第140話 マシュマロ
カモメが鳴いている
季節は変わり 涼しさが増して来たこの季節でも奴らの鳴き声は変わらない。
気分的な物なのかカモメの鳴き声が癇に触る。
「守長、こんなもんかねぇ?」
「おう、マーラそんなもんだ、流石だな」
「そりゃ年季が違うからねぇ」
亀の甲より年の功とは良く言ったもんだ、実際マーラの手際はかなり良い、頼んで正解だった。
「ねえねえ守長さん、私は? これで大丈夫かな?」
「ああ、上手いなリタ、手際も良いし全く問題無い、若いのに大したもんだ」
これはお世辞でも何でも無い、本心だ。
頼んで正解だ、リタも当たりだったな。
今日はマシュマロを作って居る。
俺が食べたい訳では無い、バハラから来る客人用に作って居る。
マシュマロは作るのに結構手間暇掛かる、一人で作るとなるとかなり重労働だ、なのでマーラとリタに手伝いを頼んだ、当然手間賃は払って居る。
「エヘヘ、私ね守長さん、料理は結構自信あるだ」
「ああ、確かにそうだな、本当頼んで良かった」
「ありがとー 守長さん、私も頼まれて良かったよ、手間賃に銀貨一枚も貰えるんだもん、守長さんは本当気前良いよねー」
「コレ作るのは結構重労働だからな」
「確かに大変だけど、コレで銀貨一枚なら全然平気だよ、寧ろこんなに貰って良いのかなって、悪い気すらするよ」
「良いのさ、守長が納得して渡すんだから、運が良かったって思えば良いのさ」
マーラとリタはほぼ初対面、喋るのは初めてなのだがもう二人は結構仲良くなって居る。
余りにも仲が良いので、もしかしてこの前の顔見せの時に話でもしてたのかと思ったが、そうでは無いらしい。
あの時は顔を見ただけで、話も一切しなかったとの事だ。
マーラは今日、初めてリタと話したらしいが、かなりリタの事を気に入って居る。
確かにリタは明るいし、良い意味で無邪気だし、人好きするような笑顔の娘だ。
リタは年上の奴に可愛がられる人間って言えば良いのか、フィグ村でもおばちゃんやばあさん連中には可愛がられて居るみたいだ。
そして同年代や下の奴等にも慕われており、前世で言うところの性格の良い、裏表の無いリア充って奴だろう。
「ねえねえ守長さん、このマシュマロ? マシュマロで良いんだよね? コレ帝都のお菓子? この辺じゃ聞いた事無いんだけど」
「帝都って言うより、俺が開発して、実家の商会で売ってた菓子だ、だからバハラでも売っては無いな」
「へえ~ 凄いね守長さん」
「んー‥‥ そうだな」
前世の菓子だからな、正確に言えば俺が開発したってのは違う、前世の知識を元に再現したってのが正しい訳だが‥‥
いちいち言う事でも無いし、これは俺の根本、そして最大の秘密だからな、言えないんだがな。
「守長、出来上がったらアタシ達も食べても良いんだよねぇ?」
「おう、味見な、それとマシュマロはそのまま食べても良いが、焼いて、炙って食うと更に美味いぞ、外の皮にあたる部分がパリっとしてなぁ‥‥ たまらん美味さだ、コーヒーに入れて溶かして飲むのも乙な味になる」
「へえー 良いじゃないのさ、楽しみだねぇ」
「本当だねおばちゃん、私は焼いたの? 炙ったの? 食べてみたいな、楽しみ~」
二人共嬉しそうだ、菓子に対する女の情熱、いや、情念と言うのは世界が違っても変わらない真理の一つだな。
食った事が無い菓子が食えるんだ、そりゃ嬉しいのも当然だし、幸せと言えば少し大袈裟なのかも知れないが、間違っても居ない。
だからこそだ、一つ釘を刺しておくべきかな?
「二人共、細かいレシピは分からんだろうが一応言っておくぞ、コレを再現して作るのは勝手だが清浄魔法が使え無いと作るのは危険だからな」
「と言うと?」
「マーラ、マヨネーズと一緒だ、アレも卵の状態によっては腹を壊して大変な事になるだろ? このマシュマロも清浄魔法が使え無い奴が作ると腹を壊すからな、魔法無しでも作れるが基本的に危険度がかなり高い、お貴族様が食べてる卵みたいに徹底的に衛生に気を付けて育てた鶏なら話は別だが‥‥ そんなアホ程高級な卵なんて用意出来ないだろうから、止めといた方が無難だ、危険を承知で作るのは勝手だが俺は責任は持てないからな」
「ありゃりゃ、そりゃ無理だねぇ‥‥ 大体細かい作り方も分からないんだし、出来上がる迄にどれだけの金が掛かるか分かりゃしないし、腹を壊すだけじゃ無く下手をしなくても命に関わるじゃないさね、そらアタシじゃ作るのは無理だ」
「えー そうなの守長さん? そっかぁ‥‥ お貴族様が食べてる様な卵を用意するのは無理だし、私達が食べてる卵でも高いもんね、それにおばちゃんが言ってたみたいにお腹壊すだけじゃなく、変な卵って命に関わるからなぁ‥‥ 細かい作り方も分からないし、それに魔法、清浄魔法も使えないし無理だしね、そっかぁ、そりゃ無理だよ、守長さんは魔法使えるんだったよねー 私達には作るの無理だね」
「・・・」
コイツら‥‥
まだ完成もしてないし、完成してないから当然まだ食ってもいないのに、作る気で居たのかよ‥‥
流石に細かいレシピは教えんぞ、マシュマロも俺の利権の一つなんだ、コレは帝都でしか基本的に買えない、実家の商会でしか買えない物だからな。
とは言え材料である程度の作り方の目安は分かるだろうが、作り方の細かな部分は分からんだろうし、コイツらに材料が何かを全部言ってはいない。
それに手間賃の銀貨一枚には口止料も含めていると最初に伝えてある。
だからレシピがもし分かっても、ペラペラ言い触らさないとは思うが、作るのは禁止と伝えおくべきだな。
それに安全に作る方法が分かって無いのに、下手に作られると危ないと言うのもある。
それらの理由も説明した上でコイツらに言い聞かせておくか‥‥
~~~
「なるほどね分かったよ、それに実際作れないしねぇ、手間賃に含まれてるって言われたら何も言えないしねぇ」
「守長さん分かったよ、私も作らないから大丈夫だよ、それにおばちゃんが言ったみたいに作れないし、もし約束破ったらもう二度と呼んで貰え無くなっちゃうもん」
「ん、頼むぞ、細かい作り方も材料も分からんだろうが念の為だ、もし万が一誰かにレシピを聞かれたら知らんと言っておいてくれ、それと聞いて来た奴も俺に教えてくれ、レシピも利権だからな、そいつが個人で楽しむ為ならまだしも、販売目的で聞いて来たら‥‥」
「守長なんで途中で言うの止めるのさ?」
「何でか聞きたいかマーラ?」
「いや‥‥ いい、聞きたか無いねぇ‥‥ 守長の笑顔が答えだろさ」
お利口さんだなマーラ、この世には知らない方が幸せな事もあるからな。
「ねえ守長さん、コレお客さんが来るから用意してるんだよね? どんな人が来るの?」
うん、リタの奴は単純に興味本位で聞いてるんだろうが、空気を変えたな、意識してやって無いと言うところが凄いな、これはこれである意味得難い資質である。
「バハラからの客人だ、古い知り合いでな、コレが大好物なんだよ」
「へえー 古い知り合いって、守長さんもしかしてバハラで働いてた事があるの?」
「十年位前にな、バハラの行政府に地方行政を学びに研修で三年勤務してた時があって、その時に知己を得たんだ」
「知り合ってから結構長いんだね、私が持って来た干しイチジクもその人の為にだよね?」
「そうだ、リタが持って来た色合いの良い、形も良い干しイチジクも出す、助かったよ」
「私の方こそありがたいよ、普通のやつの五倍の値段で買ってくれたんだもん」
俺に言わせれば五倍でも安い。
リタが持って来た干しイチジクは色合いの美しい、シミ一つ無い、形も良く大きな物だ。
前世のデパ地下のドライフルーツ専門店で売ってた物と遜色無い、いや、それ以上の極上の物だからな、わざわざ注文をつけ、チョイスして持って来て貰った物だ、普通の干しイチジクの五倍金を出しても安く感じる。
茶菓子に出すにはこれ以上無い逸品だ、マデリン嬢も喜んでくれるだろう。
「守長やけに茶菓子に手間暇掛かったもん出すみたいだけど、そんなに大事な人が来んのかね?」
「バハラの商会のお嬢さんだ、本当お前ら興味津々だな」
「そりゃ興味はあるよ、女はこう言う話は好きだからねぇ、で? そのお嬢さんは守長の好い人なのかね?」
「マーラ、俺がバハラに赴任してたのは十三年前で、三年間の赴任が終わったのが十年前だぞ、知り合った当時は四歳の御令嬢だ、好い人になると思うか?」
「でも守長さん、その人は今‥‥ えーっと‥‥ 十七歳でしょ? なら良いんじゃないの?」
そうだな、この世界ならそうなんだろうな、今の歳であるならばな、だが‥‥
「リタお前、四歳の男の子に恋愛対象としてその様な感情が持てるか?」
「えっ? そんなの無理だよ、四歳の子供にそんな気持ち持てる訳無いよー」
「俺も一緒だ、丁度リタと同じ歳の時に相手と知り合ってそして今に至るんだが、幾ら今十七になったとは言え俺の中では恋愛対象にはならない、妹みたいにしか思えないし、実際妹と思ってる」
「あー 何となく分かるかも、そうだよねー 今大人になってても、その人が子供の頃の姿が頭をチラ付くもんね」
「・・・」
マーラの奴が又なんか言いたそうな顔してやがる、言いたい事があれば言えば良いのに‥‥
「マーラ、又なんか言いたそうな顔してるが?」
「別に‥‥ 守長、その娘さんは商会の令嬢って言ってたけど有名な店なのかね?」
マーラめ又誤魔化しやがった、別に良いんだけどな、しかしマーラも分かりやすいよな。
そう考えるとコイツもチョロいって事なんだよなぁ
漫画で言うチョロインだっけか?
その素質があるな‥‥
チョロインマーラの質問に答えてやるか‥‥