第5話 雷鳥花
カモメが鳴いている
目の前ではアンナが泣いている。
今日は風が無い、この季節に無風と言うのは少し辛い、だが風が吹けば、この季節独特の磯臭さも風に乗りここまで運んでくるだろう。
ついでに言うならばアンナの泣き声も風に乗り、
村に運ぶだろう。
「わーん ハンナが引っ掻いた~」
「だから言っただろ、ハンナに構いすぎだって、それなのに・・・」
時は少しばかり遡る
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
朝っぱらからアンナがうるさい。
ついでに言うとカモメもうるさい。
バカみたいにカモメが居る、少し沖に出れば
更に居る事だろう。
まぁこんな日は大漁の日が多い、
村の女衆も今頃ニコニコしながら算盤を弾いて居るだろう。
「ねぇねぇ可愛いでしょこれ? ねぇねぇ私が見つけたんだよ、ねぇ見て、可愛いでしょ」
自称村1番の美人の七歳児が頻りにアピールしているのは雷鳥花と呼ばれる花だ。
この花は雷鳥のように色を変える。
年三回色を変えるのも同じだ。
色の変わり方迄一緒である。
ただアンナの奴が頭に飾っているのは白い花である、雷鳥花は基本冬しか白にならない、
だがコイツの頭に乗っかってる、いや、飾っているのは白だ、雷鳥花はたまにだが突然変異でこの季節に白になる事がある。
そしてこの季節に白になる雷鳥花の事を、
別名カモメ花と呼ぶ、カモメにも色んな種類がいて、羽だけが灰色だったり黒だったり、黒や灰色のまだら模様のカモメもいる。
そして純白のカモメもこの地にはいるのだが、
村の人間は純白カモメを、
幸運の象徴、豊漁の導き手、海の聖霊の使い、美の女神の眷属、と言って大変大事にしている。
当然この白い雷鳥花、カモメ花も有り難がっており、これを見つければ一年間は無病息災、そして豊漁が約束されると言う大変貴重で大変有難い花だとされている。
因みにこの有難い花をバハラに持って行けば、
最低でも金貨三枚で売れる。
金貨三枚、銀貨だと60枚、大銀貨なら6枚、
大銅貨なら600枚、銅貨なら6000枚になる、
半銀と呼ばれる長方形の銀貨なら120枚だな。
帝都であれば大体であるが一家四人が一月、
金貨1.5枚(銀貨30枚)あれば一応生活出来る、
カツカツではあるが・・・
バハラであればギリギリ普通に生活出来る。
帝都でならカツカツ、バハラならギリギリ。
他の都市であれば大体であるが金貨一枚ちょいで生活出来る、
これが帝都とバハラの経済力を物語っている。
帝都の方が僅かにバハラより経済力は上だ、
その分生活費も余計に掛かる。
まぁバハラだって負けてはいない、
バハラは伊達に帝国第2の都市と言われて居る訳では無い。
南方貿易、特に南方諸島との貿易でバハラは莫大な利益を上げている。
地方でありながら地方では無い。
帝国の裏の首都、
帝都サザビーからの還都第一候補、
海上の支配者、
官吏の出世コース最短ルート、
地方行政特別学校、
船乗り達の楽園、
呼び名は色々ある。
俺がバハラに地方行政を学ぶ為に赴任したのも
俺が上に認められたからだ。
俺が特級官吏試験に合格した時、合格者は5人居た。
合格者数は決まっていない、
5人より多い年もあれば少ない年もある。
それこそ合格者0の年だってある。
俺の年は平均的な合格者数であったが、
皆殊の外優秀な者が集まった、
特級官吏試験の合格者は只でさえ優秀だ。
それなのに俺が合格した年は、
今年の合格者5人全員が他の年なら、
首席合格したであろうと言われていた程だ。
そんな優秀な奴等の中で誰がバハラ出向の辞令を手に掴むか、官吏達、そして宮廷雀達の間で噂になっていた。
結局バハラ行きの辞令を受け取ったのは俺だ。
俺が選ばれたのは、とあるレポートが決め手になっている。
特級官吏試験の合格者は帝城での一年間の研修を終えて地方へ出向する時、レポートを提出するのだが、その提出先はこの国の最高権力者、皇帝陛下である。
この皇帝陛下へのレポートの提出は、
特級官吏試験合格者の義務であり権利でもある。
レポートのテーマ内容は自由であり、今迄、様々なテーマのレポートが、時の皇帝陛下に提出されている。
これだけで本の十冊、二十冊は書ける位に多岐に渡っている。
俺が提出した内容は、
『孤児院改革及び孤児派遣の制度化』である。
帝国は福祉制度にもある程度力を入れている。
まぁとは言え反面ある程度でしかない。
それでも他国に比べれば、遥かに手厚いが修正すべき点は有った。
とは言え孤児院改革はついででしか無い。
レポートの肝は、孤児達の労働についてだ。
孤児院に居る子供達は院内で内職をしており、
時折外にも働きに行く。
継続雇用もあるが基本は短期のアルバイトでしかない、継続雇用にしても個人と個人の繋がりで行われており、明確な決まりと言えるものが無かった。
簡単に言うと人の善意と繋がりでしかなかった。
当然ながら世の中善人だけでは無い。
孤児達を、安く使えるちょっとした奴隷、
搾取し虐げても良い使い捨ての人形位に思い
甘い汁を吸ってた奴等が居た。
善意と悪意、人が持つ二面性である。
中には悪意等一切持たず、寧ろ完全なる善意として虐げ、搾取しているような奴も居る。
端から見れば完全なる悪意と搾取の対象として扱っているだけだが本人は、善意と思い込んでいるから尚、タチが悪い。
善意と悪意、その両方を帝都サザビーで見てきた。
であれば明確なルールを決め、
法によって保護するべきである。
更に孤児院の子供達の派遣制度を整備し、
新たな部局を設立、謂わば孤児派遣のギルドの新規設立だ、この世界には冒険者ギルドは無い。
なのでその代わりと言えば大げさだが、
新しい孤児の為のギルドの設立である。
名称は仮で孤児派遣ギルドとしたのだが仮が取れ、
孤児派遣ギルドと決まった。
とは言え官吏達が扱う書類上は別の名称となっている。
書類上の正式名称は、
[保護児童労働派遣協会]
となっている、だがあまりにも堅苦しいので、
[保護児童労働派遣協会]の横に大きな文字で
(孤児派遣ギルド)と書かれている。
そしてこの新たな部局の設立は、
官吏達にも支持された。
まぁ新しいポストが増える訳だからな、
金は掛かるが、ポストが増えるのは大歓迎だと思ってるようだ。
とは言え財務関係の官吏は渋い顔をしたらしい、
財務官吏が気前良く予算を出すなんてのはお伽噺より有り得ない事だ、どんな世界、どんな制度の国でも変わらない絶対の真理だ。
皇帝陛下、今は先帝陛下だが俺のレポートを見ていたく感心されたらしい。
あのレポートが俺の運命を変えた、
あのレポートもその遠因の1つだろう・・・
アレにより俺は皇帝陛下のお気に入りと言われる様になったのだから・・・
あのレポートなぁ、
確かに自分でも会心の出来だった。
特に陛下が感心されたのは指名制度である。
派遣された孤児達は派遣先の現場に何度か行けばその子の人柄や働きが請け負い先の人にもある程度分かるようになる。
後は合う合わないもだ、となれば又来て欲しい子をギルドに伝える。
人は認められれば、単純に嬉しい。
それに加えてお給料が上がれば尚よしである、
ではもう一度来て欲しい子に指名料金を払えば? 子供達は指名は自分の評価だと、実感出来る、
そしてそれは明確な評価だ、
孤児派遣ギルドでは明確な評価基準があり、
孤児院を旅立つ時にその評価は自分自身の就職に直結する。
そしてギルドでは派遣請け負い先がギルドに会員登録出来、会員は子供達の評価を閲覧出来る。
会員はその評価を元に、孤児院から卒業する子供達の中から自分の所に欲しい子達を選べるようになる。
とは言え指名の多い子、特に専属で同じ現場に入って居る子は本人達で院卒業後を話し合っている場合が殆どで、既に内々定している場合が多い。
だからこそである、指名が多く評価も高いが決まって無い子も中にはおり、そう言う子は引く手あまただ。
逆に評価が低い子、評価がいまいちな子は
大変な事になる為子供達は一生懸命働き、
請け負い先も一生懸命働いてくれれば助かり、
子供達、請け負い先両方にとって利がある。
所謂Win-Winの関係になるのである。
先帝陛下も
「誰でも考えそうで考え付かなかった
誰でも思い付きそうで誰も思い付かなかった
実行出来そうで誰も実行しなかった
目から鱗だ」
そう言って大絶賛だったらしいそう後で聞いた。
勿論それだけでなく、
微に入り細に入り考えられた計画であると、
先帝陛下に評価された。
この制度が出来る前それ迄子供達は院を旅立つ時、
ほぼ無一文で就職先に行っていた、
着の身着のまま当座の生活費すら無かった。
働き口で衣食住は面倒見てくれるとは言え
小遣い銭すら無いのは辛い。
だがこの制度が施行されてから変わった。
子供達は院に居る時一生懸命働き少なくとも
ある程度の蓄え持ち働き口に行く事になる。
例えば、子供達の指名料は大銅貨10枚だ、
コレが年100回指名されると銀貨10枚になる。
二年で金貨一枚に、三年間で金貨1.5枚になる、
これは指名料だけでだ。
それ以外に日当もある、日当の内一部は自分達の孤児院の運営費になる。
派遣ギルドは指名料だけで無く、
日当も貯めておける。
引き出し額に関しても限度額が決まっており、
遣いすぎの心配も無いし、盗難の心配も無い為、
安心出来る。
ギルドでの金の預かり所業務は多少揉めたが計画通り行われる事となる。
名称は子供銀行である。
この子供銀行は手数料無料なのだが、孤児院を卒業してから三年間迄しか利用出来無い、
この卒院から三年間の限定であるからこそ、
子供銀行は派遣ギルドに組み込まれる事となった。
とは言え俺のレポートの最初の原案でも
卒院してから三年間としていたのだが、
どう言う訳か卒院から三年間の部分が
皆の頭から抜けていた。
そのせいで実務官吏達の間で混乱し揉める事となった。
後に原因が分かったが噂が独り歩きし、
更に噂に尾ひれが付いたからであった。
子供銀行の業務量だけでも今後膨大になる、
だからこそ三年間の限定である。
それにもう1つ問題がある。
孤児院の子供達に対する優遇が過ぎる、
そんな意見、妬みがぶつけられる事だ。
孤児院の運営は運営は国費が使われている。
教会や極僅かな篤志家等も居る。
だが国営の孤児院は?
篤志家はともかく、孤児を育成保護している
教会ですら、国から補助金が出ているんだ、
言うなれば税金が投入されている。
なのにあまりに孤児を優遇し過ぎると、
必ず不平不満、そして悪意等を
孤児達にぶつけてくる奴も出る。
それは必ず起こる。
その点はレポートにもくどい位に、
何度も何度も書いておいた。
人の感情を余りにも蔑ろにして執り行えば、
必ず手痛いしっぺ返しを受ける。
レポートにもその点をあれだけ書いていたのに
何故、帝国全土での帝国直轄の銀行業務を行うとなってしまったんだ? さっぱり分からん。
曰く、業務量が膨大に成りすぎてとてもで無いが業務が回らない。
官吏の数も足りない、民間の商人達が執り行っている商売に対して、影響が大きすぎる。
商人達が立ち行かなくなり経済が無茶苦茶になる、
その噂のせいで一時期はかなり混乱した。
一部の空気を読まない考え無しのお馬鹿な官吏が、
ポストが増えて良いでは無いかと言い、白い目で見られたりもした。
まぁ結局は先帝陛下が混乱を納めて落ち着いたが‥‥
まぁその混乱で先帝陛下の記憶と心に
俺の存在が完全に残った訳だが・・・
もっと言うと、俺の名が帝国全土の官吏達にも
知れ渡る事となった、それは悪名か、それとも功名か‥‥
まぁバハラに赴任前に色々あってバハラ行きの船に乗船した時はホッとしたもんだ。
ね‥‥ ね え‥‥
「ねぇ~ 守長聞いてる?」
「・・・」
コイツは‥‥ 俺が思い出に浸っているのに‥‥
「ねぇ守長 聞いてるの?」
「うん聞いてない」
「ちょっとどうゆー事! 何で聞いてないの?
おかしいでしょ、何で? ねえ?」
うっせーな、俺だって思い出に浸りたい時だってある、しかしイカンな・・・
どーもアンナと居ると幼稚になってしまう。
肉体が精神に引っ張られるだったか?
アンナがプリプリ怒りながら抗議している。
違うな、ギャーギャー言って、
デリカシーが無いだの
レデイに優しくないだの
女心がまるで分かって無いとかおっしゃってる。
しかもアンナは声がデカイ。
しかも全く周りが見えて居ない。
ハンナがビクッとしてんのにも気づいて無いみたいだ。
「おいアンナ、ハンナがびっくりしてるから
もう少し声を抑えてくれ」
俺のお願いにアンナがハッとした。
やっと気づいたか‥‥
「ハンナ~ ごめんね~」
アンナがハンナを抱き上げて頬擦りしだした。
ハンナが凄い迷惑そうにしてる、
前足を使いアンナを押しているがイマイチ効果は無い。
ちょっと止めた方がいいな。
「おいアンナ、あんまり構い過ぎると引っ掻 かれ‥‥」
アッ!
「うにゃあ」
それはそれは見事なワンツーだった。
ただし爪付きワンツーである。
そして冒頭に戻る。
こりゃあ宥めるのが大変だぞ‥‥