第205話 女達の幕間劇
視線が痛いと言う言葉がある。
俺は今、正にそれを実感している気がする。
「守長、いらっしゃい。今日も来たんだね」
「うん、こちらの方がアマンダの一夜干しと、アイリーンばあさんの完干しが欲しいと言われてな、それでご案内してるんだ。二人の作る物が美味いと言ったら是非欲しいとの事でな」
「そう。ありがたいわね、お勧めしてくれて」
あっ……。アマンダさん、やっと俺の方を見て下さいましたね。
もしかして俺の事を気付いていないのかと、一瞬思っちゃいましたよ。
「初めまして、私マデリン・ポートマンと申します」
「アマンダ…… よ。初めまして」
ん? アマンダ、一瞬間があったな。そして名字を名乗らなかったが、名乗るのに躊躇いみたいなのがあったのは何でだ。
アマンダは礼儀知らずな人間じゃ無い。
フルネームで名乗らなければならない決まりは無いが、相手が名字を名乗ったのに何で名前だけ名乗ったんだ? しかも名字を名乗るのに躊躇いがあったのは何でだろう?
アマンダの名字はランカスター。当然まだ旦那の名字を名乗っている。
一瞬の間と躊躇いはアマンダにとってどんな意味があったのだろう? 表情は何時も通りだが……。
「昨晩我が家でネイサン様と、我が家と親しくさせて貰っております御家族の方達と夕食を共に致しまして、その時に伺ったのです。こちらの一夜干しが大変美味であると。それで買いに来ましたの」
「そう……。夕飯ね」
「俺が今バハラで厄介になってる所の老夫婦とで夕飯に招待されてな、それでその時にアマンダとアイリーンばあさんの作る物の話になって、それでなんだ」
あれ? 俺この話さっきもしたよな? 何でだろう、何か言い訳がましくなってる気がするのは。
「そう。招待ね」
「ええ。ネイサン様とは家族ぐるみのお付き合いでして。十年程前にネイサン様がこちらに赴任されておられる時からの付き合いです。私がまだ幼子で、その時からのお付き合いですの」
「ふーん、そうなんだ長いね」
アマンダよ、今日は少し寒いからか俺を見るその瞳が気のせいか、ちょびっとだけ冷たく感じるのは俺の気のせいだよな?
「美味しそうですわ。ネイサン様、今晩はハイラー家の夕食に招かれておりますが、おじ様とおば様にこれをお土産に持って参ります」
「そうですね。この前買いました物は、もう食べてしまいましたからね。二人共喜ぶでしょう」
うーん。またマデリン嬢の距離が何故か詰まって来たな。
そしてハルータ村の暇人共よ、お前ら仕事しろ仕事を。俺達を興味深そうに見るんじゃねーよ。
クソが、見世物じゃねーぞ。
お前ら俺が村に帰ったら分かってるんだろうな?
腹立つなぁ。ニッコリとしつつ周りに居るハルータ村の愉快な仲間達を見てあげるか。うん、何でみんな俺から目を逸らすのかな? 傷付くなぁ、俺ら同じ村に住む仲間じゃないか。
「守長、もしかしてハイラー家って守長が泊まってる所?」
「そうだ。俺がバハラに居る間、厄介になってる所だよ」
「へえ……。今日も夕飯一緒なんだ」
「そうですの、私明日は学園がありますのであまり長居は出来ませんが、それでもとても楽しみですの」
「・・・」
アマンダよ、俺を見る目が笑ってない様な気がするのは、気のせいだよな? 微笑んでるし、俺の気のせいだよな?
「仲が良いのね。良かったわね守長、こんな可愛い子とご飯が食べられて」
「あら、有難う御座います。ネイサン様、私褒められましたわ」
「そうですね。マ、マデリン嬢は可愛らしいですから」
マデリン嬢、俺に振らないで下さい。
気のせいかお二人の言葉にトゲがある様な気がしてならないんです。
「あら、有難う御座いますネイサン様。ですが私可愛いと言われるより、美しいと言われたいですわ」
それって言えって前フリだよな? アナタそんな事をする人では無いですよね。
「美しくなられたと思いますよ」
「嬉しいですわネイサン様。フフッ、私、努力致しましたから。ネイサン様に言って頂けますと努力が報われますわ」
「ねえ守長、私は?」
「えっ?」
話の前後から察するに、アマンダが言ってるのは私はどうって聞いてるんだよな? えっ? アマンダが今までこんな事を俺に聞いて来た事何て、一度も無かったぞ。急にどうしたんだ? いやまぁ答えるけど。
「私はどうなのかなぁって思ったの。ゴメンね守長、変な事言っちゃって」
「いやいや、アマンダは美しいよ。可愛いらしさもあるし、美しい。何時も言ってるだろ」
やべ! 何時もの癖でつい言っちゃった。
マデリン嬢と一緒に居るのに素で他の女を褒めてしまった。マナー的にあまり宜しくないぞこれ。
「ありがとう守長」
ん? 何時もなら照れるかダメだよって言って来るのに、今日はやけに素直に受け入れてくれたな。
いやまぁアマンダから聞いて来た訳だが。それこそ珍しいと言うか、初めての事なんだけど。
マデリン嬢がアマンダと見詰めあってる。
お互い目を逸らさず、二人共微笑みあってるよ。
アレ? これってもしかして二人共、格付けしあってるのか? 女同士の順位付け。女の格付け?
前世でもこっちの世界でもある、女の格付け争いしてるのか?
これって俺をダシにした、女同士の格付け争いだよ。うん、俺云々は関係無いんだ。女の格付け争いだな。
何でこんな事になってる? 二人共ふわっとした気性なのに。
ちょっと待てよ。とは言え二人共頑固な部分があるし、一度決めたら自分の意思を貫く強い所もある。
それが今、悪い部分として出てしまってるって事か?
一見すると俺を取り合ってる様に見えなくもないが、コレお互いの女の誇りをかけた格付けあいだ。
言い方は悪いが群れの順列争いだよ。二人が格付けしあってるぞ……。
ちょっと待てちょっと待て。何で格付け何てしあってる? 突然どうした? アマンダ、俺を見てくれよ。
マデリン嬢、私を見て下さい。女二人見詰めあって何なんだ? 二人共微笑みを湛えてるが、何か怖いよ……。
貴族同士でやってるやり取りみたいだぞ。俺、帝城のパーティーで見た事あるから知ってんだ。
貴族の令嬢達がやってるアレだコレ。見た事あるぞ。
貴族何て今や名誉職みたいなもんなのに、無駄に格付けしあってた例のアレだ。
いやまぁ貴族達は、領地の事があるから引けない戦いだってのは分かるし、理解も出来る。
力を落としたとは言え、実際領地経営に於いて、貴族としてどちらが上かってのを分からせる為に、必要だとは思うが、二人共貴族じゃ無いよね?
単純に女の格を分からせる必要は無いと思うよ。
ねえ、二人共ボクを見て。
美人二人が微笑みを湛えて見詰めあってると、絵にはなるけど、当事者の一人であるボクは怖いんだ。
知ってるかい? 微笑みってある意味、強力な威嚇なんだよ。だって前世でお母さんの微笑みは、時に恐怖だったもん。
ああ、俺は何を現実逃避してるんだろ? ダメだ、現実から目を逸らすな。逸らしたいけど逸らしちゃダメだ。
うん、マデリン嬢、今明らかに一歩踏み出して俺に近寄りましたね? 今までみたいに達人の如く、自然に間合いを詰めるのでは無く、素人が見ても分かる様に踏み込みましたよね。
「ネイサン様、私あちらの物も美味しそうに見えるのですが、海ザリガニや棘鎧も村で良く獲れますの?」
「良くとは言えませんが、まぁまぁ獲れますね。但し潮の流れの早い所が漁場ですので、素潜りでとなると危険です。後は網に上手くかかれば纏まって獲れる事もある様です」
網に上手くかかれば大漁って事もあるが、そうそう上手くは行かない。
所でマデリン嬢は、私を網にかけ様としてますよね? いやまぁ今までもそうだったけど、今日は結構強引に引き上げ様としてるのは、気のせいですよね? そうですよね。
「今日は実家で結構獲れたから、分けて貰ったの。美味しいと思う」
「あら、そうですの? ならこれも全部買いましょうかしら?」
「はい、お買い上げありがとう。所で二人、距離が近いね。仲が良いわね」
違うんです、違うんです。間合いを詰められてどうしようも無いんです。にっちもさっちも行かないんです。
「フフッ、有難う御座います。ですが近いでしょうか? 普段からこんな物だと思いますが? 自分では分かりませわ」
いやいや、普段は貴女近接戦闘はしませんよねマデリン嬢? もっと距離があると言うか、中距離戦闘タイプですよね?
「まぁ守長は子供より、大人な女が好みだって普段から言ってるけどね……」
あ、アマンダぁ! ボソッとだけど、聞こえるか聞こえないか微妙な音量だったけど、でも何故か意外とハッキリ聞こえちゃってるからぁ。
ヤメてくれ~、あんま煽る様な事は言わないでくれよ~……。ホラ、マデリン嬢の笑みが深くなった。絶対今の聞こえてたんだ。絶対そうだよ。
ヒェ~、こえ~。久々だぞこんなに恐怖を感じたのは。
二人共怖い……。これなら又、夜遊び交流会の会合に飛び入り参加する方が、よっぽど気が楽だ。
うん、だって奴等や奴等の配下ごときであれば、何人居ても全く恐怖心なんて湧かないもん。
ダメだ、現実逃避しちゃダメだ俺。
ん? マデリン嬢の視線がアマンダの頭辺りに行ってるが……。
「あら?」
「なに?」
「いえ。アナタの頭に白い物が見えた様な気がしたのですが、気のせいでしたわ」
「・・・」
マデリン嬢、それってアマンダに白髪が生えてるって言いたいんですか? アマンダに白髪は生えていないと思いますよ。と言うかそれは俺にも効きますからヤメて下さい。
俺はまだ白髪は生えて無いですからね。いや、俺もと言うべきか。
「ネイサン様、お昼は屋台で食べますが、聞いた話だと、テーブルがあまり置いて無いとの事ですが、テーブルが空いて無い時は、皆さんどうされてるのでしょう?」
皆、と言うか売り子の漁師達は、テーブル何か使わないからなぁ。買った物を売場に持って帰って来て食べてるし。
買い物客は、テーブルが空いて無い時は立ち食いだし。
でもマデリン嬢に立ち食いさせるのもなぁ。
でもこの人が子供の頃、祭りで立ち食いしたし、案外喜ぶかも知れないかな?
「この前守長と一緒に屋台の物食べたね。美味しかったわ、改めてだけど御馳走様」
アマンダ君、キミは何故に今それを言うんだい?
いやまぁ確かに御馳走したけど、したんだけど。
「あらそうですの? その時はどうされたのですか、ネイサン様」
『守長、ここ意外と暖かいね』
又ふと、あの時の事を思い出してしまった。
「あの時は……。テーブルが偶々空いておりまして、テーブルで食べました。なぁ、アマンダ」
「そうね、運が良かったわよね」
俺は何で嘘をついてしまったんだろう?
今まで俺はマデリン嬢に、嘘なぞついた事が無いのに。
初めての嘘がこれか……。
チラッとアマンダを見ると、何時もの様に微笑みを浮かべて居た。
アマンダのその笑みは、正解だと言う様な、まるで教師が生徒に良く出来ましたと言う様な、それでいて、愛する人が贈る慈愛に満ちた様なそんな笑顔でもあった……。
『守長、ここ意外と暖かいね』
岸壁側のあの場所をを見つつ、またあの言葉が頭に浮かんだ。
ふと、二人の場所。二人だけの場所。そう思ってしまった。