58羽目:スパイスは何でもおいしくする(例外アリ)
2人で空腹度と給水度を満たした後、砂浜をしばらく歩くと岩の城壁が見えてきた。
《地上都市南部 貿易都市セレヴィア》へと、ついに到着した。
海に面した貿易都市セレヴィアには、白い壁にの建物が立ち並んでいて、街は陽光を浴びて輝き、金色の屋根に反射すると黄金に覆われているように見える。通り沿いにはヤシの木が並び、風に揺れる葉が地面に優しい影を落としていた。
潮風が頬を撫で、遠くから波の音も静かに響き渡っている。その風には、香辛料の刺激的な香りと、熟れた果物の甘い匂いが混じり、歩くたびに鼻腔をくすぐる。
貿易都市の街だけあって、旅人や商人が行き交う活気に満ちており、どこかアラビアンな異国情緒が漂っていた。
まずは街の中心にあるクリスタルで登録を済ませ、みぃと一緒に街の探索へと繰り出した。
港には大きな船が何艘も停泊しており、褐色の肌をした船乗りたちが、アラビアン風の衣装を翻しながら木箱を積み下ろしている。香辛料、布、宝石――異国の品々が行き交っている。
「ほえー!セレヴィアって、歩いてるだけで旅してる気分になるね!」
「だね」
みぃがクスッと笑いながら同意する。港からほど近い通路に入ると、左右に露店がずらりと並んでいた。スパイス、装飾品、骨とう品、そして食べ物の屋台がひしめき合っていた。
「おぉ、人や物で溢れてる!それに、すごくいい匂いがしてきた!空腹度まだ減ってないけど、せっかくだし、何か食べよー!」
「はいはい、走って迷子にならないようにね」
「はーい……って、うちは子供かな?」
「どっちかっていうと……はしゃぎまわって迷子になる犬?」
犬じゃないわい!はしゃぎまわるけど、迷子にはなりません!
犬ではないが、匂いの元をたどっていくと、何店舗も連なった串焼きの屋台にたどり着いた。炭火の上でぷくぷくと膨らむ丸い食材が、香ばしいスパイスの香りを漂わせている。
「へい、らっしゃい!セレヴィア名物、ポンバサー串のスパイスリミ詰めだよ!甘口、中辛、激辛から選べるよ!」
威勢のいい店主の声に、思わず足を止めた。炭火の上で焼かれているのは、お団子より少し大きい、トゲトゲとした丸い食材。まるでハリセンボンのような見た目だ。沖縄方言でいうアバサー?みぃも興味がありそうな目で見ていたので、買ってみることにした。
「みぃ、これ一緒に食べよ!おにーさん、甘口と中辛1本ずつください!」
「はいよ!熱々だから気をつけてな!」
3色団子のように並んでいるポンバサー串を受け取り、近くのテーブルに腰を下ろす。トゲトゲとしたミニボールのような表面はこんがりと焼かれ、スパイシーな香りがふわりと鼻をくすぐり、思わずお腹が鳴りそうになる。
辛いものが苦手なみぃには甘口の白いポンバサー串を渡し、自分はほんのり赤く染まった中辛のものを手に取る。
「いっただきまーす」
「いただきます」
2人してがぶりと串にかぶりつく。トゲは揚げパスタのような食感で、皮は炭酸のように弾ける刺激が走り、最後にスパイスを練り込んだ魚介のエキスがじゅわりと口の中に溢れ出す。
なるほど、スパイス+すり身でスパイスリミだったのね。
「おいしい!カリッ、パチッ、ジュワッな食感からのスパイシーな魚介のうま味が病みつきになるね!」
「ね、前は勇気が出なくて食べなかったけど、こんなに美味しいんだね。
そういえば、ポンバサーは仲間のハリの刺激でも爆発してちゃうから、潮だまりで1体ずつ狙うのがコツって、釣り掲示板に書いてあったよ」
なんと、仲間のハリでも反応するなんて、繊細な生き物なんだなぁ。あ、弾けるからポンなの??しかし、この食感が本当にクセになる、イグナさんとかこれ好きそうな気がするから、作ってみたいなぁ。
「へー!引き潮で魚がうっかり窪みに閉じ込められることあるもんねぇ。捕り方発見した人に感謝だねぇ、うまうま」
口の中に広がる旨味と香りに、思わず顔がほころぶ。食べながら周囲のざわめきに耳を傾けていたら、数席先からひときわ濃い口調の会話が聞こえてきた。
「さっき船長に聞いたザマスが、はふはふ。今日から大潮だから、もぐもぐ。何日かは船が出せないらしいザマス。くぅー!こんなことなら先週もっと仕入れておくべきだったザマス。からぁー!」
「それは残念でゲスねぇ。ここの所どこも海況のせいで、仕入れが滞っている状態で商人たちは悩ましいみたでゲスね」
声のする方に目をやると、恰幅のいい男と細身の男が、ポンバサー串を山盛り食べていた。生地の良い布で仕立てた服は派手すぎず、指には大きな宝石の指輪が光っていて、何となく商人の様に見える。向かいの細身の男は、背中しか見えないが、腰には錬金術師が使うような試験管の入ったポーチを下げていた。
2人共マークがないから、NPCか。あんな濃いタイプもいるんだねぇ。
そんな濃い口調で話していた、商人風の男が手にしている串は、真っ赤に染まった激辛ポンバサー串だった。激辛をあんなに山盛り食べてたら、口の中の感覚がしばらく麻痺しそう……。
「ほんと、そうザマス!ひぃひぃ。最近はどこも売り上げが落ちてるザマスよ。はぐっ。あっづ!ふぅふぅ。資金繰りに困ったものザマスねぇ。もぐもぐ」
「また回収に行けばいいでゲス!吾輩もお供致しますでゲスよ!あ、この後、いいお店をご紹介しますでゲスよぉ~、旦那も気に入る子がいっぱいでゲスぅ、ぐふふふ」
「んむっ。お主も知恵が回るようになったザマスねぇ。そして、オレ様の好みがわかっているとは、さすがザマス!むふふふふっ」
どこか悪代官のようなノリで、商売話に花を咲かせる2人。みぃも聞こえているかもだけど、見えてない位置でよかったかもしれない。あの揉むような手つきを公でするのはいかがなものかと。
「刺激が好きそうな人たちね……毒瓶をプレゼントしようかしら……」
「気持ちはわかるけど、NPC相手でもそれはやめとこうか?」
やっぱり聞こえていたようだ。あれだけ大声で話していれば聞こえるよね……。みぃの思考力が、セクハラ親父たちの会話のせいで刺激的になってしまった。このまま行くと本気で毒瓶ぶつけそうだわ。その劇薬スパイスはぶちまけちゃダメだからね?あ、でもジョンさんなら悦ぶからいいかな?
それにしても、大潮か。つまり、潮が最大に引く時。これは、自分でポンバサーを捕まえて料理してみるチャンスかもしれない。イグナさんにも食べさせてあげたいし、潮だまりでポンバサー捕りしてみますか!
―どこかにいる2人―
「ぶへーーーくしょい!!!」
「ちょ!こっち向かないでよ!」
「ズズッ、堪忍してやぁ、誰かご褒美の噂でもしてるんかなぁ?」
「バツとして今すぐ椅子になりなさい」
「わはぁい♡」
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