第182話 タバスコモドキ
カモメが鳴いている
ハルータ村もカモメが多いが、バハラは更に多い。
魚市場が近く、海も近いからだろうが多過ぎる。
フンには気を付けなければならない。
しかし自警団が多いな、魚市場の門辺りにも居たが、あれは昔からだ。
そして昔と違うところ? 部分がある。
自警団は左腕に赤い腕章を巻いている。
腕章には所属先が書いてあり、五人一組で見回っていて、市街地に入ると突然と言って良い程増えてきた。
手にやや長めの棒を持ってる奴もいる、いや、組がと言うべきか?
何と言うかこれだけでバハラの治安が悪くなっているのも分かろうと言うもんだ。
しかし視線を感じるな‥‥ 多分だが見知らぬ奴が、俺達を警戒しての事なのだろう。
それと共に、俺が目立っていると言うのもあるか?
官吏服を着て短剣まで身に付けてるし、何より巡察使のマントが目立ってるからとは思うが、二度見する奴が多い。
最初は警戒心から、そして次に短剣、そしてマントに驚いてやがる、中には三度見してる奴も居るぐらいだ。
これあれだな、俺が居なかったらコイツら声掛けられてただろうな。
自警団だから職務質問では無いが、それに近い事があっただろう。
「なぁ守長」
「どうしたモリソン弟」
「何かやけにジロジロ見られるな」
「この辺じゃ見ない奴等が、俺達が居るからだろうな、それと俺が珍しいんだろう」
「ああそっか守長の格好が珍しいのか、てか俺達が見られてるのはもしかして怪しいと思われてんのか?」
「そんだけ最近のバハラの治安が悪いって事だ、それにそれもあるが村でも見慣れない奴が居たら見るだろ? 俺達は悪い事してる訳では無いんだ、気にするな堂々としとけ、それよりお前達道を覚えろよ、帰りはお前達が迎えに来るんだからな」
「分かってるよ、大通りだから覚えやすいし大丈夫だよ」
「途中で道を曲がったりするからな、頼むぞ、帰りは乗合馬車、いや。辻馬車を呼んでやるから頑張って道をちゃんと覚えろ」
「良いのか守長? 金掛かるだろ?」
「良いんだよ、じゃないと帰りがかなり遅れるからな、気にするな」
帰りも歩きだと村に帰るのがかなり遅くなってしまうからな、日が落ちる前にコイツらを帰さないといけない、夜の海は危険なんだ。
最悪魚市場の雑魚寝部屋に泊まらないといけなくなってしまう、出来ればそれは避けたい。
魚市場の雑魚寝部屋、あれは海が荒れて帰れなくなった場合の一時的な避難所みたいなもんだからな。
雑魚寝部屋はコイツらが言ってるだけで、正式には簡易避難宿泊所だ。
海が荒れて、船を出せなくなって帰れなくなった奴等が、漁師やその家族が一時的に泊まる簡易宿泊所で、基本的に無料で利用出来る。
とは言え本当にただ雑魚寝する為の部屋なので快適とは言い難い。
それに便乗してきた奴も居るし、ソイツらの帰りの足が無くなってしまう。
最悪俺が乗ってきた船でコイツらを帰す事も出来るが、無理をさせる必要は無い。
「なぁ守長」
「何だ?」
「飯っていつ食うんだ?」
「もう少し待て、昔何回か行った事がある店がある、そこは割と美味かった店でな、あと少し歩いたら着く」
「そっかぁ、分かった」
「おう、もうちょっと我慢しろ、それよりマジで周りを警戒しろよ、俺が居た頃に比べたら住民が明らかに警戒してる、身なりの悪い奴が近寄って来たら気を付けろ」
しかしジロジロ見てきやがるな‥‥
コイツらにはよそ者が村に来たらお前達も見るだろと言ったが、この辺は魚市場に近いから、見知らぬ奴が来ても昔はここいらの奴等はあまり気にして無かったんだがな、それなのにこの辺りの住民ですら警戒してる。
コレって俺が官吏だって分かるから声を掛けられないが、コイツらだけなら自警団に声を掛けられただろう。
コイツら身なりが悪い訳では無い、それに小汚ない訳でも無い、だがそれでもジロジロ見られてる。
治安が悪いとは聞いてたが、予想以上だな‥‥
厳罰化するって噂を流せと言ったが、実際に厳罰を与えないと収まりつかないんじゃないのか?
見せしめの為にもやるのも一つの手ではあるが。
ん? 着いたか、ここも変わらずあってくれたか、とは言え少し小汚くなったかな?
去年はこの辺りまで来なかったから、あるかどうか分からなかったがあって良かった。
「お前達、ここで食うぞ」
「おっ、やっとか」
「何か高そうな店だな?」
「そうだな、店構えが立派だな」
そうか? そんなご立派な店では無いが、コイツらからしたらそう見えるのか。
この店は安くは無いが高くも無い店だ。
値段は普通? だが味はそこそこ良かった。
本当なら行きつけの店に行きたかったが、移動ルートから外れるし、遠いから仕方無い。
「おい、十三人だ、奥の大テーブル空いてるか?」
「空いてますよどうぞ」
よしよし、あの大テーブルなら奥まった場所にあるし、皆一緒に座れるから荷物も監視しやすい。
コイツらにはどんだけ言っても、食ってる最中は注意力散漫になるだろうからな、安全には気を付けなければならない。
「今の娘可愛かったな」
「だな、垢抜けてるし、可愛かったな」
コイツらと来たら‥‥
「おいお前達、あんまジロジロ見るな、てか荷物を盗られない様に常に警戒しとけっと言ったよな?」
「分かってるよ」
「ちょっと見ただけだよ」
何がちょっとだ、思いっきりガン見してただろうに、何を抜かしてんだよ。
まぁ良いだろう、腹へったしさっさと座ろう。
「お前達さっさと座れ、それと荷物を常に意識して見とけよ」
「おう座ろう座ろう、腹へったわ」
「なぁ守長、何が美味いんだ?」
「肉系は大体のモンが美味かった、後は好みだな」
コイツら戸惑ってやがるな? 何を食ったら良いか分からないのか? まさか注文の仕方が分からないとかじゃないよな?
「そこにメニュー表があるだろ、遠慮せず好きなモン食って良いから値段は気にすんな」
「俺こんなメニュー表がある店初めてだ」
「俺もだ、外で買って食うなんて青空市の屋台位だもんな」
「うぇ、結構良い値段するんだな‥‥」
「守長が値段は気にすんなって言ってたし、遠慮もすんなって言ってただろ、遠慮無くご馳走になろうぜ、楽しみだ」
「おう、値段は気にすんな、腹いっぱい食え、但し動けなくなるまで食うなよ、加減はしろ」
さっ、俺も頼むか、牛ステーキは確定だな‥‥
カツレツもアリだな、いや待てよ、ポークカツレツもアリか?
そう言えば最近トンカツ食って無いな‥‥
とは言えこの店に、この世界にはトンカツは無いから家で作るしかない訳だが‥‥
モノ自体は違うが、この店のカツレツもポークカツレツも割と美味かった。
トンカツが無いのは残念だし、仕方無いが、ポークカツレツにするか、うん、豚はポークカツレツだな。
となるとソースだな? 何にするかな?
ステーキは塩コショウにレモン一択だ。
肉はどっちにする? サーロイン? ヒレ?
どっちもアリだな‥‥ うーん‥‥ どっちも捨てがたいな、いや待てよ、Tボーンにするか?
確かこの店にはあったよな? よしよしあるな。
であるならばTボーンで決まりだな。
ポークカツレツはどうしよう? トマトソース?
デミグラスソース? チーズソースって手もあるな。
何もつけずそのままってのも一つ手ではある。
味付けがあるからそのままでもアリではあるが‥‥
タバスコソースもある、だがタバスコソースはちょっと違うな。
元々この世界にはタバスコは無かった。
だが俺が作り、いや、造り出現させた。
タバスコって実は家でも作れる、前世では家で作ってたし、自家製の物は市販の物に比べ、味や辛みがまろやかだった。
何故俺が作れるかと言うと、母や祖母に仕込まれたからだ、子供の頃はブツブツ言いながら手伝って居たが、ある時を境に素直に手伝う様になった。
ブツブツ言うと母や祖母が素敵な笑顔で諭してくるからで、仕方無く手伝ったもんだ。
あの二人、素敵な笑顔なのに目が一切笑って無かったからなぁ‥‥
タバスコを自家製って言うと驚かれたが、あれって意外と簡単に作る事が出来たりする。
数年長期熟成させた物や、一ヶ月程の短期熟成、それこそ熟成させない簡易簡単に、作って直ぐ使える物も案外簡単に作れる。
何故前世の我が家が作ってたかと言うと、チャリティーバザーの為だ。
元々地域の繋がりは強い所であったが、我が家は武道場を稼業として居た為、その様なイベントの時には参加していた。
チャリティーバザーは年一回あり、毎年参加していたが、我が家のタバスコはかなり評判が良かった。
その為俺は毎年タバスコの製造、それと売り子として参加、強制参加させられて居たのだ。
当然拒否権は無い、はいか分かりましたかイエスと言う答えしか許されてなかった‥‥
それ故にタバスコの製造方法は完璧に頭に叩き込まれている。
そしてこの世界でも作った、いや、造った。
実家を継いだ姉、そして嫁いで行った妹達が販売権を持っており、俺はその上がりから利益を受けている。
この辺りは他の商品と同じで、売上も結構あり、毎年かなりの利益配当を貰って居る。
それ以外ではポートマン商会と、マデリン嬢の商会も同じく販売権を持っており、そこからも利益が俺に、金が入って来る。
前世では嫌々参加していたが、何が役に立つか分からない物である。
タバスコは結構な売れ行きではあるが、値段も、売値も結構な額になってる。
理由は原材料の唐辛子にあり、魔族の国チェリッシュからの輸入品であるからだ。
それと数年、大体だが三年程熟成させる必要がある為どうしても高額になる。
一ヶ月程熟成させた物や、作って直ぐ食べる事が出来る物もあるが、原材料の唐辛子、この世界では赤辛子や、魔辛子と言われている物が輸入品である為どうしても高額になってしまう。
何故か分からないが、魔族の国チェリッシュでしか上手く生育しない。
香辛料の一大生産地域である南方諸島でも上手く育たない。
それは我が帝国でも一緒で何故か上手く育たないし、何より味が比べ物にならない位に違いがある。
チェリッシュ産の唐辛子は旨味やまろやかさ、それにピリリとした爽やかな辛みがあるが、帝国や南方諸島で作られた物は辛みも微妙でしかも辛さにトゲがあり、そして雑味の様な物がある為イマイチ、いや、美味しくないし明らかに味が悪い。
しかもあまり育たず収穫量も少ない上に、僅かにしか収穫出来ないにも関わらず、作れる地域も少なく限定的にしか栽培出来ない。
それら一部地域以外では育つ事無く、収穫すら出来ない。
理由は分からない、だが魔族の国チェリッシュでしか上手く唐辛子は育たないし、収穫が出来ないのだ。
その唐辛子だが多分と言う但し書きが付く、それは何故かと言うと、前世にあった唐辛子そのままであるが、微妙に違う様な気もするからであり、それ以上に魔族の国でしか上手く育たないってのが俺の中で引っ掛かってるからだ。
多分前世の唐辛子と同じと思うんだが‥‥
だから俺の中では原材料があやふやな為、タバスコってよりタバスコモドキって密かに思っている。
唐辛子なぁ‥‥ それ以外の辛子系は育つのに何故あれだけがチェリッシュでしか上手く育たないんだろう? 本当に不思議だ。
「なぁ守長、このハニーマスタードってアレだよな? ハチミツと辛子菜をアレしたやつだよな?」