重
ひなた食堂の地下。
丸いテーブルを囲むのは、高瀬、真理子、悠、零士。
そこに水月と蓮も加わり、全員が資料を前にしていた。
高瀬が低い声で切り出す。
「情報が入った。ある政治家の隠し子が命を狙われている」
真理子が眉をひそめる。
「隠し子? ……裏の世界じゃ珍しくもないやん」
「愛人との間に生まれた子供だ。本妻がそれを許さず、裏の手を回したらしい」
蓮が鼻で笑った。
「しょーもな。けど、そんな家庭の痴話喧嘩みたいな話が、なんで俺たちに回ってくるんや?」
水月が頷く。
「そうね。表沙汰にできないスキャンダルなんて山ほどあるわ。わざわざシャドウに話が回ってくるってことは……何かあるんでしょ?」
資料を見て真理子が呟く「1歳で母親が失踪。そのまま孤児院に、親だと名乗る人物が現れ、3歳の時に引き取られる、しかし程なくまた孤児院に。色んな家を転々としたり。そんな事が8歳の今まで何度か繰り返されているな。かわいそうに。」
高瀬は一拍置き、資料の別ページを開いた。
「この件には――ハンドが絡んでる」
空気が一気に重くなる。
悠が腕を組み、低く言った。
「ハンドか……ただの隠し子問題じゃ済まねぇな」
真理子が険しい表情で口を挟む。
「つまり、子供を消してしまえば跡継ぎの目も完全に潰せる……そういう算段やな?」
「おおかたはそうなんだろうが、そうシンプルなもんでもない」
高瀬の声は硬い。
蓮が手を組んだまま、口元に薄い笑みを浮かべる。
「ハンドがわざわざ出張ってくるとなると……ただの家族の揉め事以上に、政治的な意味があるわけやな」
水月が資料に目を走らせる。
「でも、それでもまだ腑に落ちませんわ。裏で誰が動こうと、ウチらに回ってくる案件やない」
高瀬は目を伏せ、資料の最後の一行を指で叩いた。
「……持ち去った人物の名がある。“ジャスティス”だ」
「?……」
真理子と悠、零士、水月、蓮――全員が顔を上げたが、その名に心当たりはない。
ただ一人、高瀬だけが、額に冷や汗を浮かべていた。
零士が口を開く。
「……知っているのか」
高瀬は短く息を吐き、煙草を取り出した。
「一度だけ、見たことがある。あるヤクザの抗争事件の時だ……あれは人間じゃない。化け物だ。まあ、お前らもある種化けモンかもしれんが、あれはそうじゃない。できればやりあいたくない。」
沈黙。
高瀬の脳裏に、かつて目撃した光景が蘇る。
暗闇で、数人の男が一瞬にして崩れ落ちた。
振り返った時には血の匂いしか残っていなかった。
指先がかすかに震え、煙草を口に運ぶ。
「……もし出会ったら、全員で当たれ。一人で倒そうと思うな」
水月と蓮が互いに視線を交わし、無言で頷く。
真理子は唇を噛み、悠は拳を握りしめた。
零士の瞳だけが冷たく光り、少し口角があがった。
蓮はそれを見逃さなかった。
地下の空気は重く沈み、冷たい緊張が全員を包み込んでいた。
◆
港の倉庫街。
潮の匂いと錆の匂いが入り混じり、風が冷たく頬を撫でる。
ジャスティスは時計を見た。
腕の中の少女は小さく震えていた。
乱れた前髪が顔にかかり、表情は読み取れない。
ポケットの中の携帯が震えた。
通話ボタンを押すと、低い声が響いた。
『……さすがだな。予定時刻きっちりだ』
「軽い邪魔が入ったがな」
ジャスティスは短く答える。
『ガキをそこに立たせろ。お前は去れ、残りの金はあとで送金する』
無言のまま、少女を足元に立たせる。
彼女は怯えたように下を向き、肩を震わせていた。
ジャスティスは一瞬だけ膝をつき、前髪を整えてやった。
少女は顔を上げようとせず、ただ静かに立ち尽くしている。
(……ここまでだ。俺の仕事は終わりだ)
背を向け、歩き出す。
だが胸の奥で何かがざわめいていた。
今までは関係なかった。
標的がどんな理不尽に晒されようと、仕事は仕事。
そう割り切ってきた。
(だが……あの目はなんだ。運命を受け入れるような、諦めの目……)
足が止まる。
振り返った、その瞬間。
「――ッ!」
少女の足にブロックが括り付けられ、海へと放り込まれた。
水面が砕け、白い飛沫が月光に散った。
考えるより先に、体が動いていた。
次の瞬間、ジャスティスの巨体は夜の海へと飛び込んでいた。




