コーヒーと古い地図
放課後の喫茶店「コトリ」。
ユウトとセリカが席につくと、カウンターで新聞を広げている中年の男性がいた。年の頃は五十代くらい、どこか飄々とした雰囲気だ。
「お、学生さんたち。今日も寄り道か?」
「まあ、そんなとこです」ユウトが軽く会釈する。
「こんにちはー」セリカは笑顔で挨拶し、こっそりユウトの耳元で囁いた。
「ねえねえ、この人いつもいるよね。謎の常連」
「声大きい。聞こえるぞ」
そのおじさんはカップを傾けながら、ふとテーブルの上に紙を広げた。古びた商店街の地図だった。
「なんですか、それ」ユウトが聞く。
「昔の地図さ。この商店街も、ここ二十年でだいぶ姿を変えた」
「へえ、なんか観光ガイドみたい」セリカが身を乗り出す。
地図には今は無い店の名前や、狭い路地が細かく描かれていた。
「この辺りなんて、昔は“二重通り”って呼ばれててな。昼と夜で道が違って見えたんだ」
「え、なにそれおもしろい!」セリカの目が輝く。
「ただの迷信だろ」ユウトは肩をすくめる。
おじさんは笑って首を振った。
「いやいや、夜になると通れない道が出るんだ。行き止まりだったのに、翌朝見ると普通に抜けられる。不思議だろ」
「……それ、地元あるある?」
「まあ、信じるかどうかは自由だ」
店員が追加のコーヒーを運んできて、話は一旦途切れる。
ユウトは「また変な話に付き合わされた」とため息をつくが、セリカはにやけながらノートにメモしていた。
「二重通り……いい名前だなあ」
「名前だけカッコいいな。ホラー映画かよ」
その帰り道。商店街の角を曲がったとき、ふいにセリカが立ち止まる。
「……あれ、行き止まりじゃなかった?」
ユウトが見上げると、確かに昼間はシャッターで塞がれていたはずの路地が、今は奥まで続いていた。
「……え?」
「ふふっ、二重通り。ほんとにあるのかもね」
セリカの声が、夕暮れの路地に吸い込まれていった。




