第204話 幕間劇の始まり
おっと!
「マデリン嬢失礼」
「あら?」
「あー、今、前を見ずに歩いて来てた者達がおりまして、話に夢中の様でマデリン嬢に気付かず、ぶつかりそうになっていましたので」
「まぁ、それは。有難う御座いますネイサン様。私も物珍しさから、キョロキョロと辺りを見回したりしておりました。いけませんね、私、幼子の様な振る舞いを……。恥ずかしいですわ」
気持ちは分からないでも無い。初めての場所で、全てが珍しく感じるんだろうな。
魚屋を見た事が無い訳では無いんだろうけど、これだけ小売りの店が集まり、しかも漁師やその家族達が売ってるんだから。
それに街中にある市場とも微妙に違うし、活気や熱気、空気感に当てられてるってのもあるんだろうな。祭りの雰囲気の中に居る様な気持ちなんだろう。
「いえいえ、物珍しさからつい周りを見てしまう気持ちは分かりますよ」
「恥ずかしいですわ。もう幼子では無いのですのに」
まぁそうだけど、マデリン嬢以外にも周りを物珍しい様に見てる奴は居る。俺達一行の中でも見てた奴は居たしな。
護衛の中やメイドの中にもそんな奴が居たが、ここに来た事が無いのか? 青空市に来た事が無いのは良いとして、周りに注意を払わないのは、メイドはともかく、護衛の奴はそれってどうなん?
だがジョディは流石だよ。俺がマデリン嬢を引き寄せる時に俺と同じ様に動いたからな。
俺の方が先に動いたから、ジョディは動きを止めて、周りの警戒を再開した訳だが。
うん、目礼して来たね。別に気にしなくても良い、俺の方がマデリン嬢の近くに居たってだけの事だからな。
「所でネイサン様、私は嬉しいのでこのままでも好いのですが、このままエスコートして下さるのであれば、とても好い日であります」
「おっと! これは失礼致しました。どうか御許し下さい」
「あら、私はこのままでも良いのですが……。残念ですわ」
いかんいかん。マデリン嬢を引き寄せたまま話をしてしまってた。
もうマデリン嬢は子供では無いんだからな。余り密着するのは宜しく無い、距離感は大事なのだから。
しかしどうしよう。マデリン嬢はこのままで良いと言ってるが、御冗談をとでも言うべきかな? うん、ダメだね。だってマデリン嬢は冗談では無く、心から、そして本心から言ってるんだろうから。
それにもう離れてるし、ここはスルー一択だな。
「マデリン嬢、話に夢中の者や、並べてある商品だけを見て、前を見ずに歩いている者もおります。私もマデリン嬢を気にしておりますが、お気をつけ下さい」
「はい、ネイサン様。私をお守り頂き有難う御座います」
マデリン嬢はさっきのアレをして欲しいが為に、わざとやる様な人では無いだろうから安心だが、それでも本人が気をつけないとまた俺がやる羽目になる。
マデリン嬢相手だとアレが役得だとは思えないんだよなぁ。
前にカンチョー事件があった時に、アマンダに同じ様な状況で同じ様な事をした時は、役得だと思ったが。
今日はアマンダは来てるかな? 来て無いだろうな。あんな事があったし、期待はしない方が良いか。
「あれ? 守長?」
「ん? あーアガタか」
我らがアイドル、ジョンのママじゃないか。
コイツは常識的でまともなのに、何であんなガキが産まれたんだろ? うん、やっぱ村長一族の血だな。もはや呪いと言っても良いな。
「買い物かい? あら、こっちの人は……」
「前に村に来た人だ。それよりアガタ、アマンダとアイリーンばあさんは今日は来てるか?」
「来てるよ二人共」
「そうか、わかった、ありがとよ」
「はいよ、どういたしまして」
そっか、二人共今日は来てるか。
アマンダ来てるんだ。この前の件は、平気そうだな。それとも平気な振りをしてるのかな?
本当に心から大丈夫だと思っていれば良いんだけど。
さてと、アガタがあっちから歩いて来たって事は、何時もの辺りに村の奴等が居るな。アガタはあっちに行くって事は便所かな? ここのって混むから時間が掛かるんだよなぁ。ちゃんと手を洗ってから帰って来いよ。
「マデリン嬢、こちらへ。どうやら何時も居る辺りに居る様です」
「はい、ネイサン様」
ん? 気のせいか、微妙~に距離が近付いた様な気が……。距離感が変化したぞ。
いやまぁ俺とマデリン嬢は付き合いが長いし、世間一般から見て元々距離感は微妙に近かったよ、うんそれは事実だ。
だが今のコレはそれを考慮しても、微妙にとは言え何時もより近くないか? アレ? これやっぱ距離を詰められてる? 俺の気のせいじゃないよな。だって間合いが変化してるもん。
ジリジリと、だが自然に間合いが詰まって来て、これが真剣勝負なら、お互い致命的な一撃を与えられる距離へと変化してるぞ。
傍目には分からないかも知れないが、当事者たる俺には分かる。
しかも武術経験者である俺には、この間合いの詰め方が極自然ではあるが、意識してやってるのが分かる。
「ネイサン様、あの辺りに居らっしゃるのが、そうでしょうか?」
「あー……、そうですね、村の者達ですね。しかし何故分かったのですか?」
「前にネイサン様の所に伺った時に、見た方達でしたのでそうなのかと思いまして」
マデリン嬢、記憶力良いなぁ……。一回見ただけなのに覚えてるんだ。
あの時は、村の奴等は野次馬根性丸出しで見に来たから、それで記憶に残ったってのもあるか?
根本的にマデリン嬢は頭が良いし、あのバカ騒ぎが無かったとしても覚えてそうだが、それって商人にとって得難い資質の一つでもあるんだよな。
俺も転生してからその辺りは、前世と比べ物にならない位に良くなったが、マデリン嬢もかなりのもんだよ。
おっ、アマンダだ。今日も客が多いな。
アイリーンばあさんの所も客が多い。皆分かってんだな、美味い物がある所を。商売繁盛か、良い事だよ。
「マデリン嬢、二人共持って来てる商品も多いみたいですし、少し客が引けるまで待ちましょうか」
「ええ、そうですね。私もゆっくりとお話をしたいですし……、色々とお話をし、色々と聞きたいのでそれで構いませんわ」
商品の事を聞きたいのかな?
確かに二人の作る物は美味いが、バハラじゃ珍しくも何ともない物だと思うんだが?
食べ方とか、保存方法なんてそれこそ聞かずとも分かってると思うし、何を聞くんだ?
しかも今の発言に、微かに含みがあった様な気がするのは、俺の気のせいかな?
「ありゃ、守長じゃないかね? イッヒッヒ、なんだい、今日は前に村に来た別嬪のお嬢さんと逢い引きかい?」
ババア……。逢い引き言うな。なーんか今の言い方だと、いやらし~く感じるのは俺の心が汚れてるからか? いーや違うね、絶~対このババアはエロい意味で言ってる。間違いない。
このセクハラババアめが。ハルータ村にはセクハラババアしか居ないのか? 何で村のババア共はこんな奴ばっかなんだ?
まぁ良い、良くは無いが言ってもどうせ治らん。不治の病だからな。
それより問題児二人は居ないな? よし! ツイてる、俺の日頃の行いが良いからだろうなきっと。
「あら、守長じゃないのさ」
「ん? 何だマーラか」
「何だとはご挨拶だねぇ。また買い物を?」
マーラ君、キミ何か言いたい事でもあるのかね?
何故にキミはマデリン嬢をチラッと見た後ボクを見るんだい? しかも意味ありげに見るとは、何か言いたい事があるのかな?
「そうだな買い物だよ。こちらの方がアイリーンばあさんの完干しと、アマンダの一夜干しが欲しいとの事でな、それで買いに来た」
「そうですの。ネイサン様に私が連れて来て頂きたいと、ねだりましたの。あら私ったらいけませんね。御挨拶が遅れました。マデリン・ポートマンと申します、ネイサン様が何時もお世話になっています様で」
「ああこりゃどうも。アタシはマーラ、マーラ・カーペンター……、ですよ」
マーラの敬語なんて初めて聞いたぞ。とは言え一瞬間があったな。気安い言い方は不味いって気付いただけ偉いぞマーラ。
アマンダの店はまだ混んでるな。まだ少し時間が掛かりそうだなこりゃ。
「マーラ、店ほっぽり出してどこ行ってた?」
「ほっぽり出すって……。お手洗いだよ」
「そうか」
便所か、今日は冷えるもんな。
「ちょっと守長、アタシの手を見るのはヤメてくれないかね。ちゃんと手は洗ったから」
「そうか」
手洗い用の水が湧き出て来る、ミニ噴水モドキがあるもんな。そら洗うよな普通は。
「ちょっと守長、アタシの手を意味深な目で見るのはヤメて欲しいんだけどねぇ。人様が見たら誤解されるじゃないのさ」
何時も俺を意味深に見て来る、キミに言われてもなぁ。
「マーラ、清浄魔法を掛けてやろうか? 今日だけの特別大サービスだぞ」
「ちょっと、本当にヤメとくれ。本当に誤解されるじゃないのさ」
いやだなぁ、人の好意を無下にしおって。
これは善意から言ってるだけであって、何時も俺に言いたい事があるのって、意味深な目で見て来てる事に対しての、そう、決して意趣返しだとか、おふざけじゃ無いのだよ。
まぁ良い、マーラで遊ぶのもこれ位にしておこうじゃないか。
うーん、アマンダの店まだ客が引けないなぁ。あっ、アマンダと目があった。微笑んでくれたぞ、可愛いなぁ。ん? 視線が横に動いたが……。少しだけ、本当に少~しだけ曇ったか? 普段から接していないと分からない位だが、微かに曇った様な、表情がスーッと平坦になりかけた様な何とも言えない表情の変化が起きたね。
おや? またマデリン嬢の間合いが詰まったな。
微かに、微かに、だが確実に俺との間合いが縮まったぞ。
ジリジリと、だが確実に、堅実に間合いを詰めて来て、それはまるで練達の武芸者みたいに。
ん? アマンダの視線が俺に向いて無いな、視線の先は俺の横に? チラッと横を見ると、マデリン嬢が微笑みながらアマンダを見てるが、それは微笑みと言うよりも牙を隠すかの様なそんな笑み?
アマンダも微笑みながらマデリン嬢を見返してるが、その微笑みは戦いの前の一時の静寂かの様な、そんな笑みだ。何故?
「ネイサン様、あの店なのですね? お客様も引けた様ですし、参りましょう」
「ええ、あの店です」
何であの店がアマンダの店って分かったんだ? 俺の視線で分かったんだろうか?
マデリン嬢。俺を見ずにアマンダをしっかりと見詰めたまま確認取るって、何だろう?
今までこんな事は無かったぞ、俺の目を見ずにお話するなんて。そして何故アマンダを見詰めたまま? 目を何で逸らさないの?
アマンダは接客の為に視線は客に向かったが、最後の客が居なくなってから、目をこちらに向けて来てるけど、何で俺を見ないの? 何でマデリン嬢を真っ直ぐ見詰めてる?
アマンダ。微笑みながらマデリン嬢を見てるが、何時もの様な微笑みだが、気のせいか目が笑っていない様な気がするのは、俺の気のせいか?
「フフッ、楽しみですわ」
アレ? 何か俺、アマンダとマデリン嬢二人の死合いの間合いに入った感があるんだけど?
チリチリとしたモノを感じるんだが……。