第一膳 腹ペコな天使
ラブコメ投稿は初です。よろしくお願いします。
「おはようー、高梨さん」
「はい、おはようございます」
俺の所属する1年2組には、『天使』と称される少女がいた。
その名を高梨鈴音。
金糸と見紛うほど滑らかな茶髪に琥珀色の瞳は見る者を魅了する。
乳白色の肌は未だ穢れを知らず、人形のような整った容姿で無垢な笑みを見せ、今日も男女問わず生徒に囲まれている。
その渦中にいる澄ました顔の少女には、俺だけが知っている裏面を隠している。
あの顔は恐らく……
(お腹空きました……)
の顔だ。
◆
俺、篠宮梓人が彼女と出会ったのは完全に偶然だ。
我が家はマンションであり、一人暮らしする人たちが多く入居している。が、まさかその中に『天使様』がいるとは思いもしなかった。
今朝は雨の予報で、降り出す前に、といつもより早く家を出たときのこと。
「……死んでる」
なんと家の前に人が倒れていた。
しかも手足を真っ直ぐ伸ばして、背筋をピンと張って倒れていた。何とも行儀のいい倒れ方である。
死んでる、というのは流石に比喩表現だが、倒れているからには何かあったに違いない。というか金糸にも似たこの茶髪、どこかで見覚えが……
俺はためらいがちに声をかけた。
「えっと、大丈夫か……?」
すると、返事の代わりにぐぅ〜、と可愛らしい音が返ってきた。
少女は言う。
「お腹空きました……」
なるほど、腹減ってるのか。幸いここは我が家の目の前。
俺は一度家に引き返して、適当に近くにあったパンを引っ掴む。
「ほら、パンやるから食え。ドアの前で倒れられると俺が出られない」
「はっ、コレはメロンパンの匂いです! 貰っても良いんですか?」
「あぁ。はよ食ってそこを退いてくれ」
「えっ、あっ、すみません」
少女はむくりと起き上がり、小動物のように小さな口でメロンパンを食べていた。でもめっちゃ早い。パクパクやんけ。
(なーんか見覚えあるんだよなぁ……?)
俺は既視感の正体を掴めぬまま、彼女が食べ終わるのを待っていた。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
「すげぇ、粉ひとつ落とさず食ってやがる……」
メロンパンは食べているうちに砂糖やら剥がれた皮やらが落ちる。チョイスしたのは自分なので後で掃除しよう……と思っていたら、まさか綺麗さっぱり砂糖の欠片一つも落とさず食うとは。
「お恥ずかしい所をお見せしました。これ、メロンパンのお代です」
「別に良いよ、安っすいパンだし」
「そういう訳には行きません、貰ったら返す。当然でしょう?」
その絶対譲りません、という目を見て思い出した。うちのクラスに一人心当たりがある。
「もしかして、天使様?」
「うっ、その呼び方はやめてください……」
他称天使様の少女、高梨鈴音だ。思い出した。クラスメイトになって短いが、義理堅い少女だと記憶している。
「とにかくこれ! 受け取ってください。私も学校に行かなければならないので」
「あ、あぁ。ありがとう」
俺は渡された硬貨を握りしめ、呆気に取られたまま高梨さんの背を見送った。
「あ、俺も学校」
気付いた頃には、雫が道路を濡らし始めていた。




