと戻っていく。


 モルガナがこんな状態ではガルヴォルドがドアノッカーの問に答えるはずもなく、扉を粉砕して城の中に入っていった。

 ナクシールがまたかと言わんばかりに文句を言いながら階段から降りてきた。しかしモルガナの姿を見て驚いた。


「モルガナ様! 如何なさいました!」


「血吸晶にやられた。人の話を聞かんからだ」


 ガルヴォルドはモルガナを彼女の寝室へと運んだ。ベッドに寝かせると、スカルディアに言って吸血鬼用の鉄血剤を注人するよう指示した。

 スカルディアは直ぐに鉄血剤を持ってくると、針をモルガナの腕に刺して管から鉄血剤を注人した。


 それから数時間後、モルガナはようやく目を覚ました。


「あら……何故私は寝室にいるのかしら」


「血吸晶に血を吸われてしまい、お倒れになられたのです。魔王様の的確な指示で大事には至りませんでした」


 スカルディアは針を抜くと鉄血剤を片付け始めた。


「あぁ、でも残念だわ。材料集めができなかったわ」


「その事でしたらご心配なく。魔王様が代わりに材料集めをしてくださったようです」


 毒作りの道具の前にバスケットと麻袋が置かれていた。


「ふふっ、やはり旦那様はお優しい方だわ」


「そろそろディナーの時間ですが、如何なさいます? こちらでお食べになりますか?」


「いいえ、食堂に行くわ」


 モルガナはふらふらと起き上がり、ドレスを着せるようスカルディアに言った。スカルディアは心配しながらも、主人の命令を黙って聞いた。


 食堂に入るとガルヴォルドがいつも通り座っていたが、モルガナを見ると驚いて立ち上がった。


「お前、何故ベッドで寝ていない。死にたいのか」


 ふらつきながら歩くモルガナをガルヴォルドは支えるように腕を握った。


「大丈夫ですわ旦那様。あぁ、それと私の代わりに材料集めをしてくださり、ありがとうございました」


 モルガナは滅多にしない淑女の礼をした。それすらふらついているのだから、ガルヴォルドは溜息しか出てこなかった。


「何故お前は人の言うことを聞かんのだ」


「そのお言葉、そっくりそのままお返しいたしますわ」


 ふらふらしながらガルヴォルドに支えてもらいつつ、モルガナは席に着いた。

 もう呆れてものも言えない。


 グリンプがぽんっと現れると、モルガナの体調に合わせた料理を運んできた。料理長にまで心配されているのだと思うと、何だかモルガナはおかしくなってしまった。

 モルガナが食べやすいように柔らかく、尚且つ血の量が増える食材を使用した料理はさすが、魔王が気に入るだけはある。とても美味しく食べることができた。


「旦那様は優しいお方ですわね。私よりもお優しいですわ」


 ガルヴォルドは何を言ってるのかと訝しむ。


「私はこう見えて駄目だと思ったものは、直ぐに見捨ててしまいますの。毒作りでは切り替えの速さが肝心ですから。それは毒作りだけでなく、人生において色んな場面で発露いたしますの」


 好奇心は大いにある。だがその好奇心で得たもので役に立たないものは、さっさと見切りをつけてしまう。


「旦那様は違いますわ。普通なら私のように扱いにくい女を放って置くところを見捨てずに、助けてくださいました。私なら見捨てていたでしょう」


 駄目なものは切り捨てる、そうしてドラクス家は王家ですら逆らえない地位と名誉を築いてきたのだ。


「私は旦那様と結婚できる事を心から喜んでおります。私に欠けているものを旦那様が補って下さるのですから」


「結婚するなどと、まだ言って──」


 ガルヴォルドが言い終える前にモルガナは人差し指をガルヴォルドの唇に優しく当てた。


「いいえ、旦那様。私が結婚すると言ったら必ず結婚します。私は今までそうして己の願いを叶えてきましたもの」


 これではどちらが魔族か分かりませんわね、とモルガナは微笑んだ。


「私は我儘ですから、旦那様の愛を手に入れるまで何でもいたしますわ」


「魔族に愛など存在しない」


「では初めて愛を知る魔族に旦那様はなられるのですわ。昨日、私が言ったように、初めては誰でも恐ろしいもの。ですが慣れてしまえば素晴らしい体験ができますわ」


 モルガナはそう言うと、失礼いたします、と言って食堂から出ていった。

 残されたのはガルヴォルドとナクシールだけ。


「ナクシール。愛とは何だ?」


 ナクシールは首を振って降参した。


「魔族の私には、到底分かりかねます」


 ガルヴォルドは物思いに耽りながら、魔族にない感情の正体を掴もうと躍起になっていたのだった。


 

 

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