第118話 マグロ
爽やかな朝である
実に気持ちの良い朝であり麗らかな陽気だ
しかし浜は喧騒に包まれて居る。
漁に出た船が戻って来ている。
遠くから暫く観察し、変態が居ない事は確認済みだ、その為この気持ちの良い朝を満喫しつつ早朝のお買い物だ。
おっ、サンマか‥‥
脂が乗って美味そうだな、サンマって実は秋より夏の方が脂がのっていたりする。
夏場にたっぷり脂をその身に蓄え北方から南方に回游し、秋に向け少しづつ南下しながらその身に蓄えた脂、まぁ脂肪を消費しつつ南下してくる。
秋が一番脂が乗ってると言うのは実は間違いで、
寧ろ秋はサンマの脂が程良く落ちた状態らしい。
なので夏場に獲ったサンマ、北方で獲ったサンマは脂がアホみたいに乗っている。
まぁそれは前世の話だし、
その話も奴から聞いた話なんだがな。
最初は俺も信じず実際に食ってみて分かった事だ。
『ほら見ろ、で? あっしに言う事があるだろ?』
『チッ‥‥ ご ごめんなさい・・・』
屈辱の詫び入れだったな‥‥
奴のあのドヤ顔は今でも覚えている、
本当なんでそんな事を知ってやがったんだか‥‥
この世界でもサンマは夏場の方が脂が乗っている、
つまりこれからの時期は程よく脂が落ちてくると言う事だ。
前世でも夏場に北方で獲れたサンマはちと脂が乗り過ぎて俺はそんなに美味いとは思えなかった。
まぁこの世界では帝都に住んで居た時は生のサンマは夏場には輸送の問題があり食えなかった。
冬場のサンマは脂が少なくいまいちだったしなぁ、
しかもバカみたいに高額だった。
高額なのは輸送の問題もそうだが輸送費自体がアホ程高額だったからだ。
帝都って微妙に海から遠いんだよなぁ‥‥
まぁ川魚は豊富ではあったがな。
しかしサンマか‥‥
この村のサンマは冬場でも、そして秋でも脂が乗ってて美味いんだ。
時期的にそろそろ南下し始める時期だからな、
ぼちぼちとだがサンマを積んでる船があるな。
この村では北方まで漁には行けないし、それに冷凍も出来ないんだから行っても仕方無い訳だが‥‥
まぁ基本的にサンマは開きってのが一般的だからな、干物とか一夜干し、生サンマはかなりの高級品扱いだ。
とは言えハルータの様な漁村や、海沿いのバハラであれば庶民の味、庶民も食える魚って扱いだがな。
だからって下魚って事も無い、金持ちも貧乏人も食う魚だ、まぁ美味いからなサンマは。
食に関しては帝都よりバハラの方が優れて居る、
理由は帝都は海魚が手に入り難いからだ。
バハラは魚は簡単に手に入るし、
帝都と同じで肉も簡単に手に入る。
帝都は海系の食材がどうしても制限されるからな、
その辺りは仕方無い。
まぁ帝都の人間は決して認めないだろうがな、
帝都の食は大陸一、そう思って居る。
バハラも当然自分達が大陸一だと思って居る。
確かに甲乙付け難いが海鮮類の入手しやすさの分、食の種類、食材の種類の豊富さの分バハラの方が一日の長がある。
まぁ帝都もバハラもどっちも食に関しては美味いんだがな、張り合ってるからどっちも引かないだろうな、うん、決して引かないわ。
しかしサンマか、どうするかな?
今日はサンマの口では無かったがサンマもアリだな、どうするかな?
ん? アレはブライアンか。
「おいブライアン」
「うぉっ! 何だ守長か‥‥ 驚かさないでくれよ」
「何だ? 何か俺に対して疚しい事でもあるのか?」
「いや無いけど突然現れたら驚くよ」
「お前失礼だな、人を幽霊扱いしやがって‥‥ て! おいブライアン! お前コラ!」
「ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい」
「おい、お前何で謝って居る? 俺に対して本当に何かやらかしたのか?」
「いやだっていきなり守長が怒鳴るからだろ」
アホかコイツは、俺は怒鳴ったんじゃ無い、
ビックリしたんだ、てかおいおいこれって‥‥
「おいブライアン、これマグロじゃないか、
しかも本マグロかよ」
「あっああそうだな、たまたま獲れたんだ」
おいマジか、本マグロだよ、
しかもちゃんと締めた本マグロだよ。
帝国では魚は締める、そしてブライアンもマグロをちゃんと締めてきっちり処置して居る。
これは俺が間接的にも、直接教えたりした。
と言うのも先帝陛下との四方山話の中で魚を締めると言う話をしたからだ。
陛下は大層興味を示され俺に話を聞かれ詳細を説明する様に命じられた。
当然陛下はレポートの提出を命じられた‥‥
当時俺は同時に三つの案件に関わっており、
有り体に言えば無茶苦茶忙しかった‥‥
泣きそうになった、だが陛下は鬼だった。
俺はちゃんとそれも説明した、理由も現実問題としても無理だと説明した、だが‥‥
『何なら勅命しても良いが? それとも勅令の方が良いか? そちに選ばせてやろう、どちらが良い?』
この人は人の皮を被った悪魔だと思った‥‥
正に鬼、悪魔である、官吏とは何てブラックな職場だと思った物だ、無茶振りが過ぎる。
とは言え鬼であり悪魔な方は帝国の皇帝陛下である、拒否は出来ないし俺には拒否権も無い。
『はい‥‥ 分かりました‥‥ 承りました‥‥』
としか言えなかった、そして陛下が仰ったことを俺は死ぬまで忘れる事は無いだろう。
今でも鮮明に覚えて居る。
『大丈夫じゃ、そちなら出来る出来る、心配するな大丈夫じゃ!』
何が大丈夫なのかさっぱり分からなかった。
だが言われたからには全力でやらなければならない、俺は三つの案件に関わり、僅かしか無いその隙間時間にレポートを書く事となった‥‥
寝ないように立ちながら書類仕事をしたのも初めての経験だった。
コーヒーを腹がタプタプになるまで飲み、
必死になってやり遂げ様としていた。
そして俺は忘れない、俺がヒイコラ言いながら仕事してる最中、面白がったロリババアがしょーもない茶々を入れに来た事を。
俺が半泣きになり死にそうになりながら仕事をしてる最中ちょっかいを掛けて来た事を。
俺が寝ないように立ちながら仕事をしてる最中わざわざ下らん事を言いに来た事を‥‥
何が『さぁ明日は休みだからゆっくり寝よう』だよ
『今日の業務は終~わり、さっ、帰って寝よう』
だよ、あのクソロリババアが‥‥
余りにも腹が立ったので奴がしょーもない事をしやがった時、奴は一度ならず二度迄も、
いや、何度もやっちゃってくれやがったので、
ある時又々やって来てちょっかいを出して来た時に捕まえて、縛って簀巻きにしてやった。
そして当然吊るしてやった。
因みに筵は俺付きの下級官吏に前以て用意させて居た。
余りにも奴が騒ぎやがったので猿轡を噛まして静かにさせたのだが当然大問題になった。
だが俺はガタガタ抜かす他の奴等を視線と口で黙らせた。
交渉でサリバンに勝てる者無し、悪い意味でそれは広まった。
あのババアが当時関わって居た案件の部署の奴が何かガタガタ文句を言って来たがラップバトル宜しく、お口で黙らせてやった。
その時の事を俺の他の同期曰く、お伽噺の魔王の如くと言う言葉以外の何者でも無かったらしい。
まぁ結局更に上の、大臣クラスの官吏が来て、
一旦矛を納め、更に陛下にまで話が行き、
陛下を裁定者とし事の経緯をお互い説明し合う事となり、俺は陛下から一言だけ窘められ、
あのロリババアは陛下から厳重注意された上、
懲戒処分としても厳重注意となった。
理由としては陛下が直接俺に命じられた仕事を邪魔したからと言う理由である。
だが陛下はやはり鬼だった。
魚の生き締めに関してのレポート提出を勅命とされたのだ。
陛下曰く、
『これで誰にも邪魔される事は無いであろう、存分に励めよ』
と仰られた‥‥
それを聞いて俺はそれ迄ロリババアを密かに笑って居たのだがフリーズしてしまった。
そして忘れない、俺のその姿を見たロリババアが密かに笑いやがった事を‥‥
あのババアに対して殺意が沸いた。
もっと恥ずかしい格好になる様に縛っておけば良かったと思ったが、今更もう遅いってやつであった。
皇帝陛下からの勅命、陛下はシャレで仰られたのかも知れない、だがシャレであろうと本気であろうとサザビー帝国の皇帝の言は重い。
勅命は勅命、俺はそれ迄以上に仕事に励んだ。
三つの案件をこなしつつ、勅命である魚の生き締めに関するレポートも進めて行った。
その中でふと思った、いや、思ってしまった。
俺、何で魚の生き締めなんかをレポートにしてんだ?
しかも勅命って何でだ? と・・・
だがそんな事を考えても仕事は終わらない、
寧ろそんな事を考える時間が勿体ない。
なので俺は考えない事にした、先ずは終わらせなければこの終わりの見えないデスマーチは終わらないと言う、哲学的な、とんちの様な状況に訳が分からなくなって居たのだ。
俺が立ったまま仕事をして居ても誰も何も言わない、てか目を合わそうとしない。
そして基本的に近寄って来る事すら無い。
確かに陛下の勅命は効果があった。
何故なら誰も俺の邪魔をしないからだ、官吏にとって足の引っ張り愛はじゃれあいの様なものだ。
だがその足の引っ張り愛も邪魔し愛が全く無いのだ、それ迄以上に仕事は、そう、仕事は、捗った。
だが後に、全てが終わった後に同期達曰く
『あの状態、目付きのサリバンにちょっかい出せる奴何て居ない、スペンサー以外はな、陛下の勅命が無かったとしてもお前に報復される事を考えたら普通は躊躇うし、まともな神経してたらやらない、と言うかお前スペンサー以外の邪魔して来たアホに報復するつもりだろ? もう既に何人かにやったよな』と・・・
はい、あのロリババアは簀巻きにして吊るしたので溜飲は下がりました。
てかそれ以外のアホは全員報復するつもりだったし、同期の言う通り何人かは既に報復した後だった。
何人かは失脚し官吏の世界からは去って行ってた、
うん、流石にあの時は笑えなかったし単純にムカついたのだ、どうしても許せ無かったのだ。
まぁそんなこんなでレポートの提出が終わり、関わって居た三つ案件の一つも終わり俺の死のカウントダウンは止まった。
人は言うだろう、
案件に三つも関わるからなのでは? と‥‥
だが案件三つ迄なら正直多少の余裕があった、
だが丁度忙しさがピークの時にレポート作成が重なったのだ。
レポートさえ無かったら案件三つの忙しさがピークの時でもほんの少しだが余裕はあったのだ。
そう、レポートが俺に止めを刺したのだ‥‥
まぁ今になっては終わった事だ、とは言え今でもあの時の事はちっとも笑えないがな。
「あー 守長、マグロをそんなに見詰めてるが欲しいのか?」
「欲しい! 幾らだ?」
良し! 取り敢えず値段交渉だ。
この本マグロは絶対手に入れる!