80羽目:第一の部屋 戦の涙
行く手を阻むように、イソギンチャクのようなモンスター【アナゴンチャク】が部屋を埋め尽くしていた。触手が岩肌を擦る音が、湿った空気に溶けていく。
イソギンチャクじゃなくて、アナゴ……? 近くにいる敵から五本の触手がこちらに向かって伸びている。よく見ると白地の体に黒い水玉模様のチンアナゴがシャーと威嚇していた。名前の横に赤い闘牛マークがついてるので、全部アクティブモンスターなのね。だけど、本体部分は動けないみたいで、チンアナゴは威嚇するたびにみょーんと体が伸びているだけだった。
チンアナゴ部分は水族館に売られているぬいぐるみっぽくて可愛いけど、下の本体はリアリティに溢れすぎている。しかし、この部屋はみぃにとってキツイかもなぁ。
「みぃ大丈夫? じゃないね……」
振り返ると背後にいるはずのみぃがいない。扉の向こうに顔を出すと、彼女はスクロールを握りしめたまま、青ざめた表情をしているが目が殺意満々である。みぃは蛇っぽいのが苦手だからねぇ。水族館では、チンアナゴやウツボの水槽の前を通る時だけ、いつも目を逸らしていたっけ。
「ムリ。ブルドーザーで轢いてきて……」
洞窟丸ごと削れるくらい強そうだけど、もっとファンタジーな物にしようよ……。この調子だとみぃは戦えそうにないので扉の向こうから、PT欄でゲージを確認しつつ待機してもらうことにして、敵はうちが倒していくことにする。
「これで、少しはダメージ上がると思うわ。【即席転写・風】」
みぃがスキルを唱えると短剣が緑のオーラに包まれた。鎧には水耐性もつけてもらった。さて、まずは土台のギンチャク部分を狙ってみるかな。中腰で盾を構え、勢いよくナイフで突き刺す。
「【急所突き】!」
プニッと柔らかい肉の感触が伝わった後に、突き破る衝撃がナイフから手に伝わり、赤いポリゴンと共に紫色のガスが漏れ出して視界が霞む。うへぇ、何このガス。周りが紫色になっちゃったじゃん。ガスだし、時間が経てば消えるかな?
攻撃力を上げるために、VITからSTRにステータスを反転すると予想通りダメージが上がった。何体目かのアナゴンチャクが光の粒子となってまた散る。倒してるはずなのに、何でHPも減ってるんだろう。不思議に思い回復薬を取り出そうとしたら、深紫の視界が点滅しだす。手足が鉛のように重くなり息苦しさで体が動かせなくなった。
「あ、れ……?」
「ルーイ!? 【ヒールピッチャー】!」
どんどんHPが無くなり、ゲージが緑から黄色に変わる。みぃがポーションを投げると、HPがわずかに回復したが、それでもダメージが止まることはなかった。
「あぁ! もう! 見ない、見ない!」
「ふべっ?!」
いきなり片足を掴まれて、後ろに引っ張られたことで顔面ごと地面を削る。何かをパキッと割る音が聞こえると紫の視界が晴れ、ダメージも止まった。
「助かったけど、市中引き回しかと思った……。うち顔面取れてない? 地面にこすりつけた感覚がリアルすぎるんだよね。なんか体も動かせないから、受け身も取れなかったし」
「うっ……地面だけ見てたら足しか見えなかったのよ。取れてたらポーションで直せば平気よ【ヒールピッチャー】。解毒薬送るから、さっきみたいな毒状態になったら使いなさいね」
みぃは後ずさりながら説明し、顔面にポーションを投げつけて部屋から出ていく。痛くないけどね?
「あと、毒は三十秒継続だから!」
そう言い残しサッと扉の向こう側へと隠れアイテムが送られてきた。あの紫のガスって毒だったから、じわじわとダメージを食らってたんだね。そういえば、ゲージの下に紫色の泡みたいなアイコンが出てたから、あれが毒状態って意味だったのか。解毒薬あっても息苦しいのは嫌だし、次はチンアナゴの方を殴ってみることにしよう。
「【シールドチャージ】!」
VITのままでも、チンアナゴたちはスキルを数回使えば難なく倒せた。毒ガスもないし、これなら、そこまで時間はかからなさそうだね。短剣と盾を交互に使い攻撃する。触手が盾を叩くたび、ぬるりとした音が耳にまとわりついた。
「三匹目っと、【急所突き】! しー……?!?!」
数体のアナゴンチャクを倒した所で、急にスキルが発動できなくなった。頭上に「……」と表示された吹き出しマークが浮かんでおり、スキル自体が灰色になって使用不可と出ている。ゲージ下に表示されているアイコンを見ると、吹き出しに斜め線がついていた。今のところHPとかは減ってないけど、声が出せないから、こいつを倒したらみぃに見てもらおう。
《Lv30に到達しました》
《粘着液を獲得しました》
スキル無しでも問題はなかったが、倒すのに時間がかかってしまった。レベル上がったし、いいか。あと、アイテムも落ちたけど、説明文を見ると『ゴムの様な性質の粘着液』と書かれている。何に使えるんだろう。
みぃの所に吹き出しマークがついたまま戻ると、彼女はこちらを見てインベントリから『異常状態回復』の瓶を取り出して割った。すると、吹き出しマークがハッカのような清涼感と共にスーッと消え、スキルアイコンも使用可能に戻った。
「おめ~。あと今のは、沈黙よ。あのアナゴンチャク近距離でしか戦えない人にとってはめんどくさいモンスターね……。遠距離攻撃で倒すのがよさそう」
「あり~! やっと声出せた! うーん、みぃの風スクロールとかポーションボムじゃダメなの?」
「できる……けど、直視しないとターゲット選択ができないから……」
ゲームとは言えども、違う方向にスキルを打てば当たらないようにはなっている。チラッと部屋の中にいるアナゴンチャクを見てサッと目を背けるみぃ。蛇っぽい所さえ見えなくなればなぁ……。これ下のイソギンチャクって地面から剥がれるのかな?
「ちょっと、アイディア沸いたから試しくる!」
「え? ちょ……うっ……」
部屋に戻って念のため口に解毒薬を咥えておく。盾を構えながら一体のアナゴンチャクに近づいて、盾ごしにグイっと押してみると、イソギンチャク部分が床から剥がれ、そのまま体重をかけて押し続けると重力に負けてビターンと倒れた。
おぉ、これで触手部分が見えにくくなった!でも一体ずつやると時間がかかるから、あのスキルでなら一気に地面から剝がせると思うんだよね。おっと、口の中の解毒薬はインベントリにしまおう。
「よし、【シールドバウンド】!」
少し後ろに下がり、盾を地面に叩きつける。叩きつけた所から衝撃が床を駆け巡り、アナゴンチャクたちがポンッと跳ね上がると、パタパタと倒れた。まぁ、ちょっとだけウニョっとしてるのが見えるのもいるけど、先ほどよりいいのでは?
「できた! みぃ、ちょっと見て! これならターゲット選択できるんじゃない?!」
「えぇ……? 確かにこれなら……できるけど。うっ、……私も、やる。やればできる……」
ブツブツと自分に言い聞かせるようにしながら、みぃは風のスクロールとポーションボムで次々と進路方向に倒れているアナゴンチャクだけを攻撃していく。部屋の奥にたどり着き、みぃが台座に置かれた涙の結晶を持ち上げると、部屋に残っていた他のアナゴンチャクたちは「あ~れぇ~」と言わんばかりにデータの残骸のように散った。
「みぃ、お疲れ様! うにょうにょが居なくなったからもう安心だね!」
「箱ある始めてから一番頑張った気がするわ……」
少しぐったりしつつ安堵の溜息を洩らしながら、みぃが黄色い結晶を光にかざすと、『Ⅱ』の文字が見えた。
「二行目の『あなたはそのすべてを受け止め、静寂の底に沈めた』だね。静寂かぁ……何が待ち受けてるんだろ」
「とりあえず、もう蛇っぽいのじゃなきゃいいわ……」
「いっぱい頑張ったもんね、よしよ~し」
未だにぐったりとしているみぃの頭を撫でる。ネコっ毛が気持ちいい。
うちは鳥っぽいのが出てきてほしいなぁ、全力ですべてを受け止めるから、幸せの底に沈めてほしい。
次回更新日は12日、いつもの木曜日になります。
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