第十膳 勉強会
「そろそろ中間考査だ。各々勉強をするように。一教科でも赤点が有れば放課後補習があるから、くれぐれも気をつけてね」
と担任が締めくくり、今日も学校が終わった。さっさと帰って勉強しよう、と思っていた矢先、蓮に声を掛けられた。
「うちで勉強会するんだけど、梓人も来る?」
「また唐突だな。メンバーは?」
「お前も面識があるヤツだけ」
「じゃあ行ってもいい」
「オッケー」
とのことで放課後は蓮の家に行くことに。俺とは違って蓮は実家暮らしな訳だが、その実家がまたすごい。友人になってすぐ、一度だけ呼ばれて行ったことがある。
「……慣れねぇなぁ」
俺たちは、鳥居をくぐり石段を登る。
蓮の父親は、地域では有名な神社の神主。代々継がれる神社の家系なのだ。
「お邪魔します」
「おう。居間で待っててくれ。茶とか持ってくる」
蓮の家にやってきた。廊下の窓からは、彼の父が勤める神社が見える。
俺は、居間に繋がる襖を開けた。
「あ、来た来た。久しぶりだね、あ・ず・とくん!」
「げっ、何でお前が居んだよ……」
この上機嫌そうな女は北宮花梨。前に少し触れたが、簡単に紹介すると、好奇心旺盛な蓮の彼女だ。
「あれー? れんれんから聞いてないの?」
「あいつ……騙したな……」
俺が北宮のこと苦手なの知ってるくせにぃいいいい。
「北宮、お前とは一回しか会ったことがないが、既に俺はお前が苦手だ」
「嫌いって言わないあたり優しいよね〜。でも絡む」
……まぁいい。今回の名目はあくまで勉強会。こいつは無視して勉強すればいい。
「お茶持ってきた──ってそんな怖い顔すんなって梓人〜」
「名目はあくまで勉強会だ。あいつの好奇心に付き合うつもりはない」
「ははは、わーってるって。りんりんは頭いいからな。先生代わりに呼んだんだよ」
「あと誰か来るのか?」
「いや? この三人」
あいつが『面識のあるヤツだけ』とか変な表現を使ったのはこのせいかよ。まぁいい。この女は苦手だが、勉強を教えてくれるというなら、ごねるのもここまでにしておこう。
「ねぇねぇ、梓人くんは学校楽しい?」
「? オカンかお前は」
「ちょっと気になっちゃって。前会った時は死んで一週間経った魚の目してたんだけどさ。今は死んで1時間くらいの魚の目になってる」
「その例えはどうかと思うんだが」
「で? で? 何かあったの?」
と言われて浮かぶのは、ここ1ヶ月、俺の生活に大きな変化をもたらした天使様のこと。今もよく我が家に夕飯を食べに来る。
確かに高梨さんと会ってから、献立を考えるのが楽しくなっている。あいつの食べる姿は、見ている側まで幸せにする効果があると、本気で思っている。
「むむ、その顔は心当たりがあるって顔だね? もしかして女? 女か?」
「否定はしないが、お前が思ってるのとは違うってことは断言しておく」
「否定しないんだ〜? ふ〜ん?」
「さっさと本来の目的を果たすぞ。ここ、教えてくれ」
「む、なーんかはぐらかされた気がするけど、今回ははぐらかされてあげよう」
俺たちは、中間テストへ向けた勉強会を始めた。
「……俺の彼女が俺といる時より生き生きしている」
泣くくらいなら初めから俺を呼ぶな。
◆
「えっと、3番はこの部分が違うから、消去法で4番だね」
「ここはこの公式を当てはめて……」
「そこは、本文のこの単語を引用して……」
北宮のおかげで、スラスラと問題を解くことができ、勉強会としては大成功だった。
この好奇心モンスターは、合間合間に余計な質問を挟んでくるが、学問に対する才能は本物だ。教えるのも上手い。
ちらと時計に目をやる。
「悪い、俺そろそろ帰るわ」
「ん、おけ。りんりんはどうする?」
「うーん、私も帰ろうかなー」
「じゃあお開きって事で」
今は夕方の6時。本当ならもう少し居てもいいのだが、8時すぎには、飯食べに来るヤツがいるからな。
帰る時間や買い出しの時間、料理する時間を考えれば、あまり余裕はない。
勉強道具を片付けて蓮の家を出ると、北宮が横に並んできた。
「ねぇねぇ、結局教えてくれないの?」
「はぁ、大概お前もしつこいな……」
「だって気になるんだもん」
「向こうにも迷惑かけるから言わねぇよ」
こいつ本当に知りたがりだな……その好奇心が、勉強への意欲につながったのだろうか。
「じゃあ一つだけ言わせて」
「なんだ?」
神社の石段を下っていると、北宮は先に何段か降りて、俺の前に立って止まった。
「その子のこと、ちゃんと幸せにしてあげなよ?」
「……だからそう言う関係じゃ」
「でもその子は梓人くんを幸せにしてくれてる」
「……」
「さっき目の話したけど、前に会った時と全然顔違うよ? とっても楽しそうな顔してる」
「え、俺そんなニヤついてる?」
「休憩してる時、スマホ見て超優しい笑み漏れ出てたからね」
「マジか」
「だからさ。梓人くんを幸せにしてくれてる人なんだから、その子のことも幸せにしてあげてね」
「……善処する」
「その意気だ!」
俺が天使様を幸せに、ねぇ。俺からアイツに提供出来るものなんて、料理ぐらいしかないんだが……
……食の好みぐらい聞いてみるか。
「お、何か決めたっぽいね」
「お前はエスパーか」
「いや、梓人くんは顔に出るタイプだから」
「マジか」
「まじまじ〜」
小さな小さな決意を胸に、俺は石段を駆け降りる。
目の前でポニーテールを揺らしている少女に、心の中で感謝を伝えた。




