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第八膳 きっかけ

 なんやかんやあって、結局鍵を作ることができた高梨さんは、俺ん家に置いてあった荷物を回収して、無事家に帰っていった。


 が、食事をお願いするにあたっての費用の相談という名目で、再び我が家を訪れていた。


「食費の相談?」

「はい。食費は半分払おうと思っていたのですが、人件費と含め、私と篠宮くんで7:3でどうでしょうか」

「いや別に5:5でいいよ。俺の料理は半分くらい趣味の領域だし」

「ですが、それでは私が申し訳ないですよ」

「趣味でクラスメイトから金受け取れないって」


 とか何とか言って揉めたが、人件費込みで、結局6:4に落ち着いた。ったく、5:5で十分だって言ったのに。変なとこで強情なやつめ。


 早速支出を計算していると、くきゅる〜、とかわいい音が聞こえた。


 顔を上げてテーブル向かいの少女を見ると、頬にうっすら朱を宿していた。


「よし、金の話はここまでにして、昼飯にしようか」



 という訳でクッキングタイム。今日の昼はうどんにする。冷蔵庫の中身と気分で決めた。


「まずはスープからだな」


 鍋に水を入れ、しょう油、みりん、さとう、ついでにおろし生姜を入れる。


 やや水分が残るくらいまで煮詰め、今度はうどんだしに麺つゆ、みりんに水を加える。


 ちなみに、今回は市販のうどんだし。今からダシを取るのは、流石に手間がかかる。


「沸騰してきたら次はこいつらだ」


 沸騰したスープに、薄切りにした白ネギ、カットわかめとうどん麺を突っ込む。俺の好みでわかめは多めだ。


 うどんがほぐれてきた頃に再沸騰させ、麺をどんぶりへ移す。


「続いてスープと具材たちを投入……っと」


 最後に火を通しておいた牛肉を乗せて完成!


「む、肉わかめうどんですか」

「そそ。ちょっとばかし運ぶの手伝ってくれ。あ、熱いから気を付けろよ?」


 配膳を高梨さんに任せ、俺は小皿に刻んだネギや天かすなんかを乗せる。


「わぁ、美味しそうです!」

「だろ。ネギや天かすはお好みでどうぞ」


 二人して席につき、手を合わせる。食材に感謝して。


 ご唱和ください。


「「いただきます!」」


 まず、俺は食べる前に天かすを乗っけた。スープにつけとくと美味いんだなー、これが。


「ん、濃すぎず薄すぎず、ちょうどいいです。お肉も甘めで美味しいです」

「だな。あ、おい。ネギとかも忘れんなよ?」


 市販の物も多いし、そんな大したものじゃないが、高梨さんご満悦の表情が見れて俺は満足だ。


「ふぅ、ごちそうさまです。スープまで隙なく楽しめました」

「そりゃよかった。俺もごちそうさま」


 どうやら、スープまで美味しく飲んで頂けたらしい。こういう麺類のスープって、何故か飲みたくなるんだよな。でもラーメンの時だけはやらない。健康に悪そうだから。


「ほい、麦茶。すまん、飲み物出し忘れてた」

「いえいえ、ありがとうございます」


 冷蔵庫から引っ張り出してきた麦茶をコップに注ぎつつ、背もたれに身体を預ける。


 その後は読書したり、課題の教え合いをしたりして過ごした。教え合いと言っても、俺が一方的に教えてもらっているだけだが。


 ある時、休憩がてら菓子をつまんでいると、ふとこんな話題が上がった。


「そういえば、篠宮くんはどうして一人暮らしを?」

「キッカケの話か?」

「はい。ちょっと気になっちゃって。篠宮さんって、そこらの男性よりよっぽど料理上手ですし、いつ練習したのか、とか気になります」

「そうだな……」


 俺が料理を始めたキッカケは、姉さんだった。


 今から3年前、つまり俺が中学1年生の時。俺の両親は、仕事で海外へ行ってしまった。何でもクジラの研究で成果を上げているから、とお呼ばれしたらしい。


 俺と姉は、学校のこともあり家に残っていた。ちょうどその時は、姉さんが受験期だったため、勉強で忙しい姉さんに代わって、俺が料理をすることになった。


 そして、晴れて姉さんの受験が終わった後も、俺は料理を続けた。いつか親に頼らず暮らして行くために、必要なスキルだと思ったからだ。


 で、俺が高校に入学するタイミングで、学校にも近いこのマンションに一人で引っ越してきた。


「……ってわけだ」

「そうだったんですか。ご両親が海外に……」

「おう。結構海外では有名な研究者らしい。それは

誇りに思うが、俺たちを置いて出て行ったことに関しては、許す気はない」


 仕送りとして、毎月お金とクジラ関連のグッズが送られてくるせいで、俺の部屋はクジラまみれである。


「あ、だからクッションとかほとんどクジラなんですね」

「おう。俺の部屋に押し込んでるからまだまだあるぞ。何なら一個くらい持ってってくれ。置き場に困ってるんだ」

「いいんですか? ではひとつだけ頂きます」


 いつもソファーの上にいる時に抱えている覚えがあるので、気に入ってるのかな、と思ったのもある。どうせあと三つあるし、気に入ったのならくれてやるさ。


「じゃ、今度は高梨さんの話も聞いていいか?」

「確かに、私も話さないとフェアじゃないですね。私は……」


 私は、5年前に母を亡くしました。交通事故だったそうです。


 その時から、父は母の代わりになろうと、一人で何でもこなしていました。仕事が大変なのに、帰ってきたら炊事洗濯掃除。


 食事ぐらい自分で、と思って、私は料理に手を出しました。母の“幸せの味”を再現したい、という気持ちもあったからです。


 でも、どうやら私は不器用みたいで、包丁を持つだけで怪我しますし、鍋に火を掛ければやけどしちゃいました。


 焦った顔で絆創膏を貼ってくれる父に余計な心配をして欲しくなくて、私は料理をやめました。


 私は、見るたびにやつれた顔をしていく父を見るのが辛かったんです。


 そして、私の高校入学と同時に父の単身赴任が決まりました。この家ではセキュリティ面で安心できない、と言って、父はこのマンションの一室を借りてくれました。


 なので、私はより良い大学へ上がって、お父さんの暮らしを楽にしてあげたいのです。


 大きな企業に就職して、今度こそ父にお礼を言いたいんです。私は……お礼が下手だったから、まともに感謝も伝えられていなかったので。


「……とまぁこんな感じです」

「なるほどな。学校で休み時間もよく勉強してるのはそのせいか」

「はい。男手一人で育ててくれた父に、楽をさせてあげたいんです」


 親孝行のため、か。俺は、俺が大人になるまでに両親を許せるのだろうか。


「すみません、暗い話にするつもりは無かったんですが……」

「気にすんな。さて、時間もちょうどいいし、買い出し行くか」

「あ、私も手伝います」

「助かる。今日はたまご2パック買えそうだ」


 大特価、お一人様1パックまで。


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