第105話 ゴブリン跨ぎ
「守長本当に行くのかね?」
「行くよ」
「・・・」
何でクラインのじい様はそんな嫌そうな顔してんだよ?
「別にじい様に食えとは言わないし言ってないだろ? 全部俺が食うんだ」
「頼まれても食わんし食いたく無い‥‥」
「でも若い時には食ったんだろ?」
「まぁ食ったけど‥‥ 若い時分の話じゃぞ靴下茸食ったのなんて、今はよう食わんわ」
てかこっちの世界でも靴下に例えられるんだよなぁ
松茸って、そして帝国では松茸は基本的に食べない
靴下、まぁ履き潰した靴下とか、ブーツに例えられ忌み嫌われている。
嫌われてる理由は匂いだ、まぁ前世でもヨーロッパでは嫌われていたし、食べられてもいなかった。
前世で猫跨ぎと言う言葉があった、
この世界ではゴブリン跨ぎと言うのだろうか?
アイツ等は雑食で何でも食べるが松茸は食わなかったらしい、それこそある地域では松茸はゴブリン避けとも言われて居る。
クラインのじい様が嫌そうな顔して居るのも分かろうと言うものだ。
若い時に食べた事があると言うのも貧乏で食べる物が無いから食べたと言うのでは無く、ある意味実に下らない理由で食べていた。
「じい様、若かりし頃を思い出して食ってみろ、年取って味覚が変わって案外美味しく食えるかも知れないぞ?」
「だからよう食わんわい、あんなのは若い時分に度胸試しで食ってただけじゃぞ、
まぁ若かりし頃のアホな遊びじゃな、
今にして思えば何であんな事しとったんか分からんがあの頃はゲラゲラ大笑いしながら‥‥
まぁ何か楽しかったのう、懐かしい想い出じゃな、
だからと言って今食いたいとは欠片も思わん」
「勿体ない‥‥ 度胸試しで食うなんて‥‥」
「あんなん誰も食わんからなぁ、しかし守長は変わっとるな、あんなんを有り難がるなんて」
「美味いだろ、しかもここのは味も香りも最高だ、この時期のお楽しみの一つだな、まぁまだ走りの時期で季節が変わって無いからまだまだ味も香りももう一つだしそんなに生えて無いけどな」
夏が終わり秋の入り口で、微妙に夏とも言えない時期だからな、秋とも夏とも言える境目の時期だ。
あと少し時が、季節が進めば味も香りも良くなるし何より大量に生えてくる、
それこそポコポコ生えて来るが今はまだ見付けるのに少し苦労する。
去年松茸が生えてた場所は覚えているし、
その場所に行けば多少は生えているだろう。
村民達がバハラとこの村を隔てるあの山々に入って落ち枝を拾ったり、山菜や諸々を採取しているのである程度整備されている。
だからこそだろう、松茸がかなり生えてるんだ。
前世で俺が聞いた話では放置され整備等 全くされていない山より、ある程度整備されてる山の方が松茸や何かは豊からしい。
だからだろう、自然の恵みは豊かだ。
そして勿論 松茸も豊かだ、まぁ誰も採らないし、
クラインのじい様が言った様に度胸試しで食う奴等が居る位で皆松茸を放置している。
帝国全土では一部の地域を除き誰も食べ無いし、
当然帝都でも食べる奴は居なかった。
松茸はそれこそ貧民ですら食べない、
冗談でも何でも無く、拷問に使われていたと言う
エピソードもこの世界ではある位だ。
前世の我が国の人間からしたら信じられないだろうな、だが事実なんだよなぁ‥‥
帝国以外の一部の国や地域では食べる文化はあるが、あくまでマイナー、少数でしかない。
帝国でも極々少数が、極々極々僅かな地域が、
本当に僅かな人、地域でのみ食べられている。
その辺りは前世の松茸の扱いと変わらない、
てかこの世界の、特にこのハルータ村で採れる松茸は、かなりの美味なんだけどなぁ‥‥
数少ない、それこそ何度食べたか覚えている位しか食べた事無いが、前世で食べた国産松茸より美味いんだ。
とは言えこの世界の松茸の扱い、認識は最底辺以下な訳だが‥‥
帝都に居た頃も家族には大不評だった。
子供の頃、帝都の街路樹や公園に生えてた松の木、
多分赤松だったのだと思うが松茸が生えていたのだ
それこそ急斜面でも何でも無い所に生えていた、
公園に生えてたのはやや傾斜があった所に生えてたが、街路樹に生えてたのは傾斜が無い所に生えていた。
見た時はビックリしたもんだ、
家族は俺がギョッとしてたのに驚いたらしい。
松茸について家族や従業員に聞くとこの世界では誰も食べず、それこそゴブリンでも食べない物扱いだと。
俺が食べたいから取り寄せて欲しいと言ったら、
両親には熱でもあるのかと心配された位だ。
結局最終的には諦めて取り寄せてくれたし、
しかも只取り寄せるのでは無く、近くから最速で届けて貰った。
松茸は採れて直ぐであればある程美味く、
時間が経てば経つ程鮮度落ちるので美味しく食べたければ採れたての物が良いと言ったら怪訝な顔をされたが望みは聞いてくれた。
届けられた松茸は香りが凄まじく良く、前世であれば一体幾らに、高額になるんだと思った。
炭火焼と天ぷらにしたが、炭火焼にした物は塩を掛けレモンを搾って食べたが余りの旨さに意識が飛び掛けた。
それを見た両親が慌てて居たが話を聞くと、
俺はどうやら所謂アヘ顔と言うのをしてたらしい。
だがそれ位旨かった。
醤油が無かったのでそれに関しては残念だったが、
それでも塩を掛けただけの炭火焼きは本当に美味しかった。
思わず涙が出た程だ、まぁあの時の涙は美味さより懐かしさとある種の切なさと戻れない過去への悲しみの涙であったのかもしれない‥‥
だが旨かったと言うのも勿論あった。
そして天ぷらである、そう天ぷらだ、
同じく塩を掛けただけだったがアレも絶品だった。
前世でも一度だけ松茸の天ぷらは食べた事があった、その時もこの世にこんな美味い物があったのかと思ったものだが、今世での松茸の天ぷらはそれを上回る旨さで正に美味、その一言であった。
まぁ両親も姉も凄く嫌そうな顔してたし、
作ってくれた料理人も物凄く嫌そうな顔して、
調理の最中は常に顔をしかめて居た。
しかも調理の最中、口と鼻に厳重に布で覆って匂いを極力嗅がない様にしてやがった。
我が家の次女たる下の妹は俺が食べて居るのを見て興味を引かれたらしく、食べて松茸の美味さに引き込まれた。
松茸に、そう引かれそして惹かれたのだ。
妹を同士に引き込む事に成功した俺は妹に松茸料理を良く振る舞っていた。
そして一番下の妹、我が家の三女も次女と同じく同士に引き込んで松茸の時期になると三人で仲良く食して居た。
父親はそんな妹達を見て、嫁に行けないのでは無いかと本気で心配して居た様だが、何故松茸で? と思ったがゲテモノ食いは嫁に行けないと思って居たと後に語って居た。
そんな妹達も今は嫁に行っているし、
今も時期になれば松茸を食べている。
それは妹達の子供達にも受け継がれ、仲良く食べてる俺たちから他の家族達は離れた所でそれを見て居るのがお約束となってしまった。
今年も干し松茸を送ってやらねばならんな。
とは言え今は無理だ、まぁ後少し経てば山盛り採れる、大体だが後一月位かな?
さてと‥‥
何時もは寸鉄を二つ身に付けているが、今日はもう少し武器を身に付けて行かねばならない。
腰の後ろに十手を二つに、左腰に剣鉈を、右腰にククリナイフを装備してと。
杖代わりの棒、これは先端が円錐形になっており、
刺突武器にもなる。
先端の円錐部分は鉄で出来ており、
その下の部分も鉄で覆われているので突き、そして
叩く、まぁ打撃武器としても使う事ができる。
あの山は熊が居るし猪も居る。
と言っても熊なんてこの十年以上誰も見てないし、
ましてや誰も出会っても居ない。
とは言え何があるか分からん、一応念の為だ。
それに杖代わりになる。
後は笛だな、首から掛けて採取した物を入れる籠と
鈴をその籠に幾つか付け、身体にも幾つか付けて、
杖代わりの棒にも何個か付けておくか。
良し完成っと、後はじい様に出かけると言えば良いか、鈴もそこら中に付けたし武器も持ったし、笛まで首からぶら下げている。
笛は万が一 遭難した時用の物だ。
と言ってもあの山で遭難するのは逆に難しいし、
麓付近であればそこまで問題がある訳じゃ無いが
じい様達がうるさいからな。
うん、いざと言う時の為、念の為の場合に備えるのは当然の事だ。
だがじい様達は俺を幾つだと思っているんだろうか?
俺は幼子では無いんだがなぁ‥‥
まぁ良いか行こう。