第149話 刹那的
開けっ放しのドアからノックする音が聞こえてきた
マデリン嬢と何気ない話をしており、俺達はドアの方をほぼ同時に見た。
マリラばあさんか‥‥
そうか、もうそんな時間になったんだな。
マリラばあさんはバスケットを持って居る。
昼食用のキッシュを持って来てくれたか。
後ろにはモリソン弟が居る。
ついて来ただけでは無いな、報告も兼ねてこちらに来たかな?
「マリラばあさん持って来てくれたんだな? ありがとう」
「どういたしまして、えらい別嬪さんだね守長」
「ああ、そうだろう、あんまりジロジロと見てはいかんぞ、失礼になるからな」
「そうだね、ごめんなさいね」
マデリン嬢が、いいえと微笑みながら言うとモリソン弟が頬を染めやがった。
お前は恋人が居るのに‥‥
マリラばあさんは何故かニコニコと笑いだした。
本当にコイツらは‥‥ さっさと帰れと言いたいがそうもいかない、話を聞かなければならん。
その前に‥‥
「ジョディ、昼食が来た、一緒に食べよう」
「いえ、私は護衛ですので御厚意だけで十分です」
「護衛なら尚更だ、腹を空かして護衛は勤まらん、いざと言う時に力が発揮出来なくなる、マデリン嬢?」
マデリン嬢が少し困った様に笑うが、多分ジョディの生真面目さに困って居るのだろう。
「ジョディ、折角の御厚意なのだから、ね?」
「しかし‥‥」
「大丈夫よ、ここは私達しか居ないのだし、折角なのだから、それに少しは休まないといざと言う時に私を守って貰えなくなっちゃうわ、ね?」
「‥‥分かりましたお嬢様、ネイサン様、御馳走になります」
「ん、あー マデリン嬢、ジョディはお花摘みに行きたいらしい様ですが、一人では行けない様です、付いていってあげて貰えませんか?」
「あら? そうですわね‥‥ では暫し私達は失礼致しますわ」
マデリン嬢もお花摘みに行きたいと言いづらいかと思って言ったが、敢えてジョディの名前を使った意味を分かってくれたな、それにばあさんやモリソン弟に下がる様に言って居ないから、二人に話があると言うのも察してくれたか。
この辺りの細やかな気遣いは大事だからな。
それはお互いに言える事だ。
手洗いの場所を二人に告げ、マリラばあさんには食器の準備を頼んだ。
キッシュは普段手掴みで食って居るが、今日はナイフとフォークも出す。
うん、普段なら包丁で切ってそのまま手掴みでも問題無いし、面倒だから食器類は使わんが今日はそんな事は出来ない。
食器類は出してもナイフ迄はまず出す事も無い、出してもフォーク位だ。
別にフォークでも十分だし、切り分けは包丁を使うから全く問題無い。
切り分けはマデリン嬢達が帰って来てからで良い。
その前にモリソン弟の話を聞かねば。
「外はどうだ? まだ暇人共が居やがるのか?」
「あー まだ割と居るな、でも数は大分減ったし、今から昼飯の時間位だからもっと減るとは思う」
「内訳は? 老若男女関係無しで居るのか?」
「ろうにゃく?‥‥ あー、いや、ばあさん連中とガキ共が多いかな? ばあさん達は駄弁ってペチャクチャ話してるだけで、灯台側にはあんまり興味は無いかな? ガキ共はこの近くで遊んでるだけと思う」
「皆此方に関心は無いと言う事だな?」
「殆どはな、でもアンナはずーっと灯台の入り口を見てる、てか守長、アンナの奴こえーんだ、瞬きして無いんじゃ無いかって位ジーっと見てんだよ、しかも無言で‥‥」
「・・・」
もう本当にアイツは何をしてくれてんだ?
今日は絶対誰も入れないからな、フリとかじゃ無く絶対にだ。
その為に若い衆を門番に雇ったんだ、コイツら若い衆が居るから多分大丈夫とは思うが‥‥
「絶対入れるなよ、それ以外でトラブルや、侵入しようとしてた奴はどうだ? 居なかったか?」
「あー‥‥ ジルが‥‥」
「聞きたく無いが、で? ジルがどうした?」
「うん、灯台に入れろって騒いでた、マーラおばちゃんが宥めて何とか諦めたけど、ジルの奴が大分ゴネてた、てか最後までゴネてたかな‥‥」
「マーラがどうにかしてくれたんだな?」
「うん、それとジルが何時もつるんでる奴等も一緒に宥めて何とか諦めさせてたよ」
「・・・」
マーラには後で飴ちゃんをやろう。
うん、ご褒美だ、てかマジでマーラに頼んどいて良かった。
そしてむっつり娘その二と三、褒めてつかわす。
中々どうして、奴等も役に立つじゃないか。
良いぞ、俺は有能な奴や、使える奴が大好きだ。
奴等はこれから少し優遇してやろうじゃないか。
「モリソン弟、引き続き頼むぞ、死んでも門を守り抜け、死守しろ、誰も決して入れるな」
「死んでもって‥‥ そりゃちゃんとやるけど‥‥ 分かってるから、誰も入れないから」
「ん、頼むぞ、仕事終わりの酒を楽しみに励め、それと昼飯は交代で取れよ」
「分かってるよ、それと昼飯にも穴空きをくれたから皆喜んでるよ、ありがとう守長」
「おう、飯は大事だからな、頑張ってくれるなら、チー‥‥ 穴空き位安いもんだ」
「ああ、誰も入れないよ、マリラばあさんの準備も終わったみたいだし戻るよ」
「おう、マリラばあさんもありがとーな、助かったよ」
「どう致しまして、そんじゃアタシも帰るよ、別嬪さんに宜しく言っといておくれ」
別嬪さんって‥‥
そうなんだが、何か別嬪さんって言うと途端に田舎くさいと言うか、下町っぽくなるな。
本当に言い方って大事だよなぁ。
~~~
「ネイサン様」
「ああ、マデリン嬢お戻りになられましたか、食事の用意が出来ました、食べましょう」
「あら、キッシュですわね、湯気が‥‥」
「出来立てを持って来てもらいましたから、さぁジョディも座ってくれ」
ジョディも少し躊躇いながらも座ったが、ここは安全だ、たまには気持ちを軽く、肩の力を抜くのも必要だ。
「ネイサン様、私料理の腕もかなり上がりましたのよ、今度此方に伺います際にキッシュを作り持って参りますわ、ですが余り時間を置きますとサックリとした食感が損なわれますが‥‥」
「そうですね、時間を置きますとあの歯ごたえがどうしても損なわれますから」
「別の物でも‥‥ いえ、キッシュはネイサン様の好物ですものね、又今度伺う迄に考えておきますわ」
「‥‥マデリン嬢、冷えない内に頂きましょう、さぁジョディも遠慮せず食べてくれ、多めに頼んだからな、何なら一つ丸ごとでも良いが?」
「それは流石に厚かまし過ぎます‥‥ ですが美味しそうです、ネイサン様のお言葉に少し揺れてしまいました」
「まぁ兎に角食べようじゃないか、さぁマデリン嬢、頂きましょう」
食事自体は和やかに終わった、昔の話や最近の事、マデリン嬢とは共通の話題は幾らでもあるし、会話に困る事は無い。
食事が終わりお茶を飲んで居る時だった。
「ネイサン様、失礼ながら伺いたい事が御座います」
「何でしょう?」
核心に迫る会話か?
とうとう来た、だがそれだけの事だ。
「ネイサン様、先程も言いましたが、失礼とは思いますが‥‥ 私昔から気になって居る事があるのです」
ん? 何か少し思ってたのと違う気がするんだが?
しかし‥‥ 昔から?
「と言いますと?」
「ネイサン様を御不快にさせるかも知れませんが‥‥」
「構いませんよ、寧ろ言い掛けて止められると気になります、何なりとお聞き下さい」
「では御言葉に甘えまして‥‥ ネイサン様は時折遠くを見ておいででした、そしてその時に刹那的な物を私感じておりましたの、何がネイサン様をそうさせて居られるのか私には分かりません、勿論私の思い違いかも知れませんが‥‥」
「刹那的ですか?‥‥ 自分では分かりませんが、マデリン嬢には私がそう見えると? うーん‥‥ 自分では心当たりが無いのですが‥‥」
鋭いな、流石と言うべきかな? 俺には確かに刹那的な物が、いや、心の奥底にある。
そしてその原因も自分で分かって居る。
二度と帰る事の出来ない遥か彼方の世界に対する執着と想い、そして実はこの今のこの世界が夢で、起きると夢から覚めて又あの日々がと‥‥
夢から覚めるには死が必要なのではないかと言う、馬鹿な考えだ。
当然この世界は夢の中の世界では無い。
間違いなく現実であり、そんなお伽噺の様な事は無いのも分かってるし、ある意味認めたくない現実だ。
だがそれでも時折思う。
もしかしたらと‥‥
マデリン嬢は俺のそんな物を見抜いて居たと言う事だ。
女の勘か、それとも元々持って居る資質なのか?
どちらにせよあんな幼い時からそれを感じ取って居た訳だ。
末恐ろしいとしか言い様がない、正に才能だよ。
「そうですか‥‥ ネイサン様申し訳御座いません、私の思い違いで御不快にさせてしまいました事、御詫び申し上げます」
「いえいえ、私は気にしておりません、その様に畏まらないで下さい、御詫びも不要ですよ」
「‥‥分かりました、あの‥‥ ネイサン様、実はもう一つ御伺い致したい事がありますの、この様な事を言いますと厚かましいかと思いますが、失礼ついでにと言いますか‥‥」
「構いませんよ、何でしょうか?」
もうここまで来たら一緒だ。
一度言えばもう詮索される事も無いだろう。
その再びがあるかどうかは分からんがな。