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第二膳 お礼

 今年高校に入学し、一人暮らしを始めた俺のマンションの隣には、一人の天使が住んでいた。


 何故これまで気付かなかったのかは甚だ疑問だが、高梨さんにあんな一面があったのも驚きだ。まるで食欲旺盛なリスだ。


 まさかお腹が空いて倒れるほど追い詰められていたのか……? と思うと少し心配だったが、やはり他人の事情にあまり首を突っ込むべきでは無い、という結論に至った。


「二度と話すこともないだろうから、気にするほどじゃないか」


 頬杖つきながら、相変わらず大人気な少女を見つめていると、ぱしっと背中をはたかれた。


「なーに黄昏てんだ? 梓人」

「蓮か。びっくりした」

「おぉー、びくってした。かわい〜」

「うっせ。急に背中を叩くな」


 こいつは大葉蓮。いわゆるリア充という立場に属する勝ち組である。俺のようなモブにも絡んでくれる良い奴だ。


 友人と言えるような友人はコイツともう一人だけなので、学校ではこいつら以外と絡むことは滅多にない。


「てかお前、高梨さんに興味あんのか? 見つめてたけど」

「あ、いや、大変そうだな、と思って」

「確かに。俺もりんりんと居る前は大変だったからな。気持ちはよくわかる」

「モテ自慢はやめろ」


 りんりんというのは蓮の彼女、北宮花梨のことだ。蓮が一方的にアプローチをかけ、ようやく去年から付き合い始めたらしい。クラスが違うこともあってあまり話したことはないが、俺は可能な限りあの女に関わりたくない。


 ボーッと眺めていると、天使様を囲む生徒の集団を割る者が一人。


「やぁ、僕の天使様。今日も変わらず麗しいご様子で!」

「ありがとうございます、金崎さん」


 あの歯の浮くような台詞をサラッと言ったのは、金崎涼太。金髪のイケメンで、金崎グループの跡取り息子である。


 高梨さんとはよくお似合いだ、と言われており、クラスの二大美形である。(俺が勝手に呼んでるだけ)


 ちなみに、彼女が『天使様』と呼ばれるようになったキッカケもコイツ。毎日のようにアプローチを掛けているが、高梨さんは涼しい顔で流している。


 程なくして担任が現れ、天使様に群がっていた生徒たちも席に戻った。


 さて、今日も頑張りますか。



 くぅ〜、と可愛らしい音が鳴ったのは数学の授業中の事だった。


 聞き覚えのある音。今朝も聞いたものだ。そう思って件の少女の方を見ると、薄く頬を染めて俯いていた。


「今誰かお腹鳴った?」

「後ろの方じゃなかったか?」


 クラスの雰囲気的に彼女だとはバレていないようだ。大げさかもしれないが、羞恥と同時に怯えているようにも見えた。ので。


「ごめんなさい、俺です。授業止めてすみません」

「なんだ篠宮か」


 つい庇ってしまった。お節介かも知れないが、身体は先に動いていた。



 昼休み。予想通り俺は、蓮にイジられる羽目になった。


「おいおい梓人く〜ん。そんなにお腹空いてたのかい? 俺がメロンパン奢ってやろうか?」

「砂糖がこぼれるから要らん。さっさと食堂行くぞ」

「そんなに恥ずかしかったのかー? おいおい」

「次はない」

「さーせんっしたぁ!」


 俺は素早い変わり身を見せた蓮を伴って教室を出る。背中に一つ視線を感じるが、我関せずと食堂に向かった。



 放課後。買い出しを済ませエレベーターを上がると、俺の部屋の前に誰かいた。


「あれ、天──じゃなくて高梨さん。どうかした?」

「あの、昼間! 数学の授業のとき、庇ってくださってありがとうございました。その、お礼を言いに……」

「そのためにわざわざ待っててくれたの!? 別に気にしなくて良いよ。俺が勝手にした事だし」

「でも、貰ったら返さなければ行けません」


 と言って握り拳を差し出す高梨さん。俺が手を伸ばすと、そこに硬貨が一枚落ちてきた。


「え、俺恩を売って金を貰う守銭奴とか思われてる?」

「いえ、決してそんな事は! その、私、お礼の仕方を知らなくて……」


 と申し訳無さそうに俯く高梨さん。俺はズバリと言っておくことにした。


「ありがとう」

「へ?」

「それだけで良いよ。綺麗な女性にお礼を言われるだけで俺は十分」

「じゃ、じゃあ男性はダメなのですか……?」

「いやそういう訳じゃ無いけどさ……とにかく、お礼がしたいなら“ありがとう”でいい。それだけ」

「で、では、ありがとう、ございました……」

「お、おう」


 もじもじと恥じらいまがらお礼を言う彼女を見ていると、なんだかこっちまで恥ずかしくなってきた。


「わざわざありがとな。じゃ」

「あ、いえ。では」


 逃げるように彼女と別れ、俺は自分の家の玄関に滑り込む。


「はぁ……本当に何やってんだろうな」


 関わることもないと思っていた天使様。隣に住んでいたことにもビックリしたが、クラスの皆がお近づきになりたい、と思う気持ちが少しわかった気がする。


 あの整った容姿だけが彼女の魅力では無いのだ。


「はぁ、熱っつい……」


 頬に残る熱は、しばらく尾を引くことになりそうだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点]  読みやすい文体、展開の良さ、とても面白いです。  なるほど…少年と少女はこうして自然に出会うものなのですね。今後の展開が楽しみです。 [気になる点]  特にございません。 [一言]  …
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