54羽目:炎の記憶の鱗片
赤く染まった街。
焦げた木材の香り。
炎が揺れ、場面が切り替わる。工房の奥、3つの影が炎の灯る炉の前に立っていた。その中にいた、1人の男の目が、ただ一点、炉の奥に揺れる炎を見つめたまま口を開いた。
『……俺が、あいつを止めていれば……いや、最初にこんな導具を思いついてさえいなければ……!』
男の声は震え、胸の奥から絞り出すようだった。
『……マリーから。街の人々から家族を奪ったのは俺だ……!』
喉から押し出すように、絞り出したその声は低く、重い。
冥王が力を求め、狙ったのは導具を作っていた、この都市だった。
導具
それは本来、人々の暮らしを豊かにするために作られたはずだった。だが、冥王の手に渡った瞬間、それは兵器となり破壊の象徴となった。
その責任を、男は誰よりも深く感じていた。
また炎が揺れ、男の瞳に過去の情景が映し出される。
民を守るために戦った者。家族を失い、怒りに身を焦がした者。
復讐に命を捧げようとした者の怒り。そして、愛する者に裏切られた、虚ろな顔。その誰もが、男の開発した導具によって命を奪われた。
炉に灯された炎がただ煌々と熱を放っている中、もう1人の男――精霊王はゆっくりと、隣に立つ妖精に語りかけた。
『イグナ……あやつはお主の弟弟子だったそうだな』
『はい。そして、「魔」の話をしたのはオイラです。あいつがそれを知らなければ、あんなことには……!オイラが撒いた種です。この国のすべての怒りを受け止める責任が、オイラにはある』
イグナさんは歯を食いしばり、拳を握りしめ、炉の炎を見つめる。
『バカいうな!それならこの導具を最初に作った俺の責任だろうが!弟子であるお前が取る責任じゃねぇ!』
男――グラウスさんが声を荒げて、壁を拳で叩いた瞬間、炉の炎が一瞬だけ激しく揺れた。後悔が場の空気を揺らし、張り詰めた緊張が肌にじわりと染み込む。イグナさんは炉から師に視線を移し口を開く。
『確かに師匠が最初に発明した。だが、王の側近として、この国の導具の責任者となったのはオイラだ。それが兵器となり人々の命を奪った。だから、オイラは奪われた者たちの怒りを背負う責任がある』
イグナさんはただ静かに、己の責任を受け止めていた。
『この頑固者が……!弟子だけに責任なんて取らせられねぇ、俺ぁ代わりに地上に残る。戦う。もう、力のための導具は作らねぇ。これからは、人を救うための導具だけを――それが、俺の国への、家族への贖罪であり、師としての責任だ』
炉の炎が揺れる中、師と弟子、そして王。それぞれが自らの責任を背負い、言葉を交わす。
『お前たちのその誓いが、いつかこの世界を救うであろう。だが今のままでは、この怒りが次なる復讐を生みかねぬ。
イグナ=ヴァルグレアよ。お主の炎は、過去を焼き、未来を照らす。今は、この世界の怒りの記憶と共に、この炉を封じる要となるのだ。
我が民の怒りを鎮めることができなかった余は、王として、友として、あまりにも無力であった……。すまない、わが友よ、地上は任せたぞ。
イグナよ、新たな世界が訪れし時――復讐の炎ではなく、生きるための情熱の炎の導きとなるのだ』
その言葉とともに、男と妖精が頭を垂れると、炉の炎がふわりと舞い上がり、天井へと昇っていく。
炎の記憶がゆっくりと薄れ、まばゆい光が静かに消えていく。気づけば、うちは再び祭壇の前に立っていて、イグナさんはみんなに向かって静かに語り始めた。
「これが王との記憶だ。オイラはその後、この町へ魔に操られた者を誘導し、鍛冶神殿の炉と世界の怒りの記憶を封じた。人々が怒りや憎しみに蝕まれて、再び兵器を作って復讐の連鎖を起こさないために……」
少しの間を置いて、イグナさんがまた言葉を発する。
「オイラがわかるのはここまでだ。次の記憶は『波の眠る場所』にある」
そう言い残すとバフの効果が消え、新たなクエストログが表示される。
《クエスト:七つの封樹と精霊王の記憶【4/7】》
《目的:波の眠る場所へ向かえ》
ボスを討伐したというのに、どこか足取りは重く、メンバーたちは静かにダンジョンを後にした。
外に出ると、いつの間にか夜になっており、見上げた空には星々が瞬いていた。その合間に、かすかに揺れる炎のような光が見えた気がした。
「かの戦の裏側には、こんな話があったなんて……。すべての封印が解けたときに、一体、何が起こるのかしら?」
「うーん。いろんなクエストに紐づいてそうやとは思うんやけど……もうちょっとこっちでも調べてみるわぁ。なんや最後のでどっと疲れてもうたわ」
まりんさんがポータルを開き、全員でギルドへと戻る。
その日はそこで解散となり、ダンジョンから出る前に、みぃとも話し合った上で、明日イグナさんをダンジョンから森へ送り届けることに決めた。お互いにログアウトし、それぞれの現実へと戻っていく。
ヘッドギアを外すと、目の前に広がったのは蛍光灯の白い光だった。ゲームの世界で見た焼け焦げた建物とは対照的に、無機質な天井が静かにそこにあった。
枕元に置いたスマホの画面をタップする。時刻は日付が変わる寸前だったが、指先が自然とチャットアプリを開き、彼女の名前を探す。
『もう、寝ちゃった?』
画面を指でなぞり送信すると、すぐに既読がつき、返事が返ってきた。
『まだ。明日は在宅だし、もう少し起きてるかな』
その言葉に、無意識の内に通話ボタンを押していた。
短いコール音のあと、プツッという機械音が鳴り、ひとりだった部屋にもうひとつの気配が加わる。
『さっきぶり。どうかしたの?』
「あはは、確かに。うん、なんかさ……あの話を見たからか、少し心細く感じて。声聞きたくなっちゃった」
スピーカー越しに布のこすれる音が微かに聞こえる。もう少し起きていると言っていたが、ベッドの中にいるのだろうか。
少しの沈黙のあと、みぃの声が耳に届いた。
『……気持ちわかるよ。ゲームってわかってるんだけど、感情移入しちゃうんだよね』
「そうなんだよねぇ。関わりのあるキャラには、ゲーム内でも幸せになってほしいなって思っちゃう」
『そういうところ、瑠衣らしくて私はいいと思うよ』
スマホの画面はひんやりとしているのに、彼女の声の温かさが耳を通して心に染み渡る。少しくすぐったいような、じんわりとした感情が胸の奥に広がり、体温がほんの少し上がるのを感じた。
胸の奥に重く沈んでいた靄のようなものが、少しずつ晴れていく。
現実と仮想の境界が曖昧になった夜。
それでも、澪と繋がっているという感覚が、ひとりではないことを思い出させてくれる。
ちょっと、シリアス回。
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