第212話 人狼ゲーム
部屋の外から聞こえて来る賑わいに対し、部屋の中は静寂に包まれている。
椅子にふんぞり返りながら座ってた奴等が今は、前のめりになり、お互いを伺い、忙しなく視線を交わしている。
「ちょっと待て、オメーそりゃ本当か? おい、誰なんだよ?」
「さぁ、誰だろうなローガンおじちゃま。いや、ローガンお・じ・さ・ま」
「・・・」
たった一言で見事に疑心暗鬼になったねみんな。
あれだけみんな仲良しさんだったのに、今は相互不信に疑心暗鬼。ね、本当誰なんだろうねそんな極まった奴は。
「おいおい、マジか……」
「嘘だと思うなら勝手に思ったら良いと思うぞ。俺は別に信じてくれと一言も言わないし、俺の事を嘘つきだと言いたいなら言えば?」
「いや、そうは言ってねーだろ……」
お前自分から俺を嘘つき呼ばわりしてきといて、なに口ごもってるんだ?
てかローガンおじ様は、分かって無いのかな?
色々と考えて喋った方が良いと思うぞ俺は。
「一応ソイツを擁護してやるとだな。女に行きまくって飽きる程遊び、飽きる程女を抱いて来た奴ってのは、最終的に男に走る奴が割と居るみたいだぞ。俺は嫌だけどな。まぁ何だ、そんだけ女遊びをしてきたって事だろ? 遊び人の鏡だな。俺は嫌だけど」
とは言え同性愛だろうが、同性との夜のお遊びだろうが、人に迷惑掛けなきゃ好きにしたら良いと思うし、お好きにどうぞとは思うがな。
本人の自由でもあり、本人がそれで良いと思うなら、他人がどうこう言う権利も無ければ義務も無いんだし、うん、お好きにどうぞとしか言えない。
それにしても皆が誰だ? ってツラしてお互いをチラチラ見て、伺い合ってるのは端から見て滑稽ではあるな。
「おい、クソガキ、お前本当の事か? フカしてんじゃねーだろうな?」
「さぁどうだろうなローガンおじ様。ところでローガン君、キミ……、さっきから何か口数が多いね? 何でなんだい?」
「はぁ? 何を言って……」
おっ気付いたみたいだねローガン君。
ここに居る皆が、キミを見る目が変わった事に気付いたね。
嘘つきは口数が多くなる。この世界でも言われてる事だ。ね、先頭切って聞いて来たけど、今のこの状態ではちょっとの事で疑われるのだよ。
何故なら皆が疑心暗鬼になっちゃってるからね。
信用とか信頼って崩れたら、世界がガラッと変わるんだよな。
「ちょっと待て、違う、俺は違うぞ。おい、待てよ! おい……」
うーん……。皆がキミから一斉に目を逸らしたね。
仲良し倶楽部の夜遊び交流会だけど、キミとは目を合わせたく無いみたいだよ。
「おい、俺ァそうじゃねーんだ。本当だ。なぁ」
バカだなぁ、言えば言うほど。口を開けば開く程。どんどんドツボに嵌まってくのに。
こんな時は必死に否定するのでは無く、むしろ鼻で笑う位の軽い否定を余裕を持って事にあたるか、かるーく短い言葉を落ち着いて否定する位が丁度良いんだ。
これはあれか? 夜遊び交流会は今や仲良し倶楽部となっている。その為皆が気安い関係になってて、素がある程度出るのが当たり前の環境、関係になってるからだな。
これが昔なら、寝取られローガンは鼻で笑うか、余裕を持って否定や、それこそそうだって軽口叩いてたんだろう。
今や良い意味で仲良しこよしな関係だから、それがこの場では、悪い方に作用しちゃってるんだよなぁ。
「まぁなんだ、別にどうでも良いだろ。なぁローガンさん」
「良くねえ。おい、オメーはなんで俺をさん付けで呼んだ?」
「だって他人ですから。あー、あんまり近付かないで下さいねローガンさん。アナタの意志は尊重しますので、私の意志も尊重して下さい。ええ、私は無理なので」
実際他人だしな。俺も他のジジイ共の様に、目は合わさないでおこう。
「ふざけんな、テメーもしかして嵌めたな?」
嵌めて何か無いわ。お前が自爆しただけだろ? それを俺のせいにするな、言い掛かりも甚だしい。心外だよボクは。
俺はただ、否定も肯定もしてないだけだ。しいて言うなら、単純に疑問を投げ掛けただけだし。うん、それをどう受け取るかは、他人の自由だ。
そう、俺は悪くない。欠片も悪くない。何故なら勝手にそう思ったのはジジイ共なんだから。
おっとそうだ。
「まぁ……。俺は一人だけとは、言っては無いけどな……」
独り言だし人に聞かれたら恥ずかしいから、ボソッと呟いておこう。
そうだな、それをどう受け取ろうが自由だし、勘違いする事に関してまで俺は関知しないけどな。
うーん。ジジイ共が皆一斉にギョッとしちゃってるね。何でかなぁ……、俺は小さな声で呟いただけなのに? 聞こえるか聞こえないかで言えば、一応ハッキリ聞き取れる位のボリュームではあったのかな? 良く分からないが。
あらら、またおじ様達が周りを見始めたぞ?
疑惑、疑い、猜疑。今のこの場はそんな言葉が口に出ないだけで、無言の単語が飛び交ってるねー。
何かコレ見た事ある光景だな。あれはなんだったっけ?
と言うか皆無言になっちゃったな。そりゃそうか。下手に口を開けば疑われるもんな。
沈黙こそが正解、そう思ってんだろうなコイツら。だがなぁ、疑惑だとか猜疑心ってのは、結構成長しやすいんだぞ。
信頼とか信用を築くのは大変だし、中々成長しないのに、疑惑や猜疑心、それに相互不信ってのは急成長する事がある。そうだな、それらは成長しやすいが時に急成長するんだよね。
アジデーターってのは時に国にすらも動かし、そして破滅させるんだ。それに比べたら少人数なぞ、あっと言う間に猜疑心と、相互不信のタネを成長、いや、急成長させるなぞ造作もない事だったりする。
あーあ、しかし世は無常だね。壊れる時はあっと言う間だもんな。そう考えると、無常は無情って事なのかな?
さてと、誰を意味深な目で見ようかな?
不思議だよね、口に出してハッキリ言わなくても、視線や、目付きだけで意味が伝わる事があるんだから。
目は口ほどに物を言うか。便利だよね視線って。
しかしいかんなぁ。遊び過ぎたか? 話が全く先に進まない。
俺はバハラの治安の改善の話をしに来たのであって、何もこのチンピラジジイ共と、遊びに来たんじゃ無いんだけどな。
それにしても、ギスギスしてんなぁ……。
お互い疑いあって、意味深な目でお互いを見合ってる。この状況を何て言うんだっけか? 前世で見た様な光景なんだけど、コレを何て言うんだったかな?
ジジイ共はお互いを伺い合い、ハゲは無表情を貫き。弟は耳を手で強く塞ぎ、目も固く閉じたままおじ様達から背を向け口を閉じ、存在を何とか消そうとしてるし。この場を一言で言えばカオス、正に混沌だよ。
そんな中ローガンおじ様は、皆が自分に目を決して合わせようとはしないその態度、意志に情け無さそうに困ってるね。
ねえおじ様、知ってるかい、それ自業自得って言うんだよ。ボクにクソガキって暴言を連発するからそうなるんだよ。
それに自己弁護の為に、口数が多くなったのも原因だからね。だからこの状況は決してボクのせいでは無いから、だから恨むなら勝手に誤解した他のおじ様達を恨んでね。
「まぁなんだ、とりあえず話を進めたいんだが良いかな?」
「「「・・・」」」
「いや、お前ら返事しろや。と言うかいい加減座らせろ、椅子を用意し……。あっ! やっぱ椅子は良いや、近寄りたくないし」
「オメーは誰の近くに座りたくねーんだ?」
ローガンおじ様がそんな事を聞くって、キミだよって言って欲しいのかな? それとも仲間が誰か知りたいのか、どっちだろ?
それにしてもお前、そんな卑屈なツラするなよ。
と言うか情けないツラしやがって、お前は捨てられた犬かなんかか?
まぁ良い、こんな寝取られジジイの事なぞどうでも良いしな。それより誰かの顔を意味深に見るより、もっと効果的なやり方があるな、そうだな更なる相互不信を撒き散らしてやろう。
「そりゃ……」
そう言いつつ、視線は時計回りに一周させ、意味深な薄ら笑いを浮かべてと……。
皆を見る時間は誰かに片寄らせず、顔を見る時間は平等にっと。
うーん、おじ様達ったら益々不安そうな顔して、周りを伺い始めたね。今のコイツらを見て、裏社会の顔役だって言われても、誰も信じないと思うぞ。
もう一人は誰だ? おじ様達の顔に書いてある。
そしてもし自分が疑われたら……。そう思ってるんだろうね。
コレ、もし口を開き周りに探りを入れ始めたら、止まらんだろうな。疑惑、疑い、猜疑、それらが入り交じり、犯人捜しにおじ様達は躍起になるな。
あっ! コレあれか? あー、はいはい。なーんか見た事ある光景だって思ってたけど、コレ人狼ゲームだ。はいはい、なるほどなるほど。
あースッキリした。見た事があるけど何か分からなかったけど、人狼ゲームね。そっか、皆が人狼を探してるんだ。
自分は村人。だから自分以外は人狼なのは確定だけど、誰が人狼か分からない。うん、人狼ゲームだねコレ。
但し騎士を始めとした役職は無い。居るのは人狼と村人の二つだけだがな。
そっか、人狼が誰かを知ってるのは俺だけか。
それはそれとして、ここで更なる混乱を撒き散らしてみようかと思う。理由? 楽しいから。
「あー……。その……、なんだ。うん、じ、冗談だようん。なっ、冗談だからまぁその……。誰も男もアリだとか思って無いから。うん、女に飽きて男にとか……。なっ! いやー悪い悪い、そのー、なんだ、冗談だから、うん、わりーわりー。だからこの話はこれで終わりな。人には色々あるし。うん、な」
「なんだよクソガキ、テメー下らない冗談言うんじゃねーよ。仕方ない奴だな」
さて問題です。俺は普段、さっきの様な話し方はしない。
ましてやコイツらに気を遣った様な話し方も、話自体もしない。それなのに、明らかに気を遣った様に話し、この話を終わらせ様ともしている。
おかしい……。明らかにおかしい……?
このクソガキが自分達に気を遣う? バカな。
それはあり得ない。何故ならこのクソガキは、こんな格好のネタがあれば、自分達を徹底的におちょくる為に使うはずだ。
それなのに不自然に気を遣った。何故?
気を遣うどころか、気を使う程度の事もしない奴なのに、それなのに明らかに気を遣い、話を終わらせて無かった事にしようとすらしている。
おかしい。そんな殊勝なガキか? いや無い! 絶対無い!
帝国が滅びようが、それこそ天地がひっくり返ろうが、そんな事は絶対に無い!
慇懃無礼が服を着て歩いてる様な奴、それがこのクソガキ。
俺達の事をおちょくる事が、この世で最もたる娯楽、そう思ってる奴。
気に食わなかったら、相手が王族や皇族であろうと反撃し、おちょくる奴、それがこのクソガキ。
そんな奴が俺達に気を遣う? 無い! 絶対無い! 全財産賭けても良い、絶対にあり得ない。
大体今の話の逸らし方、それもおかしい。
違和感がある。あんな話し方をする様な奴では無いし、意味深な顔。あれは俺達に関わりたくない、そんな顔だった。しかもスッと、一歩下がってたのは、俺達の中に居るそのダレかと関わりたくないと言う表れだ。
やはり俺達の中にもう一人居る。
そう思ってるんだろうな。だからローガンおじ様よ、嬉しいのは分かるが、無邪気にはしゃぐのは止めた方が良いと思うぞ。
何故ならお前はまだ疑われた、いや、片割れだと皆に思われているんだから。
さて、人狼ゲームだが、人狼が一人とはルールで決まってはいない。
そして根本的な問題として、今のこの状況は、ゲームの最中でも無い。そう、俺達は人狼ゲームをしている訳では無い。
もしゲームであれば、ゲームマスターが居るが、サスペンス系では、元来ゲームマスターとは黒幕であり元凶。
前世であればそれは常識でもある。
それを理解して居る奴はここには、この世界には居ない。
さてと、そろそろ潮時だな。これ以上引っ張ったら嘘臭くなる。
「おい、いい加減話をしよう。さっきのは俺の冗談だったんだ」
「そうだな、テメーも下らない嘘フカしやがってよ。いい加減にしろ」
バカめ、人を嘘つき扱いした報いはくれてやる。
やっぱアホだなコイツ。せっかく俺が話を終わらせてやろうと思ってたのに。
あーあ、今終わらせれば傷はまだ浅かったのに。
「俺はウソはついて無いんだけどな……」
これは本当だ。俺は嘘は、ついていない。
この様な時に嘘をつくのはダメだ。必ずどこかで破綻する。なので真実のみ語り、その結果相手を誘導するのが好ましい。
嘘をついて誘導するのは簡単だ。だが反面必ずいつか破綻する。それに嘘をついてやるのは、美しくない。
大層な言い方をすれば美学が無い。
そんな不細工な事を俺はしたくないし、しない。
実際この件に関して俺は、嘘は、一切ついて無い。 それでも勝手に思い込んで、決めつけて、勘違いしたのはコイツらだ。
さてローガン君、俺がボソッと呟いた声は皆に聞こえたみたいだぞ。それをどう受け取るかは神のみぞ知るってところだな。