第211話 親切な男
先ほどまでの熱い視線から一転、呆けた様に俺を見て来ている。
おじ様達はポカーンとしたまま見詰めて来るが、俺は何かおかしな事を言ったのだろうか?
「おいコラ、何お前ら口半開きでポカーンとしてんだ? もうボケたのかおじいちゃん達?」
「オメーいきなり何を言ってんだ?」
「何もクソも、バハラにおける現在の治安状況。そして現在悪化しつつある治安の改善案と提言、及びその具体的な改善策って言ったんだが?」
聞いて無かったのかコイツらは?
それとも?……。
「まさか俺の言った事が、言葉が難しくって分からなかったのか?」
「いや……、完全に分かるとは言わんが、分からんとは言わん。要するに今のバハラの状態が良くないのを何とかするって事だろ? だが何でお前が俺達に教える? 何か企んでんのか?」
あー、完全には理解して無いけど、何となくは分かってはいるのか。
てかコイツら企むって……。そんな回りくどい事しなくても、お前らを潰すだけなら余裕で出来るわ。
「バハラには知人も居るし、バハラの今の状況は看過出来ない程悪いからな。だからだ。まぁ善意だな、ダンおじ様」
「・・・」
胡散臭そうに人を見て来やがってからに。
お前は俺を詐欺師か何かだと思ってんのか?大体だなお前の俺を見るその目は、人様を見る様な目じゃ無いぞ、バケモノかよ俺は? そんな目で見るな、本当に礼儀がなって無いな。
「善意か……。タダより高い物は無いだったか? 俺達はその善意とやらに何を請求されるんだ? 金では無いだろ? 羨ましい事にお前は金は持ってるからな。で? 何を対価に求めている?」
「嫌だなぁ~、人をヤカラかチンピラとでも思ってるのかダンおじ様? 俺はただ、今のバハラのこの状況を、ちょっとでも小マシにしたいだけだよ。俺は親切だからな。おじ様達との初対面の時も言っただろ」
「・・・」
俺は親切だからな、だからお前達に初対面の時も色々と教えてやったのに。
それなのに人の善意を疑いやがって。これはあれか? コイツらの心がひねくれてるから、性根が腐ってるから、だからそんな穿った物の見方しか出来ないのかな?
「ケッ! どうだか……。オメーが親切? 面白い冗談だな」
「スミスおじ様~、そんな言い方をされるなんて~酷いですぅ。ボク、毒蜂一家の金庫番の~ロナルド君の~、おいたの事を~昔教えてあげたよね? それなのに、それなのにボクの事を信じられないの? そんな意地悪を言うのなら~、毒蜂一家の今の金庫番の事を教えてあげないよ?」
「おい待てクソガキ。今の金庫番の事とはどう言う事だ? まさか……」
お前は何を焦ってんだ? 思う節があるのかな?
「えーんえーん、そんな悪人丸出しの~、怖いお顔で言われたら~、ボク怖くって何も言えないよぉ~。それに~、人に物を頼む態度じゃ無いよね? 普通は人にお願いする時の~、態度ってあるよね? ホラ、言ってごらん。お願いします教えて下さいって。ホラ言えや、マジで取り返しの付かない事になるぞ?」
「・・・」
何をそんなに苦悩してんだ? 聞きたくって聞きたくって、しょうがないってツラしてるじゃないか。しょーもないプライド捨てたら良いのに。
「まぁ良いや、どうせ俺には関係無いし。せいぜい頑張って調べたら? どうせ分からないだろうけど」
「・・・くれ……」
「ハァ、何だって? 聞こえねーよ。ちゃんと喋れや」
ゴニョゴニョと喋りやがって。何を躊躇ってんだよ。くっだらねープライド捨てろやアホが。
「だから教えてくれって言ったんだよ」
「ハァ? 教えてくれ? 違うだろ。教えて下さいだろ? 人の話はちゃんと聞けやボケ」
「くっ……。お、お願い……し、します……教えて下さい……」
何がくっ、だよ? お前はくっ殺騎士か? ジジイのくっ殺に需要はねーよ。
「チッ、まぁ良いだろう。あの母性溢れるサラちゃんの、三十歳の誕生日だったからって事にしといてやる。誕生日から大分過ぎてるがな。あー、それとそのサラちゃんがまた、子供が出来たんだったか? 祝儀代わりに教えてやるよ」
「・・・」
何を驚いているんだ? あーまだ知らなかったのか。超最新情報だし、まだコイツには言って無かったんだな。
最近仕事が忙しくって、中々サラちゃんの所に行けなかったから、それで知らなかったのか。
しかしサラとは長いな。母性溢れる女みたいだが、未だに続いてるんだから、コイツにとってよっぽど良い女なんだろう。
「おい、そりゃどう言う事だ?」
「お前仕事が忙しくてここ最近行って無いだろ? バハラが今こんな状況だから分からんでもないが、今日辺り行ったら? 自分で確認してみろ。あー、それとお祝いの品も今日送ったから」
なっ、バハラの治安状況が改善されたら、大好きなサラちゃん(三十路)に好きなだけ会いに行けるんだ。とっととやるべきなんだよ。
「あー……。毒蜂の。めでたい話だし、俺からも祝わせて貰うが、金庫番の話は聞かなくても良いのか?」
「おう、そうだな海蛇の。済まねえ、ちと浮かれちまってた。で? ウチの金庫番が何だって?」
寝取られローガンめ、いらん事を言いやがって。
このまま有耶無耶にして、後でもう一回、スミスおじ様にお願いさせてやろうかと思ったのに。
「ん? それが人に物を頼む態度か? ん~?」
「・・・ウチの金庫番が何なのか教えて下さい」
マジかコイツ。今度は何の躊躇いも無く言いやがったぞ。お前どんだけ浮かれてるんだ?
「毒蜂一家の金庫番は……」
「ウチの金庫番は?」
「真面目で一生懸命で、スミスおじ様に感謝してるし、忠誠を誓っています。前任者のロナルド君とは違って、組織のお金さんをポッケにナイナイしておりません。良かったなスミスおじ様」
うーん。君の顔はあれだね。鳩が豆鉄砲食らったって、典型例として教科書に載るんじゃないかな?
「テメーおちょくりやがったのか?」
「最後まで話は聞けや。マジで後悔する事になるぞ」
お前は無茶苦茶なクレームを入れる老害か?
いきなりキレやがって。たまに居るよなこう言う奴。うん、ガキよりタチが悪いよ、無駄に年だけ取った奴って。
「毒蜂の、落ち着け。このガキはこう言う奴だ。気持ちは良ーく分かるが、いちいちまともに相手してたら頭がおかしくなる」
「そうだぞ毒蜂の。ラップのが言う通りだ。コイツはこう言う奴だ、オメーの気持ちは俺も良ーく分かる。ああ、気持ちは良く分かるよ」
ラップ一家と闇宵一家のおじ様達ったらもう。
そんなに誉められたら、ボク照れちゃうじゃないか。御礼にニッコリと微笑み返してあげよう。
「「・・・」」
何をお前達は顔を引きつらせてんだ? ビビってそんな顔をする位なら、最初からやるな。
マジで泣かせてやろうかコイツら。
「おい、スミスおじ様~。お前んとこの金庫番はお前に忠実だが、ちと忠実過ぎるな。確かに組織の金には銅貨一枚手を付けては無いが、ちょっと溜め込み過ぎだと思うぞ。いかんなぁ~、国に納める税を誤魔化すのは感心しないぞ。知ってるか? それ世間では脱税って言うんだぞ」
あらあら、真っ青になっちゃってまぁ。
顔色が良く変化する人だね。
真っ赤になったり真っ青になったりとまぁ。次は黄色になるのかな? そしたら信号機として働けるのにね。やったね、信号機コンプリートだねスミスおじ様。
所でスミスおじ様。君、周りのおじ様が君の事をマジかよ? ってお顔で見てるけど。
それに心配もされてるみたいだけど、意外と人望あるんだ~。人って見かけによらないって言葉があるけど、君もそうなんだね。
「・・・」
「どうしたのスミスおじちゃま? ああ、スミスおじ様の方が良いかな?」
「・・・」
なんだよ。お前達が大好きなマデリン嬢に、おじ様って言われたら喜ぶくせ、俺に言われたらそんなツラするんだ? あー、もしかして照れてるのか。
可愛いやっちゃ。俺も嬉しくなっちゃうね、自然と笑顔になるよ。
「黙ってたら分からないよ? スミスおじ様」
「俺をどうするつもりだ……?」
気付けよ。俺がわざわざ教えてやってるんだぞ。
別に脅してる訳でも無いし、対価を求めて言ってるんでも無い。
ただ単に、立場を分からせるつもりで言ってるだけだ。それに加えて警告だよ。
上手い事やってる様だが必ず何時かバレる。
バレない訳が無い。だから先に警告してやってるんだ、決定的な破滅をする前にな。
「これは貸しだ。行政府に自分から届け出ろ。そしてうっかりしていたと言って、きっちり全額払え。人には誰しも間違いはある。その間違いに気付き、このままでは不味いからと思い、正直に申告しに来たと言えば良い。只それだけの事だ」
「もしお前の言う通りにしなかったら?」
「答えは簡単な事。バハラの行政府が混乱しているからと言って、行政府に居る官吏が全て無能だと思うか? 答えは否だ。何時か必ずバレる。であれば、自分から申告すれば良いだけの事。ついうっかりして、または間抜けにも気付かなかったと、誤魔化すつもりは無かった、自分の下手打ちだと言って、正直に自分から申告し、全額ちゃんと納める事だな」
「・・・」
それで大丈夫なのか? 俺はどうなる? このままでは不味い事になる。考えているのはそんなとこかな?
仕方ない、ケツを叩いてやるか。
「なら今から独り言を言う。三日以内に行政府に届け出無い場合は、俺が行政府の知人達に会いに行く事になる。もしくは俺は、突然手紙を書きたくなるだろうな。宛先はバハラの行政府になるだろう」
「・・・」
「これは貸しだぞスミスおじ様。どの道このままではバレてお前は破滅だ。なら今言った通りにすれば傷は浅いと思うが? なっ、俺は親切だろ? ほっとけば、この場に居る奴の中から一人減り、椅子が一つ空白なるはずだったんだからな。俺が性格の悪い奴なら、黙って知らんぷりする所だったぞ」
「・・・」
「俺は親切だろ? 違うかスミスお・じ・さ・ま。返事は?」
「ああ……。親切だな。済まねえ、助かった」
表に出て商売を始めたから、危険な橋を渡る事になる、葉っぱの売買を止めた分の損失を補填したいのだろうが、欲張り過ぎだ。
やり始めたのはここ数年みたいだが、良くバレ無かったもんだよ。理由は分かるがな。
派閥争いの影響がこんな所にも出てる。
官吏同士のじゃれ愛、そしてその後の混乱と色々と続いたからこそだろう。
そうでなければ早い段階でバレてたはずだ。
だが今まだバレて無いのは只単に運が良かっただけ、只それだけの事でしかない。
いずれ諸々の混乱は終息し、そしてバレる事になる。
バハラの行政府に居る官吏達の全員が、無能揃いの訳が無い。その内バレてえらい事になっただろう。
官吏を甘く見すぎだなコイツは。
帝国の官吏を舐めて、痛い目に会った奴なんぞ腐る程居るのに、それなのに。
自分だけは大丈夫。自分はそんなヘマしない。
そうやって皆同じ様な事をし、破滅していく奴が今までどれだけ居た事か……。
まぁこの辺りは前世と変わらんか。世界が変わろうと、そんなアホは居るが、人の本質ってのは変わらない物だな。面白いもんだよ。
人の愚かさは、あの世界もこっちの世界も変わらんのだからな。
しかし毎回思うが、コイツらはこんな茶番劇をいちいちやらないと、俺の話を聞けないのか?
どっちが上かのマウント争いをやって、いちいち分からせないと、このおじ様達は話が進まんよな? これって結局、無駄なお喋り、雑談の類いでしかないんだぞ。どんだけ俺達は仲良しなんだ?
こんなんだから俺に、お前達と俺は仲良しだって言われるんだよ。いい加減認めろやこのツンデレジジイ共め。
「おい、いい加減雑談は終わりにして、話を進めたいんだが? それともアレか? この中の誰かが女に飽きて、男もアリだなと、最近思い始めてる件を話したら良いのか?」