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異世界灯台守の日々 (連載版)  作者: くりゅ~ぐ
第3章 来訪者達
208/214

第208話 当主権限と愚か者どもの狂宴


パチっと薪が弾けた。

どうも今暖炉に入れている薪は、状態が良くないらしい。さっきから薪が弾ける音がする。


先程のマデリン嬢の言葉に、俺達三人は言葉を失っている。

まさかまだ残っていたとは……。俺も含めハイラー夫妻の二人は、そう思っているのだろう。


じいさんが売ったのは五十年程前。

俺もじいさんも、そしてばあちゃんも、ポートマン家に売った物は十八本全て、先々代たるマデリン嬢の曾祖父は既に売ったのだと思っていた。だがまさかまだ残っていたとは……。


「まさかまだ残っていたとは……。ポートマンの親父さんは……、嬢ちゃんのひい祖父さんは全部売ったと思ってたよ」


じいさんは呆然とした様に、そして何とか言葉を紡いでいるが、気持ちは分かる。

俺も全部売った物だと思ってた。


思い込みと決め付け。人が最もよくやる失敗で、最もやってはいけない失敗。

だがこの場合はどうなのだろう? 実際俺もそうだが、ハイラー夫妻も、全部売ったのだと思って決め付けていた。まさかまさかだ。


「マデリンちゃん、お家にあるのは一本よね? ポートマンの親父さん……、アナタのひいお祖父さんは飲まずに取っておいたのね……」


ん? マデリン嬢が困った様な顔に?

何でだ? まだ何かあるのか?


「その……。残りは二本です」


「二本? マデリン嬢、二本も残っているのですか?」


マジか。ばあちゃんがさっき言った様に、一本だけ残してるのかと思ってたが。


「ええ、二本ですネイサン様。元は十八本の内、五本を売らずに手元に確保していたそうですの」


マデリン嬢(いわ)く。

買った曾祖父は知る人ぞ知る、幻とも言われる酒をじいさんから購入し、当初は全て売るつもりだったらしい。


商人としては当然の考えだ、だがこうも思ったと。

たまたま運良く手に入れる事が出来たが、自分の残りの人生に於いて、もう二度と手にする事も、それこそ目にする事も無いだろうと。


何故なら子供の頃に一度だけ見たが、それ以来全く流通もして無ければ、見てすらいないのだから。


そしてこうも思った。

酒に一家言あるドワーフ族の者が、持って来た酒。しかもそのドワーフ族の者すら知らない酒。

幻と言われ、あまりの美味さに他の酒が不味く感じ、二度と他の酒が飲めなくなる程の極上の酒。


二つ名をドワーフ殺し。


その酒を、銘酒を、全て売ってしまっても良いのだろうか、と。


事情が事情であるし、何よりこの酒を知らなかったが、それでもドワーフ族の青年が飲まずに帝国まで持って来た酒。

恐らく由来を知っていれば、ドワーフ族の者ならば、例えそれが聖職者であったとしても、相手を殺してでも奪い取る酒。


例えその事により死を賜ろうとも、ドワーフとして、それでも心から満足して死出の旅路へと逝ける酒、それを飲まずして売る事が正解なのかと。


商人としては正しいし、正解なのだろう。

しかし男として、一人の人間として、酒と言う人生の友を味わう事に対する欲求を、個人としての欲求に抗ってまで、商人として貫かねばならないのかと、そう思ったらしい。


仕事とは生きる手段であり、目的では無い。

であれば少し位は楽しんでもバチは当たるまい、そう自分に言い聞かせたそうだ。

つまり自分に言い訳し、理論武装をして、そうまでしてでも、双頭竜の飾りの付いたこの酒の、古い封印を解き放ちたかったそうだ。


うん、商人として莫大な利益と、その古い封印を解き放ちたいと言う欲求を天秤にかけて、金も欲しいが酒の魅力には勝てなかったって事だ。


気持ちは分かる。かなり迷ったんだろうな。

だが金はまた稼げば良いが、その酒は手放せばもう二度と手に入れる事が出来ないし、飲む事が出来ず、味わう事無く死ぬ事になる。


俺でもマデリン嬢の曾祖父と同じ事をする。むしろ一本も売らず、全部手元に残しておくな。


「曾祖父、祖父、そして父が一本所有しておりました、いえ、しております。我がポートマン家の代替わりに、当主にポートマン商会の当主の座と、双頭竜のお酒を一本自由に出来る権限も与えられます。それは曾祖父の遺言でもあります」


「つまり曾祖父の代から一本ずつ与えられ、三代に渡り一本ずつ所有して来たのですね? もしかして今代の当主たる、マデリン嬢のお父上は、まだ飲まずにおられるのではないですか?」


「・・・」


マデリン嬢が口を閉じ、困った様に俺を見て来てるが、珍しい事だ。

もしかしてこの話は、ポートマン家の秘事だったのかな?


「マデリン嬢、正確には三本残っているが、お父上はそれこそ死んでも自分の所有する一本は手放さず、人生の最後に飲もうと思っているのではないでしょうか?」


「・・・その点は(わたくし)の口からは何とも……。御容赦下さい、ネイサン様」


「おっとこれは失礼致しました」


しかしマデリン嬢がこの話を知っていると言う事は、ポートマン殿はもしかしなくても、マデリン嬢をポートマン商会の跡継ぎにしようとしてたからかな?


マデリン嬢がポートマン商会を継げば、双頭竜の酒の所有権を有するのか……。

そうか……。順当に行けばマデリン嬢の弟がポートマン商会を継ぎ、残り二本の内、一本を相続する事になるな。

そして双頭竜の酒もその時点で、残り一本になるのか……。そうか……。


弟君は現在十一歳、聡明でポートマン商会の次代が楽しみだと言われてるな。

だがマデリン嬢はその弟君に輪をかけて聡明で、しかも現在自分の商会を持ち、成功もしている。


ポートマン家では、マデリン嬢が商会を継ぐべきでは? そんな意見もあるらしいな。

だがマデリン嬢は、ポートマン商会は継がないと宣言している。


だがマデリン嬢が商会を継げば、跡継ぎとして名乗り出れば、次代のポートマン商会の商会長、つまり会頭とか、前世で言えば社長さんや、会長さんになる訳だ。


そして双頭竜の酒も一本、所有権も有するんだよな……。いかんな、俺は物凄いゲスな事を一瞬だが考えてしまった。うん、ゲス過ぎるだろ俺。


「あー……、マデリン嬢ちゃん? そのー……、何だ、二本の所有権は今現在、浮いたままで確定はしていないね?」


「そうですわおじ様」


だね。なぜならまだポートマン家の代替わりは、行われてはいないのだから。

浮いてると言うより、残り二本は確定はしていないってだけの簡単な話。


「確か一本金貨二百枚で売ったと、嬢ちゃんのひい祖父さんに、ポートマンの親父さんに聞いた事があるんだ」


「・・・」


「マデリン嬢ちゃん、金貨三百枚出す、俺に双頭竜の酒を売ってくれないかい?」


「ちょっ! じいさんそれアリなのか? マデリン嬢、俺に……、いえ、私に売って下さい、金貨四百枚出します」


このじいさん、それがアリなら俺だって欲しいよ。あー欲しいね。


「おいネイサン、お前さん横槍か? 横槍入れるつもりか?」


「いや、俺だって欲しいよ。それがアリなら俺だって買いたい」


「それを横槍と言うんだ。嬢ちゃん、金貨五百枚出す、俺に売ってくれ」


「ちょっと待ってクランツ。金貨六百枚よ、買取価格金貨六百枚よ」


「そうだなテレーゼ、そうしようか」


そうしようかじゃ無いよ。倍にハネ上がってるじゃないか。


「マデリン嬢、私は七百枚、金貨七百枚出します」


「おいネイサン、お前さん老い先短い年寄りの楽しみを奪うつもりか?」


「何が老い先短いだよ。後百年は生きそうな位、ピンピンしてるだろ」


「百年先も生きてる訳が無い。精々後五十年位だ」


「何が五十年だよ? 後五十年、それだけ生きれば十分だよ。てか五十年経ったら、俺の寿命の方が先に尽きるよ。マデリン嬢、私は金貨八百枚出します」


と言うかじいさんもばあちゃんも、言ってる事が軽口とか冗談とは思えない。五十年後も普通に生きてそうだ。

しかも当然元気に、そして二人共ピンピンしてる光景しか浮かばない。


「ちょっとネイサン、アナタねえ、そんなに無駄遣いしちゃダメよ。将来の為に取っておきなさい。結婚したらお金掛かるわよ~」


「そうだぞネイサン。結婚したら金が掛かる。それにお前さん、こう言ったらなんだが、帝都で働いていた時に比べて給金も大分下がったんじゃないか? 悪い事は言わん、無駄遣いは止めておけ」


「確かに帝都で働いていた時に比べたら、給金は下がったよ。でも金貨八百枚なら、年収から少し足が出る位だから大丈夫。それに結婚するつもりも無いし」


正確には金貨数十枚分ほど足りないが、俺には各種の利権があるし、自分で商売してるから金には困って居ない。


結婚だってするつもりは一切無いんだ。金に関しては何の問題も無い。

それよりだ、じいさんもばあちゃんも、目が血走ってるじゃないか……。


二人共、普段と大違いだな。

ドワーフ族は酒が絡むとこれだから……。

普段は穏やかな二人なのに。だが今の姿を見ると、二人がドワーフだって事を嫌になる程実感するな。


「ネイサン、決め付けは良くないわよ。結婚しないと言って、結局しちゃう子は多いのよ。お金は取っておいて、結婚資金にしなさい。ねえクランツ、ウチは金貨九百枚出しましょ」


「そうだなテレーゼそうしよう。マデリン嬢ちゃん、金貨九百枚出す、これでどうだい?」


くっ、また購入費用が上がった。これキリ無いぞおい。

ハイラー家は引かないつもりだな? 良し、そっちがその気なら我がサリバン家も受けて立とうじゃないか。


「マデリン嬢、私は金貨千枚出します。私に譲って下さい」


「ちょっとネイサン。あのお酒は私達にとっても、思い出深い物なのよ。譲りなさい」


「独り占めせずに、ちゃんと二人にも飲ませてあげるから。だから未来ある若い者に譲ってよ」


「何を言ってるの。それじゃあちょっとしか飲めないじゃないの。ダメよ。それに元はアロイスお爺さんが私達の為に譲ってくれた物だもの、私達の元に戻ってくるのが筋よ。それに思う存分飲みたいし。クランツ、金貨千百……。いえ、金貨千二百枚よ」


「いや、テレーゼ、金貨千五百枚だ」


「やだクランツったら……。素敵♪」


くっ、更に値段が上がったぞ。

てかアンタら何やかんや言いながら、結局飲みたいだけだろ? くっそー……。こりゃ二人共引くつもりは一切無いな。


「マデリン嬢、私は金貨二千枚出します」


「くっ……。ネイサン、お前さん有り金はたくつもりか? テレーゼ、行く所まで行くぞ」


「もちろんよクランツ。私は最後までクランツについて行くわ」


「あの……」


「テレーゼ良く言ってくれた! マデリン嬢ちゃん、金貨二千五百枚だ。ハイラー家は金貨二千五百枚出す」


「あっ、あの、おじ様?」


「ふざけんなよじいさん。こうなったら有り金はたいてやる。生きてりゃ金なんか幾らでも稼げる、それにあの世に金は持って行けないんだ。マデリン嬢、私は金貨五千枚出します」


「ネ、ネイサン様?」


溜め込むつもりは一切無かったが、忙しすぎて結局は使う事無く貯まっていった金を、今日吐き出してやる。大放出だ。


「ちょっとネイサン、アナタいきなりハネ上げたわね? クランツ、我が家は金貨一万枚よ、良いわよね?」


「もちろんだテレーゼ」


そうか。なら俺は金貨二万枚行っとこうか。


「マデリン嬢、私は金貨二ま…… 『お待ち下さい! お三方共一旦落ち着いて下さい』んまい……」


うおっ! ビックリした……。マデリン嬢のあんな大声初めて聞いたぞ。


「ネイサン様、おじ様、おば様。一旦落ち着いて下さい。お三方共まずは(わたくし)の話をお聞き下さい」


マデリン嬢に諭す様に言われちゃったよ。

何だろう? 母親が小さな子供に優しく言い聞かせる様な、そんな言い方だ。


うん、じいさんもばあちゃんも、ばつが悪そうな顔してるね。

多分俺も二人と同じ様な顔をしてるんだろうな。


「良いですか? まず、(わたくし)はポートマン家の当主ではありません」


はい、そうですね。マデリン嬢は、ポートマン家の当主ではありません。


「それに加えて(わたくし)はポートマン家、及び、ポートマン商会の跡取りでもありません」


はい、その通りですマデリン嬢。

分かっております。なので幼子を諭す様に言うのは止めて下さい。ソレ、結構俺達に効きます。


「ですので当然、あのお酒に関する一切の権限もごさいません」


はい、おっしゃる通りです。分かっています。


「それとですが、(わたくし)の様な若輩者が言うのもどうかと思いますが……。お三方共、今日は少々冷静さをお欠きだと思われます」


はい、その通りです。返す言葉も御座いません。


「お酒に酔ったと言うのであれば、良くは御座いませんが、まだ分かります」


はい、そうです。シラフとは言いませんが、全くと言う程酔いはありません。俺達三人は()()シラフです。


「この様な言い方は、失礼を百も承知で……。敢えて言いますが、あのままでは破産する程値が上がり続けたと思います。ネイサン様も、ハイラー家も、資産家であるのは承知しておりますが、限度があります」


はい、ボクは今日、溜め込んだお金を全て吐き出しちゃえ、と思いました。

それにしてもやり過ぎだったとは思ってます。


「いや、マデリン嬢ちゃんあのな……」


「おじ様、まだ(わたくし)の話は終わっておりません」


「・・・」


嗚呼……。マデリン嬢立派になったなぁ……。

とりあえず俺はお口にチャックしとこう。


「父が売る、売らないは別として、購入されるのなら、ネイサン様とハイラー家で仲良く半分に分けて下さい。そうであれば、(わたくし)にお約束頂けるのであれば、であれば父にお話だけは通しますわ」


「「「・・・」」」


思わず三人で顔を見合わせてしまった。

うん、じいさんもばあちゃんも仕方ないって顔だな。まぁ俺は元々分けるつもりだったし、俺が飲む分が多少減るだろうが仕方ないな。


「言うまでも無いとは思いますが、御購入されるのであれば、購入料金も折半して下さい。失礼ながらきっちり折半しなければ、揉めそうな気が致します」


はい、それとても大事な事ですよね。分かってますよマデリン嬢。


「宜しいですか皆様?」


「ねえマデリンちゃん? 口添えしてくれるのよね?」


「ええ、おば様。(わたくし)も口を滑らしてしまいましたし、(わたくし)の失態ですわ。(わたくし)が言わなければこの様な事にはなっておりませんので。それにこのままではお三方共、納得が出来ないでしょう。ですが決めるのは父です。その点をお含みおき下さい」


ばあちゃん、まだ確定していないんだから、喜ぶのは早い。


「マデリン嬢、父上は私達に売ってくれると思いますか? 私見で構わないので、お聞かせ下さいませんか?」


「私見で宜しければ。正直分かりません。と言いますのも、曾祖父の遺言で、当主の代替わりに一本与える様にと、そう聞いております。謂わば商会と双頭竜のお酒は、当主のみが相続する物だと、お酒がある内は伝えるようにと、遺言でありましたとの事ですので……」


うーん……。何かダメっぽい気がして来たぞ。

じいさんとばあちゃんをチラっと見ると、俺と同じくダメっぽいと思ってる顔してるな。


あーあ、結局は愚かなやり取りしただけの、無駄な事をしただけか。

実際払っても良かったとは思ってたけど、流石に金貨二万枚はやり過ぎだよな。


いかんいかん、これから気を付けよう。

なのでマデリン嬢、俺を慈愛に満ちた目で見ないで下さい。

多分、仕方ない人ですわ。とか思ってますよね?


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