第200話 美しさは罪②
横を見るとアマンダが居る。
こうして家族以外の女と横並びで歩くのはいつ以来だろう? 直ぐに思い出せない程に昔だと思うと、何だかおかしくなって来た。だがこんな美人と一緒に歩いていると、自然と笑みはこぼれるがな。
「ねえ守長、私にまで買ってくれなくても良いのに。ご飯も食べたんだよ、これ以上は食べられないよ。それに串焼き多過ぎない?」
「だがなぁ、マーラんとこやローザんとこに買って、アマンダに買わないのも少し違うだろ? 串焼きはあの人数に一人につき三本ずつだからそれなりの数になるよ。重いなら俺が持つって言ってんのに」
マーラ家のスープに加え、串焼きも全部持つと言ってアマンダが譲らなかった。
女に荷物を持たせてってのは、基本的にあまり良い絵面とは言えないんだがなぁ。
「これ位なら持つわよ。それにしても何か悪いわ。ご飯まで御馳走になって、串焼きも三本も買ってもらって」
「串焼きは家に持って帰って食えば良いさ。焼いたら固くなるが、食えなくなる訳でも無いしな。それと飯食うのに割と時間も掛かったし、マーラ達を待たせた詫びも含まれてるから、数を多くしないと」
「確かにちょっと長い昼食になっちゃったもんね。みんなには謝らなきゃ」
屋台で色々売っててつい、あれこれ食ってしまった。そのせいで予定より長くなったからな。
詫びも含めて鶏肉二種類と、豚肉の串焼きを計三本あいつらに買った。うん、一本でもそれなりの大きさだが、三本あればインパクト的に詫びとして、俺達の誠意が伝わるだろう。
「アマンダ、屋台の食い物美味かったな」
「御馳走様、守長。やっぱり肉は美味しいわね、いつもは魚のスープばかりだから、魚も美味しいけど肉は美味しさが数段上ね。あそこで肉を食べたの何て、いつ以来だったか忘れた位に久々に食べたわ」
屋台とは言え肉系はそこそこの値段だからな。
あくまで魚系に比べればって話だが。
屋台ってのは何故かワクワクするが、アマンダと二人であーでも無い、こーでも無いと言いながら色々食ったが、最初は遠慮するアマンダを説き伏せるのが少し大変だった。
まぁ途中からは吹っ切れたか、アマンダは食べたい物を食べてたがな。うん、実に良い食いっぷりだったよ。
「アマンダが喜んでくれてなによりだよ」
「本当にありがとう守長。でも少し食べ過ぎたかも? おなかいっぱい過ぎてもう動きたくない位よ。まだ持って来た物が残ってるのに、昼から大丈夫かな? ダメねー、まさか私もこんなに遠慮無く食べちゃうとは思わなかったわ」
本当に良い食いっぷりだった。惚れ惚れする程だったな。だが美味しそうに食う姿も美しく、それでいて絵になってたのは流石だよ。
「良いじゃないかたまには。まぁ何だ、昼から俺も少し手伝うよ。マーラ達が昼飯食ってる間位は手伝おうと思ってたし、アマンダのとこもついでに手伝う。どうせ時間はあるんだ、売り子に挑戦してみる」
「ん~……。守長がお手伝い? お駄賃はあげられないわよ、タダ働きになっちゃうけど良いの?」
「お駄賃って子供じゃないんだから。どうせ今日は帰るだけだし、何事も経験だ。嫌じゃ無ければ手伝わせてくれ」
「嫌じゃ無いけど……。別に面白い物では無いと思うよ。私は売れたら楽しいけど、守長はあんまり楽しくないんじゃないかな? それでも良ければ手伝って」
良し、アマンダの言質は取ったぞ!
「やった! アマンダと一緒に働けるな。これはアレか? 駆け落ちの予行練習か? 予行練習なのかアマンダ?」
「そんな訳ないじゃない。もう、そんな事ばっかり言うんだから……。それに駆け落ちするなら店をやるって前に言ってたでしょ? 居酒屋をやるんじゃないの?」
良く覚えてますねアマンダさん。だが駆け落ちをするのなら、ありとあらゆる状況を想定しとかないとな。
例えば俺が一文無しになったりとか。まぁその場合は、魔法を使い稼ぐから全く問題無いが。
だがそうだな、駆け落ちの予行練習として、アマンダと一緒に店を開く場合の予行練習だから、一緒に働くのは当たり前だよな、うん、だから二人で一緒にやるのは仕方ない。おっと、もうアマンダが開いてる店の近くか。
「おっ、何だ何だ? 守長、アマンダと二人でどっか行ったのか?」
「飯食いに行ったんだよ。お前は俺達が向こうに行く時に見なかったのか?」
「守長、これだけ人が居たら分からないよ」
確かにそうか。だが村の奴等の中には、俺達二人が屋台側に行くのを見てた奴も居たのに、それなのに興味深そうに見て来やがって……。
「守長、アマンダと逢い引きかね? イッヒッヒ。今度アタシと逢い引きしないかい守長? フェッフェッフェッ」
ババア黙れ! 何が逢い引きだ。
てか貴様の様な歯抜けのセクハラババアと逢い引きなぞ、どんな罰ゲームだよ? 俺はそんな責め苦を受けなきゃならない程の悪業を、前世でしていない!
チッ……。ハルータ村の暇人共めが、ジロジロ見るんじゃねー。特に女衆、お前ら見過ぎ、興味津々って顔で見て来るな。ニヤニヤ笑うな。微笑ましそうに笑うな。
本当に仕方ない奴等だよ。仕事しろ、仕事を。
まぁ良いや、さっさとアマンダの開いてる店まで行こう。マーラ達を待たせてるし早く帰らないと。
「おいアマンダ! その男は誰だ!」
アァ? 何だこのアホは? 何でいきなりキレてんだ? そしてこの目つき、明らか俺にケンカ売ってるよな?
ん? あー、このアホさっき俺とアマンダを嫌な目で見てた奴か。で? 何なんだ?
「アマンダ、一応聞いておく、このアホは知り合いか?」
「まさか。一応顔位は知ってるけどそれだけよ。知り合いじゃ無いわね、それ以前の問題として興味無いから」
はい、氷のアマンダさんいただきました。
てかあれか、この名無しのアホは、おそらくアマンダにモーションかけて、そんですげなくされてる奴の一人か?
一方的に好意を寄せて、そんで相手にされていないと。まぁそんなとこだろうな。
「何か若そうと言うかバカそうと言うかガキそう? コレ歳幾つだ?」
「知らないし興味無いから分からないよ。本当にどうでも良いもの。名前も分からないのよ」
「そうか、なら奴の名前は今日から村長だ。理由は言わなくても分かるよな? アマンダ」
「もう、そんな事ばっかり言うんだから。ダメだよ」
「いやいや、アレ村長だろ? 今日来てるよな? 俺は見たから知ってるんだ。ところでカルンは何処に居る? ちゃんと旦那の面倒を見ろよな」
「もうもう、ダメって言ったじゃない」
そう言いつつ笑いを堪えてるよな? 肩が震えてるぞアマンダ。これはもう一押しでイケるな。
「カルン、カルン! もうダメだ…… カルーン。もう、もう私は……。カルーーーン!」
「ちょっと、もうやめてって言ってるのに…… ダメって言ったじゃないの」
「あっあっあっあっあ、カ、カ、カルン、カルン。あううう、もうダメかも知れないカルン……」
「ダメって言ってるのに何でやるの? フフッ、フフフ…… もう!」
良し! アマンダを笑わせたった。流石村長だな、鉄板ネタだよ。こんな時しか役に立たないが、アマンダを笑わせる時は絶大な効果を発揮する。
「そこは『村長カルンって誰だね? 浮気でもしたんかいな?』ってつっこまないとダメだろアマンダ」
「もう、やめて守長……。思い出しちゃうじゃ、ないの。守長は村長のマネが本当に上手いわよね」
「そら俺の持ちネタの一つだからな。これで飯を食ってんだから」
「すぐふざけるんだから」
俺からおふざけを取ったら何も残らないからな。
それに人を笑顔にするのは大変気持ちが良いし。
まぁ…… 時折その笑顔が引きつってる奴も居るが、その辺りは気にしない。だってどうでも良いもん。
「ふざけるな。俺の事を無視するな!」
「アレ? お前まだ居たの? 邪魔だからどけよ、道を独占するなよ」
道の真ん中にボケーっと突っ立ってんじゃねーよ、邪魔だろうが。人がまだ多いんだから通行の邪魔になってるのを分かっていないのか?
しかも憎々しげに睨んで来やがって……。このガキ幾つだ? 二十歳そこそこか? 舐め腐りやがって。
バカが、今にも飛びかかって来そうだな。来たらきっちりお仕置きしてやるよ。
「何でだよ? 何で普通に話してるんだよ? 何で、何で笑ってるんだ? 俺には笑いかけた事なんて無いのに……、俺には普通に話してくれないのに……、何でなんだよ!」
「知らねーよ、お前の話が面白くないからだろ。てかお前邪魔、さっさと退けよ。とりあえず芸を磨いてから出直せよブサイク」
アマンダも大変だなぁ。美しいと言う事は良い事ではあるが、反面この様なアホが寄って来て、望まない状況に追いやられる場合がある。
つーか気づけよな、お前はアマンダに拒絶されてんだよ。しつこい男は嫌われて当然だ。
面倒だな、さっさと襲い掛かって来いよ。それとコイツ何か持ってるな? ソレをさっさと出してかかって来たら、さっさと終わらせられるのに。
「ふざけんなよ! お前は何なんだ? アマンダの何なんだよ?」
「お前こそ何なんだ? ちなみに俺は俺様だ! ひれ伏せ! そして敬い崇めたてろ! 俺様の前で頭が高い、控えろ!」
「守長こんな時もふざけるんだから……」
「大丈夫だアマンダ。俺は真面目にふざけている」
「もっとダメじゃないの」
うーん、アマンダのジト目、良いねー、何か目覚めそうだよ。おっと、ジルの病気がうつったかな? 危ない危ない。俺はノーマルだ。うん、アマンダが可愛いからと言って道を外すところだったよ。
「お前らイチャイチャすんなよ! 何で…… 何でなんだよ? 俺にはそんな顔、見せた事が無いのに、何でだよクソ!」
えっ? コイツもしかしてドMか? ジト目を向けられて喜ぶ変態か? もしそうならジルを娶れよ。いやダメか。同じ性癖だと反発して上手く行かないか? 磁石と一緒だな、同じ性質だと反発する。
「なぁ、アマンダ。一応聞くけどこの村長モドキにはハッキリ拒絶してるんだよな? そんで無理ってハッキリ言ってるんだよな?」
「うん、何度も言ってるよ。それなのにしつこいの。こんな事があるから、だから魚市場には極力来たく無いのよ……。でも人任せばかりも出来ないし、人に頼むのも悪いからたまには来てるけど……」
「美しさは罪か……。だが美しいからってアマンダが悪い訳じゃ無いもんな。その美しさに引き寄せられる奴が悪いんだ。アマンダからしたら堪ったもんじゃないよな」
てか身の程を知れよな。自分ならイケると思ってんだろうが、自意識過剰かよ。
恋は人を狂わすって言うが、相手の気持ちを尊重してこその恋や愛だろうが。
チッ……。色恋に狂うのは勝手だが、自分で処理出来る範囲におさめろよな。
面倒臭いガキだなぁ。御託は良いから身体に身に付けてるモノをさっさと出せよ。そして襲い掛かって来い。そしたらこの茶番も終わるし、アマンダの精神衛生的に悪影響をもたらす要因の一つが減るんだ。
コイツはブライアンを見習えよ。奴はあの時ノータイムでぶん殴りに来たぞ。まぁあん時はブライアンを始め、他の奴もベロベロに酔ってたが。
俺も引っ越しそばならぬ、引っ越し酒をあの時出したが、量が多すぎた。ついでに言うと村の奴等からすると高いと思ってる酒だったからガバガバ飲みやがったからな。うん、ここぞとばかりにみんな飲んでたな。
「ねえ守長、あんまり煽ると危ないよ」
「分かってるわざとだから。もう面倒。さっさと終わらすよ。なぁアマンダ、俺が合図したら下がって離れてくれ」
「分かった。でも守長、程々にね」
「程々な、うん分かった、程々にしておいてやるから大丈夫。とりあえずアマンダの憂いの一つを終わらすよ。それとアマンダに指一本触らせないから、俺が約束する」
「ありがとう守長……。でも程々って守長の程々じゃ無くって、世間での程々だよ」
そう来たか、だがアマンダ君、世間って言っても色々あるんだよ。例えば軍や衛兵も世間だし、裏社会の奴等も世間一般に含まれてると俺は思ってる。人はそれを詭弁と言うだろうがな。
「うん、世間でのな。考慮しよう」
「もう……。ねえ守長、守長なら大丈夫だと思うけど、ケガはしないでね」
おっ、アマンダが俺を心配してくれてるぞ。
だがあんなアホに遅れを取る程、耄碌して無いから大丈夫。相手が誰でもナメたりしない。全力で潰す。侮りは負けフラグだからな。
「ちなみにアマンダ。もしケガしたら看病してくれるのか? それなら転んで膝位は擦りむいても良いかも知れない」
「ダメ。看病したりしないから、ケガはしないで。ねえ守長。膝をすりむくって子供みたいよ」
「アマンダに看病して貰えるなら俺、両膝をすりむく!」
「もう! ふざけたらダメだよ、メッ」
あー可愛い。マジでアマンダは可愛いな。
しかしこんな美人に看病して貰えるなら、ケガしても良いかなって思うって、男ってバカだよなぁ。
それかバカなのは俺か? そうだな、バカなんだろうな。だがアマンダ相手ならバカになっても看病して欲しいだろ。うん、愚かな男の夢だね。
「お前ら…… お前ら目の前でイチャつきやがって、舐めてるのか? なぁ! 舐めてるだろ? ふざけやがって、ふざけやがって……。思い知らせてやる!」
よっしゃ~! 出しやがった。やっと出しやがったぞ。おせーよ、もっと早く出せよな。
しかしショボいナイフだな。うん、もっと大きなナイフを買えよ。武器代をケチってもろくな事が無いぞ。
そう言うトコだぞ。ケチな男は嫌われる、ってな。
まぁ良い、アマンダを下がらせるか。
お話はそれからだ。教育の時間を始めようか。