後
ロージーの弟は、フェリックスと名付けられた。
ロージーの父から緑色の瞳を、クラリッサから金色の髪を受け継いだ。天使のような可愛い子だった。
「ピーター。どうしてフェリックスはあんなに可愛いのかしら」
ロージーは少し結婚について照れているだけで、他に意図はない。だから前と同じ態度でピーターに接する。しかしピーターはロージーが別の人と結婚するかもしれない、そんな勘違いをしているので態度は少しそっけないものになっていた。しかもあれから半年が過ぎ、ピーターの身長がまた伸びた。ロージーは身長は変わらないが、胸やお尻がふくよかになっていた。
「まあ、二人のいいところを受け継いでいるからね」
「そうね。私の緑色の瞳と一緒だし」
「そうだね」
ピーターはキラキラと光る緑色の瞳を向けられ、反射的に目を逸らした。
一年半前は意識していなかった気持ち、それが今ピーターの中でどんどん大きくなっていて、ロージーをまともに見れなくなっていた。
しかも将来は自分ではなく、別の男に嫁ぐ相手と勘違いしたままなのだから。
「ピーター。最近おかしくない?」
ロージーはそんなピーターの様子に気が付いていて、時折聞いてくる。
「うん。別に。忙しいからかな」
実際ピーターはすでに子供期を終え、跡取りとして学ぶことが多くなっていた。牧場の経営は肉体労働だけではなく、帳簿などの計算作業もある。それらを父親と母親から学んでいるのだ。
「そうか。私、邪魔かな」
「邪魔じゃないよ」
腰を浮かしたロージーをピーターは反射的に止めてしまった。
じっと緑色の瞳で見上げられ、ピーターの気持ちが高まる。
けれどもそれを押さえた。
「やっぱり邪魔かな。ロージーも忙しいだろ」
「……うん。じゃあ、またね」
こうして二人の誤解は解けないまま、半年が過ぎる。
二人は十六歳になっていた。
ロージーにとっては社交界デビューの年齢である。
「行きたくない。なんであんな窮屈なドレスをまとっていかないといけないの?」
「貴族の義務なんだよ。ロージー。一回だけでいいから」
「そう一回だけよ」
すっかり打ち解けた、母親にもなったクラリッサは柔和な笑みを浮かべて、夫アンドリューの加勢をする。
「一回だけでいいのね。挨拶したら帰ってもいい?」
「もちろん。そうしよう」
エスコート役は父アンドリューだ。
クラリッサはフェリックスと屋敷でお留守番だ。
ドレスにまったく興味ないロージーのため、クラリッサがドレスを選ぶ。
コルセットを締め上げられ、悲鳴をあげながら、ロージーは準備を終わらせた。
そうしてアンドリューと共に会場へ出かけた。
国王陛下の挨拶をなんとか終わらせ、ロージーは役目は終わったとばかり、父に目をやる。しかし父は王宮の仕事仲間と話をしていた。
コルセットで締め上げられているので食欲などあるはずもなく、ロージーは壁の花と化していた。今日で最後と決めているので、社交をする予定もない。そうして突っ立っていた彼女に話しかける者がいた。
それはクラリッサの元婚約者だった。
「可愛いらしいお嬢さんだ。名前はなんていうのかな」
ロージーはクラリッサやアンドリューからこの男のことを聞いたことがない。しかし全身から溢れ出る雰囲気で彼がいい人でないことはロージーにもわかった。
なので無視をした。人に名を聞くときは先に名乗るものだ。
だから聞こえていないふりをした。
「ふざけるな。俺の女を奪った男の娘がよ。代わりにお前でもいいんだぜ」
男はぐいっとロージーを抱きしめた。
初めて父親以外の男にこんな風に触れられ、ロージーの体は固まってしまった。全身に悪寒が走る。悲鳴を上げようとするが声がでなかった。自分がこんな弱い存在と知り、ロージーは愕然となっていた。
「ロージー!私の娘を放せ!」
アンドリューが男からロージーを引き離す。騒ぎは伝わり、会場の護衛騎士が飛んできて、男は捕らえられた。
「あの男。絶対に許さん」
ロージーを強く抱きしめ、アンドリューが唸る。
「ロージー。すまない。一人にしてしまって。本当私はなんてこと」
「お父様。大丈夫だから。私も抵抗すればよかったのに。できなかった。あんなに動けなくなるのね」
「ロージー。すまない。本当に、すまない」
アンドリューは馬車を呼び、娘を連れてすぐに帰宅した。
馬車の中でロージーの隣に座り、背中を撫で続ける。
「ロージー!」
家にたどり着くと、玄関にピーターがいた。
着飾ったロージーにピーターは見惚れていた。
そして同時に彼女とは違う世界に住むことを自覚する。
「ピーター!」
ロージーはピーターを見たことで、気持ちが和らいでいた。もっと近くで彼を見たいと慣れない靴で急ぐ。そのため、彼女は彼の手前で転倒しそうになった。それを受け止めたのはピーターだった。しかしロージーは抱かれたことで、あの男を思い出し、反射的に彼の手を振り払ってしまった。
「ごめん」
ピーターは彼女に拒絶されたと思い、謝罪する。
ロージーを抱きしめた時、ほんのり別の男の匂いがしたのも感じていた。
「ピーター。そうじゃないの。あの」
「ロージー。領主様。こんな時間に失礼しました。それでは失礼します」
誤解を解こうとするロージーの言葉を聞かず、ピーターは頭を下げると屋敷を出ていった。
「ピーター!」
「ロージー」
ピーターを追いかけようとしたのを止めたのはアンドリューだった。
「お父様、放して」
「まずは着替えてから。あと湯あみもしなさい。それからゆっくり話をしよう」
「はい」
珍しく真剣にそう言われ、ロージーは素直にうなずいた。
「ロージー。大丈夫?私のせいでごめんなさい」
「君のせいではない」
「そうよ。お母様のせいではないわ!」
あの男のことを思い出して、怒りに燃えながらロージーはクラリッサに答える。
「あの男には相応の処罰を与えるつもりだ。安心してほしい」
「はい」
「はい。お父様」
妻と娘にアンドリューはそう告げる。
そして、彼は本題に入った。
フェリックスは乳母に見てもらっていて、部屋の中はアンドリュー、クラリッサ、そしてロージーの三人だけだった。
「ロージー。君は本当にピーターと結婚したいのか?彼を好きか?」
「はい」
「牧場の仕事をする気はあるのか?」
「もちろん!」
「本来、貴族は平民と結婚するのは難しい。だが、私はどうにかしようと思っている。ロージー、本当にピーターを好きか?」
「はい。大好きです。最近ピーターが冷たくて、もし、ピーターが私のことを好きじゃなかったら諦めるつもりです」
「諦めるのか?そんなに簡単に?」
「だって、ピーターが私のことを嫌いだったら仕方ないでしょ?」
父に問われ、ロージーは少し涙目になりながら答える。
「すまない。ロージー。試すようなことをして。君の気持ちはわかった。後はピーターか。半端な気持ちだと私も結婚を押せない。私から確かめてみよう」
「お父様、それは!」
「強制はしない。ただ聞いてみるだけだ」
「本当ですか」
「ああ」
アンドリューは娘にそう答えたが、隣のクラリッサはハラハラしてそれを見守っていた。
溺愛する娘を簡単に嫁に出すはずがない。
しかも最近の彼の態度はぎこちなく、親としては不安になる。
ピーターがロージーのことを好きなのは確かなのだが、それを確信したい。アンドリューがどんな方法で確かめるのかとクラリッサは不安になっていた。
☆
「ピーター」
「領主様!」
早朝牧場にアンドリューが現れ、ピーターはびっくりしてしまった。
持っていたバケツを落としそうになるくらいだ。
昨日の態度がよくなかったかと少し反省する。
「少し顔を貸せ。話がしたい」
「はい」
領主にしては強引な言い方で、ピーターはますます緊張してしまう。しかし返事をして、仕事を両親に引き続き、アンドリューの後を追って、牧場を出る。
「昨日、ロージーが襲われそうになった」
「なんだって!」
立場も忘れ、ピーターは声を上げる。
「大丈夫だ。未遂だ。だから、ロージーは君に抱きしめられたときに手を振り払ったんだ」
「そ、そうですか。僕は知らなくて」
「そうだ。君は知らなかった。だが娘は深く傷ついた。このまま嫁には行かず、修道院に入ると言っている」
「は?なぜ、そんなことに」
「未婚の身で見も知らぬ男に抱き着かれたのだ。しかも好きな男はそんなことを配慮していない」
「好きな男?ロージーにやはり好きな男がいたのですか?」
「ああ、いるよ。ずっと前から」
「ずっと前から……」
ピーターはアンドリューの言葉の意味を取り違えていた。
「その男は最近なぜか娘に冷たくてね。娘が傷ついていたよ。二年前に結婚の約束もしたのにと」
その言葉でピーターはやっと気が付く。
「君は、娘が好きか?」
「はい」
ピーターは直ぐに答えた。
「娘は君が好きだ。他の誰でもない君をだ。なのに君は勘違いしていたな?」
「す、すみません!ここ一年、結婚の話もしないし、ロージーはどんどんきれいになるし」
「確かに。綺麗になっている」
「そうでしょう?」
「そうだ。違う、そんな話をしたいわけではない。君は本当に娘を大切にしてくれるんだな」
「はい。命を懸けて」
「命を懸けてか。その言葉、肝に銘じろ」
アンドリューらしくない、どすの聞いた声で彼はピーターに約束させた。
こうして、外堀は埋まったのだが、本人たちはぎこちないままだ。
アンドリューからは、もう一つ。
ピーターからプロポーズするように言われていた。
花畑で待ち合わせをして、ロージーにピーターは指輪を渡す。
この一年で彼が貯めたお金で買ったもので、領主の娘がするようなものではない。しかし牧場の妻にはふさわしい指輪だった。
「ロージー。僕と結婚してください」
「喜んで」
プロポーズは成功し、半年後に結婚式を迎える。
そして直ぐにアンドリューの孫が誕生した。
計算すると婚前交渉をしていたことになり、アンドリューはピーターを半殺ししたとかしないとか。
こうして伯爵令嬢は義母にいじめられることはなく、しかも王子でなく平民と結婚して、幸せに暮らしました。
Happily Ever After