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2. ファンタジーの世界




 もっとも人口の多い人族をはじめ、獣人やエルフ、巨人、小人、精霊、魔物に魔族など──様々な種族が共存する世界。このグランディニス大陸は、現在大きく分けて五つの国により成り立っている。


 かつて、あらゆる種族の頂点に君臨するほどの強大な力を有する魔族が大陸の覇権を握り、他種族を支配する暗黒の時代が長く続いていたのだが、突如として異なる世界より現れた男女が、その身に宿せし聖なる力を用いて魔族の支配から人々を解放し、安寧の世を齎した。

 そんな救世の存在を、人々は『勇者』ならびに『聖女』として崇め──自由と平和を取り戻した各種族は大陸中に散り、それぞれ風土や文化に合わせた発展を遂げて今へと至る。


 ノーリア王国の王族は、あらゆる種族の祖の中でも特に勇者と聖女に縁深く。そも王国の成り立ちが、魔族との一次戦争において勇者たちと共に真っ先に蜂起し、前線に立って戦い抜いたある集落の人間たちが勝利ののちに、拠点としていた城塞跡地を中心として国を築いたとされている。

 そのため初代勇者と聖女の崩御以降も、国を揺るがすような脅威が迫るたび、勇者と聖女の力を借りるべく召喚の儀を執り行ってきたという記録も残存していた。

 しかしながら、その記録上もっとも新しい召喚の儀は、四代前の国王の御代に行われたきりであり。


 召喚が途切れた期間に、決して少なくはない量の貴重な資料が、紛失してしまっていたのだという。


 今再びノーリア王国を陥落せしめ、それを足掛かりに大陸の覇権を取り戻さんとしている魔族に対抗すべく、王の決断により百余年ぶりに召喚の儀を──という運びになったはいいものの。

 資料の紛失によって、儀式に必要となる陣や条件などの情報が完全ではなかった。


 そういった背景から、不足していた部分はエズラド率いる宮廷魔導士団を中心に、宮廷司書官や尚書官──平たく言えば、王の印章とそれが捺印されるような書類を管理する重要な役職らしい──が一丸となり、死力を尽くして議論と考証を重ね。


「……なんとか勇者と聖女の召喚を試した結果、私とあの女の子が顕れたと」

「仰る通りでございます」


 『世界』の説明という、壮大で長々とした話を一通り聞き終わり。痛むこめかみを押さえながら、実豊は深く息を吐いた。これがゲームの導入であったならありがちな設定だと笑えたが、自分が今まさに存在している現実の話だと言われてしまえば、頭を抱えるしかない。

 項垂れた実豊に合わせて、腰かけていた長椅子が軋んだ音を立てる。おそろしく肌触りのいい、深緑の天鵞絨(ビロード)張りだ。


 貴賓室であるというこの部屋も、この部屋へ来る途中に通った廊下も、それこそ映画の中でしか見たことのないような豪華絢爛さを極めていた。

 ──すべてハリボテのセットであったなら、どれほど良かったことか。


「召喚は本来であれば勇者様と聖女様、男女お一人ずつとなるはずでした。ですが結果として、儀式は失敗に終わったと断じるほかありません」


 此度の失態、我が身の未熟を恥じ入るばかりです。そう言って心底無念そうな面持ちを見せるエズラドに、実豊の肩がぎくりと揺れる。


「あ、あー……いえあの、それについては、」


 やはり、完全に女だと思われているらしい。


 改めて自分の全身を見下ろす。

 白いフレアスリーブのブラウスに、濃紺の花柄レーススカート。胸の下まで伸ばした髪は緩やかなウェーブを描く濡羽色で、今朝家を出た時に確認した鏡に映る顔は、化粧ノリも良くばっちり決まっていた。

 そう、こんな紛らわしい恰好(なり)をしているせいで要らぬ勘違いをさせてしまったようだが、


 実豊は生物学上──そして本人の意識においても、生粋の『男』なのである。


 女装を始めたきっかけこそ、それなりに真面目な理由ではあったのだが。今や、端的に言えば妹への愛情表現と実益を兼ねた趣味となっている。


 おそらく本当の聖女はもう一人の少女のほうであり、勇者として呼び出されたのは、自分に間違いないのだろう。

 ただこの深刻そうな空気の中で「俺、こんなですけど実は男なんです」などという非常に言い出しづらい事実を、一体どう伝えるべきか。


「……とはいえ、一度失敗したからとて断念するわけにも参りません。我々は再度召喚を試みる所存です。そしてお二方には、ひとまずこちらの王城にご滞在いただくことになりますが──、次の新月の晩までに新たな陣を作り、責任を持ってご送還させていただきますので、どうかご安心ください」

「えっ! か、帰してもらえるんですか!?」


 てっきり聖女として魔族と戦って欲しい、などという無理難題を押し付けられるものと身構えていた実豊にとって、送還するという言葉は思いがけないものだった。


 ちなみに前回の儀式の折、召喚された聖女は戦いの中で命を散らし、勇者のほうも忽然と姿を消したという記述のみが残されていたらしい。名前や似姿、その他一切の情報が抹消されており、消えた勇者のその後についても、いまだ不明のままとなっているのだと、確かエズラドは言っていた。

 そんな話もあり、最低まで沈み切っていた実豊の気分が、希望の兆しによってじわじわと浮上していく。


「はい。我々は伝承通りに勇者様と聖女様をお呼びするため、此度の儀を行いました。しかし儀式は失敗し、こちらの不手際で無関係の貴方と、もう一人のお方を巻き込んでしまった以上、お二人を無事に元の世界へとお返しすることは、我々の当然の責務でございます」

「それは……私も勿論帰りたいですから、ありがたいお話なんですけど……その、」


 どうにも、大手を振って喜べない。


 果たして本当に帰れるのかという疑念と、なにより自分が男である以上、召喚は失敗していないはず。つまり、自分にはこの世界において、勇者としての役目があるのだろう。本当のことを告げないまま、彼らを見捨てて帰ってしまってもいいのだろうか。そんな罪悪感じみた迷いも、少なからずあった。


 ただ、それでも。きっと一人元の世界に残して来てしまったであろう、最愛の妹の顔が頭によぎる。美月のためにも、必ず帰らなくては。

 この国の命運なんてものを背負って戦い、万が一にも死ぬわけにはいかないのだ。


「ご心配には及びません。過去にも召喚された勇者様と聖女様が、戦いののちにご帰還なされたという例はございましたゆえ。無論、一度失敗しておいてなにを、とお思いになられることでしょうが……」

「そ、そんなこと思ったりしませんよ!」


  実豊の不安──その一部を察して、柳眉を下げたエズラドが口にした新たな情報は、まさしく希望の後押しとなるものであり。その後ろに付け足された自嘲は、更なる罪悪感を募らせた。


「とにかく、お話はわかりました。過去にも前例があるのなら、きっと大丈夫ですよね。皆さんを信じて、陣の完成を待たせてもらいたいと思います」


 いつまでも腫物に触れるような空気でいるのも、いられるのも、居心地が悪い。短い間でも世話になるのなら、せめて良き隣人くらいの関係は築きたいものだろう。

 努めて明るく、前向きな意思表示と共に微笑んだ実豊に対し。エズラドの鮮やかな光彩を宿す緑の瞳がわずかに見開かれ、そしてなにか眩しいものを目にしたように、細まった。


「──ご寛大なお言葉、感謝申し上げます」


 深い一礼の後。上げられた顔に、暗い翳りは残されていない。


「召喚の儀の間では、便宜上聖女様とお呼び致しましたが……よろしければ、貴方のお名前をお教えいただけませんか?」

「私は秋乃実豊──あ、えっと、ミヒロ・アキノといいます」

「ミヒロ様……とても美しい響きですね。貴方のような、可憐な女性に相応しい」


 その瞬間向けられた笑みと台詞は、痺れるほどの甘さの塊だった。

 美形によるナチュラル口説き文句の破壊力たるや、なんというえげつなさ。実豊は、ただひたすらに戦慄させられた。元より女装などしておいてなんだが、男としての格が違い過ぎる。


 これでもし、自分が真実乙女であったなら。

 異世界に召喚され右も左もわからないという不安な状況で、自分に優しくしてくれる絶世の美形にこんなことまで言われたとくれば、胸をときめかせ頬を赤らめて、うっかり恋が始まっていたかもしれない。

 が、残念ながらそんなフラグは立たないのである。


 その麗しの笑顔や甘い台詞は、今後は是非とももう一人の子の方に向けていただきたいものだ。


「改めまして、私のことはどうぞエズラドとお呼びください。ミヒロ様がこのノーリア王国にご滞在中、快適にお過ごしいただけるよう誠心誠意努めて参りますので、よろしくお願い致します」

「ありがとうございますエズラドさん。こちらこそ、お世話になります」


 立ち上がり、再び差し出された手を──今度は戸惑いながらではなく、しっかりと握り返す。


 こうして、実豊のノーリア王城『仮聖女』生活が始まったのであった。




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