第124話 マデリン・ポートマンの蓮華
拝啓
ネイサン様 如何お過ごしですか?
暑気が去り 季節も変わり過ごしやすくなりました
バハラではあの辟易とする暑気も去り
大変過ごしやすくなっております
季節替わりのこの時期 身体が変化に慣れず
体調が優れなくなりやすい端境期でもあります
ネイサン様も時節柄ご自愛ください
御注文頂いた品は無事届きましたでしょうか?
祭りで使う物と伺いました
バハラでも祭りの時期になります
ネイサン様と行きました祭りは私に取り
掛け替えの無い思い出であります
幼き日にネイサン様に手を引かれ共に見た
あの光景は今も私の胸に刻まれております
飴細工を見ますと今でもネイサン様を思い出し
胸が熱くなり高まります
ネイサン様に強請り買って頂いた飴細工は
私に取って精霊の園に咲き誇る花の様でした
私に取って蓮華はネイサン様の花
ネイサン様そのものです
春には蓮華を見に行きますがネイサン様を思い出し
あの素晴らしき日々が胸を駆け巡ります
バハラの祭りにて再びネイサン様と御一緒し
蓮華の飴細工をはしたなくも強請りとう御座います
あの日々を今でも覚えております
幼き日にネイサン様と共に巡ったあの街の事を
祭りにて共に笑い合い ネイサン様が童心に戻られ
まるで幼子が二人になってしまったかの日の事も
大灯台の篝火台から共に見たバハラの街並み
昇降機にて怯える私の手を包む暖かさ
全て私の大切な物
私とネイサン様だけの二人だけの思い出
私の何よりも大切な財産です
財貨の全てを失ったとしてもこの思い出は決して
私の誇りの全てを掛けても絶対に誰にも渡しません
この想いと記憶は財貨よりも大切な私の財産です
処でネイサン様 何やら赴任先では心通わせて
居らっしゃる方がおられるとか?
随分と仲が宜しいと私伺っております
何でも同じ歳のお方らしいですね?
大変美しいお方と伺ってますが?
その美しさは近隣に轟いて居ると
私の耳にも届いております
聞けば大変身持ちの固い想いの深い方であるとか?
ネイサン様は魅力的なお方です
ましてや独身でもあります
ネイサン様も色々おありでしょう
ええ 人生には色々ありますものね
それと七歳の幼子にも随分と慕われておられるとか
私もネイサン様と七歳の頃まで御一緒致しました
その年頃の相手を慕う気持ちと言う物も分かります
ネイサン様ならお分かりであると思いますが
余り安易な御約束等は致しておられませんか?
これは一般論ですが 相手は何時までも心に忘れ得ぬ
確かな記憶として残るものです
ええ 言った本人は忘却の彼方へと追いやっても
言われた本人は何時迄も忘れ得ぬ想いとなる事も
永遠となる事もあります
ネイサン様 これはあくまで一般論です
そう あくまで一般論です
他意は全くありませんので
誤解為さらない様 お願い致します
そう言えば夏に起きた嵐による混乱により
こちらは未だにその混乱自体が終息しておりません
バハラの行政府にて申請致しましたのですが
そちらの船着き場の使用許可が降りず
荷の積み降ろしに於いて御手間を取らせてしまい
大変申し訳御座いませんでした
私がそちらに伺う際には混乱も収まり
使用許可も出るとは思いますが現在のバハラの現状
及び状況を鑑みるに許可が出ない可能性もあります
現在に於いては申請自体の受付を実質に置いて
停止している状態です
申請自体は受け付けておりますが
許認可が為されて居ない状態ですので
実質使用申請自体が意味の無い物となっております
近年の官吏の方達の大規模な人事異動により
バハラ行政府の機能低下が問題となっております
バハラの商人組合でも度々議題に上がっており
父や親しい商会等でも皆 頭を痛めております
私がそちらに伺う際 使用許可が降りなくとも
必ず伺います
現状陸路での移動は父が絶対に許してくれません
ネイサン様も御聞きになられたかと思いますが
街道に盗賊が出たとの事で 陸路は父が許しません
ですが我が家の船にて必ずそちらに伺います
マデリン・ポートマンより
ネイサン・サリバン様へ
追伸
逢えるその日を楽しみにしております
ネイサン様 御身体 御自愛下さい
―――――――――――――――――――――――
「・・・」
思わずため息が出た。
この手紙はポートマン商会に頼んだ食用油と一緒に
持って来た物だ。
確かに荷物を受ける時、灯台に付属する船着き場は使わなかった、いや、使え無かった。
アレは使用に許可がいる、許可はバハラの行政府にて申請し、使用許可の承認を受けた場合のみ使用出来る。
官の使用は比較的簡単に使用許可は出るし、
手続きも簡単、簡易だ。
だが民間の使用はちょっとややこしい。
まぁ一言で言えばお役所仕事ってやつだ。
と言うより複雑過ぎて、しかも手間暇が異常に
掛かる上難しい。
うん、申請し許可が出るまで超面倒でダルい。
てか民間に使わせる気なんて欠片も無いだろ?
って思う位にややこしい。
一応は申請は誰でも出来る。
例えばこの村の奴も、フィグ村の奴も、ガルム村の奴も申請し許可が出れば使う事が出来る。
当然ややこしい申請をバハラの行政府で行わなければならず、一々そんな面倒な事をやる物好きは居ない。
何でこんなややこしいかと言うと理由もちゃんとある。
だが理由を聞けばお前何を抜かしてんだと、
絶対に言う、てか俺は理由を知って言った。
うん、使用許可が無茶苦茶ややこしいのは、
海賊対策だからだ。
俺がバハラに赴任して居る時に何でこんなに申請がややこしいんだ? と疑問に思い調べてみたら理由が海賊対策だった。
てか海賊なんか数百年どころかそれ以上前に出たのが最後だ。
理由を知った瞬間、
『アホか何を考えてんだ?』
と思わず呟いてしまった。
このハルータ村だけで無く他の地域にも所轄の船着き場はあるが、漏れ無く申請手続きが非常に面倒でややこしい。
てか使わせる気が欠片も無い。
まぁ船を所有する商会であれば申請はややこしく、
手間が掛かり、面倒であるのは変わらないが出来ない事は無い。
まぁ手間暇掛かるしややこしいんだがな‥‥
海賊対策って、海賊自体が既にお伽噺の中にしか存在しないモノなのに何故? と思うが、
世界が変わろうと役所の体質は変わらないと言う、
ある意味嫌な現実の為だ。
もし海賊が出たら? 万が一出たら?
それにより被害が出た場合その手続きを廃止した者の責任になる、うん、なってしまう。
なので前例主義宜しく未だに変わって居ないのだ。
前例主義とは官吏を、前世なら官僚を守る為の大切なバリアであり絶対防壁なんだ。
難攻不落の要塞とも言うな。
まぁ誰だっていらん事して責任取りたくは無い、
ならどうするか?
前例に倣え、前任者に倣え、はい、その繰り返しが成長し育ち前例主義へとなるのである。
だからだ、海賊対策なら何故ガルム村には村で造った船着き場があるんだ?
海賊対策ならだれでも使える船着き場なんて造れるはずが無い。
だが現実にはガルム村では誰でも何時でも使える船着き場がある。
もし海賊対策であるならば、ガルム村の船着き場は完成してようが完成して無かろうが中止、又は取り壊しを命じられるだろう。
だが造ってる最中に取り壊しは命じられて無い、
当然計画の中止も命じられてない。
うん、だって行政府からしたら自分達には関係無いからどうでも良いし、知ったこっちゃ無いからだ。
バハラの行政府からしたらガルム村の船着き場は関係無いが、このハルータ村の船着き場は関係ある。
だからハルータ村の灯台に付属する船着き場は割かし立派だ、そして船着き場から灯台の外壁側に出る迄に三つの扉を、頑丈な扉を通ら無ければこちらに来れなくなっている。
そして灯台の篝火のある部屋や一部の窓からは船着き場が大変良く見える。
船着き場からこちら側に来る通路も大変良く見える、まぁもっと言うなら見通しが良く上からは通る人間が丸見えになっている。
因みに対応5の時に来た軍人達は篝火部屋から船着き場やこちらに来る為の通路を見て、
『狙いが付けやすいし、只でさえ防御側が有利なのに船着き場からこちらに至る通路限定で、この灯台は難攻不落の要塞だ』
と言って居た。
まぁこの灯台はいざと言う時の避難場所になっているし、海賊や他国の軍からの攻撃を想定して造られている。
要塞とは言わんが砦以上の強固さはある。
実際この灯台は防御施設でもあるからな。
それはバハラの大灯台も同じだ。
この村の灯台の場合、灯台と付属する施設の周りは壁によって遮られているし、壁の外壁周りは堀になっている。
門も分厚く頑丈だ、しかも跳ね橋になっている、
いざと言う時は跳ね橋を上げ、更に門を閉めて閂を挿す。
まぁ普段は門も開けっ放しだし、跳ね橋も下ろしっぱなしだ。
跳ね橋は上げなくても門は閉まる様になっており、
いざと言う時は門だけ閉める。
一応は決まりで門の開閉や跳ね橋の動作チェックも定期的にしてはいるが俺は無駄だと思って居る。
てか堀も正直埋め立てたいしマジでいらない。
理由、夏場に虫が湧くから。
俺は生活魔法の除虫があるから直接の実害は無いが、周りをブンブン飛んで居ると非常に鬱陶しい。
大体俺は今世でも都会育ちなんだ、虫に対する耐性は非常に低い。
実害は一切無いが鬱陶しいし、気持ちが悪い。
帝都の実家ですら虫が多いと思って居た。
帝都の実家も都心部ではあるが文化レベルが前世に比べれば比べ物にならない位に低い。
まぁそれは仕方無い、だが虫はダメだ、
ああ、ダメだね!
マジ無理、そしてこの村は所謂田舎だ、
当然虫が多い、うん、非常に多い。
この村は良い村だがそれだけは頂けない。
本当、俺は生活魔法が無かったらこの世界では生きていけ無かっただろう。
生活魔法は俺にとってのチートだ。
まぁ帝国は衛生に関しては問題無い、
非常に衛生観念が高く、そして徹底している。
他国がドン引きする位に高い衛生観念を持っている、法によっても厳密に決められておりその点は本当に良かったと思って居る。
他の国に生まれていれば俺は生きては行けなかったかも知れない。
まぁその場合は早々に他国に行って居たと思う。
うん、生活魔法があり今の魔力量があっても絶対他国に行ってるな。
その場合は帝国に行くだろうな。
しかしマデリン嬢‥‥
『ネイサン様、マデリンはネイサン様の蓮華になりますわ、それならネイサン様とずーっと一緒ですわ』
『? 何故ってネイサン様は蓮華の紋章を身に付けていらっしゃいます、ならマデリンは蓮華になればネイサン様とずーっと一緒ですわ、だからマデリンは、マデリンは蓮華になるのです』
祭りか‥‥
マデリン嬢と、ポートマン家と一緒にバハラの祭りに行ったな。
あれは確か‥‥