第156話 お前喋れや
この世には不思議な事がある
斯く言う俺も異世界転生と言う摩訶不思議な事を経験して居る。
「・・・」
チッ‥‥
又かよ‥‥
『テメーいい加減にしろよ! 今何時だと思ってんだ! 出るなら昼間にしろやボケが‥‥』
『・・・』
『夜中に出て来るんじゃねーよ! 睡眠の邪魔すんなやカスが‥‥』
『・・・』
『コラボケカス! 気まぐれに出て来んな、日にちとか曜日を決めとけボケ! お前テキトーか?』
『・・・』
『お前明日又、盛り塩山盛りにしてやるからな、お経か念仏唱えまくってやる!』
『・・・』
『てか季節考えろや、夏はとっくに過ぎてんだろうが、お前季節感ゼロか? お呼びじゃねーんだよ、マジでもう一回死ねやクソが!』
『・・・』
『アァコラ、何時も通りのだんまりか? シカトか? つーか鬱陶しいんだよマジでもう一回死ねや、つーか二回死ね』
『・・・』
『毎回毎回よー! 何か喋れや!』
知らん奴が今のこの状況を見ればこう思うだろう。
コイツは何を夜中に荒ぶって叫んでんだ?
もしかして寝言なのか?
スッゲー寝言だなぁ、と‥‥
うん、寝言でも無いし、寝ぼけてる訳でも無い。
酔ってる訳でも無いし、イケナイお薬や葉っぱを嗜んで居る訳でも無い。
俺は至って正気だし、この怒りも正当な物である。
ならこんな時間に何を、夜中に何をして居るのか?
人は問うであろう。
答えは簡単である。
幽霊が出た、いや、居やがるのだ。
更に詳しく説明するとこの幽霊は俺がこの灯台に赴任してからずーっと居る。
と言っても今年の夏までは余り出なかった。
たま~に出る位で、あー又かぁ位にしか思わない程度の出現率であったのだ。
最初は優しく語り掛けて居た。
顔つきは南方諸島の人間が持つ特徴を持っており、肌も褐色で日焼けした様な顔で、服装も南方諸島の船乗りが好んで着てる服装だった為、南方諸島の共通語で語り掛けて居た。
だが返事が無かったので、南方諸島各国の言語で語り掛けてみたが返事が無かった。
もしかして他の地域の奴かと思い、俺が知って居る言語全てで語り掛けたがやはり返事は無かった。
南方諸島の船乗りが好んで着てる服装は、他の地域でもオシャレ感覚で着てる事もあるので他の地域の言語で語り掛けたが無駄骨に終わった。
服装、顔つき、肌の色等、諸々のヒントから考えてもやはり南方諸島の人間である可能性が高い。
だが共通語を始め、他の言語にも反応しない事から困ってしまい、諦めてそのまま寝る事にしたのだが一つ困った事がある。
と言うのも、気配をどうしても感じてしまうのだ。
何か悪さをする訳では無い。
悪意や害意、殺意の様な物も全く無い。
只々そこに居るだけ、オブジェの様にあるだけなのだが気配を感じてしまうのだ。
殺意や害意を俺は敏感に感じ取る事が出来る。
多分だが、前世の経験、武術によりそれ等を敏感に感じ取られる事が出来る。
因みにそれは今世からでは無く、前世でも出来て居た事であり、長きに渡りそれ等をこなして来たからか、かなり精度が上がって居る。
そして何故かこの幽霊は害意や悪意は無いのに、なのに何故か気配を感じる
もうここまで言えば分かるだろう。
そのせいでこの無口な幽霊が現れるとどうしても、嫌でも気配を感じて起きてしまう。
ハッキリ言って迷惑である。
最初は俺も優しく語り掛けて居たが、何度も現れ、余りにも夜中に起こされる事が続けば対応が悪くなって行くのは当然の事だ。
それでも今年の夏迄はまだ良かった。
この迷惑系幽霊の出現頻度がある時を境に、そう、夏に合った対応5が終わってから出現頻度がハネ上がったのだ。
季節は夏から秋になるかと言う時である。
そして今は秋から冬に、世間では端境期と言われる時期だ。
人によってはもう冬だと言う奴も居るし、まだ秋だと言う奴も居る正に端境期である。
そして幽霊とは夏が旬の夏の風物詩であると俺は考えて居る。
幽霊が秋や冬に出るか?
マジで迷惑系幽霊であり、空気を読めない幽霊だ。
『つーかいい加減お前喋れや、何時も何時もボーっと突っ立ってるだけって‥‥ てかお前ストーカーか?』
『・・・』
もう‥‥
まぁ良いや、寝よ寝よ。
気配を感じるが無視だ、そうだ考えるな感じるな、ちょっと悪趣味なオブジェだと思え‥‥
「・・・」
クソっ! 何時もの時間に目が覚めてしまったじゃないかよ、身体にクセが付いてるんだなぁ‥‥
微妙に眠い、最近アレが続いているからか、日々少しずつではあるが、寝不足による疲労が溜まり始めて居る。
とりあえず塩撒いておこう、そして盛り塩だ、やらないよりマシだろう。
「守長おはよう、何か疲れた顔しとるな?」
「ああ、おはようじい様、てか又出やがったんだよ、奴がな」
「あー そんでか、昨日声が聞こえて来とったが又出よったか‥‥」
「聞こえたか?」
「微かにじゃがな」
そうか、俺はそんなデカイ声を出して居たのか‥‥
「しかし守長は幽霊とか怖がらんなぁ」
「怖くは無いな、どっちかと言うと鬱陶しい、後頭にきてる、何か害があったり、害意がある訳ではないが睡眠を妨害されるのが本当に嫌だ」
「十分害があると思うが‥‥」
「直接的にも間接的にも害や害意は無いんだ、ただなぁ、奴の気配で目が覚めるんだよ、それが無ければなぁ‥‥」
「難儀じゃなぁ、黙ってずーっと部屋の中におるんじゃな?」
「そうなんだよ、色んな国のどんな言葉で話し掛けても返事の一つもしやがらないんだ、多分南方諸島の奴だと思うんだけど‥‥」
「なぁ守長、前にも話したが、ワシが子供の頃に合った嵐で、ここに運び込まれた船員の聖霊だと思うんだが?」
何十年も前にあった嵐による海難事故で死んでここに運び込まれて、官吏同士のメンツ争いで腐敗する迄放置されてた船員か‥‥
じい様達の話しでは、基本的に官吏の前に現れる事が多いらしい。
うん、それって官吏に対しての恨みがあるんじゃないか?
灯台守のじい様達は一度も見た事が無い奴も居る。
だが今までこの灯台に居た官吏達は、もれなく皆目撃してるそうだ。
と言うか‥‥
「なぁじい様、最近はあまり目撃もされて無かったし、こんなに頻繁に現れる事は無かったんだよな?」
「あー‥‥ そうじゃな、前の守長もたま~に見たとか言っとったが、最後の二年は全く見とらん言うとったな」
「てかな、この前の対応5の時から連発して出て来やがるんだが、何か関係あんのかな?」
「さて‥‥ 分からんなぁ‥‥ だが全く無関係とも思えん、だがワシには分からん」
未練があるから現世に留まって居る、だが理由
は分からない。
うん、だって何も言いやがらないし、黙られたら理由何て分かりゃしない。
せめて会話が出来ればその未練が何かわかるんだが、今のままじゃ無理だな。
対応5の時は死人は居なかった。
寧ろ助かった命、生存者が居た。
ガジラの奴もう国に帰り着いてるだろうが、元気かな?
そうだ、もしかしたらだが、自分は死んだのに助かった奴が居る、何て不公平なんだと思って居るのか? まさかな? それは無いだろう。
酒でも供えてやるか?
この世界にもラム酒はある。
そして南方諸島の奴等、特に船員はラム酒が大好きだ。
俺の安眠の為にも供えてやるか‥‥
それともう一つ案はある。
まだ試して無いんだが、クリーンを、清浄魔法を掛けてみようかと思う。
只の勘でしかないが効く様な気がする。
掛ける時に聖なるイメージを、浄化する様なイメージを、強制的にでは無く、優しさと慈愛の気持ちを込めて使えば効く様なそんな気がする。
と言ってもそれは最終手段だ。
未練を残して死ぬのはどれだけ辛いか分かってるつもりだし、せめて安らかに天上に昇って欲しい。
そうだな、これは只の感傷、そう、俺の感傷でしかない。
とは言えだ、それはそれ、これはこれだ。
この俺の睡眠を邪魔した事は許さん。
多少は考慮してやるが、あんま舐めた事してくれやがったら容赦なくやらせてもらう。
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その夜、寝る前に準備してから寝たが、準備は無駄にならなかった。
『来やがったな、ホレ、俺の奢りだ、遠慮なく飲め』
『・・・』
『どうした? ラム酒だぞ、お前達船乗りが大好きな物だ』
『・・・』
おっ! 何時もと少し様子が違う。
酒をジーっと見てやがる。
これはいけるか?
ん? コイツ‥‥
首を左右に振ってため息らしきものを吐きやがった、えっ何? 俺の酒がお気に召さないのか?
ラム酒にもランクが合って、俺が用意した物はそこそこ良いお値段がする物だ。
船員達が普段飲んで居る安酒では無い、それなのにコイツは‥‥
えっ何? なんでお前は分かってないみたいなリアクションされないといけないんだ?
ため息と共に、軽く鼻で笑われたんだが?
どうしょう‥‥
クリーン掛けてブッ殺してやろうか?
「・・・」
まぁ良いだろう、今日は勘弁してやる、寝よう‥‥
「守長どうじゃった?」
「ダメだった、何か鼻で笑われたんだが‥‥」
「何が合ったんじゃな?」
「ああ、昨日な‥‥‥‥‥‥‥‥」
俺が説明してる間じい様は何度も頷いて居た。
そして説明が終わると。
「いや守長、それ船乗り達が何時も飲んでるやつを出した方が良かったと思うぞい」
「安酒をか?」
「うん、生きとる時に何時も飲んでたモンの方が馴染み深いし、何より死ぬ時にそれが頭を過ってそれが未練になっとるかも知れん、何時も飲んどるのを飲んで、死ぬならせめて何時もの安酒を飲んでからと、そう思うのはおかしな事では無いと思うがの」
「なるほど‥‥ 道理だな‥‥ いかんな、俺は高けりゃ満足だって勝手に思い込んでたな、そうだよな、死ぬ寸前何てそんな細やかで当たり前の事をして、せめて死にたいって思っても不思議じゃ無いか‥‥」
「うん、ホレ、この前の対応5の時に助けた若いのが居たが、あの若いのもどうせ死ぬなら何時も飲んどる酒飲めて満足だって言うとったんじゃろ? 海に落ちる前に飲めて運が良かったってな、守長言うとったじゃないか」
「そう言やそうだったな、あれでもし飲めなかったら後悔してたって言ってたな、例えそれが身体を温める為とは言え、何時もの安酒が飲めて良かったってな」
「人間何てそんなモンじゃよ、案外そんな理由で聖霊になりそこねてるのかも知らんな、守長、家に船乗り達が飲んどるラム酒があるから分けちゃるから供えてみたらどうじゃな?」
「そうだな、部屋に置くだけじゃ無く墓にも供えてみるか」
「そうしたったらエエ」
その夜、ザッカリーのじい様に分けて貰ったラム酒を用意した。
じい様には代わりの酒を渡し交換したが、じい様がゴネやがった。
そんなんいらんいらんと、ややこしい事を言うので強引に渡した。
てか俺の気が済まないんだ、最後は納得して居たがな。
「おっ! 現れたか? ホレ、これなら満足か?」
幽霊は昨日と同じ様に酒をジーっと見て居る。
そして酒の入ったグラスをを手に取り一気に飲み干した。
と言ってもグラスは動いていないし、中身も減ってはいない。
俺が置いた酒の入ったグラスは少しも動いていないのに、何故か幽霊はグラスを持って居た。
本当に不思議だ、グラスが二つあるのだ。
元に置いてあるままの物と幽霊の手にある物。
世界は不思議に満ち溢れている。
この世界でも言われている言葉だ。
幽霊は飲み干した後、俺に向かい微笑んだ。
まるで、お前分かってるじゃないかと、そうそうコレだよコレと‥‥
やっと分かったか仕方無い奴だ、そう思ってる様なそんな気がした。
幽霊は薄く光輝くとふっと消えつつ天に昇って行った。
その顔は非常に満足した様な顔をして居た気がする。
明日は奴の墓にも供えてやろう、そう思った。
そして‥‥
「アイツ最後まで喋りやがら無かったな‥‥ うん、お前せめて一言位は喋れや」
人と言う物がこの世に対する未練は、案外奴みたいに酒一杯程度のそんな物かも知れない。
人は笑うんだろうがそんな物だ。
しかし‥‥
「アイツ一言も喋ら無かったからどんな声か分からなかったな、てかマジでお前もう出て来るなよ」
さぁ寝よ、明日もあるんだ。