第104話 竜涎香
「ハーッハッハ ハーッハッハハハハハハハ」
早朝の浜に男の高笑いが、哄笑が響き渡って居た
うん、まぁ俺なんだがな。
最近起き抜けに散歩をするのが俺のマイブームだ、
何故かというとあの嵐による対応5が原因でもある。
対応5の最中は何時もより早起きになって居た、
その為 対応5が終わった今もやや早起きになってしまって居る。
まぁ癖が付いたと言うべきか、早起き癖が付いてしまったのだ。
起きてコーヒーを飲んだ後、海岸沿いや浜や砂浜等を散歩する様になってしまった。
元々朝おきて軽く鍛練をし、じい様達とラジオ体操をするが、それに加え最近の朝の習慣に散歩が加わった。
そして今日も散歩に、砂浜を散歩して居た。
押しては引き寄せる波は穏やかで、何とも言えない心地好い音楽を奏でてる様で結構好きだ、
特に今の季節は暑さも大部分和らぎ、ほんのり涼しさも加わりかなり心地好い。
まぁ夏の盛りであっても何時も散歩する時間であれば涼しいのだが、磯の香りが若干きつい、
今の時期ならばその磯の香りが大分和らいで居る。
もう少し季節が進めば更に香りが和らぐ事だろう。
俺が歩いて居たのはフィグ村寄りの砂浜で人っ子一人居ない静かなとこである。
まぁ俺が居るから人っ子一人居ないと言うのは正しくは無いんだが、まぁ閑静な場所だ。
北のバハラ側寄りの浜には船や、漁から帰って来た漁師やその家族達で大賑わいであり、
同じ村であるのに大違いだ。
静と動、正にその言葉以外に見付からない程の光景となっている。
緩やかな波が奏でる波音が心地好く、
まるで眠りに誘うかの様なその音が俺は好ましく思っており、最近の密かな癒しの時間だ。
このハルータ村には幾つかの船着き場があるが、
灯台に近い、バハラ側の船着き場が村では一番大きく、船も村では一番多く係留してある。
そしてその南側に三十分から四十分程歩くと次の船着き場があり、その間は人気は普段からあまり無い。
居るのは猫や朝から散歩する俺位のもんだ、
まぁ端から見たら良い御身分に見えるだろうな。
こんな早朝ではあるがハルータの村民達は忙しそうに働いて居るのだ。
うん、朝から優雅に散歩なんかしてるんだ、
端から見たら良い御身分だわ。
そして俺が優雅に散歩してた時だった。
そろそろ引き返そうかと思ったが、まぁもう少しと思い気まぐれにもう少しだけ進んだ。
本当に静かだ、波の音とカモメの鳴き声しか聞こえない、それ等が心地好い音を奏で朝の雰囲気も相まって気分がノッたのだ、その為もう少しと思いフィグ村方面に進んだがそれが結果的に幸運をもたらす事になる。
そうして歩いていると砂浜に何かが打ち上げられていた。
乳白色で僅かに黒や灰色が混じった長方形の卵の様な物が波打ち際にあった。
最初は猫が丸まってるのかと思ったが、波に当たり海と砂浜を微かに往き来して居た為 猫では無いと判断した。
猫は濡れるのが嫌いだし、あんな場所で波に当たりながら寝てるのは流石に無いだろうと思ったが、なら何なんだと疑問が沸いた。
まぁ危ない物でも無いだろうし、好奇心が刺激されたし、男の子なら見に行くのは義務でもある。
うん、単に俺の中の幼心が疼いたのだ。
そして冒頭に戻る・・・
あー マジかよ、これ竜涎香だろ。
糞臭が微かにだがある、
うっすらだがこの匂いは覚えがある匂いだ。
ちと濡れてる気がするが試してみよう、おっ、あったあった、流木の欠片に魔法で着火してと‥‥
ある程度燃えるまで暫く待つか。
コレ帝都でも見たし、先帝陛下が地引き網をしに行った時にも見付けた物に良く似ている。
まぁあの時見付けた物とは大きさが段違いだし、
比べ物にならない位に大きいな。
この位か? 流木の欠片に着けた火を消してと‥‥
うん、これに押し当てると簡単に溶けた。
溶けた物がドロドロとしてる、これ今触ったら熱いよな? まぁ匂いが強いし、竜涎香の香りだ‥‥
溶けた物も冷めたので触るとネトネトしてるし、
糸を引いているな‥‥
おいおいおい、マジかよ?
どんだけデカイんだよこれ?
歪ではあるが長方形の卵形で横幅が80cmはあるし、
縦も60cmはあるぞ、高さは‥‥
30‥‥ いや40cmはあるか?
大きさもそうだが形も凄く良い、本当に素晴らしいな、普通はこんな綺麗な形では無いぞ。
もっと歪だし、丸かったり四角だったりするが、
コレは若干歪ではあるが物凄く綺麗だ‥‥
前世のジャンボスイカ? みたいな形だ、
ラグビーボールにも似ているな。
糞臭があまり無いのはそれだけ海を漂って居た時間が長いのだろう。
確か聞いた話では、まぁ陛下の地引き網にお供した時の話だが、排出されて直ぐであればかなり臭いと言って居た。
てか実際あの時も排出されて直ぐの物と、暫く海を漂って居た物と、長い間海を漂って居た物と匂いを嗅いだが実際匂いに差があった。
何であんな時って匂いを嗅いでしまうんだろうな?
陛下も嗅いで 『臭い! 何なのだこれは!』って
言いながらも全部嗅いで、海に漂う時間で変わる匂いを比較? 嗅ぎ分けされてたもんなぁ‥‥
まぁ俺もやったけど何故かやってしまうんだよな、
臭いと分かっててやるよな、何故なんだろう?
しかしあの時はアホみたいにそこら中に転がってたな、陛下を始め皆で夢中になって拾ったが、
かなりの数になったもんなぁ。
陛下の『余は運命の女神に愛されておる』
って御言葉もあながち冗談とか軽口では無く
本当だって思ったっけ。
確かにそこまで大きな物は無かったが、数が本当に
笑う位に集まったもんなぁ‥‥
まぁ良い、てかコレだよコレ、えっ? これ夢じゃ無いよな? てか幾らになるんだコレ?
金貨三千枚? いやもっとするな‥‥
金貨五千枚以上はするんじゃないか‥‥
ありえるな、えっ? 流石にツキ過ぎじゃないか?
この前は有り得ない程 極上の極大の真珠を手に入れたんだぞ。
そしてコレだよ、流石に出来すぎツキ過ぎでは無いか? 運良すぎだよ、えっ?
俺もしかして一生分の運を使い果たして無いか?
いやいや、そんな事は無いか、だってあの変態、
うん、ド変態の極まった被虐趣味にまとわり憑かれ‥‥ 付かれ始めてるんだ、そう考えたらトントンだな、いや、マイナスかも知れない。
しかしコレどんぐらい海を漂ってたんだろ?
糞臭が微かにしか無いと言う事はかなりの期間
海に漂ってたって事だよな?
それが誰にも見付からずこの砂浜に流れ着いたってどんな確率なんだよ?
うーん‥‥ もしかしてだがこの前の対応5の嵐で
この辺りでは暫く船を出さなかった、
それで見付かる事無くここ迄 流れ着いたと‥‥
てか潮目があの時は変わって居たからあの期間に流れ着いた訳では無いのだろう。
と言う事は更に潮目が変わって流れが元に戻った時に上手い事、更に様々な偶然が重なってここ迄流れ着いたと言う訳か。
そしてその重なった偶然と天文学的な確率で流れ着いたコレを俺が手に入れたと‥‥
しかもこの大きさだ、本当えげつない確率だよな。
と言うかコレも取り扱い注意だな、真珠もそうだがこの竜涎香も人を狂わせる程の金になる。
何だか喜んでばかりも居られないな、
手元に置いておくのは危険かな?
両方さっさと手放すべきか?
とは言えモノが物だ、下手な奴に任せる事は出来ない、となれば自ずと相手は限られてくる。
一つは実家、これは間違いが無いし信用も出来る。
もう一つはポートマン商会、うん、より正確に言えばマデリン嬢だ。
マデリン嬢は信頼出来る、だがマデリン嬢に任せるとある問題があるんだよなぁ‥‥
まず単純に貸しが出来ると言う事だ、まぁそれに関してはこちらの取り分から多目に渡せば寧ろこちらから貸しに出来る。
だがなぁ余りマデリン嬢に、言い方は悪いが
関わりを持つとがんじがらめなってしまう。
只でさえ少しずつ少しずつ逃げ道を塞いで包囲網を狭めようとしてるんだ、とは言え俺に言わせれば包囲網はまだ完成して居ない。
寧ろ穴だらけの包囲網だ、そう考えれば自分から穴を塞ぎ強化する等 自殺行為でしかない。
俺はマデリン嬢の事を嫌っては居ない、
どちらかと言うと好ましく思って居る。
だがなぁ、どうしても妹としか思えないんだ。
初めて会った時マデリン嬢は四歳だったんだぞ、
まぁ俺もその時は十六歳だったが、うーん、
俺の中ではどうしても子供のイメージが強いんだよなぁ、とは言え今度会う時は十七歳になった マデリン嬢に会うんだな、どうも想像が付かない。
最後に会ったのは四年前だからマデリン嬢が十三歳の時か、あの時も大人になったとは言わんが成長したなと思ったもんだ。
今度会う時はどれだけ成長しているやら‥‥
まぁ良い、もう少し先の話だ。
実家、マデリン嬢、後一つ任せられる相手は居るな
クランツじいさんに任せると言うのも一つの手だ。
その場合はじいさんに売却して貰うと言うより、
海事法弁士クランツ・ハイラーに依頼と言う形になるな。
委託販売も出来るがそれよりもっと良い手がある。
バハラで行われるオークションに出し、クランツじいさんに俺の代理人になって貰うと言う手だな。
当然依頼料とそれとは別で販売益から成功報酬として最低一割は払わなきゃならない。
まぁそれ位なら良い、何よりじいさんに海事法弁士として依頼し任せれば、俺は匿名のまま販売した金を手に入れる事が出来る。
それは大きなメリットだ、それこそ依頼料と成功報酬を払っても得られるメリットは大きい。
だがなぁ、実家にもバレるだろうな。
アコヤ貝の殻を実家に送るなら当然中に真珠が入って居た事にも気づくだろう。
まぁ貝殻の内側に真珠層が出来ているんだ、
気が付かない方がおかしい。
そして貝殻のあの大きさだ、中の真珠もそれに相応しい大きさだと分かるだろう。
バハラのオークションに異常にデカイ真珠が出品されれば当然その真珠の出所にも気が付く。
そうなれば何故我が家に任せてくれなかったと嘆かれるだろう。
まぁバハラのオークションは有名だ、出品された品の事は帝都にまで轟く、商人のネットワークもそうだがそれ以上に一般の人々の噂は広がる。
そう考えれば厄介な品だよ。
まぁ少し考えるか