第187話 兄弟姉妹の待遇格差はいずれ重大な歪みとなる
ダメダメ煩いなぁ、頑固なじいさんだよ。
「あのなぁじいさん、俺が代理人を立てるのは、アホみたいな大金を得るって事を隠したいからだ。実際俺は諸々の利権で金は入って来る。だがその事が世間に広く知れ渡ってる訳では無い。勿論知ってる奴は多いのかも知れないが、知らん奴も多い。だがなぁ、バハラのオークションにアレを出品したら、間違いなく世間に知れ渡る事になるんだぞ、だから代理人を立てる。そしてモノがモノだ、俺の名が全面に出たら間違いなくややこしくなるし、欲に駆られた小悪党が寄って来るだろう。だからじいさんに頼んでるんだ。だからややこしい事を引き受けてくれるクランツ・ハイラー海事法弁士に依頼したんだ」
「ネイサン、そんな事は俺も分かってる。俺が言いたいのは依頼料が多過ぎるって事、ただそれだけだ」
「迷惑料も含んでの依頼料だから、俺としては適正価格だと思うんだけどなぁ…… 俺が想定してた額より大幅に増えるんだ。間違いなくややこしい事になる、だからその額、割合でも良いんだよ。後は先々ややこしくなった時の経費も含まれてるって、思って貰って良い。先々この件で必要経費が掛かるとして、先払いって意味もあるんだよ」
「なぁネイサン。もしかして口止め料って意味もあるとかでは無いよな?」
「はぁ? じいさんが? 誰かに言うって事か? それは無い! 天地がひっくり返っても無いな。てかそんなのじいさんに対しての侮辱だろ。俺はそんな事、欠片も思って無いぞ」
じいさんが口軽く言う訳が無い。それは海事法弁士だからでは無く、クランツ・ハイラーって男を俺が信じてるからだ。
大体だ、あんな真珠がオークションに出品されれば、間違いなく帝国中の話題になる。その際に代理人であるじいさんが矢面に立つ事になる訳だが、これ又間違いなくじいさんは苦労する事になるだろう。
幾ら手続きも簡単で、オークションの申請自体が簡単な仕事とは言え、問題はその後だ。じいさんは間違いなく苦労する。
なら落札価格の一割ってのは法外では無い。むしろ適正価格、いや、正当な報酬だ。うん、俺ならそう思う。
「そうか…… 下らん事を言った、ネイサンすまん」
「いや、別に良いけど。なぁじいさん、俺は依頼料としては適正価格だと思うぞ。オークション終了後を考えると出品の手間暇より、終了後の方がある意味本当の仕事の始まりな訳だから、落札価格の一割は当然だよ」
「・・・」
「なぁじいさん、無いとは思うがだな、一応聞くがもしかして依頼をやりきる自信が無いのか?」
「何を言ってる、自信が無い訳では無い。受けた依頼は最後までやりきる。それは俺の誇りに賭けて誓う」
だよな、だからこそじいさんに頼むんだ。
じいさんなら間違いなく、依頼をやりきるし、依頼人を失望させる事は無い。
「なら問題は無い。海事法弁士クランツ・ハイラーには、それだけの価値があると思うからこその依頼料だ。まぁ何だ、腕の良い海事法弁士は依頼料も高い、なら一割ってのも当然の報酬だよ。頼むぞじいさん」
「そんな言い方をされたら、断れ無いじゃないか。はぁ…… 分かったよ、ありがたく頂くよ」
そうそう、それで良い。もし断ったら自分は腕の悪い海事法弁士だって事になる。じいさんは腕に覚えありの、優秀な海事法弁士だからな。自らの誇りを否定する様な事はしない。
であるならば、その腕を見込んで依頼人が納得して出す報酬を、じいさんは否定は出来ない。
うん、これで話は終わりだ。
「全く…… 海弁士である俺を言いくるめるとは。前から言ってるが、お前さん官吏を辞めて俺の事務所に来いよ」
「残念ながらその気は無いよ。もし官吏を辞めたら、家庭教師か通訳になる。前にも言っただろ?」
何故俺が家庭教師か通訳になるかは、じいさんに前にも言ったんだがなぁ。
理由は、家庭教師なら大体だが二~三年教えて、又違う家に行き教える事となる。そうなれば色んな所を周り、この世界の色々な場所を見る事が出来る。
しかも、家庭教師と言う確固たる立場と地位。例え見知らぬ土地であろうと身分証明も出来、住み込みであれば家も食事にも困る事も無く、この世界を巡る事が出来る。
しかも元特級官吏であるならば引く手あまただ。色んな所に行く事も容易い。てか行く。
通訳であっても同じだ。それこそ色んな国を巡り、見る事が出来るし、俺ほど他国の言語が出来れば引く手あまただ。
商人組合に仮で所属すれば、身分に関しても組合が保証してくれるし、何より海を渡って様々な国や地域を巡る事が出来る。うん、良いねー、この世界の色んな所を見る事が出来るって、夢があるよ。まぁ所詮は夢だがな……。
「海弁士の資格を持ってるのに。お前さんが俺の事務所に来てくれたら俺も安心出来る。三年、いや、五年程経験を積めば独立出来るし、俺もその頃になれば身体にガタが来始めるかも知れん。そうなればお前さんに事務所を譲り、俺も楽隠居でも出来るんだが……」
「もしそうなっても、じいさんはどうせ暇をもて余して直ぐに現役復帰するよ。それか仕事量を減らして暇潰しがてら海事法弁士をするさ」
引退し隠居生活に入っても、最初はばあちゃんと旅行でもするだろうが、どうせその内に暇をもて余し復帰する。
それで完全復帰とまでは言わないが、暇潰し程度に仕事をする事になる。そしていつの間にか完全復帰してるってパターンだ、うん、賭けても良いな。
「そんな事は無いと自信を持って言い切れないな。そう言えば真珠貝の貝殻の内側も、真珠になってると言ってが、それも持って来てるんだったな?」
「さっきついでに持って来ようと思ってたけど、この二つを先にって思ってアレは部屋に置いて来たんだ。持って来るよ」
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「はぁ…… ため息しか出んな」
「本当ねえ。それにしても見事ねこれ。ねえクランツ、これ幾ら位になるかしら?」
「どうだろうな? この大きさの真珠貝の殻で、しかも内側が真珠になっている。しかもこれだけ見事な物だからな、一体幾らになるやら……」
「この貝殻の真珠層? 真珠も素敵だものね、こんな大きさでこんなに美しいと、欲しがる人は多そうよね」
「テレーゼ、これもこれでこんな見事な物は見た事が無い。これも魔性の美しさだ、金貨三千枚は最低でもするだろうな。オークションの流れ次第では、真珠よりコレの方が高値がつくかも知れない」
そうかぁ? 流石にこれは、じいさんの目利き違いじゃないかな? 金貨三千枚って、それは無いだろ~ 真珠は分かるが、貝殻は間違いだな。
おっと、それより大事な事を伝え忘れてた。
「なぁ、じいさん、オークションだが年明け直ぐのオークションでは無く、春のオークションに出品したいんだが」
「春か? そりゃ構わんよ、何より依頼人の希望だ、問題無い。だが何故春に?」
「うん。今から口コミを、これらの話を広げたら、南方諸島からの参加者も十分間に合うだろ? それに南方諸島からの参加者が増えるだろうし、春なら他の国からの参加者も、十分見込めるだけの時間は出来る。俺は金に困ってる訳では無いから、別に春でも問題無いからだよ」
「そうだな、なら春のオークションに出品ってのは、俺も賛成だ。むしろ夏のオークション迄待ってみるのも一つの手ではある」
じいさんの言う通り夏ってのもありだな。
どうせ、オークション自体は年中ある訳だし、年四回ある特別オークションは、春夏秋冬の四回しかないが、何なら一年後の冬の特別オークションに出品ってのも一つの手だ。
ただその場合、オークションハウスに保管料を多少取られるが、問題無い。うん、だけどしばらく預けてから出品、それもありか。
「一応の目安として、春の特別オークションに出品の方向で頼むよ。じいさんがオークションハウスの担当者と話して、それ以降の出品の方が利があると思ったら、そうしてくれ」
「分かった、俺は代理人であるがその辺りも完全に任せてくれるんだな? 全権委任って解釈で良いんだな?」
「良いよ、じいさんに任せる」
「それとお前さん。身バレしたくないなら一つ問題があるが、分かるかな?」
「と言うと?」
「実家にこの真珠貝の貝殻を送ると言ってたが、真珠貝は言うまでも無く、二枚貝だ。一枚を送り、もう一枚をオークションに掛けるって事だが、ちゃんと実家には言い含めれるんだろうな? こっちがどれだけ気を付けて居ても、そちらからバレたら意味が無い」
そりゃそうだ。あんだけデカイ真珠があるって事は、その真珠が入ってた貝殻もデカイってのは、普通に考えたら分かる。
そしてオークションにその貝殻の一枚が出品されたら、もう一枚は? そう考えるだろう。
その出品された一枚は、内側が立派な真珠になっている。もう一枚も当然、その貝殻の内側も真珠になってるってのは誰でも思う。ならもう一枚は? そう思うのは当然の事だ。
そんな時に、我が実家であるサリバン商会にもう一枚があれば、何故と思うだろう。理由は、サリバン商会はオークションに参加して無いからだ。
代理人にオークションで競り落とさせるって手もあるが、商会の資金の流れを探られたら参加は勿論、代理人を立てて競りに参加していないってのも間違いなくバレる。
なら何でサリバン商会はアレを持ってるんだ? そう思うだろう。そして実家だけで無く、妹達も調べられる。そして妹達も、実家も出品者では無いのも直ぐに分かる。
後は単純な引き算だな。ネイサン・サリバン、まぁ俺が出品した大元で、じいさんを代理人に立てたって事が分かる。調べればそう思うだろう。
その事をじいさんに伝えると、何故か嬉しそうに頷いて居る。まるで生徒が出来の良い答えを言ったみたいな顔だ。じいさんよ、アンタは俺の教師か? これ、更に詳しく何故そうなるかの理由を言えば、更に喜びそうだな。
「お前さんの物だ、それを俺がとやかく言う権利は無いのかも知れないが、お前さんの依頼人として言わせて貰えば、依頼者の安全を考えれば二枚共オークションに掛ける方が、安全って意味では確実だぞ。言うまでも無い事だし、お前さんも分かってるだろうがな」
「そりゃ俺だってその位の事は分かるよ。だが妹達に真珠を渡すんだ、それなのに実家…… 姉に何も渡さないのは揉める元だからな。それに加え、家族の事は信頼してるってのもある。たがじいさんの言う通り確かに二枚共手放す方が確実だわな」
「家族を信じてると言われれば、俺はこれ以上何も言えないな。しかし姉と妹達に渡すと言っても、モノが違い過ぎてそれこそ揉めたりしないか?」
「あー、それに関しては売却金から仕送りするつもりだ。そして姉と妹達で金額に差を付けるよ。姉より妹達に多く渡すつもりだ」
「なるほどなぁ、そうだなその方が良いな。あの真珠貝の貝殻と真珠ではえらい違いだからな」
真珠は三つ出てきたが、内二つはちょっとでこぼこしててそこまで価値がある訳では無いからな。それでもかなりデカイ真珠ではあるから、それなりの値打ちはある。
ただあの貝殻に比べると、どうしても価値は落ちる。てかあの貝殻が凄すぎるんだ。あの歪な真珠だってゴルフボール位の大きさはあるんだ、それなりの価値はある。ただ比べる物が価値があり過ぎて、劣って見えるだけの話、ただそれだけの事。
「仕送りか…… お前さん、出品する物が物だけに、かなりの金額になるぞ。仕送りも高額になりそうだな」
「それなりの金額をって考えてるよ。だがどうだろ? オークションの参加者によって売却代金は変わってくるだろうけど、参加者のランクによってかなり変わってきそうだな」
「それはあるな、だが南方諸島からの参加者の地位によって大分変わってくるだろうと思う。商人にもランクがあるし、それこそ王族であっても国によりランクもある。だが南方諸島の者であれば、どれだけ金を使ってもあの真珠は欲しいだろう」
「あー…… そう言えば南方諸島では真珠って、美、幸福、繁栄の象徴だもんな。何よりもあそこら辺りでは、ステータスシンボルの最も足る物、それが真珠だからな」
「そうだ。真珠もそうだが、あの貝殻もどの様な手を使っても欲しがるだろう。貝殻の内側があれだけ見事な真珠になってるんだ、かなりの高額で競り落とされるれると思うぞ。ネイサン、くれぐれも家族にはその辺りも言い含めておけよ。家族の安全の為にもな」
確かにそうだな、じいさんは俺の身バレもそうだが、それ以上に俺の家族の心配もしてるんだろう。その辺りの事をきっちり伝えねば。後は……。
貝殻は実家ってよりねーちゃん個人にって、ねーちゃん個人に渡すって、ハッキリ手紙には書いておくべきだな。
両親が引退したら、どうせねーちゃんが家も商会も継ぐ事になる訳だし、実家を継いだら結果的にねーちゃんの物になるって思って、実家に向けてアレを送るつもりだったが、姉であるクレア・サリバン個人にって強調すべきだな。
後は売却益から仕送りするって事も、そして仕送り額に差をつけるって事の理由も説明しないといけないな。幾ら信頼する家族とは言えその辺りをなぁなぁにすると、後でとんでもない目に合う。
金は人を狂わせるからな、気を付けないと、家族が崩壊する事になったらシャレにならん。
世界が変わろうと、金ってのは人を狂わすのも変わらない事実か…… 有っても無くっても金には振り回される。まぁ無いより遥かに良いがな。