第154話 逃げるが勝ち
「ねえ守長待ってよ!」
「アホか、待てと言われて待つ奴が居るかよ」
「ねえ何で? ちょっと話しをするだけだから」
「うっせー 俺は話す事なんか無いわ」
「ねえ!」
「知らん、さっさと家に帰れ」
「あっ!」
アホめが、俺に追い付くとでも思ったか?
甘いんだよ、鍛え方が違うわ、鍛え方が。
戦場では駆けて駆けて、駆け回って、足が止まった奴から死ぬ、だったか?
うろ覚えだが確かそんな事を言ってたはずだ。
前世の有名な映画のセリフだが、正に戦場と言うものを表した言葉だ。
と言っても俺は今、戦場に居る訳じゃ無い。
麗しの都‥‥ 村、ハルータ村に居る。
そして先程まで追い掛けて来てた奴は変態だ。
まぁ即ブッ千切って撒いたったが。
何が話しがあるだ、俺には何もねーよ!
人が折角散歩してたのに、鼻歌なんか歌いながら気分良く散歩してたのにあの変態めが、良い気分が台無しじゃないか。
しかし‥‥
速攻で撒いたったが失敗だったか?
追い付けそうで追い付け無い位の距離で、暫く追い掛けさせても良かったかも知れない。
そうやって奴の体力を削れば、今日はもし又バッタリ会っても、もう追い掛けられ無くなったはずだ。
嫌な想像だが、うん、嫌な未来予想だが奴には又会いそうな気がする。
だって奴は明らかに俺を探してたからな。
そうだな、次はそうしよう。
この村の奴等は基本的に体力のある奴が多い。
と言っても全力、本気で三十分もマラソンを出来る奴はそこまで居ないし、俺は奴がマラソンでは無くほぼ全力ダッシュ、もしくは中距離走になる位の速さで奴の体力を削る。
全力ダッシュは‥‥
追い掛けるのを直ぐ諦める可能性があるな‥‥
それに陸上で一番きついのは中距離走だ。
これは個人的な感想、そして体感でしか無いが、俺は中距離走が一番きついし辛い。
体力、気力も一番消耗する気がする。
うん、次は追い付けそうで追い付け無い走りを、中距離走を意識して走ろう。
しかし俺は何でこんな事をして居るんだろうな?
秋の大運動会かよ? 時期がズレてるぞ?
もう冬になるのに、うん、大運動会ってより鬼ごっこだわ。
嫌な鬼ごっこであるがな、と言うか‥‥
ここ村外れじゃないか?
内陸寄りの街道に行く道か‥‥
街道側まで足を伸ばして散歩‥‥
駄目だな、一応は村から出たら駄目なんだし、街道に行きたくなってしまう。
それはもう散歩では無く、ちょっとしたハイキングになってしまう、と言っても見知らぬ土地では無いからハイキングとはちょっと違うか?
いかんな‥‥
駄目だと思うと行きたくなる。
うん、戻ろう、遠回りして戻ろう。
今にして思うとフィグ村側に行けば良かったな?
フィグ村なら黙認されてるし‥‥
いや、駄目だわ。
じい様達に一言も言わず行ったら駄目だ。
本当、面倒クセーな、好き勝手に気儘に何処にも行けないじゃないか。
ハルータ村への赴任は籠の鳥ってそう言われてるけど正にその通りだわ、村と言う籠から出る事が出来ない哀れな鳥だよ。
鳥は本来なら自由に飛べる筈なのに、籠に入れられては飛ぶ事すら出来ない。
今の生活に満足はしてるが不自由でもある。
だがこればっかりはなぁ‥‥
緊急連絡がある事を考えれば仕方ない。
その為の官吏だからな。
ん? 考え事しながら歩いたからか遠回りを通り越して変な所まで来てしまったか、大迂回してるじゃないかよ。
しかも匂いがきついと思ったら魚醤場まで来てしまったじゃないか‥‥
この時期でも匂いがきついなぁ‥‥
コレ夏場なら更にくっせーんだよ。
さっさと離れよう、慣れんと本当にきつい、てか本当に何で俺はこんな事してんだ?
あの変態のせいで人のささやかなリラックスタイムを邪魔されたんだ、マジでアイツどうにかしないと俺の心の平穏は訪れない。
良し、相談しようそうしよう。
~~~
「おいマーラ」
「どうしたね守長?」
「うん、ジルを何とかしてくれ」
「又藪から棒に‥‥」
「奴に付き纏われて迷惑してんだ、マーラ何とかしてくれ、てかしろよ」
「又そんな無茶を‥‥」
「てかマーラ、この前ジルを抑えといてくれって言ったのにほっといて浜に見物に来たよな? あれは不問にするからジルをどうにかしろよ」
「この前? あー‥‥ あの別嬪さんが来た時かね? あれはあの子らがジルとお茶飲んで一緒に居たし、何か合ったら浜で抑えれば良いと思ったんだけどねぇ」
「マーラ、それを言うなら抑えるでは無く、押さえるだ、言葉は正しく使え」
「・・・」
浜まで来たら力ずくになる。
であれば押さえるが正しい、それをマーラに伝えたのだが‥‥
「何だね、随分余裕があるじゃないかね?」
「余裕なんて無いわい! さっきも追い掛け回されたんだぞ、まぁ撒いたけどな」
「守長、一体何があってこうなったのさ? ジルはあれでも若い娘の中じゃ一番しっかりした子だったんだけどねぇ‥‥ あの子に何があってこうなったんだい?」
「ん? ちょっと待て、俺は前に言ってないか?」
「いや、聞いて無いよ」
やっべ‥‥
言ったつもりになってた‥‥
人が一番やるミスで、しかも一番やっちゃいけないミスをしてたか‥‥
何時振りだ? こんな単純ミスしたのは?
帝城で働いてた時はこんなアホみたいなミスした事無かったのに‥‥
本当、気ぃ抜き過ぎだな俺。
「そうか、それはスマンかった、では説明しよう、何でこうなったかを‥‥‥‥‥‥‥‥」
~~~
「と言う訳だ」
「守長、アタシが今の話を聞いて思った事を素直に言うよ‥‥ 守長の自業自得じゃないかね?」
「何でだよ! 奴の変態は俺のせいじゃ無いだろ?」
「いや‥‥ 守長のせいだねぇ‥‥ 直ぐ縛るからこうなるんじゃないかとアタシは思うんだけどねぇ」
「あれは覗きに対するおしおきだ、てか覗き何かしやがる貧乳が悪いだろ?」
「貧乳って‥‥ それは置いといて、普段から縛るからだよ」
「何言ってんだ、誰彼構わずやってる訳じゃ無い、基本的に悪さをした奴にだけしかやってないだろ?」
マーラめ、人を拷問官みたいに‥‥
確かに最近ちと多い様な気がしないでもないが、そこまで縛ってる訳じゃ無い。
多分だが、アンナを縛って簀巻きにして吊るしてたからそれでイメージが付いたんだろう。
「守長、程々にね‥‥」
あっ、マーラの奴めため息吐きやがった。
どうせあれだろ?
これ以上言っても無駄だと思ってやがんな‥‥
コイツも顔に出るから分かりやすいんだ。
「マーラ、奴を何とかしてくれたらバハラにある、老舗の菓子屋で買ってやるぞ」
「そんな子供みたいな‥‥ でも少し心惹かれるねぇ‥‥ 所で守長、ジルを貰ってやるのも一つの手だと思うんだけど、どうだね?」
「はぁ?‥‥ マーラお前俺に死ねって言ってんのか? なぁ? 俺に死ねって言ってんのか?」
マーラの奴、何抜かしてくれてんだ?
コイツは俺の事をそんなに嫌ってるのか?
てかもしかして俺の事、憎んでんのか?
「守長そこまでかね? それより守長今、長年連れ添ったばあさんに裏切られたみたいな顔してるけど」
「お前‥‥ あの変態と結ばれろって‥‥ 何て酷い事を抜かすんだ? マーラ、お前‥‥ 人の心が無いのか? 悪魔ですらもっと心が温かいぞ、お前はそんなに俺が憎いのか?」
「な 何でそうなるのさ? 守長そんなに嫌なんだねぇ‥‥」
当たり前だろうが、誰が好き好んであの変態と結ばれなきゃならないんだ?
アレならまだアンナの方がマシだ。
いや‥‥ どっちもどっちか‥‥
「守長はこの前来た別嬪さんが好い人なのかね?」
「お前なんでいきなりそんな事を聞くんだ? あの人は昔馴染みだ、妹みたいなもんだからそれは無い! てか俺は誰とも結婚するつもりは無い」
「・・・」
「何故黙る? 俺が結婚しなかったらマーラに不都合があるのか?」
「そうじゃ無いんだけどねぇ‥‥ 守長はもしかして許されぬ恋ってのをしてるとかかね?」
「いきなり何を抜かしてんだ? 許されぬ恋ってマーラ、お前は‥‥ 恋愛物の本の読み過ぎか? それともまだ乙女心を捨ててないとかか?」
コイツ恋愛脳なのか? 許されぬ恋って‥‥
まぁ恋愛物の定番、いや、ド定番ではあるが‥‥
「そんなんじゃ無いけど、どうなのかと思ってねぇ‥‥」
「どうもこうもそんな相手居ねーよ、てかもし居たら許されなくとも俺のモンにするわ、許すかどうかは俺が決めるし、ガタガタ他人に言われた位で簡単に諦めない」
「・・・」
~~~
守長はアマンダの事どうするつもりなのかねぇ?
まさかと思うけど自分の気持ちに気付いて無いとかなのかねぇ?
それとも惚けてるだけなのかねぇ?
アタシが見る限り憎からず思ってそうだけど‥‥
どうも守長はいまいち分かりづらいと言うか、心の内を悟られない様にするのが上手いから分かりづらいんだよ‥‥
この前来た別嬪さんとはそんなんでも無いみたいだし、やっぱりアマンダの事‥‥
分からないねぇ、誰か想ってる相手は居そうだけど、相手が誰だか分かりゃしないし、悟らせる事も無いからいまいち読みづらいんだよ。
それか本当に居ないのか‥‥
アマンダと一緒になってくれたらアタシ達も安心だし、二人共幸せになりそうなんだけどねぇ。
アマンダもこの前の別嬪さんが来た時‥‥
自分でも気付いて無いみたいだったけど‥‥
もどかしいけど見守るしか無いねぇ。
それとジルはちょっと注意して見とくかね、二人の邪魔になる様なら皆で言い聞かせないといけないねぇ。
本当に世話の焼ける二人だよ‥‥
何時までも逃げてちゃ駄目なんだ、いい加減自分の気持ちに整理をつけないと‥‥
本当に本当に世話の焼ける二人だねぇ‥‥