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夜の施設は、異様なほどに静まり返っていた。

資料には「児童養護施設」と記されていたが、ジャスティスの目に映るのはどう見ても違った。


錆びた外壁。割れた窓ガラス。

中へ入れば、鉄骨がむき出しの天井、壁に走る太い配管。

それは工場の廃墟を無理やり改装したものに過ぎなかった。


さらに奇妙だったのは――子供たち。

十人ほどが、夜だというのに全員起きている。

裸足、破れた服、痩せた顔。

まるでストリートチルドレンをそのまま押し込めたかのようだった。


だが、その中に一人だけ異質な存在がいた。

黒髪の少女。

清潔なワンピースに身を包み、髪も整えられている。

他の子供たちとは明らかに違う。


(……標的はあれか)


ジャスティスが歩み寄ると、少女は怯えた瞳で彼を見上げた。

その顔に、一瞬だけエマの面影が重なる。

だが彼は感情を押し殺し、クロロホルムを染み込ませた布を取り出した。


「……悪く思うな」


布を口元に押し当てる。

少女は小さくもがいたが、やがて力が抜け、腕の中で眠りに落ちた。


――その刹那。


「動くな」


低く鋭い声と共に、壁の影から武装した男たちが雪崩れ込む。

顔には“手”の印が描かれた仮面。


ハンドだった。


数十の赤いレーザーポインターが一斉にジャスティスへと集まる。

兵士の一人が前に出て、侮蔑を隠そうともせず言い放った。


「終わりだな、ジャスティス。ここでお前も、そのガキも処分だ」


ジャスティスは目を細めた。

「……理由を聞こうか」


「理由?今から死ぬのに?」

仮面の男が嘲るように笑う。

「お前が“因子の情報”を裏で漁ってたのはもうバレてる。組織を裏切って、よくもまぁ平然と歩き回れたもんだな」


「……心当たりはないな」

ジャスティスは肩をすくめてとぼける。


「はぐらかす気か。残念だったな、お前の使った駒は捕まった。拷問はよく効いたぜ。泣きながら“ジャスティスに頼まれた”と吐いたよ」


背後の兵たちがククッと笑う。

その笑いは、かつて無敵と呼ばれた怪物を侮辱できる喜びに満ちていた。


(……やはり捕まっちまったか)

ジャスティスの胸に一瞬だけ影が差す。

だがすぐに無表情に戻り、少女を抱き直す。


「……で、ガキまで巻き込む理由は?」


仮面の男は銃口で少女の頬を突きながら嗤った。

「理由なんざいらねえ。どっちも不要だから消す。ただそれだけだ」


兵士たちが声を上げて嘲笑する。

その喧騒の中で、ジャスティスの目だけが冷たく光った。


「……なるほど。つまり俺に全部押しつけるつもりなんだな」


(つまり目標(ターゲット)は俺じゃなくこの嬢ちゃんか……)


兵士たちの笑い声が弾けた刹那――。


ゴゴゴゴゴゴ……地響きのような轟音

ジャスティスが片手で鉄柱をへし折り、そのまま兵士の群れに投げつけた。

崩れた天井から粉塵が舞い上がり、視界が一瞬にして白に染まる。


「ガキども! 走れ!」


怒鳴り声が響く。

怯えていた子供たちは、その声に突き動かされるように一斉に出口へ駆け出した。


「追え! 子供も殺せ!」


命令が飛んだ瞬間――。

土煙の奥から、不意に伸びた手が一人の兵士を掴み、闇へ引きずり込んだ。

悲鳴。

次いで別の兵が煙の中に消え、鈍い音と共に沈黙する。


「ど、どこだ!?」

「姿が見えねえ!」


恐慌に陥った兵士たちの間を、黒い影が縦横無尽に駆け抜ける。

圧倒的なスピードで、次々に兵が気絶していった。

銃弾が乱射されても、すでに標的はそこにはいない。


最後の一人を壁に叩きつけたジャスティスは、少女を抱えたまま振り返らず後ろに手りゅう弾を投げた。


カラン――。

直後、爆炎が廃工場を揺るがし、火花と悲鳴が入り乱れる。


(……全滅させる必要はない。離脱が最優先だ)


煙を裂いて出口へ向かうジャスティス。

だが、その前に影が一つ立ちはだかった。

艶やかな影が、崩れた瓦礫の上に立ちはだかった。


背は高く、全身を光沢のある黒いエナメルのツナギで包んでいる。

ボンテージを思わせるデザイン。

胸元は大胆に開き、谷間には翼を広げた天使のタトゥーが刻まれていた。

それは挑発的に視線を誘い込むための“武器”でもあった。


顔には白い仮面。目と鼻だけを覆い、口元は露出している。

右唇の横にある小さなほくろが、かえって妖艶さを際立たせていた。

仮面は終始外さず、わずかな笑みだけが露出した唇に浮かんでいる。


「ハンドの英雄も今や裏切り者……いい気味。」


その声が囁かれた瞬間、姿は掻き消えた。

刹那、喉元へ突き込まれる指先。

心臓、こめかみ、肋骨――急所を狙った連撃が閃光のように迫る。


しかし――。


「……捕まえた」


ジャスティスの手が女の前腕を鷲掴みにした。

逃げ場を失ったその瞬間、握力が骨を押し潰す。


ゴキゴキッ…

橈骨(とうこつ)尺骨(しゃっこつ)が同時に粉砕され、腕は皮膚と筋肉だけで繋がり、ぶらりと垂れ下がった。


「ギャアアアアアッ!!!」


絶叫を上げる女。

だがジャスティスは容赦を知らない。


次の瞬間、彼の右足が鋭く振り抜かれた。

ローキックが膝関節を正確に撃ち抜く。


バキィッ!


鈍い破砕音。

女の長身が傾き、床へ崩れ落ちる。

仮面の奥の瞳が血走り、憎悪に震えていた。


ジャスティスは少女を抱え直し、冷ややかに吐き捨てる。


「お前ら 誰に喧嘩売ってんだ? あ?」


目に見えぬ覇気がハンド達に吹き付けた。


振り返ることなく、怪物は夜の街へと消えていった。

残されたのは絶叫と、戦慄で動けなくなったハンドの兵たちだけだった。

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