第144話 微笑む女達
チンピラの声が響いて居る。
若い男達の声が響いて居る中、俺に手を預けたマデリン嬢が微笑み凛として側に居る。
不思議な物だ、まさかこの地にてマデリン嬢をエスコートする事になるとは‥‥
「お前達道を空けてくれ、守長達が通るんだ、ホラどいたどいた」
「見せ物じゃ無いんだ、皆向こうに行ってくれ」
「あんまジロジロ見んじゃねーよ、客人に失礼だろ! うちの村が礼儀知らずだって思われるだろうが」
「ホラ行った行った、邪魔しないでくれ」
うん、若い衆達が一生懸命に見物に来た、暇な村民達を散らして居る。
先程コイツらには再度釘を刺したからな。
俺の本気をコイツらには再度言った訳だが、改めて思い知った様だ。
俺の目が笑って無いだの、マジでこえーだの、下手打ったらやべえだのと、愉快な事を抜かしてくれやがったからな。
一人一人、股間を掴んで気合いを入れ直してやっただけなのに酷い言われようだよ本当。
だが効果は絶大だったな、コイツらの目付きが変わったんだからやって正解だった。
それにご褒美として銀貨一枚に、酒と穴空き事、エメンタールチーズと言う報酬も出るんだ。
元々やる気になってるし、何より今日下手打ちカマしたら、もう二度とこの様な美味しいバイトに呼ばれない訳だからそら一生懸命頑張るわな。
「マデリン嬢、本当に申し訳ありません、この様な騒がしい事になるとは‥‥」
「いえいえ、賑やかで何と言いますか、活気があって宜しいかと思いますわ」
活気ってより騒々しいだけだと思うが、マデリン嬢は気分が高揚してるからかそう見えるんだな。
しかしアンナの奴、俺が取ってるマデリン嬢の手をガン見してやがる。
それと俺の言葉遣いにも驚いてやがったな。
普段の俺の言葉遣いとは全く違うし、真逆の話し方だからな、分からんでもないが‥‥
しかし何で入り口の所で足止めを食らわなければならないんだ?
若い衆達が散らしても散らしても又寄って来腐る。
マジでこの暇人共め邪魔なのだが、てか冷水ぶっかけてーな、コイツらを散らすには冷水を撒き散らすのが一番手っ取り早いのだがそんな事は当然出来ない。
ジョディはさっきから殺気が‥‥
視線だけで人を殺せそうな目付きになってるじゃないかよ‥‥
ジョディは真面目なんだからな、お前らさっさと散らせ、じゃないと大変な事になるぞ。
「ジョディ、大丈夫ですから余り目くじらを立てないでね、ネイサン様も居らっしゃるのですもの、大丈夫よ」
「お嬢様がそう言うなら‥‥ しかし少々視線が不躾です、私は正直気分が良くありません、お嬢様が如何に乗馬服を着て居て目立つといっても限度があります」
「それに関しては仕方無いですし、それに今日は私気分がとても良いので全く気にして無いから大丈夫よジョディ」
「分かりました‥‥」
うん、ジョディはかなりご機嫌斜めになって居る。
てか俺もちょっとご機嫌斜めになっちゃってる、もう良いかな。
「ジョディ済まんな、マデリン嬢、少々乱暴な言葉遣いになりますが御容赦頂けますか? 勿論マデリン嬢に対してではありませんよ」
「ええ、ネイサン様に何か考えがおありなのですね、そうであれば私は何も申しませんわ」
「であれば‥‥ マデリン嬢、聞こえない様に少々耳を塞いで頂けますと私は嬉しいのですが?」
「分かりましたわ、ネイサン様」
うん、マデリン嬢の俺に対する信頼が凄い。
何も聞かず、何の躊躇いも無く耳を塞いでくれた。
さて、この暇な野次馬共に一丁おはなしをしてやろうじゃないか。
「オラお前ら邪魔だボケ! さっさと散れやボケコラ! てかお前らハルータ村の品位を落とす様な真似すんじゃねーよ、あぁコラ、マジでお前らふん縛って吊るすぞコラ、俺はやると言ったらやるぞ、オラ、吊るされたい奴はこの場に残れや」
はい、効果覿面皆が蜘蛛の子を散らす様にこの場から居なくなった。
ジョディが苦笑して居る、どうやらご機嫌は直った様である。
「ネイサン様流石ですね、私も溜飲が下がりました、お見事です」
「ああ、てか済まんなジョディ、本当アイツら何て言うか‥‥ とりあえず中に入るか」
マデリン嬢の前で片膝を突き、左手を胸に当て右手を差し出すと、耳を塞いでいた手を離した。
「ネイサン様、もう宜しいのですか?」
「ええ、大丈夫ですよマデリン嬢、さぁ中に入りましょう、御待たせしてしまい申し訳御座いません」
「皆さん突然移動されましたね」
「ええ、少々おはなしを致しました、皆快く道を空けてくれましたよ」
うん、ブライアン始め若い衆が何とも言えない微妙な顔してやがるのだが、何か言いたい事があるのかな君達は?
そしてジョディ、苦笑いは止めてくれたまえ。
俺は最善、最速の方法で事を為しただけじゃないか、心外だよ僕は。
つーかコイツら、守長が片膝突いたとか、異常に礼儀正しいだの、守長が守長らしく無いだと?
あと、言葉遣いが‥‥ とか好き勝手に抜かしやがってからに。
マデリン嬢に見えない様に、そして左手を奴等に見える様にニギニギすると黙り込みやがった。
エスコートし添えてる手では出来ないが、左手は空いてるんだ。
お前らを黙らす方法等幾らでもある。
つーかピーチクパーチク騒ぐんじゃねーよ。
俺がマデリン嬢に対し乱暴な言葉遣いをする訳が無い、昔から俺はマデリン嬢には紳士として接してるんだ。
そして片膝を突くのも昔からの事だ、俺が今世でこの様な事をする相手は限られて居る。
片膝を突くのは先帝陛下や、マデリン嬢、それ以外では極々限られた相手にしかしないし、やらない。
マデリン嬢の場合はマデリン嬢が子供の頃から、当時四歳だった時からしてるし、昔からの事である。
出会った当時、四歳から淑女たれを目標に頑張って居たんだ、いじらしいじゃないか。
だから俺もその幼心に秘められた、目標に向かい頑張るマデリン嬢に対して心打たれたからこそ、片膝突いて礼を持って接して来ただけの事である。
野次馬根性丸出しの村民達も驚いてやがる。
アンナ、そしてジゼルも更に目をかっ開いて驚いて居るが、この辺りは血の繋がった姉妹だな、リアクションも一緒だし、パッと見良く似て居る。
てか何でマーラの奴がここに居る?
お前はあの変態を足止めしてるのでは無いのかよ?
何故他の村民達と一緒に驚いてやがる?
そしてその隣にはアマンダも一緒に居るのは何でなんだ?
うん、アマンダは驚いては居ないが少し困惑した様な顔してるな。
俺と目が合ったアマンダが、困った様に微笑んで居たのが印象的だ、何故かその姿が心に残った‥‥
「ネイサン様?」
「申し訳御座いませんマデリン嬢、さぁ行きましょう」
微笑むマデリン嬢が俺にエスコートされ、灯台の中に入って行くと後ろから歓声が聞こえた。
マデリン嬢は幸せそうな顔で微笑み俺を見て居る。
微笑むアマンダとマデリン嬢、同じ微笑むでもまるで印象が違う。
だが心に残ったのは‥‥
いかんな、今は早く中に入る事を優先しなければ。
「ブライアン、後は頼むぞ」
「分かってる、アイツらに邪魔はさせない、任せてくれ守長」
「ああ頼む、マデリン嬢、お茶の用意をしております、お口に合えば良いのですが」
「あら、ネイサン様のお茶が口に合わなかった事等、今迄一度もありませんでしたわよ」
「それは‥‥ では期待に応えないといけませんね、最近は余りお茶を淹れておりませんので、少し腕が落ちたかもしれませんがどうか御容赦を」
「ならその時は私のお口を合わせますわ」
「有り難き幸せですお嬢様、このネイサン・サリバン、執事冥利に尽きます」
「まぁ、ネイサン様ったら、フフッ」
俺の大して面白味の無い軽口に喜んで貰えた様だ。
今日は気分がとても良いと言って居たから笑ってくれた、他人ならそう思うだろう。
だがそれは違う。
マデリン嬢は俺の下らない冗談でも何時も笑ってくれてた。
今のも本心から、心から笑ったのだろう。
しかし、四年振りの直接対話か‥‥
今から始まるのは只のお茶会では無い。
ある意味官吏同士のヒリついた、真剣勝負と変わらない。
気を抜けばやられる。
只の楽しいお茶会ならばどれ程良かったか‥‥
昔の様なお茶と茶菓子と、何気ない会話を楽しむあのお茶会は、二度と戻る事が出来ない、夢の中の甘い甘い遥か彼方の昔の出来事となったのだ。
「マデリン嬢、足元にお気をつけ下さい」
「お気遣いありがとうございます、ですが大丈夫ですわ、ネイサン様、私もうあの頃の様な幼子ではありませんもの」
微笑むマデリン嬢の目の奥に、確かな、強い強い意志を感じた気がした‥‥