第11話 嵐の始まり
雨が降っている
結構激しく降っている
風も強い、嵐が来ているのかもしれない。
執務室の窓には頑丈な庇が付いているので
雨はそうそう入ってこない。
しかし風が強いからかポツポツ入り始めている。
「守長、そろそろ窓は閉めた方がいい、これから
もっと吹く、今の内に戸締まりしちまおう」
アイザックのじい様が窓際に立ち
外を見ながら俺に確認を取る。
「じい様、こりゃあ 嵐が来るかな?」
「ああ来るな、しかも飛びっ切りのが」
じい様が言うなら間違いないだろう。
ここのじい様連中の天気予報はほぼ外れが無い。
長年の経験と勘、そして体の部位の痛みで
天気を驚く程当てる。
「守長、手紙も濡れちまうぞ仕舞ったほうがいい」
「ああそうだな」
じい様がニヤニヤしている。
「どうしたじい様」
「守長のいい人からかね?」
「違うよ、バハラに居る知り合いのじいさんだよ」
「なんじゃつまらんのう」
「んーな事言われもなぁ」
アイザックのじい様がやれやれ何て言っている、
でも手紙の相手は実際知り合いのじい様だ。
「守長、篝火んトコの窓天幕の用意しようかと
思うんだが、いいかね?」
「ああそうだな、嵐が来るんなら窓天幕は要るな」
そんじゃあ行ってくるかね、何て独り言ちると
部屋を出て行った。
窓天幕を掛けるとなると
やはり激しい嵐が来るのかな?
まぁじい様が言うなら間違いない無いか‥‥
それに窓天幕を掛ける何て俺は言っていたが
実際は横にスライドさせるだけだ、
まぁカーテンみたいなもんだな。
とは言え普段は天幕は仕舞ってある。
多少強い雨風程度で篝火はびくともしない。
だが嵐は別だ。
この灯台の全ての窓には
頑丈で長い庇が付いている。
横殴りの強い雨風、嵐でも無い限り
問題無い造りになっている。
そして窓の内側の上両端と下両端には
ロープ又は、棒などを載せる為の出っ張りがある。
出っ張りはカギ状になっており、
棒等は勿論ロープを掛けてもズレ落ちない様になっていてそこに窓天幕を掛ける。
上両端の出っ張りには
木の棒、もしくはロープを掛ける。
下両端の出っ張りは
ロープを固定するのに使っている。
窓天幕の下は固定しない、
風が吹けばめくれる、それには理由がある。
窓天幕を掛ける場合じい様によって好みが違い
木の棒を掛けるじい様と
ロープを使い掛けるじい様が居る。
人数が居れば木の棒を使い、窓天幕を掛ける方が楽だ。
だが慣れると窓天幕にロープを通し、
上の出っ張りにロープを投げて掛け、
下の出っ張り迄 引っ張り、括り付け、
もう片方も同じようにすればはい完成である。
アイザックのじい様はロープ派で、
手際良く1人であっと言う間に終わらせる。
木の棒派のじい様も、
1人でロープを操り、手際良くやるが
木の棒の方が上手く灯りが見えると言っていた。
と言うのも外から吹く風によって
窓天幕が捲れる事により、
篝火が外から見えるようになる。
雨風も窓天幕によってかなり防がれ、
灯台としての役割も全うする事が出来る。
但し灯台の光は船から見た場合点滅して見える。
まぁ良く考えられていると思う。
風が吹かなければ窓天幕を横に引っ張って
暫く様子を見て判断する。
とはいっても窓天幕を外したりはしない。
嵐が収まれば篝火は常に見える状態にしておくが、
嵐が続くのであれば窓天幕を引っ張り、
又、雨風の侵入を極力減らす。
この時の灯台の点滅は船乗り達にとって
1つの目安になる。
灯台の灯りの点滅の間隔で浜の状態を判断している。
点滅が早ければ浜辺りは
小刻みに強い風が吹いている。
点滅の間隔が長ければ強風が吹き続けている。
嵐なのに全く点滅せず灯りを照らし続けていれば
それはもう神に祈るしか無いと言っている
本当に良く考えられてると思う。
雨風避けの窓天幕で灯りの点滅が起き、
浜の状態が分かるようになっているのだから。
まるで発光信号のようだ。
実際それにヒントを得て
発光信号の概念が作られ、
帝国が最初に取り入れ運用している。
これ等もある特級官吏の最初の提出レポートから生まれている、
皇帝陛下へのレポートの提出は
最初の一年間の研修後の提出だけではない。
三年間の地方への出向後にも提出する。
俺も当然提出した。
しかも二つ、本来は1つなのだが俺は先帝陛下に
『楽しみにしている、
なんなら二つ提出しても構わんと』
言われていた。
更に地方への研修、まぁ出向の前に
同期の特級官吏試験合格者5人と
先帝陛下に拝謁する際改めて言われたのだ。
公の場で言われた訳である、無視等出来ない。
完全にネタ振りだ。
アレは完全に、お前二つ出せよ分かってるよな?
と言われているようなもんだ。
実際そうなんだろう。
あれで俺は、いや俺だけは
二つ提出する事が決定してしまった。
酷いネタ振りである、
誰かにどうぞどうぞと言いたかった、
だがそんな事は当然出来ない。
バハラ行きを楽しみにしていた気持ちが
少し失せてしまった。
別に嫌では無い、嫌では無いが
いきなり宿題が増えたのだ。
しかも楽しい夏休みの直前にである。
俺がそう思うのも不敬では無いはずだ。
先帝陛下も分かってくれるさ。
実際俺が提出したレポートは又々、
先帝陛下に大絶賛された。
提出したレポートの内容は、
「バハラの大灯台に於ける今後の展開及び
大灯台の解体方法の提言と
新規建設に於ける問題点」
「腕木通信(仮)の有用性と欠点及び
設置に於ける利点と問題点」
の二つだ。
特級官吏達が出向でこの地に赴任して来て
バハラの大灯台に関するレポートを
提出した事などそれこそ星の数程ある。
大体だが8割~9割位が大灯台に関する件とも言われている、であればこそ、優秀な頭脳を持った特級官吏達の提出してきたレポートは
バハラの発展と改善に多いに役に立ってきた。
正に有用以外の何物でも無い。
大灯台=バハラであり、バハラ=大灯台なのだ。
この2つはコインの表と裏、
切っても切り離せない関係である。
とは言え今迄散々レポートにも書かれてきた為、
先帝陛下もレポートが大灯台についてと聞き
『何だ詰まらんな』と呟かれたらしい。
しかし事前に先帝陛下はレポート内容は
大灯台としか聞いて無かったからか
レポートの題名を見て首を傾げられた。
俺達同期5人はそれぞれの出向先から
帝都に帰還後再び先帝陛下に拝謁し、
その時に自らレポートを手渡す栄誉を賜った。
ついでに騎士爵も賜り、帝国騎士叙任式も行われ
先帝陛下自ら騎士叙任を賜る栄誉を受ける。
とは言え一代限りのモノであるし、
領地を頂けるようなものでも無い。
あくまで名誉職のようなもんだ。
まぁちょびっとだけ年金が支給されるが。
本当にちょびっとで雀の涙と言うか、
お小遣いみたいなもんだ。
まぁとにかくその場でレポートを渡すのだが
俺のレポートの表題を見て首を傾げられた。
二つ目のレポート、多分だが
腕木通信(仮)を見て
俺とレポートを何度か見比べられた。
その場では受け取っただけで読まれておらず。
後日先帝陛下が大絶賛されたと聞いた。
内容に関しては大灯台の件は
まぁありきたりな内容だと思う。
大灯台とバハラの関連性やその他諸々、
先帝陛下も今迄 散々見てきた内容だと思う。
だが大灯台の築年数による劣化と
解体する場合の解体方法を書いたレポートは
今迄 見た事が無い内容であった。
俺も帝城で過去の提出レポートを閲覧したが
解体方法に迄言及したレポートが無かったのだ、
先帝陛下が特に面白いと思われたのは、樵宜しく
解体時に大灯台に受け口と切り口を作り、
そのまま海側に倒してしまうと言う方法だった。
『正に目から鱗、大胆にして理に適っている』
『アレを倒して壊すなど他の誰が今迄考え
実行しようと思ったであろう面白い』
と言って何故か大変喜ばれたらしい。
他にも大灯台の自重で縦におとし潰す解体方とか、
上から下に向かい解体する効率的なやり方等
先帝陛下は楽しそうに、面白そうに、
まるで幼子のように俺のレポートを読まれたらしい。
まぁ男の子はあーゆうの好きだからな、
他の官吏達も目をキラキラさせて読んでたみたいだ。
だが良い事ばかりでは無い、大灯台には、
砦と言うには大きいが要塞と言うには小さい、
軍の防御拠点も付属している。
上手く海側に倒れれば良いが
軍の施設に倒れてきたら?
又、大灯台の自重によって縦に崩す解体方法は、
軍の施設に被害が出る可能性大だと、
俺の提案した解体方法に対して反対意見が出た。
反対したのは軍だ、バハラの軍人達もそうだが、
帝都の軍人達も反対した。
とは言え丁寧に説明したら帝都の軍人達は
納得し、『成る程 道理だな』と言い
寧ろバハラの軍人を説得しに行った位だ。
どうも説得もそうだが視察もかねてたようだ。
と言うのもだ、
俺が軍人達に説明した内容に関係している。
大灯台の解体を行う状況と言うのは、
大灯台の劣化が進み
崩壊、又は、倒壊の危険性がある場合だ。
そのような状況で軍の防御拠点も劣化せず
防御拠点としての効果が発揮出来るのか?
考えれば単純な話しだ。
軍人達は皆、最初不機嫌な顔をしていた。
だが俺の話しを聞いて最初はポカーンとして、
次に顔を見合せバツが悪そうな顔になり、
困った顔をしつつ、
『道理である』と言って納得していた。
それと共に大灯台に付属している
防御拠点の状況を聞かれ状況説明も行ったが、
老朽化と、規模の小ささ、今後の軍事技術の発展、
それによる拠点の現状の設備の不足等を説明し、
軍人達は、俺の話しに聞き入っていた。
話しを聞き終わると現地の現状把握の為、
そして説得がてら視察に行くか、となった。
それから色々軍人達と話したが
俺が何故こうなったか聞いたら
軍人達はバツが悪そうにポツポツ話してくれた。
いわく、
俺は陛下のお気に入りだから俺の提案はすぐ通り
大灯台の解体は速やかに行われると思った。
いわく、
帝国の政策が変わり軍の発言権が弱まり、
益々官吏の力が強まり、しかも戦いも無く、
ここ100年近く数える程しか実戦を経験してない、
ただただ訓練しかしておらず
官吏達からは無駄飯食らいと言われ、
ここらで一発ガッンと言っておかねばならぬと、
そう思ったらしい。
それ以外も色々話したが軍人は肩身が狭いらしく、
施設の削減は、
勘弁願いたいと、切実な願いだと熱弁された。
まぁ今回の収穫は
帝都の軍人達と知己を得れた事だろう。
しかしそんなぶっちゃけて良いのかと聞いたら、
俺は信用が置けそうだし何より、
陛下のお気に入りの特級官吏と知己を得ておいて損は無いと言われた。
お互いこれから宜しくと、挨拶をして解散した。
因みに大灯台の解体だが問題もある。
軍人達には言わなかったが
大灯台を海側に倒した場合
コストも解体時間も大幅に抑えられるが
それは解体のみ考えた場合だ、
海に落ちた大灯台の残骸は残る、
それを撤去、更に港の再浚渫をしなければいけない。
当然その間港の使用は制限されるか、使用出来ない。
その辺りの件を考えると
解体時の状況、コストを慎重に加味して行わなければならない。
あくまで解体の方法の1つとして提案したのであって絶対の方法では無い。
腕木通信にしても問題がある。
腕木通信とは簡単に言うと木の組み合わせによる
大型の手旗信号のようなものだ。
それを通信基地からリレー方式で伝える、
もし完成すれば情報伝達の革命が起こるだろう。
完成すればの話しだが‥‥
この計画には致命的な欠点がある。
初期投資や維持費、人員の確保、建設費の捻出、
それらは確かにコストは莫大なものだろう。
だが腕木通信網が完成すれば諸々のコストを
補って余りある程の恩恵をもたらすのは間違い無い。
そして帝国はそれが出来る国だ。
計画ではバハラから帝都迄、結ぶ計画である。
そう、レポートの計画ではであるが‥‥
問題は望遠鏡が未だ無いと言う事である。
致命的かつ根本的な問題だ。
人の視力では限度がある。
もし人の視力を基準で作るとなると
理論上は出来ても現実的に考えれば、
どう考えても無理! としか言えない。
つまり理屈倒れの現実を見ないただのホラ吹きだ、
腕木通信(仮)は
科学技術の発展を待たなければならない。
先帝陛下はかなり乗り気で俺に何度も、
『遠見器は作れんか?』
『遠見器が無理なら代わりのものは?無理か?』
と仰られた。
だがなぁ 無理なんだよなぁ‥‥
何と無くなら分かるが作り方までは無理だ。
それに根本的な問題もある。
なので将来に期待するしか無い。
先帝陛下は凄くがっかりされていたので
旗振り通信の概要を伝えたら
レポートの提出を命じられた‥‥
しかも勅命である。
泣きそうになった。
この世界にも勅令と勅命の二種類があり、
勅令は公の命令で、勅命は皇帝陛下個人の命令だ。
そして陛下からの勅命は重い、
レポートの提出を命に替えてもやれって事だ、
あの時の先帝陛下は目が血走っていた。
瞳孔が完全に開いて居たような気もする。
兎に角俺は、旗振り通信のレポートを提出した。
バハラから帰って来たばっかりだったのに
俺は命懸けでレポートの作成に勤しんだ。
今としてはただの笑い話だが
あの時は命の危険を感じたもんだ。
さてそろそろ‥‥
手紙か‥‥
バハラのクランツ・ハイラー
元気にしてるようだなあのじいさんも
・・・
・・
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