第180話 下級官吏の権威
ざわめきが聞こえる
活気では無く 喧騒 港街の独特の空気感
それがこの場を支配していた。
「おい、聞こえなかったのか?」
「も 申し訳御座いません! 私は、私はバハラ行政府、港湾保全局、航路保全部、第一中央卸売市場支所所属、ナンシー・ボーウェル下級官吏であります」
本当もう‥‥ 似た様な部局が多過ぎだろ。
統廃合してこれだよ、てか港湾局 防災部 航路保全課とか、海事局 防災部 航路保全課とか似た様なのが多過ぎだ。
恐ろしい事に俺がバハラに居た時よりマシになってんのが更に恐ろしい。
対応5の時にケレイブ・カーンが来た時も思ったが、どうにかならんのか?
気持ちは分からんでもない、統廃合すればその分役職のイスが減るんだ、地位を守る為に統廃合が難しいってのもある程度は分かるし、組織があまりスリムになり過ぎると、逆に効率が悪くなるってのはな。
だがこんだけややこしいのも又問題あり、いや、あり過ぎだ。
どうせ俺はバハラから帝都に帰り居なくなるから、俺が統廃合を推し進めたが結局中途半端になってしまった。
アイツら強硬に抵抗しやがって‥‥
結局中途半端になった上この様だ。
あの統廃合の件だって、行政府の皆がそろそろ統廃合しないと流石に問題があると思って、だが自分が言い出すと色々問題があるしややこしく。
簡単に言えば言い出しっぺは叩かれ、そして立場も悪くなると思ってたからこそ、言い出しっぺと言う名の生け贄になりたくは無いからこそ出来た事だ。
そして結局は中途半端になった訳だが、あれとてやらないより遥かにマシであった。
やらなかった場合どうなっていたか‥‥
組織が完全に硬直化した上、いずれ身動きが取れない程に効率が悪くなったはずだ。
折角俺が悪者になってやったのに‥‥
まぁそれは良い、あれはある意味実質出来レースみたいなもんだし、それに貸しを作れたからな。
とは言えその出来レースみたいないなもんなのに、強硬に反対もしやがった事は忘れない。
ポーズだったのかもしれないが、出来レースに本気になんなよな、マジで面倒クセー奴等だよ。
しかし‥‥
「おい、ナンシー・ボーウェル、俺の言った事が聞こえなかったのか? 俺は所属と官姓名を名乗れと言ったんだが?」
「えっ? あの‥‥ サリバン卿? その‥‥ 失礼ながら、私は名乗りましたが‥‥」
「お前、官姓名って事は階級、役職を名乗らなければならないのではないか?」
「その‥‥ 私は役職はありません‥‥ 平であります‥‥」
「・・・」
コイツ平かよ? 主任位かと思ったんだが‥‥
年齢は俺より少し上、三十を越えた位? いや、三十五位かな?
二十歳位から官吏になっていれば、任官してから十年か十五年、であれば主任でも全くおかしくは無い。
それにコイツは俺に気が付いて直ぐに態度を上級者向けに改めた、一瞬間が合ったがな。
官吏としての世渡りの基本は一応分かってはいる、それに全くの無能とも思えない、であるならばコイツは何か問題が、例えば人間性とか融通が利かないとか、何らかの問題があるんだろう。
最短十年、任官して十年であれば主任は勿論、係長であってもおかしくは無い。
と言っても十年で係長ってのは、配属された部署によるか?
係長以上となれば、課長級ならもう少し遅れるし。
それは単純に役職のイスが減るってのもあるし、若い上級官吏が占めてるってのもある。
しかし下級官吏ならば非正規職員を使う立場にあるんだから、任官して五年もすれば主任にしても良いと思うんだけどな。
名前だけ役職であっても、下級官吏の権威づけになるんだし。
とは言え官吏である事それ自体が、一応権威ある者であるから敢えて要らないと言えば要らないが‥‥
役職の少なさが下級官吏のやる気を削いでる面もあり、腐ってる奴も結構居る、コイツもその口かも知れないな‥‥
それに加えてバハラの様な大都市ってのも関係してんな。
これが地方都市であれば主任どころか、係長位になっていてもおかしくないし、当たり前の、当然の事なんだが‥‥
だからと言って地方都市への赴任は、都落ちだって言って嫌がる奴も割と居る。
この辺りの兼ね合いは本人の考えによるし、難しいな。
前世で言うなら本社から地方支社への赴任でそこでの出世となるか、もしくは子会社への出向で出世させるみたいなもんか?
中には結構嫌がる奴もいるからなぁ‥‥
今の役職より出世するって言っても、本社からの都落ち、左遷と捉えるってとこか?
大きな企業、会社ではその傾向が強いって聞いた事があったな。
「その‥‥ サリバン卿? 本日はどの様な要件で伺われたのでしょうか?」
「ナンシー・ボーウェル、俺がここに来た目的、理由をお前に言わなければならない理由は?」
「いえ! ありません! 差し出がましい真似を致しました! どうかお許しを!」
お前はこめつきバッタか?
てかこんなペコペコされたら俺が悪いみたいに見えるだろうが‥‥ コイツわざとか?
しかも差し出がましい真似って‥‥
いやまぁ、俺も特級官吏としての振る舞いをしてるぞ、とは言え何でこんなに卑屈と言える程の態度なんだ?
もしかして疚しい事でもあんのかよ?
さっきまでの漁民達に対する態度はどうした?
手のひら返しってレベルじゃ無いんだが?
小物君、隊長殿も手のひら返しが凄かったが、コイツも大概だな。
別に俺に舐めた事をした訳でも抜かした訳でも無いんだから、そんなペコペコする程か?
人は権威に弱い、官吏は他には強いが同じ官吏の権威には事の他弱い、それにしてもコイツ俺にビビり過ぎじゃないか?
俺はコイツに対してカマしたりとか別にして無いぞ? 特級官吏として下の者に普通に、当たり前に振る舞っただけだ。
特級官吏としての極普通の、平均的な振る舞いだったと思うんだが?
ケレイブ・カーン何てあんな事が合ったのに、普通に接してきてたぞ。
年齢の差ってのは勿論あるだろう、だがアイツが連れて来た若い官吏達も多少は緊張してたが、こんな米つきバッタみたいにペコペコしてなかったし、悪魔に出会ったかの様な態度では無かった。
「おい、お前は何でそんなに卑屈なんだ? 何か疚しい事があるのか?」
「いえいえ、とんでもありません! サ サリバン卿のお噂はかねがね伺っております、わた 私もサリバン卿のバハラで、そして帝都での、帝城での御活躍を伺っておりまして、ですので疚しい事等ありません、ハイ!」
いやいや、コイツは俺の何を聞いたんだよ?
多分ろくでもない事を聞いたんだろうが、マジでどんな噂を聞いたんだ?
周りに居る奴等のざわめきが凄い事になっている。
ブライアン達も驚いた様な、思いがけない物を見た様な声を出して居る。
周りの声を聞く限り、コイツ普段どんだけ偉そうにしてんだ? 官吏の権威を振りかざしてたんだよ?
「いや~ あのサリバン卿にお会い出来るとは、私感激で胸いっぱいです、ハイ!」
いや、だから何だよあのって?
えっ? コイツ何? もしかして褒め殺しってやつかコレ?
俺はもしかしてコイツにカマされてんの?
「ああ~ サリバン卿‥‥ 噂に違わぬお姿で‥‥ 誠に失礼ながら私の女の部分が疼きます、嗚呼 アァ‥‥ 良い‥‥」
わっ! コイツ‥‥ ホンマもんって奴か?
マジもんなのかよ? うわ~ うわ~ うわ~
関わりたくねー‥‥
これならカマされてる方がまだマシだよ。
舐められてるんなら、キャン言わせれば良いだけだからな。
てかコイツがキュン言ってるじゃないか‥‥
何だよキュンって? うわ~ うわ~ うわ~~~
「サ サ サ サリバン卿、私も役目柄ですね、御要件を伺わなければなりません、ですのでせめて何をなされるのかを最低限伺わなければなりません、どうか御許し下さい」
うーん‥‥ ホンマもんでもあるが、俺にビビっても居るな? マジでコイツは俺の何を聞きやがったんだよ? 少々気になるが、それ以上にコイツには関わってはいけないと俺の勘が告げている。
うん、さっさと要件、いや、要求を伝えてこの場から去ろうじゃないか。
「おい、ナンシー・ボーウェル、俺が乗ってる船と、後ろに付けてる左右の船を接岸‥‥ 船着き場に入れろ! 割符を可及的速やかに持って来い、急げよ、それとコイツらは俺を送って来たから帰りは俺は居ないがコイツらにガタガタ抜かすなよ? 分かったか?」
「ハイ! 分かりました、喜んで!」
何が喜んでだよ? お前は居酒屋の店員さんか?
久々聞いたぞ、マジ何なんコイツ?
「おいお前達聞いたな? サリバン卿が入港される、急いで割符を持って来い! 官吏用のだぞ、間違えるなよ、マーシャルも聞いたな? この方は我ら下級官吏と違い特級官吏であらせられる、手続きを急ぐんだ、船着き場でボケっとしてる暇は無い! 急げ急げ!」
船着き場に居た官吏はコイツの部下か? 目をかっぴらいて驚いてやがる。
ナンシー・ボーウェルが普段と違うとでも思ってるんだろうな。
「サリバン卿、さぁこちらへ! 可及的速やかに入港処理を致します! どうぞどうぞ此方へ」
うん、熱い眼差しで見つめるのは止めて欲しいんだが‥‥ てかコイツ言い終わった後、『ウヘヘヒヒ』って笑ったよな? 小さな分かりにくい笑い方だったが俺は気付いたぞ。
こえー コレ系の奴はマジこえーわ。
何故そんな憧れに満ちた目を俺に向ける?
コイツは俺の何を聞いたんだ?
てかそんな態度では官吏としての権威が問われるぞ?
下級官吏とか関係無いからな。
もう嫌だ‥‥ さっさとこの場から去りたい。
折角の休暇なのに朝からコレだよ、呪われてんのか俺は?
周りのざわめきも鬱陶しくなってきたし、多分ジルらしき声も聞こえてるし、何かもう疲れたわ‥‥
早く肉食いたいわ‥‥