第110話 行商人
静寂が訪れて居た
先程までの祭りの様な賑やかさは鳴りを潜めている
行商人の男が静かになる迄敢えて黙り込んで居た。
うん、これ演説のテクニックの一つだな。
皆が注目し、自分に意識を向けて集中させる為の技術の一つだ。
自然と身に付いたのなら大したものだが、
そうで無いのなら何故一介の行商人が身に付けて居るんだろうな?
前世で校長とか担任教師が
『はい、静かになる迄◯◯分掛かりました』
と言ってるのとは全く違う物だがな。
本当、もう少し考え無いとそんな事からってのは割とあるんだ。
余りにも出来過ぎ何だよな、もう少し拙さがあれば良かったのに自分では気が付か無いもんかねえ。
「さて大した話ではありませんが 不肖この私が話させて頂きます、ああ、面白く無いからと言って石等を投げないで下さいね、投げるならお金を、金貨とは言いませんから銅貨を投げて下さい、私喜んで受け入れますし大喜びで拾いますから」
「分かったから、面白けりゃおひねりの一つも投げるわさ」
「おお、それは‥‥ 気合いを入れて話しましょう、ただおひねりと言っても投げキッスはご勘弁を、私お金が大好きですし、何より投げキッスは妻に言わせれば浮気になる様なので‥‥」
「アンタの惚気なんか聞きたく無いんだよ、さっさと話さないとに直に口づけするよ! 良いのかい?」
その野次に笑いが起きた、皆楽しそうだ。
掴みはOKってトコだな。
「それはそれは‥‥ ではお待たせ致しました」
行商人の話によると事が起きたのは一週間程前らしい。
この前の嵐による混乱は一応は一段落付いてはいるがバハラでは後始末に追われており、未だに軍人や官吏は忙しさに追われているそうだ。
とは言え通常の業務や任務に手を抜く事無く、
滞り無く行われているらしい。
勿論、官吏や軍人達は忙しさに目を回しながら、
それこそきりきり舞いになりながら、
行商人曰く、ヒイヒイ言いながらやってるらしい。
街道では巡回、警備等に手を抜く事無く通常通り行われており、まさか盗賊が出る等 誰も思って無かったらしい。
そして盗賊に遭遇したのはこの行商人と同じ様に様々な商品を荷馬車に積んだ、よろず屋と言われる行商人だった。
そして襲われた行商人は息子二人と、見習いの小僧が二人の計五人、荷馬車を二台でバハラ方面行きの街道を進んでいたらしく。
その日は普段に比べ人通りが少なく、商人や旅人も普段に比べ明らかに少なかったそうだ、
近隣の村等の住人もバハラに商品を運ぶ様な時間帯では無かったので更に人通りが少なかったらしい。
と言っても人っ子一人居なかった訳では無く、
歩きの行商人や荷馬車で街道を進む者も当然居た。
しかし普段に比べれば何故かその日は少なかった。
まぁバハラ近郊の街道は基本的に常に人の往き来があり、余りの交通量の多さによりそれこそ接触事故で揉める等日常茶飯事だった。
そう、だった、だが我らの同期殿の街道整備の実証実験によりバハラ近郊の交通網は劇的に改善されその様な事故は減ったが、それでも0になった訳では無い。
眠らない街と言うのは聞いた事があるが、
バハラ近郊の街道は眠らない街道と言われており、
帝国外の国では有名だ。
実際はそんな事も無いのだが、
そう例えられる位、人通りは多い。
そしてその日は何故か人通りが少なく、ある意味絶好の盗賊日和だったと、この行商人言って居る。
うん、別に話を盛っている訳では無いのだろうが
絶好の盗賊日和って何なんだよ?
皆にはウケて居るが微妙では無いか?
まぁ別に良いんだけど。
襲われた行商人一行は父親が息子二人を鍛えてる最中で、行商をしながら息子二人に自分が切り開いた販路における商売の心得を少しづつ教え、そして二人に向いている販路を見分けてる最中だった。
普段は厳しい父親であるが、親心なのだろう。
自分が汗を流し、長い時間を掛け確立した販路を息子二人に譲るにしても、各々に合う販路をと‥‥
そして行商を終え、バハラに帰還が遅れていた一行は空いてる街道を順調に進んでいた。
あの嵐により商売の予定がすっかり狂ってしまい、
帰還が当初の予定より大幅に遅れてしまっていた。
行商人が「そこで」と一旦溜めに入った。
これも会話テクニックの一つだな。
自分に更に意識と向け、更に興味と期待感を高めるやり方だ。
てかこれ吟遊詩人のやり方だよな。
まぁ行商人にはこの様な喋り方、演説の様なやり方を用いる奴は多い。
だがコイツのは完全に吟遊詩人のやり口だ、
コイツは行商人と言うより吟遊詩人と言われた方が納得いく。
てか明らかコイツ吟遊詩人に習っただろ?
いや、訓練を受けたと言うべきかな?
溜め、話し方、特に言葉の強弱が素晴らしい、
そして場の空気の掴み方もだ、上手いな。
だが一介の行商人にしては出来過ぎではある。
一度では気が付かんなコレは、
まぁ良いだろう、今はな‥‥
彼等は急ぎました、道無き道をとは言いません、
この場合は人無き道を‥‥
うん、たっぷり溜めてからの再開か、
聞いてる村民で早くしろ何て野次は無い、
それだけ話に引き込まれている証拠でもある。
何故か空いていた街道を何時もより飛ばしながら、
事故に気を付けながら快調に進んでいた。
時折歩きの人間や、他の荷馬車とすれ違い街と街の中間点、小さいながらも丘と言える様な起伏がある場所で子供の腕位の木が見えた。
本数は五本程、それが街道に散らばっていた。
避けて通るには逆通行の道に出なければならない、
しかし道の中央は縁石等で区切られているし、
何より道を逸脱し、逆走等しようものなら巡回の兵に見付かった場合大変な事になる。
それ以前の問題として、同業者に見られれば自らの評判を落とす事になるし、何よりその程度の本数であれば一旦 荷馬車を止め、手で避ければ良いだけの話だ。
一瞬そのまま進もうかと考えた、あの程度木であれば踏み潰せるだろうと思ったが万が一の事もあるし、横着して事故等起こしては馬鹿らしいと思い直し馬車を止め拾おうと思い直した。
その行商人は何故この様な所に子供の腕程の木が?
そう思った様だが、燃料用の木が積み荷の隙間から落ちでもしたと思ったらしい。
面倒だが仕方無い、そう思い馬車を止め、
見習いの小僧に拾いに行かせるか、そう思った時だった、丘の上から身形の悪い男が七~八人走って来た。
そして反対側からも五~六人が駆け寄って来た。
そしてお決まりの台詞を言いつつ、
刃物や棍棒をちらつかせて脅しをかけてきた。
だが盗賊共は知らなかった。
その行商人の親父は子供の頃巡察使に憧れ近所に住んで居た元兵士の老人に武術を習って居た事を‥‥
チッ‥‥
いらん事を言いやがって、てか皆俺を見て来るじゃないか、お前もだ自称行商人、何満足そうに俺を見てきやがる、舐めてんなコイツ‥‥
子供の頃習った武術は確実に行商人の親父の身に染み付いていた。
特に槍に関しては中々の才能があったらしく、
荷馬車には穂先の無い槍の柄と木剣が積んであり、親父は荷台から木剣と槍擬き、穂先の無い棒を持ち盗賊に立ち向かって行った。
息子二人は小僧達に馬の手綱を任せ、自分達も武器を、棒やフレイルを手に父の助太刀に行った。
まぁ内容はチャンバラだ、カンカンカンとかキンキンキンキンとか、棒なのに何故そんな音が出るんだと言う疑問はあるが、皆はハラハラドキドキしながら聞いて居るので行商人の話は成功して居るのだろう。
まぁそんなこんなで行商人の親父は盗賊共を
バッタバッタと一人で倒し捕まえた。
盗賊達を打ち倒した話が終わると村民達が拍手をした。
まるで咄家みたいでもあるな。
しかし何故そんな詳しく知って居るかと言うと、
歩きで行商を行う者が近くで見てたらしく、
更に、捕らえた盗賊共をバハラまで引っ張って行ってる途中で巡回の兵達に会い、その時に話を聞いて居た者達が居たからだそうだ。
行商人はおひねりを貰い喜び、そして今は商品を売って居るが先程の話の成果だろうか?
何時もより売れ行きが良いみたいだ。
さて‥‥
落ち着くまで暫く待とうか、
それ迄アマンダとお喋りに興じようでは無いか。
「おや守長さん、何かご入り用ですか?」
「いや、そうじゃ無いが どうだ、中々景気が良さそうだな」
「ええ、お陰様で、毎度こうなら言う事無いのですが中々どうして、商売と言うのは奥深い物です」
「そうか、このハルータの村民達からも信用されてる様だし、売れ行きも良い、皆とも色々と話が出来てお前の上司も大満足だろうな」
「上司‥‥ ですか? その‥‥ 私は小さいながらも一国一城の主であるのですが‥‥」
うん、困惑してる風に見えるな、
知らん奴が見たら心底困惑してると思うだろうな。
まぁこの程度でボロが出る様なら失格だ、
基本中の基本なんだから当たり前か。
張り付いた微笑みは欠片も崩れては居ない、
今の困惑した表情も嘘は無いのだろう。
何せそう心から思い込んで居るのだろうからな、
自己暗示ってやつ何だろう、これもコイツらみたいな奴からしたら基本だな。
カバーストーリーに入り込んで居る、
ロープレに徹して居るとも言うがな。
「アマンダ、さっきからそのヘアブラシ見てるが欲しいのか? イカの一夜干しと交換で俺が買おうか?」
「んー‥‥ 交換ね‥‥ どうしよう、少し考えるわ」
「ん、最近オマケして貰ってるからな、今度は俺がアマンダにオマケする、安くしとくぞ」
「まだ買って無いんだから守長のじゃ無いじゃないの、少し考えるわね」
うん、アマンダは可愛いな、だがこの行商人は可愛いく無い、てか可愛げは欠片も無いな。
「仲が宜しい様ですね」
「おう、羨ましいか? アマンダはこの村 処か、バハラでもこんな良い女は居ないからな」
アマンダが「もう、守長ったら」何て言って困った顔してる、可愛いやっちゃな本当。
「これはこれは、アマンダさんも美しいですが我が妻も中々の美しさですよ、何の何の、負けておりませんよ」
「同僚の間違えでは無く? それとも本当に妻で、お前の仕事を知らないだけかな?」
「私の妻は一人ですし、当然同僚でもありませんよ」
心底困った様な、何を言って居るか分からんってツラだな、しかし目の奥底は隠しきれて無いぞ。
『そうか、だがそんなのどうでも言いんだ、
俺もな、いい加減ウンザリ何だよ、何時迄
俺の見守りを続けるつもりだ?
惚けたフリするのは良いが俺は一方的に話を続けるぞ、なぁ、まさか本当に南方諸島共通語が分からんと言う事は無いよな?
もしそうなら余りにも出来が悪過ぎるな、
まぁ良い、どうせ認めんだろうから俺は一方的に話すだけだ』
「あの、守長さん何を言って居るか分からないのですが‥‥ 今話してらっしゃるのは外国語ですよね?」
まぁ予想通りだな、コイツが認める事は決して無い
なら一方的に言うだけだ。
いかんな笑みが溢れるのが自分でも分かる、
コイツからしたら獣が笑って居る様に見えるかもな
『お前仮にも商人の皮を被ってるならカバーを徹底しろよ、まさか動揺してるのか? カバーストーリーは基本中の基本だぞ、てか商人なら南方諸島共通語が欠片も分からないのは不自然過ぎるな、それとも最近の暗部はそこまで質が落ちたか? 諜報員なら徹底しろ』
こんな所に飛ばして更に監視の人間まで付けるとは本当に肝っ玉の小さい奴等だよ、それとも俺の事が大好きで気になって仕方無いのか?
派閥争いに勝利し、総決算も一応は終わったのに何をビビってるんだ?
てかどんだけ俺の事が好きなんだよ、
モテる男は辛いって事かな?
さて、まだ微笑んだままのコイツにはメッセンジャーになって貰うか、てか今は少し困惑した表情が正しいと思うんだがまさかコイツ本当に動揺してんのかな?
まぁ良い、俺も微笑んでおこうか。
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