第九膳 雨の足音
色々あった5月(主に天使様関連)も終わり、本格的な梅雨の時期がやってきた。
傘を差しての登校が増え、足元も濡れて実に不快な時期である。
が、学校の花壇に咲く紫陽花は俺の心を癒してくれた。
「すごいなこれ。めっちゃ綺麗に植わってる」
このある種の芸術とも言っていいほど美しく植えられたこの紫陽花たちは園芸部の植えたものらしい。
ボーッと眺めていると、人の近付いてくる気配を感じた。
「何見てるんですか?」
ヒョコ、と現れたのは我らが天使様こと高梨さん。衣替えにより、涼やか夏服スタイルである。すらと伸びる腕が眩しい。
「高梨さんか。この紫陽花、綺麗だなーって思って」
「確かに。やはり雨の中の紫陽花は映えますね」
「だな」
紫陽花鑑賞はほどほどに教室へ。付き合ってると勘違いされるのは高梨さんが嫌だろうから、俺が先に入室することになった。
「おはよう梓人。早速で悪いが、英語の和訳終わってるか?」
「もちろんだ。……蓮お前、まさか終わってないとか言わないよな」
「神様仏様梓人様! どうかこの哀れな子羊にお恵みを……!」
「本物の子羊は自称しねぇよ。ほら、これ」
「マジ助かる。後でオレンジジュース奢ってやるよ」
「コーヒーにしてくれ」
そんな自称子羊に恵みを与え、席につく。直後、教室が分かりやすく賑やかになるのを感じた。天使様の来訪だ。
「高梨さんおはよう!」
「おはようございます」
「鈴音ちゃんおはよ〜!」
「おはようございます」
安心と信頼の天使様スマイル。高梨鈴音は今日も人気者だった。アイツも大変だな。
露骨に活気を増した教室をスルーして、俺は読書に勤しんだ。
◆
放課後。
授業中も降り続いていた雨は止まる事を知らず、今朝よりも雨足が強くなっている気すらした。
「こりゃすぐ帰るのは無理だな」
そう判断して、俺は図書室へ退避。この機会に新しく本でも借りるか。
運動部たちの「部活休みだって」「ラッキー!」という会話を背に、俺は教室を後にした。中学は運動部だったからな。気持ちはわかる。
◆
俺は借りたかった本を借り、窓際の席に腰掛けた。
なんだか普段より騒がしい図書室を気にせず本を開く。
依然窓を叩く雨の音をBGMに、俺は本の世界に浸った。
しばらくすれば、
「ふぁーぁ」
と。
欠伸とはまた俺らしくもない。借りた本は案外面白かったが、いかんせん長かった。文字を追うのも疲れてきて……
◆
つんつん、と肩をつつかれる感覚で目が覚めた。どうやら、本を読みながら眠りこけてしまっていたようだ。
「おーい、起きてください。もう少しで学校閉まっちゃいますよ?」
「うぉっ、高梨さん!?」
驚いた。俺を起こしてくれたのはどうやら彼女だったらしい。
周りを見渡せば、まばらにいた利用者たちは既におらず、図書委員の先輩も、怪訝な目を俺に向けながら片付けをしていた。
「ほら、早くいかないと彼らが鍵閉めれませんから」
「お、おう。すまん」
俺は素早く支度して図書室を出る。その間際、図書委員と思われる生徒に謝っておいた。
時計を見ると、18時。まさかこんな時間まで寝てしまうとは。
駆け足気味に校門をくぐり、雨のせいでいつもより暗い帰路を行く。
「もう遅いし買い出しに出たくないから、今日は冷蔵庫にあるもんでいいか?」
「はい。私は大丈夫です」
「? なんか嬉しそうだな。良いことでもあったか?」
「いえ、何でも」
冷蔵庫の中身で作れる料理を考えつつ、俺たちは並んで帰った。
「……寝顔、かわいかったなぁ」
寝ている間に写真を撮られていたなんて、この時の俺には知る由も無かった。