第90話 北風と太陽
笑い声が聞こえる
それは大波で無く 小波の奏でる様な音だった
「明日で捜索活動は終了か‥‥」
「はい、これ以上の捜索は無意味だとやっと上にも理解して貰えた様で」
ケイレブ・カーンが微笑みながら答える、
嬉しそうな顔だ、実際嬉しいのだろう。
このハルータでの村民に対する対応5は、六日前に終わった、だが軍人や一緒に来た官吏達はあれからも捜索活動に当たっていた。
正直これ以上の捜索は、もう無駄だと誰もが思って居た、それは軍人や官吏達だけで無く、ハルータの村民も皆が思って居た事だ。
だが悲しいかな宮仕えの身であるコイツらは、
無駄だと分かって居ても、命令無き中止等当然出来ない。
軍人達は海岸沿いを捜索と言う名の散策する日々であった。
時折軍人達は、
『海に入りたい』
『休養旅行に来たみたいだ』
『こんな楽でいいのか?』
だの言って居た。
隊長殿も一度
『海に入りたい』と呟いて居るのを聞いた。
流石に人どころか船の残骸すら見付からない、
そんな状況で気持ちを保つのは難しい。
とは言えダレて居る訳では無い。
発言こそ時折気の抜けた事を言ったりして居たが、
動きは常にきびきびして居たし、ダラダラとして居た事等 一度も無かった。
軍人達は本当に良くやって居たと思う。
ケイレブ・カーンが執務室から退室し、
ふとこの前、軍人や官吏達と飲んだ夜を思い出した
隊長殿事、小物君は、軍人が活躍出来る世では無い事を残念に思って居ると言う様な事を言った。
ここ百年で、大きな戦いは二回しか起きて居ない。
直近で三十年前に、その前は七十年前に起きただけだ、俺に言わせれば二回でも多いと思うが、
軍人達にとっては少ないと感じる様だ。
まぁ帝国が覇を唱える過程では、数えるのも馬鹿らしい位、戦い続けて居た。
だがそれと比べるのは流石にどうかと思うが、
軍人達にとってはそうでは無い様だ。
英雄願望と迄は言わなくとも、余りにも平和過ぎるとの思いがあるみたいだ。
とは言えこちらから積極的に戦を仕掛ける程の愚かさは持っては居ない。
只ただ残念に思って居る軍人が多い。
野心が無いとは言わないが、その野心を満たす為に、只それだけの為に、無駄な戦争を起こしたいとは軍人達は思って居ない。
その様な事は、帝国に対する明確な反逆と言える行為だからであり。
自分達は帝国を守る盾であり、また剣であると言う誇りが有るからだ。
だが残念でもある。
その辺りの折り合いが上手く付かないのだろう。
軍人達は訓練をする位しか出来ない。
であればこそ練度は高い、いや、非常に高い。
今回来た軍人達を見て居ればそれは分かる。
常に厳しい訓練をして居るのが分かる動きだ。
『違う時代に生まれて居れば‥‥』
小物君がそう呟いた。
一緒に飲んで居た軍人達も、俯き気になって居たのがとても印象的だった。
だがなぁ、帝国はとっくの昔に拡大を選択しなくなった。
帝国が覇を唱え既に数百年の時が流れた。
帝国は安定期に入り、巨大化した身体を維持する事に力を入れて居る。
帝国は併吞した国々に対して寛容政策を以て統治して居る。
北風と太陽の童話があるが、帝国は太陽政策を以て統治し、それは成功して居る。
だがそれは、様々な実験の結果得た、ある意味血の教訓の結果でもある。
帝国は新たに得た国を使って、国自体を統治実験の場にしたのだ。
北風政策と太陽政策。
ある支配した国では、冬の厳しい冷たい風の如く
その国を統治した。
ある支配した国では、春の麗らかな太陽の如く、
優しく包む様に、まるで幼子を抱く様に統治した。
百年単位で国自体を統治の実験の場とし、
統治に於けるコストや利点、欠点等を数値として
導き出した、それは冷たい数字であり、冷徹な計算の元に行われた。
そこから導き出された答えが、実証実験の結果が、
帝国の統治マニュアルとなった。
北風より太陽、厳しさより優しさ。
結果的に統治コストが掛からず、最も効率良く統治、併合に利があり、その後の同化が最も効率的に効果的に行える事となる。
人としての基本的善性等で無く、只ただ冷たい計算に基づき、国一つを使った壮大な実験結果に基づく、それも複数の元国家と言われる新領土で、様々な状況、状態の国を使った血に基づく実験の結果得た、統治の為の効率的運用マニュアルだ。
反乱等起きようが無い。
もし反乱が起きたとしても軍が鎮圧するより先に、
その地域の住民が武器を手に取り、反乱者共を叩き潰す為に立ち上がるだろう。
血によって得られた教訓は伊達では無い。
国一つを使った百年単位で行われた実証実験は、
貴重で必要な、生きたデータはそれを許さない、
いや、未然に防ぐ。
そこに軍人達が武勲を得る場は無く、
又、武勲を得る機会を奪った。
だが帝国が巨大で、しかもこれ程の長きに渡り存在し続ける事が出来たのは間違い無く、それ等の生きたデータがあればこそである。
帝国が小揺るぎもしないのは、安定し続けて居るのは、流された血と怨嗟により得られた貴重な実証実験のデータによる物だ。
帝国が拡大を止め、ましてや反乱も起き無いとなれば、軍人達が軍人としての本分を全うする事は難しい。
だが軍人が武を用い、その本分を全うする事が出来る世の中が果たして治世と、より良い世と言えるのだろうか?
あの夜に俺が言った言葉を思い出す。
『隊長殿、私は官吏です、ですがお気持ちは多少なりとも分かります、
ですが軍人が活躍する世の中と言うのは反面、余り良い世の中とは言えません、
私は貴方達軍人を侮辱して居る訳では有りません、
しかしある意味酷い事を言って居るとは思います、
ですが貴方達軍人が活躍し、英雄と呼ばれる世と言うのは乱れ、戦火に見舞われた世と言う事です、
当然この帝国の民も苦しみそして嘆き、平穏とは無縁の暮らしをして居ると言う事です、
繰り返しになりますが、貴方達軍人が暇であり、
訓練しかして居ないと言うのはそれだけ安定した世であると言う事です、
それに貴方達軍人は存在して居ると言うただそれだけで帝国の平和と安定、そして我々帝国の民が
安寧の中暮らして居られるのです、
貴方達軍人の存在自体が我々帝国の民の盾であり、
剣でもあるのです、私は酷い事を言ってる自覚はあります、ですが侮辱して居る訳で無いのはご理解下さい』
『我々の存在自体が意味がある? ですか‥‥』
『ええそうです、貴方達軍人が居るからこそ、我々は安心して暮らせるのです、
確かに武勲を得る場は無いかも知れません、
ですが貴方達が暇と言う事は我々が平穏に、
幸せに暮らして居る証でもあるのです、
精強な軍人が居ればこそ、只そこに存在して居るからこそ帝国が守られて居るのです、
もし金食い虫の無用の長物等と愚かな事を抜かす奴が居たら、私がキャン言わしてやりますよ』
『それは‥‥ 何と言いますか‥‥ しかしキャンですか、何と言いますかその‥‥』
そう言うと小物君は少し照れ臭そうに笑い出した。
他の軍人達も困った様に笑い出し、官吏達も、部屋に居た皆が笑い出した。
うん、だが俺は嘘を付いて居ない。
軍と言う物が有るからこそ、
平和が守られて居るのは事実だからだ。
戦わずともそこに存在して居るからこそ、
只それだけで抑止力となって居るのだ。
勿論それでも争いになる事はあるだろう。
だが軍人達が抑止力と迄言わずとも、相手に躊躇いを抱かせる事となる。
実際それは現実的に考えて間違い無い事実だ。
人は話し合えば分かるとは、あくまで理想でしか無い、空虚な理想、ご都合主義でしか無い。
俺も前世の学生時代に、自分から絡まずとも、
相手からちょっかいを出してきたり、
しょうもないイジリをして来たり、
反論、反撃する手段を持たない奴に際限無い悪意や嘲笑をぶつけて居た奴を幾らでも見て来た。
だが武を修めて居た俺にその様な事をして来た奴は居ない、少なくとも正面からやって来た奴はほぼ居なかった。
当然だ、反撃される事が分かって居て、しかも苛烈な反撃をされる事が分かって居て、その様な事をすればどうなるか何て火を見るより明らかだからだ。
まぁ頭の足りない奴や、不良と言われるしょうもないアホな面子を大事にする奴は別だが、
まともな頭を持って居れば そんな危険な事はしないし、普通は躊躇うものだ。
武と言うのは使わずとも、存在するだけで効果がある物なのだから。
核と似てるかも知れない、使えば強いが使わずとも抑止力として効果が高いと言う意味でだが。
まぁ使った場合エライ事になるのも似てるな。
うん、例えが物騒だ、だが使わ無いでも武と言うのは、存在自体が意味のある物なのだ。
しかし帝国における軍人の扱いをもう少し、考えないといけないな。
軍人は金食い虫の無駄な物では無いんだ。
国を守る誇り高き奴等だし、尊敬されるべき奴等なんだがなぁ‥‥
確かに平和過ぎて皆、余りにも意識しなさ過ぎてる、平和であれば、今は備える時間何だ。
もっと軍人の誇りを大事にしたい所ではあるが‥‥
難しいな、今の俺では権限も何も無いんだからな。
そう言えばバハラの旧知の軍人達は元気かな?
控えめなノックが開かれたドアから聞こえた。
いかんな、人が近くに居たのに気が付かなかった、
最近多いな、気を付けなければいけない。
「あの‥‥ 守長、今大丈夫ですか?」
「ん? おー ジゼルかどうした?」
そんな申し訳無さそうな顔するなよジゼル、
俺はジゼルなら何時でも大歓迎だぞ。
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