ガチャガチャと、たまに開くドア
「……今日、バイト来たってだけで俺えらくない?」
そうぼやきながら、ユウトは駄菓子屋「たばた屋」のレジカウンターに顔を乗せた。
制服のネクタイは緩めたまま、上半身だけレジの内側にだらーんと倒れ込んでいる。
「えらいえらい、地球回してるよ」
奥の棚で飴の補充をしていたセリカが、ひょこっと顔を出した。
なぜか口には、さっき見たばかりのキャンディの新しいやつ。
「それ、2本目じゃない?」
「さっきのは味見。これは正式に“購入したやつ(予定)”です」
「レジ通してから言ってくれる?」
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夕方の商店街。
蝉が鳴きやんで、遠くから夕飯の支度の匂いがただよってくる。
店の前を通る風が、吊るされた旗をばさっと揺らした。ちょうど洗濯物をはたいた時みたいに。
「そういやさっき、ガチャガチャのとこで小学生が騒いでたよ」
「また何か変なカプセルでも出た?」
「いや、『知らんドアが開いてた』って」
「はは、きっと新種のごっこ遊びだよ。“商店街異世界転移ごっこ”とかそんな感じのやつ」
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「でもこの商店街、たまに変な店湧かない?」
「それ“出店”って言うんだよ。お前が忘れてるだけ」
「“古書と香水の店”とか、“骨董と鍋の間”とか」
「存在しない語感なんだよな」
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セリカはラムネ菓子を補充しながらくすくす笑う。
「まあでも、ほんとに異世界とかあったらさ」
「またその話?」
「このバイト代が金貨5枚分くらいにならないかなって」
「むしろ異世界の方が搾取キツそうだよ? “労働は貴族の命令である”とか言われてさ」
「やだ、絶対ユウト毎日グリフォンの世話とかさせられるよ」
「それバイトじゃなくて試練じゃん……」
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ガチャガチャがコトン、とひとつ落ちる音がした。
「俺、もし異世界に行ったら“バイトしなくてもいい世界”がいいな」
「むしろ“労働を求めて異世界へ”って感じしない?」
「それただの現実逃避の延長戦……」
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レジ横の古びた扉が、ギィィ……と、誰も触れていないのにほんの少し開いた。
向こうには暗がり。そこに何があるか、誰も確かめようとはしなかった。
ユウトがぼそっとつぶやく。
「……で、そのキャンディ、今日の“試食”何本目?」
「業務試食は回数に含まれません」
「お前それ去年も言ってた」