第111話 大金貨
目の前に微笑みを湛えた男が居る
今は少しの困惑も混じって居る
少々遅きに失した感がある
だが目の前の男は決して認め無いだろう。
『どうした? 南方諸島共通語が分からんなら他の国の言語でも構わんぞ? それとも帝国語で話そうか? 先程のお前の話では無いが皆 興味津々で聞いてくれると思うがどうだ? 俺が気を遣って小声で話をしてやってるんだ、有り難く思えよ』
「あの~ 守長さん?」
てか今更おせーよ、困惑したツラしてもちょっとタイミングが遅かったな、まぁ良いだろう、俺がやる事は変わらん。
『で? 無駄だと思うが一応聞く、お前の上司は、いや、違うな、お前を使ってる大元は何を考えてる?
こんな所に飛ばして権限を奪い、影響力も失った哀れな、いや、憐れな俺の何を警戒して居る?
てか何をビビってるんだ?
そもそも俺は中立派で今回の派閥争いには我関せずを貫いて居たんだがな、
まぁ先帝陛下に寵愛を受けて居たと周りから思われて居たから妬みや嫉みから自分勝手な意趣返しをしたのかも知れないがな、
いい加減ウンザリだ、ほっといて欲しいんだがな
お前の上司に伝えておけ、その上司から更に上の大元まで伝わるだろうが面倒なんだ、
俺はこの村での生活を割と気に入って居る、
お前を派遣した奴等が何を考えて居るか知らんし、
知るつもりも無いが、寝た子を起こす様な真似をするなと伝えろ』
「・・・」
うん、軽い困惑と戸惑い、まぁ何を言って居るか分からんし、言葉も分からんからってツラだな。
あちらを見るとアマンダが女衆と話をして居る、
商品について話をして居る様だ。
あーでも無い、こーでも無いと言いながらとても楽しそうだ、俺とこの行商人との事は気にしてないみたいだ、まぁ小声で話して居るからな、端から見たら雑談してる様に見えるのだろう。
『それと一つアドバイスをしてやろう、使うのならお前では無くトムじいさんを使うべきだったな、
トムじいさんのひまわり商会はこの辺りで何十年も行商している古株だ、それにあのじいさんは上手い、ああ、お前が拙いと言ってる訳ではないぞ、
正直最初は俺も分からなかった、間抜けな話ではあるがお前が諜報員と気が付かなかったからな、
だが少し急ぎ過ぎたな、新任の灯台守長だから興味があり、ある程度聞き回っても問題無いと思ったみたいだが少し深く聞き過ぎだ、
もう少し時間を掛ければ良かったのにな、後お前何故バレたかと思ってるだろうが答えは簡単だ、
折角だから教えてやる、まぁ何故教えてやるかと言うと誰が来ても無駄だと教える為だ、
お前、立ち振舞いはほぼ完璧だがな、目の奥底にある感情だとか、興味、まぁ好奇心が透けて見えるんだよ、その辺りはまだまだだな』
「やだ~」
「本当よ~」
「え~ 嘘だ~」
アマンダ達が居る方をチラッと見ると、
楽しそうに皆で笑って居る、アマンダは俺以外の男衆には決して見せない笑顔で、とても楽しそうだ。
『あー それとトムじいさんがお前のお仲間と分かった原因だがお前と一緒だ、
目の奥底にあるあの何とも言えない目だな、
まぁぶっちゃけ疑っては居たが確信は無かった、
だがお前のおかげで分かった、正直助かったよ、
確信が持てないまま、疑惑のままだったのがお前がそうだと分かったからあのじいさんもそうなんだと分かったんだ、匂いと言うか独特の雰囲気ってのがあるんだ、まぁこれは口では説明し難いがな』
うん、嘘です、説明出来るし理由もちゃんとあるけど手の内を全部見せるつもりは無い、
それに説明が面倒、てかドヤ顔で言って外したら恥ずかしいから言わない。
『お前の直接の上司はトムじいさん‥‥ は無いか、
同僚かな? まぁお前が知らないだけの同僚か、
お前等 諜報員は横の繋がりは無いからな、
そして直接の上司でも無いだろう、現場に直接の上司と部下が一緒に出るなんざよっぽどだ、
お前とあのじいさんは知らされて無いだけで同じ任務を与えられて居るだけなんだろう、
まぁあのじいさんの場合、バハラ近郊の諜報任務と防諜任務のついでに俺の監視と情報収集をして居るってだけっぽいがな』
さて、表情は相変わらずだ、微かな困惑と戸惑い、
言葉が分からんから困ったなぁって表情だ。
知らん奴が見たら俺は何か無茶言って困らせている様に見える事だろう。
まぁ良い、言いたい事は最低限伝えた。
どうせコイツは認めないし、これ以上は何を言っても無駄だからな、この位にしておこう。
「おい、あのヘアブラシは幾らだ?」
「あー はい、あれは銀貨三枚に大銅貨二枚です」
「高いな、少しまけろ」
「いえいえ、アレは良い物です、まけてしまっては私 首を括らなければならなくなります」
切り替えが早いこって、もしかしてホッとして居るのかも知れないな。
もう少しイジっておくべきだったか?
しかしあのブラシ高いな‥‥
ぼっている訳では無いのだろうが村を回る行商人が扱う品なら妥当ではあるが‥‥
輸送費、運び賃の分だけ乗っけてるから仕方無いとは言え、大銅貨一枚分は余計に乗せてるな。
てか仕入れ値は‥‥
「物自体は良いのです、寧ろ私としては赤字覚悟で販売しております」
コイツ‥‥
「お前なぁ、余り仕入れ値の事は言いたく無いがどうせ仕入れ値は銀貨二枚ってとこだろ?
銀貨三枚で売っても銀貨一枚の利益だ、
手間賃や運ぶ手間を考えても、それでも大銅貨七枚の利益はあるだろ、
てか銀貨三枚で売っても単純に利益は銀貨一枚だ、
客寄せで仕入れたから売れなくても良いって考えかも知れないが俺に銀貨三枚で売って又仕入れれば良いだろ?」
「いえいえ、あの品は中々仕入れる事が出来ない物なのです、次に何時仕入れる事が出来るか分かりません、あそこにある物のみの、現物限りの逸品なのです」
「お前なぁ、確かに物自体は良い物だがあんなんバハラの街中であればちょっと良い店なら何処にでも置いてあるだろうが、てか帝都やバハラなら言い方は悪いがありふれた品だろ? 俺はバハラにも何年か住んだ事があるんだ、まさか知らないとでも思ってんのか? てか帝都でも同じくよく見た様な品だが?」
「これはこれは‥‥ そう言えば守長さんはバハラに赴任してらした事がおありでしたね、それに帝都のご実家はお商売をされてましたね‥‥ 分かりました、銀貨三枚で売りましよう、但し‥‥」
いちいち演技臭く見えるのは、俺がコイツに対して穿った見方をして居るから何だろうな。
「他の方に仕入れ値の事は内緒でお願いします」
うん、ウインクして気持ち悪い、てかおっさんがやっても欠片も可愛いく無いし、どの層に需要があるんだって話なんだが‥‥
しかしアレだな、穿った見方をしたら意味深だな、
内緒と言うのは果たして仕入れ値の事を言っているのか、それとも‥‥
「まぁ今回は授業料として私が涙を飲みましょう」
「そうか、なら授業料としては格安過ぎたな、下手をしなくても高い授業料になるところだったんだ、
間違った授業からは間違った知識しか得る事は出来ない、俺は教師として間違いと思い込みを正したんだ、良い教師だとは思わないか?
と言う訳でそこの髪留めも三つオマケに付けろ、
それとその贈り物用の包み紙も三つオマケして貰おうか、その贈り物用の包み紙に入れてくれ、
な~に、間違ったまま、何も分からないまま俺と付き合って行くところだったんだ、安いもんだろ?」
「あの~ 髪留めはひとつ大銅貨二枚と銅貨八枚ですし、包み紙も一枚大銅貨一枚もするんですが‥‥」
あっ、コイツこれはマジで困ってやがるな、
多分 髪留めと包み紙三つづつ全部で仕入れ値が大銅貨八枚ちょいってとこだろうからな。
だがヘアブラシを銀貨三枚で売れれば最低でも大銅貨二枚程度の利益はあるはずだ。
うん、大丈夫 大丈夫! 問題無いな。
「まだ損は無いはずだ、利益は出てるだろ?
それとも本当に高い授業料を払うか?
今後付き合って行く上で考えるなら必要経費、
先行投資としては安いモンだと思うが?
これからはお前の所でもちゃんと買うつもりだ、
今までと違ってお前からも買うんだ、
お前の事が分かったんだし、挨拶も済ませたんだからな」
「授業料としては高過ぎると思うのですが‥‥」
「ん? 南方諸島の言葉で話した内容を帝国語で、
おっと間違えた! 仕入れ値の事を大きな声で叫びたくなったんだが俺の気のせいか?」
「あの~ 守長さん、世間ではそれを脅してると言うのですが‥‥ 流石にオマケの額を越えてると私は思うのですが‥‥」
うん、マジでコイツ泣きそうになってやがる、
てかトントン処か利益は十分あるんだ、
赤では無く黒なんだ、商人としては十分だろう。
てかコイツはもしかして、カバーストーリーとしての商人活動をして行く内に根っ子の部分が商人寄りになったのかな?
「嫌だなぁ、脅してるとは人聞きの悪い、俺は脅迫してるんだよ、言葉は正しく使いたまえ
てか俺はモノさえ良ければ金払い良く買うぞ、金に糸目は付けん、てか授業料だよ授業料、
まぁその授業料が高いと思うか安いと思うかはお前次第じゃないのか?」
「もう、 分かりましたよ、でも本当に今後贔屓にして下さいよ、宜しくお願いしますよ、本当に本当にですよ」
「おう分かってる 分かってる、あっ、ついでだ、
そのヘアブラシも贈り物用の包み紙に包んでくれ、
料金は勿論分かってるよな?」
「・・・ ハァ‥‥ 分かりました‥‥ オマケしますよ、させて頂きます、ハァ‥‥」
「おい、ため息吐いたら幸せが逃げるぞ」
「・・・」
おいおい、んーなジト目で俺を見るなよ、
感情を表に出すのは商人としても暗部の人間としても失格だぞ、まぁまけさせられた上、こんだけオマケを付けさせられたらそうなるか。
「おい、金を払うから包んでくれ」
「マックス、守長さんの商品を包んでくれるかな、
商品はこれとこれ三つだ、全部贈り物用の紙に包んでくれ‥‥」
あー 気分が良いな、今まで散々探られて、
挙げ句嫌な目で見て来やがったからなコイツは。
この位の意趣返しは許されるだろう。
探られて気分の良い奴は居ない、
ましてや痛くもない腹を探られたら尚更だ。
まぁこうなったのは仕事とは言え自業自得だ。
「あの守長さん、お代を頂きたいのですが」
「ああそうだったな、ホレ」
「守長さんこの様な金額を出されましてもお釣が無いのですが‥‥」
「何でだ? 大金貨は商人の決済用だろ? 商人相手なら使えるだろ?」
「それは商人同士の話です」
「俺は一応商人でもあるぞ、一応だがな」
「‥‥もう少し小さな金額でお願い出来ますか?」
「ん? 仕方無い奴だな、商人なら対応しろよ、商人ならな、うん、本当に商人ならな」
「・・・」
コイツため息吐きやがったぞ、失礼な奴だな。
てかちょっとした可愛いお茶目な冗談だろ、
シャレの分からん奴だな。
「仕方無い奴だな本当に、ホレこれなら良いだろ」
「‥‥出来ればもう少し小さな額でお願いします」
「何でだ? 金貨だぞ、釣り銭根こそぎ集めれば何とかなるだろ? 頑張れよ」
「‥‥ すいません、この後もまだまだ商売がありますので御容赦頂けないでしょうか‥‥」
「何だよ、金貨一枚出したんだから大銀貨一枚に銀貨七枚お釣に出せばイケるだろ? もしくは大銅貨と銅貨、それに銀貨だって多少はあるだろ? てか釣り銭の用意なんて商人の基本だぞ基本、お前商人としてなって無いな」
「守長さん、本当に勘弁して下さい‥‥
帰りなら兎も角、この後の商売が出来なくなりますので本当に本当にお願いします」
まぁ仕方無いな、今日はこの位にしといてやろう、
余りやり過ぎてもいかん、まぁこの辺りが潮時か、
コイツには少しづつ分からせて行くか。
「しゃー無しだぞ、ホレ釣りはいらん取っとけ」
「はい‥‥ 銀貨三枚丁度頂きました、又‥‥
いえ、今後も御贔屓に‥‥」
「そうだな、御贔屓にさせて貰うよ、今後楽しみだな、ああそれとメッセンジャーとしてちゃんと伝えてくれよ、頼むぞ、仕入れ先 に宜しくと伝えてくれよ」
さて、コイツを継続して使うか、それとも違う奴を送り込んで来るか、コイツを継続しつつ全く違う奴も同時に送り込んで来るかも知れないな。
まぁ良い、先に仕掛けて来たのはコイツを送り込んで来た奴だ、バカが‥‥
寝た子を起こす様な事しやがって‥‥
このままそっとしておけば良い物を‥‥
金貨一枚の各通貨早見表
金貨一枚につき
大銀貨二枚 銀貨二十枚 半銀貨四十枚
大銅貨二百枚 銅貨二千枚
大金貨一枚は金貨十枚
大金貨は商人同士の決済用の為
一般には基本的に流通していない
サザビー帝国の金貨
貨幣が大陸共通通貨
又は基本通貨扱いになっている
理由としては大国であり
強国のサザビー帝国の貨幣が
通貨の基準として扱われる為である
その為 友好国 周辺国 及び南方諸島も
サザビー帝国の貨幣の含有量に合わせて鋳造される
但し同じ含有量の貨幣であっても
当然サザビー帝国の貨幣が大陸で一番信用されている