第203話 不思議な言い回し
本日二話目の投稿です、前話をお読みで無い方はお気をつけ下さい。
「聞いてはいましたが人が多いのですね」
「ええ、この時間は買い物客が多い時間の様です。ですが門が開く前であれば、更に人が多いみたいですね。開門前から並ぶ客は多いみたいですから」
マデリン嬢が言う様に確かに人は多い。
青空市の門前でこれなら、中に入れば間違いなく人でいっぱいだろう。
開門してからちょっとは、時間が経っているんだが、だけど門前には買い物に来た女だらけだ。
そして皆がマデリン嬢と俺達を見ている。
マデリン嬢は落ち着いた感じの格好ではあるが、ドレス姿だからなそりゃ目立つ。
ドレスの肩辺りに、ファーショールを羽織っているが、モフモフの毛がついてて可愛らしく感じる装いだよ。
マデリン嬢が子供の頃も冬になるとこの姿は良く見てたが、大人になった今でも可愛らしさが変わらないな。
そしてこれが子供の頃なら、ストールも身に付けてたんだがな。
寒さ対策よりお洒落重視か、ストールはしていない。そう考えるとマデリン嬢も大人になったって事か。
マデリン嬢の着ているドレス、それにファーショールも結構目立つし、一目見ただけで金が掛かっているのが分かる。
それに加えて本人の美しさだ、これで目立たなかったら逆におかしい。うん、人目を引く。
それに俺達は数も多い。
俺とマデリン嬢に護衛のジョディ。そしてポートマン家に昔から居る乳母のばあ様。
それに使用人の女が五人に、追加の護衛の男が六人だ。うん、目立つ要素しかないな。
馬車の馭者を除いても十五人も居たらそら目立つわ。それに。
男六人の内五人はポートマン家の船の船乗りらしいが、皆とても良い体つきをしている。ムッキムキだよ。
残り一人は商会で働いている奴だが、前にマデリン嬢が村に来た時に見た顔だ。中年位の年齢の奴だが、コイツも良い身体をしている。
しかもコイツは、マデリン嬢の父の信頼厚い奴なのだが、多分護衛と言う名のお目付け役なのだろう。
「ネイサン様、今日はエスコートして下さらないのですか?」
何だろう、マデリン嬢、ちょっとイタズラしたみたいな顔だな。怒っているのでは無く、少しスネた様な、微かに悲しそうな、それでいて楽しそうな何とも言えない表情って言うのかな? うん、やっぱ軽いイタズラがバレた様な表情だよ。
可愛いな、そう思う。
年齢的な物もあるんだろうが、美しさと可愛らしさが入り交じった絶妙な顔つきだ。
少女から大人になる一歩手前、いや、寸前って言えば良いのだろうか? 蝶が脱皮を完全に終わる寸前。マデリン嬢の今は、そんな例えが正しいのだろう。
「申し訳ありません。ここは大丈夫だとは思いますが、バハラの最近の治安状況を考えますと、両手は空けておきたいのです。万が一が無いとは言い切れません。それにここではこの前刃傷沙汰もありましたし、安全を考えると両手は空けておきたいのです。無作法ですが申し訳ありません」
刃傷沙汰って言っても俺がその当事者だし、それに俺もアマンダも傷一つ付いていないから、刃傷沙汰ってのは言葉として正しくは無いかな?
「ネイサン様、頭を上げて下さい。そうですね、私少し我が儘を言ってしまいました。いけませんね、まるで幼子の様な振る舞いでしたわ。私の方こそ御許し下さい」
「いえいえ。さぁマデリン嬢、行きましょう。ところで、寒くはないですか?」
「大丈夫ですわ。今日は天気も良く、風もあまり吹いていませんもの。それにネイサン様と一緒です、とても暖かいですわ」
さて、今日は天気が良く、確かに風も余り吹いてはいない。確かに寒さはあんま強くは無いな。
だがマデリン嬢が寒く感じない理由は、俺と一緒だからと。そう言いながら両手を重ねて、その手を自分の胸辺りに当てているが、どう答えるのが正解なのだろう?
何か見方によっては、祈りを捧げてる様に見えなくもない。
いやまぁ祈りと言うには手の形が違うけど。
「光栄ですお嬢様。さぁ参りましょう」
「はい、ネイサン様」
しかし我ながらくっさいセリフだな。
マナー的には間違ったやり方では無いけど、前世の基準が抜けていない俺的には、まだ微かにだがこっぱずかしさがあるんだよな。
まぁ良いだろう。少なくともさっきの俺の返答は間違いでは無かったんだから。
それにしてもこの辺り一帯は、南方諸島の食い詰め者が居ないな。
自警団の数も多いし、魚市場なんて気の荒い奴も多いから危険だって分かってるんだろう。
それと確か魚市場や青空市には帝国語が話せないと立入禁止になったんだったな? 後は南方諸島共通語が話せる奴で、身形がしっかりした奴は魚市場には入れるが、青空市は帝国語が話せる奴しか入れないって言ってたっけ?
「ネイサン様、活気が凄くありますね。何だかお祭りの様な、そんな場所なのですねここは」
「ええ、活気に熱気、売り子である漁師達やその家族の持つそれらが、熱量が客にも伝わっているのでしょうね。そう考えると祭りと言っても差し支えないかも知れません」
「ふふっ。私が子供の頃、ネイサン様に連れて行って頂いたお祭りを思い出します。正直またネイサン様とお祭りに御一緒出来る等、思っていませんでしたわ。出来るにしても私が学園を卒業する迄は叶わぬ願いだと思っておりました」
あの下らない派閥争いが無ければ、俺もバハラに再び来る事は無かっただろうな。まさかバハラ近郊の漁村に赴任するとは夢にも思って居なかった。
そう考えると不思議だな。今俺がここに居るってのは。
「人生何があるか分かりませんね。官吏達達のあのバカ騒ぎ……。ゴタゴタが無ければ私は今頃帝都におり、帝城で日々、只々仕事に打ち込んで居た事でしょう。疲れた顔をしながら」
「この様な言い方は良くないのを承知で言いますが、ネイサン様は此方に赴任された事は良かったのかも知れません。お仕事は大事ですが、ネイサン様のお身体の事を考えると、これで良かったのかもと私は思います」
「そうですね、確かに私は少々働きすぎであったのかも知れません。あの当時は、自分では気付いておりませんでしたが。仕事が楽しいからと言っても限度がありますからね」
自分自身の事は、案外気付かない物か。本当そうだよ、今なら良く分かる。俺は働きすぎだったってな。
「この前伺いました時にも言いましたが、ネイサン様にとっては不本意な赴任かと思います、ですが私にとっては今回の官吏の方達の件で、ネイサン様が近郊とは言えまたバハラに赴任された事は、申し訳ありませんが喜んでしまいました。夢が叶ったかの様な幸運、そう思ってしまいました。申し訳御座いません、ネイサン様のお気持ちを考えると、不謹慎だとは分かっておりますが」
マデリン嬢からしたらそうだろうな。
俺も最初は不本意な、赴任と言う名の左遷であったが、今では来て良かったとも思ってる。
どうせ帝都に居たとしても、帝城内での左遷であっただろうしな。多分そうであれば、帝都に居たとしたら辞めてた可能性が高い。
ハルータ村に左遷されたが、辞めるのであれば、どうせ色々な所に行きたいと思ってたし、なら一応行ってみるかと好奇心から来てみたが、結果的には当たりだったしな。
最初は戻りたいと思ってたりしたが、何時の間にかどうでも良くなったよ。
マデリン嬢からしたら俺がこっちに来る事になり、嬉しい反面、俺の心情を考えると素直に喜べないんだろう。
そう言えば前にも村で同じ様な話をしたな。
どうもこの話題は気を遣わざる得ないから、繰り返しになろうが言葉数が多くなってしまう。
マデリン嬢も嬉しさや喜びと困惑、そして申し訳無さが入り交じった様な表情になってるが、気を遣っているからこそのこの表情なんだろう。
前にも村であれだけ話をしたのに、未だに心配されてるって事かな? それに加えて俺の心情を考えると、自分自身の嬉しさや喜びに思うところがあるってのもあるんだろう。罪悪感かな?
しかし俺はこの人に想われてるな……。
心配され、気遣われ、打算等一切無い只ただ純粋な想いか。
「マデリン嬢、確かに不本意な赴任でありましたが、今では良かったと心から思っていますよ。前にも色々言いましたが、あの村での生活を結構楽しんでいますしね。おっと、青空市場に入ります、人が多いのでお気おつけ下さい」
門前から青空市までの通路がやや長いし、人が多かったから結構時間が掛かったな。
馬車を降りたとこの通路は、何ヵ所かある出入口の中でも一番通路が長いとこだったから、だから時間が掛かったってのもあるか。
「はい、ネイサン様。まぁ、本当に人が多いですわね。陳腐な言葉になりますが凄いのですね」
「皆昼食前に買い物を済まそうとしているからでしょうね。ですが開門して少々時間が経っているので、これでもややマシであるみたいですよ」
一番混むのはオープンし立てだが、昼食前に買い物を終わらせ様としてか、この時間も人が多いらしい。
早めに来ないと目当ての商品が無くなるし、売り子としても昼前までが勝負だって村の奴が言ってたな。
「私初めて来ましたが、この熱気に圧倒されてしまいそうですわ。皆さん慣れてらっしゃるのか、これだけ人が居ますのに流れる様に移動されてますわね」
「単純に慣れなのでしょうね。さぁマデリン嬢、行きましょう」
さてと、マデリン嬢は良さげな物があれば随時買うと言ってたが、この人手の中スムーズに歩けるかな? 俺もマデリン嬢の事を常に気にしよう。
「ネイサン様が赴任してらっしゃる村の方も、お店を出しておられるのですわね? 私行ってみたいのですが」
「それは構いませんが」
別に良いんだけど、村の奴等、俺達を見てしょーもない事言って来そうだなぁ。別に良いんだけど。
「昨夜の夕食の時に、ネイサン様とおじ様やおば様がおっしゃっていた、イカの完干しや一夜干しが欲しいのです。とても美味しいとの事で、お父様やお母様も買って来て欲しいと言われましたの」
あー、昨日の食事会の時に言ってたな。
完干しは良いとして、一夜干しか……。
アマンダは来てるかな? アイリーンばあさんは来ていなくても。息子か娘が売りに来てるだろうから、完干しはあるだろう。
アマンダはどうかな? 最近良く来てるとはこの前言ってたが、この前のあの件があるから来ていない可能性が大きいな。
だけど来て無かったとしても、人に頼んで誰かが持って来てるか。
『守長、ここ意外と暖かいね』
ふとあの日の事をまた思い出してしまった。
アマンダは今日来ていないかな? 来てたら良いんだけど。
「マデリン嬢、昨夜言っていた商品を作っている者が居るか分からないので、目当ての商品があるか分かりませんが、村の者達が集まる所まで行ってみましよう。どうしますか? 先に行きますか? それとも市の他の店を見てから行きますか?」
「先に行きたいです。早く行かなければ、売り切れる事があるかも知れませんし」
「そうですね、扱っている者が来ていたとしても、早めに行かないと確かに売り切れる可能性もありますね」
「楽しみですですわ。私イカの完干しも欲しいですが、一夜干しはもっと欲しいのです。フフッ」
楽しみ? 不思議な言い回しだな。
「昨夜言っていた二人が来ていたら良いのですが」
「ええ、私も今日は是非、来ておられれば良いと思っております。ええ」
何だろう? マデリン嬢の微笑みに、微かに挑戦的な要素が含まれてた様な気がするんだが、何でなんだ? 俺の気のせいじゃ無いよな?
「さぁネイサン様、いざ参りましょう」
これから闘いに行くのか? こんなマデリン嬢、初めて見たぞ。