第173話 真っ昼間から
「もう飲みたいな‥‥」
「ブライアンもうちょっとで焼けるから」
「いやいや、まだ掛かるだろ?」
「芋は芋でも、じゃが芋なら分かるが甘芋食ったんだぞ、塩気のあるやつ食わないと酒が不味くなるよ」
「あー そう言われたらそうだな‥‥」
コイツらさっきも同じ会話してなかったか?
気持ちは分からんでも無いが焦り過ぎだ、待つのも又楽しいんだが‥‥
やっとガキ達が帰っていって、やっと準備も終わって、さぁ今からって瞬間だからな。
寧ろ今が一番楽しい瞬間だと俺は思うがなぁ。
しかし良い匂いだ、ソーセージが焚き火で炙られて堪らん香りがこの辺りを漂ってる。
ガキ達が持って来た枯れ枝の皮をナイフで丁寧に削ぎ落として、と言っても先端側の三割辺りまでだが、結構手間が掛かった。
加工した枯れ枝は何本もあるが、作成途中からコイツらは酒、酒、酒と煩かった。
風が吹くと寒いから飲みたいだとか、喉が渇いたから飲みたいだの、色々と理由をつけて俺に飲みたいアピールが激しかったが、やっと少し静かになったと思ったらコレだ。
仕方ない奴らだな、もう我慢が出来ないんだろう。
「おい、ブロックベーコンをカットしたやつあるだろ? それはもういけるから食うぞ」
「なぁ守長、ならもう飲んでも?」
「おう、注いでやるから先に食っちまえ」
寧ろ良くここまで我慢出来た方だよ、コイツらが恋い焦がれ、永遠の愛を誓っても良いと思ってる白ワインを注ぐか‥‥
「なぁ守長、このベーコン美味いな、それにデカイから食い堪えがある」
「なぁ何かブライアンの食ってるの俺のよりデカイな?」
「おう、デカイの選んだから」
コイツらはガキみたいな事を言いやがって‥‥
売る程あるんだ、そんな羨ましそうにしなくても良いと思うんだがなぁ。
まぁ良い、さっさと飲ませてやるか、でないとコイツら終いには泣き出しそうだ。
「おいさっさと乾杯して飲むぞ」
「アレ? 守長ツマミ何も食って無いのに良いのか?」
「俺はさっき岩塩の欠片を口に放り込んだから大丈夫だ」
これで口の中はさっぱりしたし、どうせ乾杯しても一口飲むだけだし、とりあえずはこれで十分だ。
これがアイスワインなら少し物足りなかった。
だが普通の白ワインなら岩塩で事足りる。
しかしこの世界にもアイスワインがあったのは、本当に良かった。
前世でも好きだったが高いんだよなぁ。
この世界でも高いが、今は金は腐る程あるから全く気にせず気軽に買える様になった。
金とは本当に素晴らしい、出来る事の幅が広がるし、金があればある程自由度が増す。
金は自らを縛る鎖だと言う奴も居るが、それは使い方や、金との付き合い方が下手なだけの事。
道具だって使い方次第で良くも悪くもなるし、人との付き合い方だって、接し方や付き合い方で変わるし、それにによって関係も変わる。
何でもそうだがやり方次第なんだよなぁ。
しかしコイツらは‥‥ ゴクゴク飲みやがってからに、夏場に水でも飲んでんのかって位の勢いだな。
「ホレ、注いでやるからコップを出せ」
しかしかなりの大きさのコップなのに、もう飲みきりやがった。
本当コイツら、酒では無く水でも飲んでんのか?
美味いだって? そら美味いだろう、今まで我慢してたってのもあるが、芋食ってる時も水分を一切取って無かったんだからな。
芋は美味かったが、水分摂取無しってのはちとばかりキツかった。
おっ、ソーセージも焼けたか、これ以上焼くと皮が弾けて破れそうだな。
うん美味い、外で食うのは格別だ、ましてや焚き火を囲みながらその火で焼いたモノは極上とも言える美味さがある。
「まだ日が高い内に飲む酒は格別だよなあ」
「そうだなブライアン、しかも美味い酒にツマミ、最高だな」
確かにそうだな、コイツらの話は正しい、真っ昼間に飲むのはたしかに美味い、更に美味いのが朝酒だ。
あの背徳感が又良い、とは言え朝酒はまるでダメ人間になったかの様な罪悪感もある。
朝酒は美味いんだけどなぁ‥‥
「守長、美味いなこの酒」
「この前来た行商人から買ったんだ」
「あー あの行商人か」
あの自称行商人は本当、目利きは確かだわ。
この酒は、美味いと評判のそこそこ有名なワイナリーの物だ、味が良いのに値段もそこまで高いと言う訳では無い。
とは言えコイツらからしたら、十分高級な物ではある。
うん、キリリとした爽やかな酸味が良い、やっぱワインは白だな。
「あの行商人が持って来る酒って値が張るから、誰が買うんだろって思ってたけど守長みたいな人が買うんだな」
「そうでも無いぞモリソン弟、結婚する奴とか、祝い事がある様な奴が買ったりしてる、街何かじゃ町人がまぁまぁ買ったりしてるみたいだぞ」
「祝い事かぁ‥‥ 確かに目出度い時に飲めたら良いな、買おうと思うわ」
「ちと値が張ると思うかも知れないが、この味なら納得して買う奴も多い」
「だな、もう少し安かったら良いけど‥‥ 晴れの日に飲むって思えばまぁ分からんでもない値段だな」
うん、コイツらは水みたいにゴクゴク飲んでやがったが、値段を思い出したからか、飲むペースが更に上がりやがった。
「おい、酒は逃げやしないんだ、もう少し味わって飲め、それと悪酔いはするなよ、特にブライアンお前だ」
何でコイツはビクッとしやがったんだ?
俺はデカい声で言った訳でも無いし、怒って言った訳でもないのに。
もしかして何か疚しい事でもあんのかよ?
「守長勘弁してくれよ‥‥ 去年の祭で懲りたよ、流石にもうやらねーよ」
「なら良いがな、それとお前達がまだまともな内に、シラフと言えないのが残念だが、話がある」
だから何で身構えるんだ? 別に良いんたけど‥‥
「何だ守長?」
「おう、そう身構えるな、今度バハラに行こうと思ってな、そんでバハラまで船で送って欲しいんだ、ついでに荷物持ちとして目的地まで来て欲しいと思ってな」
「でも守長は村から出れないんじゃ無かったっけ?」
「そうだなモリソン弟、だが休暇申請すれば問題無い、休暇はたっぷり溜まってる」
帝都に居た頃からの分だって、使い切れずに溜まりまくってる、何も問題無い。
「あー アレか守長? この前のあの人に会いに行くのか?」
「ブライアン、お前が言ってるのは船で来た人の事だろうが違う、昔馴染みの知人のじいさんに会いに行く、そしてその妻のばあちゃんに会いに行くんだ」
うん、何でブライアンの奴は不思議そうな顔をしてやがるんだろう?
俺が年寄りに会いに行くのが不思議なのか?
「俺が昔バハラに赴任してた時の知り合いだ、去年この村に来る前に一応会ったが顔見せ位の時間しか取れなくってな、久々に会いたい、ゆっくり会いたいって言われてたんだ、まぁ‥‥ バハラに行ったらお前が言う人にも会う事になるがな」
うん、バハラに行って、それも時間があるのにマデリン嬢に会わないってのは流石に‥‥
会わない選択肢は選べない、そんな不義理な事は出来ないし、マデリン嬢ってより、多分ポートマン家にお邪魔しに行く事になるだろう。
「なぁ荷物持ちって何を持って行くんだ?」
「土産だよ土産、魚や乾物や一夜干し、それに畑の野菜何かだな、温室のモンとかも持って行く、後はフィグ村の干しイチジクとか色々だ」
「あー‥‥ 俺とブライアンの二人?」
「いや、それに加えて兄と後三人の計六人は最低連れてく、もしかしてだが荷物の量によっては更に二人加えて八人だな、当然手間賃は払う、一人銀貨二枚、それに加えて船を出す奴には銀貨一枚更に出す、それと酒とツマミも付ける」
又コイツら顔見合わせてやがる、マジで仲良しさんだなお前ら。
「銀貨二枚か? 多いな‥‥」
「ブライアン、ここからバハラまで行き、向こうでも荷物を運ぶんだぞ、一日仕事になる、当たり前の事だ、行きはお前達が漁から帰って来てからになるが、どうだ?」
「そら勿論行くよ、しかし六人、いや、八人になるかも知れないんだろ? 流石に多過ぎないか?」
「荷物の具合もあるが、最低二人は手ぶらの奴が要る、理由はバハラの治安の問題だ、お前達は魚市場から出る事が無いからいまいちピンと来ないかも知れないが、最近バハラは治安が宜しく無くってな、ケチな小悪党の犯罪者対策だ、当然俺は手ぶらで警戒するが後二人は手ぶらの奴が居た方が安心出来る」
「なるほど‥‥ 」
「ブライアン、お前は手ぶら組として警戒して貰う、理由は分かるな?」
「・・・」
うーん、ブライアンは察しが良くなったなぁ‥‥
そうだな、お前が思ってる通りだよブライアン、お前はチンピラ丸出しだからな、厳つい奴が居ればそれだけでアホが寄って来なくなる、とは言え最近のバハラの犯罪者は衛兵からもスリをやる様な考え無しのアホ共だ、どれだけ効果があるか分からんがちっとはアホ共が躊躇ってくれるなら儲けもんだ。
「ブライアン傷付いた顔は止めろ、現実を受け止めろ、本当、俺が悪い事をしたみたいになるだろ?」
「・・・」
お前は乙女かよ? 実際チンピラヤカラの類いだろうに‥‥
「おいモリソン弟、連れてく奴は見た目が厳つくて力のある奴を連れてく、この前灯台の警備を頼んだ奴中心に選ぶつもりだが、お前の推薦が居るなら誰か居るか?」
「あー‥‥ まぁ‥‥ 特に居ないかなぁ、この前の奴らの中から選ぶで良いと思う」
「ん、ならそうしよう、俺としてはきっちりやってくれるなら問題無い」
マデリン嬢が来た時に警備をしてた奴等は皆きっちりやってくれたからな、であるならば今回もやって貰う、仕事をきっちりやったら又呼ばれる、これを繰り返せば又皆真面目にやってくれるし、手を抜かず毎回やってくれる様になるからな、俺としても助かる。
「なぁ守長、俺達三人は決まってるにしても、残りの三人か五人はどうするんだ? 皆やりたがると思うんだけど?」
「そうだな、だがケンカで決めるなよ、くじ引きで決めろ、てかお前が仕切ってやれチンピラ、おっと! ブライアン」
「・・・」
「何だ不満か?」
「いや‥‥ 分かった‥‥」
ん、これで行きの足と荷物持ちは確保っと。
後は土産を集めて荷造りして、俺が居ない間の代わりの官吏の受け入れ準備と、それから‥‥
「なぁ守長」
「どうした弟」
「向こうからの帰りはどうするんだ?」
「魚市場に誰かしら居るだろ? 帰る前にそいつらに頼むか、伝言を頼んでお前達に頼むと思う」
「そう言や向こうにどん位居るつもりなんだ? 知り合いのじいさんばあさんと、あの別嬪さんに会うなら日帰りは無理だろ、泊まりで行くんだよな? 次の日も遅い時間になるだろうけど、誰も居なかったらどうするんだ? 二日位は泊まるのか?」
「お前なぁ、二泊三日の訳無いだろ、一月は向こうに居る予定だ」
「えっ? 一ヶ月も?」
「ああそうだな、休暇が溜まってるしそれ以外も色々とな‥‥ 一月も世話になるから土産もそれなりに持って行かないといけないからお前達に頼むんだ、帰りは何日か前に頼むつもりだ、お前達の都合がつかない場合は魚市場に居る奴に頼むがな」
てか休暇はそれでもまだまだ残るんだよなぁ‥‥
俺が如何に働きっぱなしだったか分かろうと言うもんだよ。
たまには良いだろう、その位は休んで休暇を満喫してもな。
休暇自体の申請も通ってるし、何の問題も無い。
久々にゆっくりして、バハラを楽しもう。