第十一膳 ニラの梅肉和え
「ただいま」
「あ、篠宮さん。おかえりなさい」
「!?」
びっくりした。誰にともなくただいまを言ったつもりだったが、まさか返事が返ってくるとは。
リビングに顔を出すと、ソファーの上でクジラのクッションを抱えた高梨さんが、顔だけこちらに向けて待っていた。
「すみません、ちょっと早めに来てしまって」
「それは全然大丈夫だ。いつも誰も居ないから、ちょっとびっくりしたけど」
この間貸したスペアキーを使って入ったのだろう。まだ慣れない。あと、やっぱりクジラクッション気に入ってやがるな。
「どこか行ってらっしゃったんですか?」
「あぁ。蓮──友達の家で勉強をな」
「蓮……大葉くんのことですね。テストも近いですし、勉強は大事です」
「だな。じゃ、俺は飯作るからゆっくりしててくれ」
さて。今日の献立は、梅肉和えだ。
梅雨という文字にもある通り、この時期は梅が美味い。
雨で体調を崩しやすい季節。疲労回復効果のある梅が身体にいいのだ。
まずは鍋に水を入れて火をかける。
「そこに刻んだニラを投入……っと」
そのまま30秒ほどニラを茹で、冷水で締める。
「今度は鶏ささみだ」
鶏ささみにフォークを刺して穴を開け、沸騰したお湯に投入。火を止め、フタをかぶせて放置する。
次は梅だ。
今回は種無しのを買ってきているので、種抜きは必要ない。便利な時代だ、
「梅にラップをかけて……と」
道具が梅くさくならないように、ラップで梅を包み、包丁の側面で叩く。
するとその音に驚いたのか、高梨さんが寄ってきた。
「何の音ですか?」
「今梅を叩いてるとこ」
「叩く?」
「そ。よく梅肉和えとかに入ってる梅って潰れてるだろ? それを作ってる」
「へぇー。ということは、今日は梅肉和えですね。美味しそうです」
「その通り。もうちょいかかるから、少し待っててくれ。あ、飲み物の準備頼んでいいか?」
「もちろんです。お茶でいいですよね?」
「おう。助かる」
引き続き幾つかの梅を叩いて、次の工程に移る。
ごま油、だし醤油、塩、炒りごまを混ぜたボウルに、さっき茹でたニラとささみをつっこむ。
皿に盛り付けた後、叩いた梅肉を乗せて完成。
ニラとささみの梅肉和えだ。
「わぁ、梅のいい香りがします」
「梅肉和えだからな。運ぶの手伝ってくれ」
「もちろんです!」
梅肉和え以外の料理も運んで着席。
ご唱和ください。
「「いただきます」」
早速ささみや梅肉を口に放り込んでいる高梨さん。酸っぱいところを踏んだのか、おちょぼ口になっている。
「うぅ、酸っぱいです……」
「一気に取りすぎなんだよ。ほら、ニラとか飯とかと一緒に食え」
高梨さんが次々と箸を進めるのを見ながら、俺はあの質問をした。
「なぁ高梨さん」
「んむ、はい? なんでしょうか?」
「好きな食べ物とかって、ある?」
我ながら会話ド下手な質問である。直球にも程がある。もう少し自然な会話な流れで聞けなかったのか。
「好きな食べ物ですか? そうですね……」
「これから作る料理の参考にしようと思ってな。これからも飯を用意する以上、できれば把握しておきたい」
うーん、と悩んでいたが、すぐに答えは出たようだった。
「私、から揚げが好きです」
「から揚げ?」
「はい。今はもう居ませんが、昔母がよく作ってくれたのがから揚げだったので」
「なるほどな……」
彼女の母が既に亡くなっているのは知っている。だが、改めて聞くと少し悲しい気持ちになる。
だが、彼女の懐かしむような表情を見ると、本当に好きだったのが伝わってくる。
母親も、母親が作るから揚げも。
揚げ物はあまり作ったことはない。だが、高梨さんのためにもやる価値はある。
「あ、あと白ごはんも好きです」
「ははは、いつもたくさん盛ってるもんな」
「恥ずかしいのであんまり言及しないでください……!」
自分で言ったんじゃん。
その後は、いつも通り和やかに箸を進めていた。
から揚げ、か。
時々文字数が、少なくて申し訳ない




