81羽目:第二の部屋 静寂の涙
静寂の扉には、海底で自身を抱きしめて、涙を流している絵が彫られている。みぃが涙のくぼみに結晶を押し込むと扉が手前に開いた。
扉の先は、薄暗く湿った空間が広がっていて、そこかしこに、雷のようにカクついた足を持つ【シビレクラゲ】がゆらゆらと漂っている。まるで水族館の展示のように暗闇の中を揺れ動くイルミネーションみたいに辺りを照らしていた。中央には水たまりのような物があり、その先は天井から漏れている光で所々スポットライトのように照らされている。
「キレイね……でも、触れると痺れるから……って何で触るの?!」
「あばばばばっ! い、いや、か、雷みたいな形してるかららら。足ししし、は、はは硬いのかなって、て……」
全身に電流が走ったようにブルブルと震えているので、上手くしゃべれない。みぃは呆れた顔でため息をつきながら、状態異常回復の瓶を取り出して割るとシビレが治った。
「もう……好奇心は鳥だけにしなさいよ」
「えへへ、ありがとー! ちなみに、イカゲソみたいな感じだったよ! ここもさっきの部屋みたいに、倒せばいいのかな?」
お互い目の前にいるのを一体ずつ倒してみたが、同じ場所に、ふよんっとクラゲが再出現した。
「倒すのは無理そうね。でも、動きを見て避ければ進めそう。ちょっとやってみるわ」
みぃはこコポコポと音を立てるクラゲの間を縫うようにして進み始めると、持ち前のプレイヤースキルで敵を華麗にかわし、水たまりへと到達した。振り返った瞬間みぃの楽しそうな表情が見え、目が合うとこちらにドヤ顔でサムズアップを見せる。
「私の行った道を行けば大丈夫よ」
簡単に言うが、某きのこ兄弟の難しいステージすらクリアしてしまう彼女と違い、うちは操作が下手すぎて初期のステージで猛ダッシュした末、最初の穴に落ちた。うちのようなスキルがない人にとって、スピードの強弱があるここは難関に分類される。早い動きだけの方が反応しやすいんだよねぇ。
盾を構え、みぃの通った道をなぞるが──途中で次の動き出しを誤り、触手が肩に触れた瞬間、バチッ! と乾いた火花みたいな音が弾けた。
体が言うことを聞かない……! その場から動くことができず、次々と流れてくる触手に当たってHPも削られる。
「しびびび、びれっ……!」
「ピッチャーが届かない! ルーイ! そこ一歩右に!」
そうしたいけど、体が痺れて動かせない。HPがどんどんなくなっていきバーが赤くなる。これはヤバイかも……! すると赤い光が鎧の隙間から噴き出し、体の周りに薄い膜が生まれた。
《スキル:【障壁】が発動されました》
触手に触れてもダメージが減ることなく、間一髪で痺れが解けて、右に回避できた。そういえばこの鎧はHPが30%切ったら発動するスキルあったね。ポリっちゃわなくてよかったー! しかし、完全にタイミングを失ってしまった。盾で触手の攻撃は防げてたから、せめてもう片手にも盾があればなぁ……。
「あ、絶縁グローブ、作れるんじゃない?」
先ほどのアナゴンチャクが落とした粘着液を思い出す。取り出したアイテムを手袋の上から広げるように塗り付けて絶縁グローブのように加工してみた。
これで、クラゲに触れても……大丈夫だ! 左手は盾で防ぎ、右手では触手をロープのように掴んで横に退けていきながらみぃの方へ向かう。最後は手でのれんをくぐるようにして雷のカーテンを抜けて、何とか無事に水たまりに到達できた。
「売る以外に、そんな使い方あったの……?」
「叶わない創造はないゲームだからね! ついでにシーちゃんとの結婚も創造してるよ!」
「それは永遠に叶わないと思うわ」
みぃにジト目で突っ込まれる。いっそのこと、この水から女神が現れてお願い事を叶えてくれたらいいのになぁ。ん? この水《静涙の泉》って表示されてる。
「ここ、泉だったんだ。名前があるってことは、重要ポイント……ってこと?」
「多分ね。ちょっと検証してみよ」
奥を見ると、クラゲの群れがさっきより何倍も密集している。先ほどのように、隙間をすり抜けることはできなさそうだ。みぃが水に触れてからクラゲを触っていたので、同じように泉の水に触れてみると、《状態異常耐性:マヒ +30s》のバフが付与された。
「へぇ、こんなのが付くんだ。これで突破しろって事かな?」
「そういうことみたい。でね、クラゲに触れると五秒減るみたいよ」
「あちゃ。きのこ兄弟のスターみたいに、無敵状態にはならないかぁ」
「うん。この密集度から見て、平均三回は接触すると考えると……実質十五秒ね」
みぃが淡々と計算する。ゴールまでは四十メートル弱。障害物ゼロなら余裕だけど、実際はクラゲを回避しながらで、時間はギリギリだろうね。
「倒してもランダムでリポップするし、ルーイが駆け抜けられるといいんだけど……」
「入口で苦戦しちゃってるからねぇ。さっきみたいに、誰かが結晶取ったら全部消えるとかはない感じ?」
「残念ながらね。あそこの地面、よく見て」
みぃが指さした台座の地面を見てみると、うっすらと白い光のオーラを放つ、ガラスの様な線が結晶を遮るように引かれていた。
「あれ、全員がゴールにたどり着かないと解除されないシールドなの」
ダンジョンによくあるギミックらしく、他にも時間内に入らないとシールドで外に取り残される事もあるらしい。ここは、どうにかして、クラゲに触れる回数を減らして二人で走りきるしかないってことだね!
「盾でも防げたから、ブルドーザーみたいにうちが道を開いて、みぃが後ろからついてくるのはどう?」
うちはプレイヤースキルがないからみぃと同じ動きが真似できない。ならば、猪突猛進スタイルで突っ切ってみぃについてきてもらう方が上手く行く気がする。
「トッコーボア作戦ね。鼻先にエサのどんぐりぶら下げて走るやつ」
みぃがふふっと笑いながら言う。馬にニンジンならぬ、イノシシにドングリだね。って、うちはイノシシじゃないわい!
「でも、その方法なら私がルーイの動きに合わせられるし、悪くないかも」
「でしょでしょ! 何事もレッツチャレンジ! あ、みぃの手袋貸して?」
先ほどのように粘着液を使い、みぃの手袋を加工する。ちょっと嫌そうな顔をしていたけど、つけ心地は何も変わらないから安心してほしい。鳥に誓ってもいい。
二人で準備を整え、スタートラインへ並んでみぃが深呼吸し、うちは盾を握りしめる。
爆発が走る合図だ。
「さん、にー、いち! 【シールドチャージ】!」
「【ポーションボム】!」
目の前の道が開け、クラゲの海へ、猪突猛進!
何度か背中や頬にクラゲの触手がかすったけど、バフのおかげで痛みはゼロ。その代わり、視界の端でカウントダウンが鼓動みたいにドクン、ドクンと光っていた。
あと少し! ラストはダチョウのように素早くダッシュ! うわ、時間かなりギリギリだった。白く輝く壁にぶつかったので思わず振り返る。さっき切り開いた道にクラゲたちが雪崩を起こすように戻り始めているせいで、回避ルートが潰されていき、みぃが苦戦していた。
「――っ!! みぃ、しゃがんで!」
ゴールまであと数メートルというところで空間が歪み、クラゲの輪郭がノイズのように浮かび上がってみぃに触れ、彼女の動きが止まった。このままじゃ次のやつにぶつかる! 考えるより先に、手が動いて盾をぶん投げていた。手から離れた盾が、空気を裂く重い音とともに回転する。
パァン――と空気を割るような音がして、迫っていたクラゲが光の粒になって弾け、ギリギリで接触を防いだ。そして、視界に新たなスキルの文字が浮かび上がった。
《スキル【シールドブーメラン】を獲得しました》
みぃは一瞬驚いた顔でこちらを見たが、すぐに表情を引き締め、再び走り出す。残りのクラゲをひらりと躱して無事ゴールすると、先ほどまで密集していたクラゲがすべて消え、フィールドシールドもなくなっていた。
「セーフ! 無事でよかった~」
「カバーありがとう。さっきの……スキルよね。いつの間に取ってたの?」
「今、手に入った」
「えぇ……? なんでそこで覚えるのよ……まぁ、ルーイって鳥運以外はあるしね」
鳥運以外って言うな! 鳥運が一番欲しい。ブーメランみたいに戻ってこないかな、うちの鳥運。でも、ちょっとだけ嬉しそうにしてくれるみぃの顔を見て、胸がじんわり温かくなる。
盾はスキルを取る前に投げたからなのか、装備欄から外れてインベントリに入っていたので、装備しなおしながら説明を開く。
【シールドブーメラン】アクティブ
獲得条件:盾を投げて攻撃する。
効果:盾を投げて範囲内にいる最大五体の敵を攻撃し、一定距離で戻ってくる。ヘイト率がわずかに上昇する。
さっきの部屋で投げておけばよかった! でも、今後アナゴンチャクみたいなのが出てきても、攻撃できるようになったからヨシッ! 気を取り直し、振り返って台座の緑の結晶を手に取る。天井の光にかざしてみると「Ⅲ」の文字が刻まれていた。
「祈りの部屋かぁ……次は土下座して祈る感じかな?」
「それ、謝罪でしょ……いっそ、どざえもん的な意味で土下座してみるのは? ふふっ」
「それだと、魂が召されてるから!! ぷっ、あはは」
二人の笑い声が、静まり返った部屋に気持ちよく響いた。
次は土曜日に更新です。そう14日。つまり、そういうこと(どういうこと?)
[読者の皆様]
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