第一回表現試行 試行作品名『1時59分』
あるコンビニの中で一人歩く若い大学生風の風貌の男。閉店時間が近いのか、もう客は殆どいない。
「はぁー、疲れた疲れた。帰ったらビールでも飲むかぁ。いや、待て。家にビールなかったな」
男はしばらく悩み、手を叩いてこう言った。
「よし、何本か持って帰ろう」
迷うことなく飲料コーナーへと向かっていく足元には、赤いインクで濡らした巨大な刷毛を引きずって歩き回ったような跡が何本も何本もあった。僅かに鉄の香りを漂わせるその液体を一切意に介さず、男は左手に引っ掛けた買い物カゴへと缶ビールを何本か放り込む。
念のためレジに向かおうとした男のつま先に、なにか触れた。目だけで下を見ると、涙を流せなくなったばかりの、若い女の店員の頭だった。茶色に染めた髪を錆の匂いのする鮮烈な色の血につけ込み、それはもう、混沌とした色合いだった。
「うわっ、邪魔っ」
男は、小さな小石でも蹴飛ばす小学生のように、その頭を思い切り蹴飛ばした。爪先が右の顎関節を破壊し、言い表し難い破砕音が耳に入る頃には、日本酒やらワインやらの瓶が積まれた棚をクリーンヒット、ストライクしていた。けたたましく鳴り響く瓶の割れる音に対し、男は人差し指を両耳に突っ込んでいた。
「あぁ〜、うるせーうるせー。自分で蹴ったんだけどさ」
気怠い声で呟く男の口元にも目元にも、笑みさえ浮かんでいない。申し訳無さも、怒りも、なんの表情も分からない。
買い物カゴに放り込んだ缶ビールの本数分だけの代金をきっちりとレジスターの中に入れ、カウンターにへたり込んだ女性店員の体を一瞥する。
何の感慨もなかった。
自分は、何をすれば刺激を得られるのだろう。
こんな荒んだ生活、いつまでも続けられないということはわかっている男だった。
そういえば、なぜ自分は今、ビールの代金をしっかりと出したのだろう。既に殺人という重罪を犯しているというのに?
支払いは習慣ってか?
男は口の動きだけで呟く。
既に様々な価値判断が有耶無耶になってきていた男は、そんなことを妙に重大に考えていた。しかし、そんなことは犯罪心理学の専門家にでも任しときゃぁいいとも考えていた。
「どうでもいいな、こんなことは。結局俺も犯罪者…犯罪心理学の正しさを証明するための一例だし、マスコミの飯の種だし、お茶の間の一般人の批判の的だし、評論家の自説発表のための題材だし…」
すでにコンビニから出た男は、言葉を羅列し続ける。怨嗟か呪詛か、それともランダムか。
スピーカーのツマミをジリジリとひねるように気分が下がっていくのを感じ取った男は、ゆるゆると首を横に振って頭の中をリセットしようとした。
「やめよ。気が滅入る。そんなことより今日の夕飯何食べるか決めてないしなー…」
男はやっと、家路についた。
現在時刻、1時59分。
腕時計がそう、指し示していた。