第五膳 同じ釜の
あれから一週間が経った。
あの肉まんの日以来、高梨さんと話す機会は無かった。ただ、時々目が合うと会釈してくれるようになった。
ちょっとだけニコッとするので、周囲の男子たちが誰に笑いかけたかで沸き立つのもいつもの光景である。
だが実際その視線を貰っているのが俺だと思うと、謎の背徳感が湧き上がってくる。
そして、しばらく話してなかったがゆえに、マンションの廊下で一人途方に暮れている高梨さんを見つけた時は、とても驚いた。
「あ、篠宮さん。ちょうど良いところに。私の鍵、知りませんか?」
「鍵?」
「はい。どこかで落としてしまったみたいで……」
「マジか」
緊急事態である。一人暮らしで鍵を失くしたとなれば、家にいる家族に鍵を開けてもらうことも出来ないので、家に入れない。
「俺も探すの手伝う。鞄とか制服のポケットとかは探したんだよな?」
「えぇ。一回全部ひっくり返しました」
「んじゃ帰ってきた道を探すか。真っ直ぐ帰ってきたんで合ってる?」
「はい。一回帰ってから買い出しに行こうと思っていたので……」
「オーケー」
俺たちはエレベーターを降り、高梨さんが歩いていたという道を探す。俺が帰る時と通る道は同じなので、大体ルートはわかる。
「この辺は俺が探しとくから、高梨さんは、学校に行って落とし物無いか聞いてみて。もしかしたら学校で落としてるかも知れないし」
「そうですね。行ってきます」
そうして俺たちは辺りを探し回ったが見つからず、ただ時間だけが過ぎていった。
そして夕方の6時ごろ。まだ春ということもあって日が沈むのが早い。学校にも無かったそうだし、どうするべきか。
「マンションの管理会社に連絡して、対応してもらえないか聞いてみます」
高梨さんが、スマホを取り出して管理会社の番号を打つ。しかし……
「対応時間外だそうで、結構なお金が掛かってしまうみたいです……」
「マジかよ……」
親の仕送りでの一人暮らしという条件に置いて、余計な支出は避けたい。しかも結構な額が掛かるという。
「どうしましょう……」
本当に困っているようなので、俺は苦肉の策で、一つ提案をした。
「……あの、嫌だったら断ってくれて良いんだけど」
と前置きをして言った。
「俺ん家、来るか?」
◆
「俺ん家、来るか?」
提案したのは苦肉の策。出来れば取りたくなかったが、彼女が困っている以上仕方がない。華の女子高生を外に放れば、どんな危険があるかわかったもんじゃない。
「え、良いん、ですか……?」
「あぁ。ついでに食事も用意する。風呂に関しては、気持ち悪いだろうから俺は近くの銭湯でも行くよ。それでいいか?」
「そんな、悪いですよ! 私が銭湯の方に行きます」
「いや、男としてここは譲れない。女の子に手間は掛けさせられない」
「うぅ……わかりました」
という訳で、急遽高梨さんがうちに来ることになった。100%親切心からの行動だったが、今になってビビっている。冷静に考えて俺はヤバいことを提案している。
だが高梨さんのためだ、と割り切って、俺たちはマンションへ戻った。
「どうぞ、上がってくれ」
「お邪魔します」
家に帰れなくなってしまった高梨さんを家に招き入れる。我が家に女子がいると言うだけで俺のメンタルにはかなりのダメージが入っている。
「取りあえずリビングに居てくれ。俺は飯の準備する」
幸いにも冷蔵庫にはそれなりに食材があるので、二人分用意するくらい訳ない。
さて、さっそく作るか。
◆
しばらくして出来上がった料理たちをテーブルに並べていく。本人たっての希望で、高梨さんも配膳を手伝ってくれている。ありがたい。
今日の夕飯は温かい料理重視で作った。いつも惣菜やパック白米で済ませているらしいので、今日ぐらいあったかいご飯を食べてほしい、という個人的な願いだ。
「凄いですね、こんなにたくさん」
「まぁいつも自分で作ってるからな。量を増やすだけだし、そう難しいことじゃないな」
二人向かい合って席につき、手を合わせる。
「「いただきます」」
早速高梨さんの方を伺うと、まずは味噌汁から行くようだ。今日作ったのは豆腐とわかめの入ったスタンダードな味噌汁。さて、お味のほどは……?
「ん! 美味しいです! こんなに繊細な味の味噌汁、初めてです!」
「お褒めにあずかり光栄だな」
その後の彼女の勢いは凄かった。俺が呆けている間に、ほとんど食べきってしまった。
「……あ、今、食い意地張ってるって思いましたよね!? 女の子なのにパクパクもぐもぐと……」
「いや、そんなことないよ」
「……本当ですか?」
「もちろん。あんな幸せそうに食べて貰えて俺も嬉しい。作った甲斐があるよ」
「その、篠宮さんの作った料理は、“幸せの味“がするので、つい食べ過ぎちゃうんです……」
「幸せの味?」
「はい。ただ料理を作るだけでなく、食べる人の笑顔のために、心を込めて作っている……そんな気がするんです」
「……そっか」
そんなこと、初めて言われた気がする。今まで何度も家で料理を作って来たが、唯一の姉も美味しい美味しいと言って食べてくれたが、幸せ、だなんて聞いたことがない。
初めて貰ったその言葉は、不思議にストンと腑に落ちて、心がポカポカしてくるのを感じる。
「よし。高梨さん、おかわりもあるけどいるか?」
「本当ですか!? あっ、また私……」
「ははは、俺は食べてもらう方が嬉しいから。ほら、お椀貸してくれ」
「あ、お願いします」
高梨さんと向かい合って食べた夕食は、確かに“幸せの味”がした。