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第七膳 ハニトー

 翌朝。いつもより控えめな音量のアラームで目を覚まし、寝ぼけ眼を擦りながら洗面所へ。


 顔を洗って目を覚まし、リビングに行ったらあら大変。


「そうだった……」


 リビングには、すやすやとあどけない寝顔を晒す高梨さんがいた。本来俺より早起きだろうに、遠慮して目覚ましを掛けなかったのだろうか。


「高梨さーん、朝ですよー」


 と声を掛けてみるも、んぅ、と艶かしい返事しか返ってこなかった。この姿の高梨さんは、俺の心に容赦なく畳み掛けてくる。俺の中の俺が獣になる前に彼女を何とかせねば。


「腹ペコ天使だからな。トーストでも焼いたら匂いで起きてきてくれねぇかな」


 そんな淡い期待を胸に、俺は食パンをカットしていく。そしてフライパンにバターを入れ、ゆっくりと溶かしていく。


 十分溶けたところでフライパン全体にバターを引き伸ばし、切った食パンを突っ込む。


「おぉ、いい匂い」


 バターとパンの焼ける匂いが漂う中、俺は食パンをひっくり返して裏面も焼く。


 最後にうっすらと伸ばしたはちみつを塗って完成。


「バタートーストの出来上がり〜」


 我ながらいい仕上がりだ。さて、高梨さんは起きてくれただろうか。


 キッチンから顔を出すと、既に彼女は布団から身を起こしており、ふやけた目で虚空を見つめていた。


 ホッと胸を撫で下ろし、俺は高梨さんに声をかける。


「高梨さんおはよう。朝飯作ったから起きてくれーい」

「篠宮さん……あれ? どうして私の家に……?」

「逆だよ逆。俺ん家に高梨さんがいるの」

「へ? ……はっ」


 急に我に返った高梨さんは、バッ、と一歩下がって、布団で顔を隠す。


「そうでした……篠宮さん、おはようございます……」

「おう、おはよう。早速で悪いが、テーブル戻したいから、敷布団動かしてもいいか?」

「はい。洗面所、お借りします」

「どうぞ」


 敷布団を三つ折りにして部屋の端へ。そして、昨日動かした家具類を元に戻し、テーブルにバタートーストとコーヒーを並べる。


 洗面所から戻ってさっぱりした高梨さんと共に、朝食を摂る。


「ん、これ、はちみつが塗ってありませんか?」

「正解。パンが甘めだから、。コーヒーは苦めにしてあるが、苦手なら言ってくれ。紅茶にでも変える」

「いえ、大丈夫です」


 俺も適当にトーストを摘まむ。ふと彼女の顔を見ると、幸せそうに綻んでいた。とろけそう、とでも言うのだろうか。ふにゃふにゃしている。


「やっぱり、篠宮さんの作るご飯からは、幸せの味がします。これなら幾らでも食べれそうです」

「そうかい。俺の料理が食いたきゃまた来てくれ。俺はいつでも大歓迎だ」

「良いんですか!?」

「うぉっ、びっくりした」


 身を乗り出してずいっ、と顔を近づけて来る高梨さんに、つい仰け反ってしまった。


 提案とも言えない軽い気持ちで口にしたのだが、まさかこんなに食い付かれるとは思わなかった。


「コホン、すみません。取り乱しました。で、そのいつでも来てくれ、というのは本当ですか?」

「お、おう。俺は構わないが」

「でしたら、夕飯だけになると思いますが、これからも時々お邪魔しても良いですか!?」

「そんなに気に入ってくれたのか?」

「もちろんです! この料理を食べる為なら私は出し惜しみしません! 食材の分のお金は払いますから、どうかお願いしますっ!」

「オーケーオーケー、分かったから少し落ち着け……」


 興奮した様子で懇願してくる高梨さん。目がいつになくキラキラしている。その小さな身体のどこにそんな元気を隠し持っていたのか。


「その前に、鍵の件を何とかしないとな」

「はっ、そうでした」


 幸いにも今日は土曜日。鍵を探すにせよ作るにせよ、行動は早いうちに起こすべきだ。


「んで、どうするんだ? 鍵。作るのか?」

「そうですね……スペアキーは家の中ですし、業者さんに頼んで開けて貰って、もう一本作ろうかと」

「ま、今なら時間外料金も掛かんないし、それが無難だな」


 という訳で、今日は高梨さん家の鍵作りに付き添うことになった。どうせすることも無いし、相談に乗るくらいなら俺でも出来るだろう。


「あ、家を出るにあたって一つ問題が……」

「どうした?」

「……外に出れる服がありません」

「あ」


 流石に制服で出させるわけには行かないし、姉の服はあくまで滞在用の服。外に来ていくような物ではない。ぐぬぬ……背に腹は替えられない。


「……高梨さんが嫌じゃなければ、俺のを貸すよ」

「すみません、ありがとうございます」


 ……恥っず。



 結局、無難そうな服を何着か取り出して渡した。俺も適当な服に着替えてリビングに戻る。


「ふふ、少し大きいですね」

「……あぁ」


 一般平均のちょい上を行く俺の身長では、小柄な彼女に合うサイズの服はなかった。なので必然的にぶかぶかになってしまう。


 持て余した袖を垂らして照れ笑いする姿の眩しさは太陽をも凌駕する。


 彼女に貸した服は黒のパーカーに細めのスキニーパンツ。パーカーはともかく、ズボンの方は小さくなって捨てようとしていた奴なので、案外サイズが合っていた。


 ついでに、小さめのショルダーバッグを貸し出している。


 割と軽装っぽく見えるが仕方ない。彼女に合いそうなのがこの辺りしかなかったのだ。


「じゃあちょっと業者の方に電話してきます」

「オーケー」


 俺はソファーに腰掛け、スマホを持って廊下に出た彼女を待った。



「10分ほどで来てくれるそうです」

「お、良かったな」

「はい。部屋の中にはスペアキーがあるので、何とかなりそうですね」

「スペアキー……」


 どの家でも大抵そうだろうが、入居する時に鍵は2本もらう。もちろん、我が家にも俺が持っている他に予備が一本ある。


「そうだ。うちのスペアキー、渡しとく」

「へ?」

「あ、いや、時々飯食いに来るんだったら、鍵あった方が良いかな、って。俺が買い出しに行ってていない時だってあるだろうし、火ぃ使ってて目を離せない時もあるからな。女子を外で待たす訳にも行かんし、高梨さんが悪用するとも思えない」

「そ、そうですか。ではありがたくお借りします」


 俺はインターホンの親機の横にかけていたスペアキーを手に取る。


「あ、このキャラクター好きなんですか?」

「ん? あぁそれは姉の趣味。別に俺も嫌いじゃないけど」


 スペアキーについていたのは、ブサイクな猫の人形。オッサンのような気怠さが全面に押し出されている顔の猫だ。


「これかわいいですよね」

「そうか……?」


 イマドキ女子の好みというのは、案外分からんものだ。

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