75羽目:その表情の裏側
画面に浮かんだクエスト名を見て、思わず眉をひそめた。
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【祈りは記憶となりて】
種別:特殊クエスト
必要人数:2~5名
目的:ローに話を聞く(0%)
状態:進行中(0%)
関連:???
報酬:古書室利用権+???
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……特殊クエストねぇ、何かいっぱいハテナが付いてるけど、どういうこと? しかも今まで必要人数が指定されたことってなかったし。
まぁ、あとでみぃに確認すればいいか、今はローさんの話を聞くのが先だしね。隣にいるみぃを見ると彼女もパネルを確認してローさんに質問を投げかけていた。
「あの、聖女様はなぜ神殿を調べているのでしょうか?」
確かに、それ気になる。神殿が元々祈りの場だとしても、今は教会があるわけだし。それに、教会とかなら直接残された資料がありそうなのに。
「……細かい事情はわかりませんが、聖女様は神殿の歴史をずっと調べていました。洞窟の聖堂に残っていた文献は、海水で流されたり、破損がひどくて……。だから、こうして外から情報や資料を集めるしかないのです。そのお手伝いを私はしております」
一見、いつも通りの淡々とした口調だった。けれど、ローさんの声が、ほんの少しだけ柔らかくなっていたことに気づいた。
「ローさんは、どうして聖女様の手伝いを?」
商人ギルドのサブマスであるローさんが神殿に関わる理由ってなんだろう。うちが質問した途端、彼の無表情だった目つきがわずかに変わり、どこか優しさが籠っているように感じた。
「……彼女に救われたからです。そして、彼女が一人で何かを背負っているのを感じて……放っておけなかった。だから、何とか力になりたいと思いました」
そして、少し熱のこもった口調で語り始めた。
「私、昔は神殿や遺跡を巡る冒険者だったんです。太古の人々が何を思い、何を残したのか……その痕跡を辿るのが、何よりも好きでした。石碑に刻まれた文字、崩れかけた祭壇、意味深な配置の遺物……それらが語る物語を、解析して紐解く瞬間は、まるで時を越えて彼らと対話しているようでした……」
まさか、ローさんにそんな過去があったなんて。遺跡とかってロマンあるもんね。すごくわかる、うちは鳥へのロマンだけど。
そこまで語ったところで、彼はふと目を伏せ、声のトーンが落ちる。
「……ですが、私のスキルは【解析】と【鑑定】のみ。戦闘にはまるで向いておらず、罠には必ずかかり、アイビーラビッツにすら瀕死にされ、岩の隙間に躓いて骨を折る始末で……聖女様に何度治療して頂いたかわかりません」
再びチベットスナギツネのような感情の読めない表情に戻ったローさんは、静かにため息をついた。oh……ウサギで瀕死って! まぁ、でもみんな得手不得手ってあるよね!
「それでも、古代の謎を追う気持ちは消えなかった。聖女様の助言もあり裏方の仕事なら、私の能力を活かせることがわかりました。諦めきれない私に、彼女は道を見出してくれたんです。そんな聖女様の研究を支えることが、私にできる最大の恩返しなんです」
でも、自分の才能を活かして、大切な人のために力を使いたいという気持ちは、すごく素敵だと思う。ローさんはとても聖女様を信頼しているんだろうなぁ。
「今では、サブマスターとして一般には公開されない情報や文献を仕入れることができるので、この仕事にも誇りを持てるようになりました」
語り終えたローさんの表情は、いつもの無表情に見えたけれど、ほんの少しだけ口元が緩んでいて、どこか誇らしげだった。
そして、ローさんは本棚に近づき、迷いなく何冊かの本を選び、うちらに手渡してくれた。
「こちらの本が、聖女様からのご依頼に関係する神殿についてのものです。もちろん、他にも気になる本がございましたら、自由に閲覧していただいて構いません」
出るときは本を持ち出さなければ、ドアに手をかざすだけで鍵が開くようになっているらしい。ただし、再入場にはローさんの立ち会いが必要になるので気を付けてとのこと。
ローさんは仕事があるからと、部屋を後にすると、先ほどのガイドラインに完了のチェックマークが付き、次の指示が表示された。
《完了:ローに話を聞く》
《次の目的:資料を記録・調査する》
みぃが文献を読んで記録してくれるというので、うちは他にも役に立ちそうなものがないか、本棚を見て回ることにした。ついでに鳥ちゃんの本もないかなー!
本棚を指でなぞりながら、素早くタイトルを確認していく。
……ん? この本だけ、ほんのり光ってる?
手に取り、タイトルを確認してみると『妖神神話:水祈録』と書かれていた。表紙を開いてみると、ふわっと古びた紙とインクの香りがする。紙の上に指を滑らせながら、そこに書かれていた文字を目で追った。
◆ 妖神神話:水祈録◆
――遥か昔、世界がまだ若く、神秘なる者と人々が言葉を交わしていた頃、深き海の底に《メレティス海》と呼ばれる領域が存在していた。
その海は、死者の魂が最後に辿り着く場所であり、過去の悲しみを泡に変えて沈める、静寂なる祈りの地であった。
神秘なる者はその力をもって、生者の魂の記憶を見つめ、抱えきれぬ悲しみだけを泡に封じる術を授かっていた。
泡は海底へと沈み、やがて波となって青く淡い光を放ちながら漂う。
その光は、泡に封じられた悲しみを優しく包み込み、まるで祈りの灯火のように海を照らした。それは、悲しみが希望へと変わったことを静かに語る、光の証であった。
人々はその光を『奇跡の癒し――ミレアの涙』と呼び、青き輝きこそが、悲しみが浄化され希望へと昇華する瞬間の象徴だと信じていた。
神秘なる者は、その力を使うたびに、笑顔の裏で魂の痛みを自らの内に受け止めていた。
「摘み取るだけでよいのか。悲しみを眠らせることが癒しと言えるのだろうか?」
神秘なる者は静かに問い続けていた。泡に封じられた悲しみは、癒えたのではなく、ただ深く眠っているだけなのだ。
それでも人々はその苦悩を知らず、やがて「悲しみは海に委ねればよい」と慢心し、自ら悲しみと向き合うことを忘れていった。
そして、ある日魔の者が現れた。
彼らは《メレティス海》の力に目をつけ、感情を選び取る術を奪おうとした。
光を奪い闇の心を持つ兵を生み出し、世界を支配しようとしたのだ。
魔の者は黒き炎で世界を覆い、多くの魂が悲しみに沈んだ。黒い悲しみに染まった者は、やがて魔の手に落ちていったのだ。しかし、飲み込まれなかった者もいた。ミレアの涙の施しを受けなかった人達だ。
闇の心を目の当たりにし、ようやく人々は気づいたのだ。感情は誰かに委ねるものではなく、自ら祈り、乗り越えるものだったんだと。だが、時を戻す事などできるはずもなく、人々はただ後悔し己を責めた。
このままでは、世界が黒き悲しみに押し潰されてしまう。神秘なる者は己のすべての力を振るい、《メレティス海》をもって世界を包み込んだ。泡に悲しみを封じ、希望へと変える祈りの波を起こしたのだ。
神秘なる者は命を賭して魔を封じたが、その代償として深い眠りについた。
今もなお、《メレティス海》の底には「ミレアの涙」が眠っている。それは、癒えぬ悲しみの記憶であり、希望へと変わる波を待つ祈りの光。
悲しみよ、波となれ。
涙よ、光となれ。
そして、記憶を継ぎ――新たな旅路へ。
最後の一説を指でなぞる。
ページを閉じると、静かな余韻だけが残った。
視界に、部屋の淡い光が差し込む。
この神話、どこかの土地の伝承だろうけど……炎に覆われた世界か。イグナさんの映像が脳裏に浮かんだ。それに、この物語はうちらのクエストに関連している気がする。うちは一番上に表示し続けているクエストを見る。
《クエスト:七つの封樹と精霊王の記憶【4/7】》
《目的:波の眠る場所へ向かえ》
この話に繋がるヒントなんじゃないかなぁ。他にもめぼしい本がないか確認してから、この本もみぃに記録してもらおう。
少しばかりストックができたので、週2回更新できるかもしれません。基本は木曜日として、できる時にもう一話更新しようと思います!
本当は毎日更新したいところですが、いかんせん書ける時間が限られているので、まったりと楽しみにお待ちいただけたら嬉しいです!
[読者の皆様]
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