第19話 生存者
非常階段を慎重に進む。
後方はシャッテン、中央に私と城戸さん、前方にナハトの構成。
今のところ、永嶋司令とオペレーターの小林さんから通信はなし。
敵影もなく、35階まで上がっていく。
ガードテクノロジー社の階段を何往復も走る訓練を思い出す。
いつも最後。体力、ついてきてると思うけど、やっぱり能力差があるから、2人についていくのは大変だ。
真ん中だと余計に、神経を使ってしまう。
だめだ、余計なことを考えちゃ、できること、しなくちゃ――。
ひたすら上がっていくと、 ボロ、ボロ、と灰色の欠片が落ちてくる。
瓦礫の一部かな。真上に顔を向けると、爆風で崩れた階段と、そこから剥き出した金属の骨。
『35』が貼られた踊り場より上は曇り空が続く。
「おいおい運がいいじゃねぇか、35階で切れてやがる。壁よじ登らなくて済んだな」
「え……でもここ、もう」
少し下を覗けば地上が小さく見える。
意識が遠のきそうな、ふわりと宙にいる感覚で足が竦んでしまう。
「なきゃよじ登る。訓練させてねぇのか?」
『……城戸』
「へぇへぇ。じゃ、進んでくれ」
35階の扉、というより、大きな穴になってる。
強引に破壊したのかな。
「こんな大きな穴、通常のAPRがいるんじゃありません?」
「多分ね、警戒を続けよう」
「うん」
銃弾は装填してある、いつだって撃てる……大丈夫。
1階のエントランスほど荒れてないけど、天井は亀裂があって、風の漏れる音が聞こえる。
【35階 開発部署】
だらん、と電線に繋がった部署の看板が不安定に揺れている。
非常灯だけだと暗い、曇り空だから余計に周りが見づらい。
「うぅう……あぁぁ」
底を這い、苦しんでる声。
シャッテンがすぐに無線で話す。
「声が聞こえます。生存者かもしれません」
『了解。東セキュリティ社員の可能性がある以上、警戒してください。距離をとってA-eyeで状態確認をしてください』
「了解です」
城戸さんは懐中電灯で周囲を照らし、声の主を捜す。
私達も同じように照らした。
「やめろ!! やめろ!!」
大声を上げて、ばたばたと両腕を振っている。
スーツ姿の男の人で、髪はクシャクシャで瞳孔は大きい、怒ってる?
A-eyeの情報は……興奮状態、高いバイタルサイン、外からのショック状態と精神的ストレスの可能性……。
『ナハト、シャッテン、ブリッツ、武器を収めて離れろ。城戸』
「あぁ、こいつは」
「やめろやめろやめ、お前らが馬鹿にして! そうだ、開発部が、こんなところにとじこぅぐああああ!!」
ふらつきながら立ち上がった。
早口で何を言ってるのか分からない。
学校の保健室で唸ってた人が頭に過る。
「いいかガキ共、APR以外撃つな、俺よりもっと後ろに」
「お前ら、お前が、開発部が、このやろう!!」
顔を真っ赤にして走ってきた。
両手を大きく上げて私に掴みかかる。
A-eyeが、危険だって知らせてる。
攻撃しろって、でも、頭を揺らされて、どうしたら……怖くて、動けない、襟が痛い。
「ブリッツ!」
咄嗟に引きはがしにかかったのは、ナハト。顎を上へ掌底し、仰け反らす。
ふらつき転んだ生存者。
「よしよし、動くな。これ以上暴れたら死ぬぞ。落ち着け」
唸っている生存者に声をかける城戸さん。
何もかも一瞬のことで分からない。
近接格闘、そんな余裕が、出てこなかった……私、何やってるんだろう。
「おま、え、おまえが、あぁ!!」
「え」
四つん這いになって、私の腰にしがみついてきた。
ホルスターから、銃が。
「おいやめろ!」
どこを狙ったのか分からない、破裂音が1発。
血が飛び散る。
生存者は自らのお腹を狙って撃ち込んだ。
「あ、あ、ぁぁあ……」
拳銃を落とし、震わせた両手でお腹を押さえて、生存者は座る。
「あぁくそ、手当するから、お前らは周りを警戒しとけ。あぁ、永嶋、ちょっとアクシデントだ、生存者は無事だ……軽いせん妄状態だが、血が抜けて冷静になるだろ。へぇへぇ分かってる」
城戸さんは平静を保った口調だけど、硬く険しい表情。
拳銃を拾う。
少し、返り血がついてしまって、グローブで拭き取る。
「ブリッツ、大丈夫だった?」
「う、うん……ごめんなさい、わた、し」
ナハトと、私の間に欠片が落ちた。
それも大きな瓦礫の一部。
重い振動が伝わる。
「え」
学校の任務と似た、あの瞬間が頭に刻まれていて、私はすぐにナハトを押し倒す形で飛び込んだ。
音が、大きすぎて耳栓しているのに鼓膜がおかしくなりそう――。




