84羽目:二人で届く祈り
今日はみぃ視点です。
「やだ」
言ってしまった。
でも、鈍感なルーイにはこれくらい言わないと伝わらない。ゲームだろうとリアルだろうと、私はあなたに楽しんでほしい。
だから、気持ちを抑えない。
どれだけ強がったって、本当は狭いのも、暗いのも苦手なくせに……。なのにどうして、よりによってトラウマを思い出すかもしれないそっちを選ぶのよ。ランタンを握っていた手が震えていたのも、今だって一瞬だけ目を泳がせたのも気が付いてるんだから。
「……大丈夫だよ。みぃなら光の調整パパっとできちゃうからすぐ終わるじゃん!」
「できると思うけど……!」
「ほら、うちは中から閉めるだけだから大丈夫、大丈夫。今までだってすぐ開いたし。問題ないって! 」
またその言葉だ。ルーイがよく言う、私の一番嫌いで、一番好きな言葉。自分に言い聞かせるように『大丈夫』って言う時ほど、この子は無理をしてる。それなのに、その声はどうしてこんなに優しいの。リアルと同じように、自分だけ我慢しないでほしい。
……もっと弱音を出してよ。
「ね? 頼りにしてるよ。みぃなら大丈夫」
鏡を渡すためそっと触れてきた、いつもの温かい手。
手を握られたって、折れたりしない。折れないんだから――。
私は止める言葉が喉につかえて出てこないまま、ルーイは「ファイト! ひよこを数えながら待ってるよー!」と笑って扉へ向かった。ああもう……私のバカバカバカー! こうなったら、さっさと終わらせるんだから! って、ひよこ数えるのって寝るときじゃないの?
ルーイが中から扉を閉じる音が響き、私は急いで何度も鏡の角度を調整して光を結晶へ当てた。緑の光が結晶から溢れ、中央の鏡へ吸い込まれていく。まるで巨大なレンズに焦点が集まるように、光は一点へ収束した。
青、赤、緑の光の束がぐるぐるとフチをなぞって、鏡が白く光り輝く。
《光の導管が起動しました》
装置が起動した! これでルーイも戻ってこれる。ホッと安堵の息が漏れた。部屋全体が淡く白く染まり、揺れる水面みたいに、鏡の中に光の文字が浮かび上がる。
《祈りを捧げよ》
「……祈り? どういうこと?」
光を集めて起動するだけじゃないの……?
そう思った瞬間、聞きたくない音が扉の向こうから響いた。
「おわ! いでっ!」
「ルーイ?! 何かあったの?! 平気?!」
慌てて駆けより扉を押したが、びくともしない。
なんで? どうして開かないの……! 向こう側で何が起きてるの?
「はは、いきなり真っ暗になったと思ったら、水に押されておでこぶつけただけ! VITで痛くないから大丈夫! ただ、水がどんどん増えてるっぽいんだけど、そっちは平気?」
『大丈夫』の部分がいつもより強く聞こえる。まるで自分に言い聞かせているように感じた。扉の開かない原因は、水圧だ。水が増えて空気も減っていく。狭さだって不安になるはず。でも——最悪なのは、暗闇。
なんでこんな時だけ、あの子の一番苦手な組み合わせになるのよ……!
ルーイは暗いところが苦手で大学の合宿で突然停電した時、震えながら腕を弱く掴んできたことがある。その後、申し訳なさそうにトラウマの話をしてくれた。
あの時の声を、私はまだ覚えている。
ゲームだからHPが尽きてポリっても、最後に寝ていた部屋に飛ばされる。だけど、この状況でトラウマを引っ張り出さないか不安。急がなきゃ。……でも、あの子が落ち着くように冷静に。
「うん。こっちは問題ないわ。光は集まったんだけど、鏡に『祈りを捧げる』って文字が浮かんだだけなの……」
「なるほど。そのままの通り、一回祈ってみたらいいんじゃないかな?」
早くしなければと焦っていたが、単純に考えればいいだけだった。確かにここは元聖堂の洞窟。祈りを捧げるのがギミックだとしたら——。
「確かに。やってみるわ」
箱あるはNPCとの会話やメモにヒントが散りばめられている。まずは何度も聞いたロウガさんの祈りを上げてみる。
「我らの水の魂よ。あなたはそのすべてを受け止め、静寂の底に沈めて祈った。涙はやがて波となり、光を映す導きへと変わる。恵みに感謝し、明日を照らす希望と共に歩まんことを――ミレア・ノヴァ」
しかし、鏡には何の変化もなかった。
多くの人に祈られているが、簡略化された祈りではなかったみたい。ならば、こっちの祈りね。
ポンバサーを食べた時の会話の中で『神殿から持ち出した石碑の経典』の話やセレナさんに見せてもらった石碑を思い出す。
鏡の前に立ち、震える息をなんとか整える。私は聖堂の地下で見た祈りを全て唱え、最後の一言を告げた。
「ミレアノヴァ——!!」
……何も起きない。
「なんで……? 何が違うの……!」
「みぃ! ぷっは。祈りってさ……! 一人だと届かないんじゃない?!」
——そうだ。
このクエストは、最初から二人でなければ進めなかった。水位がどんどん迫っているのか、少しルーイの声が先ほどよりも焦っているように聞こえる。視界の隅に見えるPT欄を見ると彼女のHPが徐々に減っていた。扉の向こうで、彼女が息継ぎをするたびに顔を上げて、水面ぎりぎりで必死に立ち泳ぎしている姿が頭をよぎる。
……焦っちゃダメ。
ふぅ……と息を吐いて、心を整える。
大丈夫。……ルーイの口癖。
あなたが自分に使うのは嫌い。でも、私に向けてくれるのは好き。
……今は私が、あなたに向ける番よ。
私が合わせて乗り越えればいいだけ。
「……ルーイ、大丈夫よ。せーの、でそっちにタイミング合わせるから」
「ふっ……! うん! せー、の!」
二人で声を重ね、祈りが始まる——。
我らの水の魂よ、深き悲しみを抱きし者よ。
黒き炎が世界を埋め、悲しみの涙は海を満たした。
あなたはそのすべてを受け止め、静寂の底に沈めた。
その涙はやがて波となり、光を映す導きへと変わる。
我らはその悲しみを忘れず、恵みに感謝し、明日を照らす希望と共に歩まんことを
途中、向こう側で水を払うような音がして、ルーイの声が一瞬震えたけど——大丈夫。
扉に耳を集中させて言葉を重ねる。そして、最後の言葉を告げた。
「「ミレアノヴァ——!」」
光が弾けた。
水面のような文字列が揺らぎ、鏡から祈りが浮き上がる。
悲しみの雫よ、いま希望の星へ還れ。
静寂に沈んだ魂よ、その名を取り戻し、光の岸へと昇らん。
涙が紡いだ祈りは道となり、願いは再び息づく。
導きの符よ、現れよ——。
《ᚨ》
鏡の中心に滲み出た文字が形を変える。最後に残ったのは、ただひとつのルーン。
—— アンスズ。
白い光が台座にはめ込んだ青い結晶へ吸い込まれ、中心に『ᚨ』が刻まれた。
《導きの鍵:アンスズを入手しました》
同時に、轟音が鳴り数秒後に背後の扉がゆっくりと開く音がして振り返る。
「ふへっ。ほんとうに、どざえもんになるところだった~……」
へにゃと笑って出てきたルーイの顔を見た瞬間、胸の中で何かがほどけた。
ほんと……どうしてあなたは、いつもそうなの。ピエロみたいに道化役にならなくてもいい。私の前でくらい怖かったって言えばいいのに。
いつか、素直に気持ちを吐き出してくれるといいな。
「鳥葬以外の方法でポリらないでよね」
「そこに文句言われるの?! ってか、箱あるって鳥葬可能なの?! されたい!」
ルーイの元気な声に、ふっと胸の力が抜けた。
……はぁ。本当にもう……鳥バカなんだから。
濡れた犬みたいにしょんぼりしていたと思ったら、キラキラと急に目が輝きだすルーイ。犬の獣人族だったらきっと今頃しっぽをブンブン振ってる気がするわ。そういう所が可愛いくて、つい弄りたくなるのよね。でも、喜ぶ理由が鳥葬っていうのはどうかと思うの。
……だけど、それに甘い私も私ね。
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