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異世界灯台守の日々 (連載版)  作者: くりゅ~ぐ
第3章 来訪者達
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第206話 双頭竜の酒


「御馳走様でした。大変美味しゅう御座いましたおば様」


「お粗末様。あれだけ美味しそうに食べてくれたら作りがいがあるわぁ~」


確かに美味かったな。ばあちゃんの作るメシは美味い。

それにこの家の使用人も長い事勤めてるし、みんな腕も良い。

亀の甲より年の功か、ばあちゃんや使用人のばあさん連中が作るメシなら毎日食いたい位だ。


それにしても、メシ食って酒飲んだら、疲れがどっと来たな。昼までにまさかあんなに疲れるとは思わなかったよ。


「ネイサンどうした? 酒が進んで無いみたいだが、まさかもう酔ったのか?」


「多少は酔ってるけど、まだ大丈夫だよ」


と言うかドワーフ族の奴と普通に飲めてるだけでも十分強い方だと思うが、それでも限度がある。

俺もどっちかって言うと酒は強い方だが、ドワーフ族基準で考えられたら困る。うん、強いってレベルじゃ無いからな、じいさん達の種族は。


「そうか? お前さん何か疲れていないか?」


「そんな事無いよ。じいさんの気のせいだろ」


そうだよ、俺は疲れてるよ。でもマデリン嬢が居るのに疲れてるって言えるかよ。

疲れてるってバカ正直に言ったら、何でだって話になるし、説明しなきゃならなくなる。


それに単純に、今日は疲れた何て言ったら、マデリン嬢に失礼になるしな。うん、言えないね。


「ネイサン様、(わたくし)が無理を言い、大灯台前の広場に連れて行って頂きまして……。それに広場では、幼子の様にはしゃいでしまいましたし、それでお疲れになられたのではないですか?」


「いえいえ。そんな事はありませんよ。私も楽しかったですし」


これは嘘では無い。確かにマデリン嬢は、俺に大灯台前の広場に行きたいとねだったが、俺も楽しかったのだから。


疲れた原因は、魚市場の青空市での出来事。

うん、女同士の裏いちゃつきは、世界が変わろうとも内容は変わらない。怖かったよ。


「ですが(わたくし)ネイサン様に、ザラメ焼きや焼き砂糖、それにアメ細工まで買って頂き……」


「あれ位どうって事もありません。それに私も好きですからね」


ザラメ焼きも焼き砂糖もカルメ焼きだが、名前が違うのは使ってる物の違いでしかない。

ザラメを使うか普通の砂糖を使うかの違いだが、何故か微妙に味や食感に差が出てくる。


どっちも美味いから、多少の違いはあんま関係ないんだよね。

村に帰ったら久々に作ってみようかな? 最近作って無いし、たまに作りたくなるんだよな。


「ネイサンったら、私達にまであんなにお土産買って来て」


「でもばあちゃんも好きでしょ? それにハイラー家の使用人達もみんなアレは好きだし」


「そうだけど……。まぁ良いわ、ありがとねネイサン」


「どう致しまして」


ハイラー家だけで無く、ポートマン家にも土産として大量に買ったが、金ってのはたまにはパーっと使わなきゃやってられない。

どうせ村に居たら金何て殆んど使わないんだし、それにあの位なら大した額じゃ無いんだ。

俺は特級官吏としての収入以外にも収入源はあるし、稼ぎは良いからな。たまにはパーっと使うのは良い気分転換になる。


「しかしネイサン、お前さんこれまた大量に買って来たな」


「うん、興が乗った。それにそのアメ細工もそうだけど、腕の良い職人が作ってたからな。ザラメ焼きも焼き砂糖もそうだが、アメ細工を作ってた職人の腕があまりにも良かったから、つい買ってしまったよ」


作ってたのは俺より少し年上位の奴だったけど、本当に良い腕してた。

あの若さであれだけの腕を持ってるって、良い親方について修行したんだろうな。

それに本人の生まれついての資質と言うか、才能もあるんだろう。


「確かにこのアメ細工は良いな。食べるのが勿体ない位に良く出来ている」


「アメ細工は食べてこそだよじいさん。ちゃんと食べてくれよ」


「分かってるよ」


じいさんが言う様に、確かに食べるのが勿体ない位に良い出来だ。でもアメ細工だって永遠に飾っておく事は出来ないんだし、ならちゃんと食わなきゃ、職人にも失礼になってしまう。


薄ーい油紙に包まれてるから、開けないとちゃんと見えないけど、それでも紙越しにでも分かる程に良い作りだな。


「俺も官吏を辞めたら、アメ細工職人になろうかな。そんな人生も良いかも知れない」


うん、良いな。アメ細工職人になって人生を過ごすってのも。

そうだな、そんでこの世界を巡りつつ、各地でアメ細工を売りながら、色々な国や地域や場所を回るか。良いなそんな生き方も。


「あら、なら(わたくし)ネイサン様の店をお手伝い致します。屋台でも、お店を構えるでも良いですが、私もアメ細工のお勉強をし、ネイサン様と共にアメ細工を作り、そしてそれを売りたいですわ」


「そうですね。しかし私もマデリン嬢も現実問題として、その様な生き方は出来ないでしょうね。面白いとは思いますが、夢ですね」


俺にとっては只の夢だが、マデリン嬢にとっては美しい夢なんだろうな。

だが色んな意味で叶わぬ夢だ。そして叶わぬからこそ、その夢は美しいのだろう。


夢は夢のままだからこそ美しい、か。


誰だったかな、そう言ってたのは?


「確かにそうですわね……。ですが(わたくし)その様な人生で、その様な生き方であっても、後悔は決してしないでしょう。ええ、例え今私が持っております利権であるとか、お店、それに財貨の全てを捨てたとしても、後悔は致しません」


参ったな。そんな決意を秘めた様な目で見られると。

俺の只の軽口なのだから。俺の叶わぬ願望を、ただ口にしただけなのだから。


「ネイサン、これ開けても良いんだよな?」


「ん? ああ、もちろんだよ」


じいさんめ、この何とも言えない空気を変えてくれたか。

流石じいさんだ、伊達にバハラ1の海事法弁士と言われてないな。ありがたい、あのままでは話が危険な方向に進む可能性があったからな。うん、じいさんありがとう、マジ感謝だよ。


「この先が二叉になってるのが気になってな。ん? これは……」


あー、双頭竜のアメ細工か。

他にも色々と買ったけど、この双頭竜のは、目の前で作って貰ったやつの内の一つだ。


あの職人、この双頭竜のアメ細工も見事に作り上げたもんだよ。今にも動き出しそうな躍動感がこの双頭竜にはある。


「双頭竜か……」


じいさんどうした? 懐かしむ様な、それでいて苦笑する様なそんな顔をして?

感傷に浸ってるみたいだが……。


「じいさんどうした?」


「うん……。双頭竜はな、俺とテレーゼにとっては特別でもあるし、思い出深い物なんだ」


思い出深い? あー! そっかそっか、そう言えばそうだな。


「もしかして双頭竜の酒?」


「ああ……。あの双頭竜の酒があったからこそ、俺達の今がある。なぁテレーゼ」


「ええそうねクランツ。双頭竜は私達にとって特別な物なの。私やクランツにとっては幸運の使者でもあるし、幸せと幸運その物ね」


あーやっぱそうか。アイスブルーから持って来た、双頭竜の飾りのある器の酒か。


「偏屈で頑固で、人嫌いだと言われていた爺さんだった……。だが俺とは妙に気が合った。俺が子供の頃からあの爺さんは気難しく、偏屈で頑固でそう周りに言われてた……。だが俺とは馬が合うと言うか……。他の奴が何と言おうと、俺には良い爺さんだったな。何故か分からんが妙に気が合ったんだ……」


じいさんが懐かしむかの様に、双頭竜のアメ細工を見詰めてるが、ばあちゃんも同じ様に見てる。


二人にとっては、あの双頭竜の酒は餞別の様な物だったからな。


「確かアロイス爺さんだったっけ? 岩窟アロイス、岩窟のアロイス爺さんだったよな?」


「ああ、そうだネイサン。町の外れにある、岩窟がある所に家があった、岩窟アロイスだとか、岩窟爺さんと皆に言われてた。俺が海事法弁士になりたいって事も知ってたし、俺達がその為にサザビー帝国に行くって事を、知っていた唯一の爺さんだった」


その話は昔じいさんに聞いた事がある。

そしてその爺さんが……。


「その爺さんが古い刻印のある、双頭竜の飾りのついた酒を、じいさんに売ったんだったな?」


「そうだ。アロイス爺さんが持ってた酒だよ」


じいさんがばあちゃんと、微笑みながら見詰め合ってるが、凄く絵になっている。

長い時を共に過ごした、二人だけにしか分からない何かを感じる様な、そんな微笑みに見える。


ふと、アマンダの顔が浮かんだ。


あの岸壁横の窪み。そして二人で食べた屋台の食べ物。楽しそうに笑うアマンダのあの微笑み。そして天音の顔も浮かんだ……。


アイツなら、天音なら、青空市の屋台の物を食いながら、何て言ったんだろう?

寒い寒いと悪態でもついてたか? 笑いながら段取り悪いだの、でも風が吹き込まないからマシだの言ったんだろうか?


いかんな、じいさんとの会話の途中だ。今はじいさんの話を聞こう。


「どんな酒なんだろうな? 見てみたかったし、飲んでみたいよ」


「俺もだよ、あの酒は結局飲まなかった。あの爺さんは最初餞別だ、持って行けと言ったんだ。お前さんも知ってるだろうが、俺達ドワーフ族にとって酒ってのは特別な物だ。他の種族からしたら大袈裟に思えるかも知れんが、酒とは人生その物と言って良い。そして餞別に酒を渡すって言うのは、特別な意味を持つ。アロイス爺さんも分かってたんだ。俺達がアイスブルーを、チェリッシュを出るって事は、もう二度と会えないって事を……」


形見分け、その言葉が頭に浮かんだ。


暖炉から何かが弾ける音がした。

じいさんの言葉に皆が口をつぐんでるからか、妙に音が響いた。

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